第395回:Inter BEEに出展された注目のオーディオ新製品

~和音を解析する新Melodyneや、3Dサウンドツールなど ~


会場の様子

 11月18日~20日の3日間、Inter BEE 2009が開催された。Inter BEEのメインはもちろん映像、放送機器ではあるが、今年もプロオーディオ部門の会場が用意され、合計80小間のブースに各企業が出展していた。

 2週間ほど前に開催された楽器フェアとはずいぶん顔ぶれも異なり、デジタル系のメーカー、ベンダーに限っていえばInter BEEのほうが、かなり多く出展していた。ここで新たに見つけた新製品など紹介していこう。



■ 「Melodyne editor」で和音を解析するデモが披露

フックアップブースに出展されたCelemony SoftwareのMelodyne editor

 Inter BEE=国際放送機器展の趣旨からすれば、当然メインストリームからは大きくはずれる製品ではあるが、個人的に最大のニュースだと思ったのはフックアップのブースで始めて展示されたドイツのCelemony Softwareの「Melodyne editor」だ。Melodyneは2001年にリリースされたピッチシフト/タイムストレッチソフトで、ボーカルやギターなど単音のオーディオデータを解析し、ピアノロールのように縦軸に音程、横軸に時間でグラフ表示ができるとともに、音程や音長を自在に変更できるというソフトだ。似た技術としてはRolandのVariPhraseがあり、当初ハードウェアを使用して解析していたものが、現在はCakewalk SONARのV-Vocalとしてソフトウェアで処理できるようになっている。

 そんな中、2008年1月に開催されたThe NAMM Show 2008においてCelemonyがDNA(Direct Note Access)という技術を発表し、世の中に衝撃を与えた。単音でなく、ポリフォニックな音をも同じように解析するという技術だったためだ。当初、同年の秋ごろにリリース予定という話だったが、その後、何度も発売が延期されてきた。また、今年のNAMMの会場ではデモもされたという話だったのに、日本には実際に動くソフトが届いておらず、本当なのか……?  との疑念を持ってしまうほどだった。しかし、そのDNAを搭載した新Melodyneがついに国内でも12月4日より発売される。すでに海外では発売が開始されており、今度こそ間違いなさそうだ。とくに日本語化がされるわけではないが、日本語マニュアル制作に時間がかかるので、少し遅れるとのことだった。

 実際、デモを見せてもらったところ、WAVファイルを読み込むと、最初しばらく時間がかかるが、たったそれだけで、和音が解析されてピアノロール表示される。とくに設定もほとんどなく実現できてしまうのは、ちょっと狐につままれた感じで、本当に解析しているのか、疑いたくなるほど。もっとも、読み込んだデータはギターのアンサンブルなど比較的解析しやすそうなデータではあった。さすがに普通のCDをそのまま読み込んで解析できる、というところまでではないと思うが、どのくらいのことができるのか、ぜひ試してみたいところだ。

和音が解析され、ピアノロールとして表示された
Samplitude 11とSequoai 11

 これだけ画期的な技術を搭載したソフトなのだから、かなり高価なものだろうと思ったが、39,900円と手ごろだ。このソフトはスタンドアロンとしてもプラグインとしても動作し、Windows、Macのハイブリッドとなっている。またこのMelodyne editorとマルチトラックのMelodyne Studio 3(こちらにはDNA非搭載)の2本をバンドルしたMelodyne studio bundleも発売され、73,500円となる。

 同じくフックアップブースでは、MAGIXのDAWであるSamplitudeおよび上位版のSequoiaの新バージョン、Samplitude 11とSequoai 11が展示された。発売は12月中旬の予定で、Samplitudeのラインナップが少し変わり、従来のMasterがなくなり、136,500円のSamplitude Pro 11、68,250円のSamplitude Stanadard 11の2本となる。またSequoia 11は399,000円とのことだ。

 今回のバージョンアップではユーザーインターフェイスが変わり、見た目がかっこよくなっているほか、スキンによってデザインを自由に変更できるようになっている。またプラグインのエフェクト、ソフトシンセが追加されたほか、Windows 7に正式対応したというのが特徴。他社のDAWと同様、それほど画期的な変化はないようだが、直接DDP書き出しが可能なSequoiaは今後ますます普及していく余地がありそうだ。

米ProSonusのStudio One Pro

 同じDAWとしては、オーディオインターフェイスメーカーである米ProSonusがStudio One Proというまったく新しいDAWをリリースした。国内では日本エレクトロ・ハーモニックスが扱っており、年内に5万円弱の実売価格でWindows/Macハイブリッドで32/64bit両対応のソフトとして発売が予定されている。

