第379回:ブラウザ上で電子楽器を操作できる「Audiotool」

~ 無料で有名楽器に似たデバイスを利用可能 ~


 ローランドのドラムマシンである「TR-808」や「TR-909」、ベースシンセの「TB-303」といった往年の名機を存分にいじり倒せる「Audiotool」というオンラインサービスがあるのをご存知だろうか?

 ドイツのサブカルチャーエンターテインメントサイト「Hobnox」が1年半ほど前から無料で展開しているサービスで、Adobe Flash上で動作するもの。デザインを含め、あまりにもホンモノにソックリで、意匠上の問題はないのだろうか……と心配になってしまうほどだが、ユーザーにとっては非常に面白いサービスだ。

 徐々に新機能も追加され、4月にはヤマハのTenori-onそっくりのモジュールが利用可能となっているのだが、どんなことができるのか紹介しよう。


■ 無料オンラインサービス「Audiotool」

Hobnoxサイト内のNoxtoolsタブに置かれている「Audiotool」

 今回紹介するのはHobnoxサイト内のNoxtoolsタブに置かれている「Audiotool」。NoxToolsタブ内には、自分のWebカメラやマイクを利用してビデオ制作を行なうツール「Livetool」というものも並んで置かれているが、ここではAudiotoolのみに絞って取り上げる。

 Audiotoolを利用するにはあらかじめAdobe Flashがインストールされている必要があるが、必要なのはただそれだけ。そのためWindowsでもMacでも利用でき、例のUbuntuでも問題なく使うことができた。またCPU負荷も非常に軽いものであり、Windows XPを動かしているATOM 330のネットトップマシンでも、軽快に動作する。

 もちろんオーディオインターフェイスなどがあったほうが、よりよい音で楽しめるのは確か。特にTB-303の図太いベース音などは、それなりの再生環境がないと再現しにくいが、外部からのレコーディングを行なったり、自分でMIDIキーボードを弾いて演奏するわけではないので、とりあえずPC標準のサウンド機能でも十分楽しむことができる。

 では、さっそくその使い方を見ていこう。「Go to Audiotool」を選び、「Start Audiotool」というボタンをクリックすると、Flashのプログラムが読み込まれ、プリセットの選択ボタンが現れる。

プログラムを読み込んでいるプリセットの選択ボタンが現れる

 「Tone Matrix」、「Electro」、「DrumNBase」、「Blank」とあるが、まずはElectroを選択してみよう。プロジェクトが読み込まれ、何やらすごそうな画面が現れる。1,680×1,050ドットの画面いっぱいに表示しても収まりきらないが、画面右上の縮小表示ボタンを使って50%表示にすると、プロジェクト全体が見渡せる。

「何やらすごそう」な画面が表示される1,680×1,050ドット表示でも収まりきらない50%の縮小表示でプロジェクト全体が見えてくる

 通称「ヤオヤ」と呼ばれるTR-808に、TB-303が2台置かれており、そこにBOSSのギターエフェクター風なコンパクトエフェクタが5つほど配置され、それらをミキサーでまとめているという構成だ。

 何はともあれ、画面下にある再生ボタンを押してみよう。すると、標準のサウンドデバイスから、“正に”という音が飛び出してくる。オーディオインターフェイスを使って、しっかりモニターしてみると、ホンモノさながらなリアルな音が聴こえてくるのだ。

 もちろん、これは録音してある音を再生しているわけではない。試しに、上に表示されているTB-303のボリュームを絞ってみると、フィルターの効いたメロディーラインが小さくなるのがわかる。

 さらに、TUNE、CUTOFF、RESONANCE、ENVMOD、DECAY、ACCENTなどのパラメータをマウスでいじると、リアルタイムに音色が変化する。まさにTB-303の振る舞いだ。もっとも、エフェクタを使っているせいだろう、TB-303の音そのものというよりも、かなり味付けされた派手な音に聴こえる。

3つのエフェクトをオフにすると、TB-303“素の音”に

 そこで、右に並んでいる赤、黄、ピンクの3つのエフェクトをマウスでクリックして、オフの状態にしてみると、これぞTB-303という素の音になる。ちなみに赤はステレオ・デチューン、黄がディレイ、ピンクがリバーブである。

 この図を見てもわかるとおり、それぞれのデバイスがケーブルで接続されている。この配線ももちろん飾りなどではない。PropellerheadのReasonなどと同じように、それぞれのデバイスがケーブルによって接続されており、このルーティングを変えることでさまざまな音作りが可能になってくるのだ。

 これだけいろいろと配線されているとグチャグチャで、どこがどこに接続されているかわかりにくいが、マウスを使って端子をクリックしてみると、どことどこが接続されているかハッキリとわかる。

 また、この状態でマウスをドラッグすれば、配線を変更することができるし、また別の端子をクリックすると、そこからケーブルを引き出すことができ、接続可能な場所にはオレンジの矢印の記号が表示されるので、そこまでドラッグすると新たな接続ができる。

マウスを使って端子をクリックすると接続先がわかるドラッグで配線の変更も可能

■ ヤマハ「Tenori-on」に似たデバイス「Tone Matrix」

25%の縮小表示で何とか全体が見える

 では今度は、DrumNBassのプリセットを読み込んでみよう。さらに膨大な機材が接続された画面が現れ、今度は縮尺を25%表示にして、なんとか全体が見えるという感じだ。

 こちらにはTR-909も2つ登場するほか、エフェクトの数はさらにたくさんになっている。ルーティングが複雑すぎて、パッと見た感じで、何がどうなっているのかすぐにはよくわからないほど、かなりマニアックに作られていることはわかる。

 たとえば、左上のTR-909に着目してみよう。先ほどのELECTROのTR-808もそうだったが、TR-909もマスター出力だけでなく、BASS、SNARE、LOW TOM、MID TOM……と各音色ごとにパラアウトができるようになっており、それぞれが上にある黒いミキサーへと接続されている。

 このうちBASSはSLOPEというフィルタを経由して接続されており、レベルやパンの調整が計られている。そして、TR-909の音のすべてミックスしたものにリバーブ、パラメトリックEQを通した上で、次のミキサーへとルーティングされているといった具合だ。

 同様に左下のTB-303についても見てみよう。こちらはTB-303の出力をスプリッタを通じて3つに分岐させて、その3系統に異なるエフェクトをセットし、右のミキサーで再度ミックスしている。

左上のTR-909左下のTB-303

 

Tenori-onそっくりのデバイス「Tone Matrix」

 さらにもうひとつのプリセット、Tone Matrixを選んでみよう。登場してくるのが、Tenori-onそっくりのデバイス、Tone Matrixだ。

 16×16のマトリックスをマウスでクリックしたり、ドラッグすると白いLEDが点灯する。すでに点灯しているところをクリックすると消灯するというものだが、縦軸が音階、横軸が時間となっており、時間の経過に伴い左から、右へ点灯中のランプがより輝いて、それとともに音が鳴るというデバイスになっている。また、演奏しながら絵を描くようにマトリックス上のLEDのON/OFFも可能となっている。つまり、これは16ステップの音源内蔵シーケンサなのだ。

 ヤマハのTenori-onの場合、さまざまなモードを持っており、よりメディアアートという感じでの演奏が可能になっているが、このTone Matrixはそのエッセンスだけをうまく取り込んだ単機能デバイスとなっている。単機能とはいえ、なかなかうまくできており、適当に絵を描くだけで、それっぽいフレーズができあがるため、まったく楽器を演奏できない人でも、存分に演奏を楽しめ、これだけで何時間でも遊べてしまう。


■ デバイス選択や配線も可能

 このようにプリセットを選択して使うのもいいが、やはりTR-808やTB-303などを思い切り使うのだとしたら、ゼロから自分でデバイスを選択し、配線していきたいところだ。

 そのためにあるのが、Blank。これを選択すると、レベルメーターと出力レベル調整を行なうアウトプットボックスのみが表示される。ここで左下にあるShelfボタンをクリックしてみよう。すると、画面下にズラリとデバイスが表示される。左からTR-909、TR-808、TB-303、ToneMatrix、そして16chミキサー、スプリッター、マージャー、そしてエフェクタが全12種類だ。

Blankを選択するとアウトプットボックスが表示左下にあるShelfボタンをクリックするとデバイスが表示される

 メイン画面上にはTR-909、TR-808、TB-303などと表示されていたが、Audiotoolとしての正式名称はBeatBox9、BeatBox8、Baselineとなっているようだ。この名称の違いだけで意匠問題が避けられるのか、ちょっと疑問ではあるが……。

 これらデバイスをマウスでドラッグしてデスクトップ上に配置するだけで、すぐに使える。ここでそのTR-808などを改めて使って気づいたのは、ホンモノと微妙にボタン配置やスイッチの数が異なること。その結果、確かにパターンはホンモノ同様に組めるのだが、ソングを組む仕組みがない。

 たとえばAudiotoolのTR-808ではパターンバンクがA~D、パターン番号が1~7の計28種類のパターンを組むことができ、それぞれが記憶される。が、それらを自動で並べることができないため、プレイ中に自分で操作してパターンを切り替えていかなくてはならない。

 まあ、ホンモノのTR-808も、ソングのプログラミングは、演奏時に自分で切り替えながら、それを記録モードで覚えさせるという方式ではあるが、もし同様の機能を持っていれば、複数のデバイスを同時に動かす際に大きな威力を発揮してくれるはずだ。無料のオンラインサービスにあまり贅沢なことはいえないが、可能であれば、今後そうした機能も装備してくれるとうれしいところだ。


■ 無料会員登録でファイルの保存も

 ところで、ここで気になるのが、作った曲をどのように記録するかということ。以前のAudiotoolには、記録する機能がなかったので、PCから出された音をそのままレコーダに録音するか、Windows上のTotalRecorderのようなオーディオキャプチャツールで取り込む必要があったそうだ。

 しかし現在は、それを記録する機能も搭載された。画面左上のレコーダボタンをクリックするとレコーディングボタンが現れ、これをクリックすると同時に演奏がスタートし、オーディオとして記録されていく。録音時間は最大5分までという制限はあるが、画面上には波形が表示され、すぐに再生することができる。

画面左上にレコーディングボタン画面上には波形が表示され、すぐに再生可能


Hobnoxのオンライン会員になると録音したファイルを保存できる

 しかし、このままではローカル環境にオーディオファイルとして残すことはできない。そこで出てくるのが、Hobnoxのオンライン会員制度だ。これも無料のサービスなのだが、氏名やメールアドレスなどを入力して会員になると、SNS的なサイトに入ることができ、このサイトにAudiotoolで録音したファイルを保存することができる。

 そして、このサイトからローカル環境へファイルとしてダウンロードできる仕組みになっているのだ。ファイル形式はOggVorbisの128kbps、サンプリングレートは44.1kHzだ。あとはそのまま再生しようが、CDに焼こうが自由自在。かなりすごいサービスといえるだろう。

 このAudiotool、オープンソースとしても公開されている。プログラムができる人であれば、自分でAudiotoolを改良し、新たな機能を追加していくことができる。公開されているのは、デザイン部分などで、オーディオエンジン部分など、すべての機能が公開されているわけではないが、今後、Audiotoolの派生バージョンというのも、いろいろなところから登場してくるかもしれない。


(2009年 7月 13日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]