 このStudio One Proは3月にドイツで開催されたMusikMesseで発表されていたソフトで、海外ではすでに発売が開始されているが、ようやく日本でも正式にリリースされるというわけだ。説明によると、このソフト1本で曲作りからミキシング、そしてマスタリングまで完結できるようになっており、マスタリング工程から曲のエディット工程にも簡単に戻れるとのこと。またエディタやミキサー、エフェクトなども含め、すべてシングルウィンドウで表示できるようになっているのも、最近のDAWの傾向なのかもしれない。

 PreSonus自体は米国の企業だが、開発を行なったのはドイツ・ハンブルグにあるPreSonous Software(旧KristalLabs)だ。同社はWolfgang Kundrus氏やMatthias Juwan氏など、Steinbergのエンジニアがスピンアウトして作ったソフトハウス。まだ使ってはいないが、デモを見た限り、かなり直感的な操作ができ、従来のDAWとは少し違った雰囲気なので、登場が楽しみだ。

 なお、Studio One Proの下位バージョンとして、Studio One Artistも実売価格24,800円前後でリリースされる。こちらはマスタリング機能がなく、64bit OSは非サポートとのことだが、ミュージシャン向け機能としては十分なものを備えているという。また、リリースと同時にFireStudioシリーズのほぼすべてにこれをバンドルするという。価格は据え置きなので実質的な値下げといってもいいだろう。ただ、既存のユーザーに無償配布するといった予定はないようなので、買うタイミングはよく考えたほうがいいかもしれない。



■ 阪大/京大とメーカーが共同開発した3Dサウンドツール

アーニス・サウンド・テクノロジーズの3Dサウンドオーサリングツール、SoundLocus

 もうひとつ、新ソフトとして紹介したのが、東京都大田区のソフトメーカー、アーニス・サウンド・テクノロジーズが開発した3Dサウンドオーサリングツール「SoundLocus」だ。同社は昨年のInter BEEにも出展しており、このソフトのプロトタイプを出品していたが、ようやく完成し、この10月末に発売したとのことだ。

 SoundLocusはステレオやモノラルのWAVファイルをバーチャルサラウンド化するというツールで、5.1chのスピーカーなどは使用せず、2chのスピーカーやヘッドフォンだけで、その音を前後左右、そして上下に持っていくことができ、それをWAVファイル、AIFFファイルで書き出すことができる。一度書き出してしまえば、SoundLocusなしで、普通に再生すれば、立体的なサウンドとして聴くことができるのが特徴。


デモ画面

 大阪大学・京都大学との共同開発となっており、立体化の技術においては日米欧の特許取得済みとのことだ。デモでは、ProTools LEとともにSoundLocusが動いており、一部の音色が前後左右、また上へと激しく動き回っている。ProToolsのトラックの音がSoundLocusで加工されているのか? と思ったら、実は両ソフトはReWire接続されており、あらかじめいくつかのトラックをSoundLocusにエクスポートしているのだとか。とはいえ、この音の動きはリアルタイムで処理しており最大8トラックまで扱えるとのこと。ゲーム制作やドラマ制作などでプロの現場で活用できるソフトとして仕上げているようだが、ReWire対応であることからも想像できるとおり、DTMなどの音楽制作もかなり意識しているようだ。

 価格的にも65,000円とこの手の専門ソフトとしては、かなり安価に抑えられている。しかも年内は58,000円の特別価格を設定しているとのこと。ただし、特殊なソフトであるだけに、一般の小売店への流通はほとんどしていないようで、基本的には同社の直販サイトを通じての販売となっている模様だ。

 ソフト関連で最後に取り上げるのはSteinberg。といっても期待のNUENDO 5がリリースされたというのではなく、Cubase 5とオーディオインターフェイスのMR816 CSXをセットにしたCUBASE PRODUCER PACKというものが発売される。価格は実売で158,000円程度とのことなので、普通にCubase 5とMR816 CSXを買うよりも8万円程度割安。ただし、永続的な製品というわけではなく、限定販売品とのこと。すぐに完売してしまうことはなさそうだが、半年後にも流通しているかどうかは怪しいので、検討している人は早めに入手したほうがよさそうだ。

 そのNUENDO関連ではビデオ、オーディオデバイスとのサンプル単位での正確な同期を実現するハードウェア・シンクロナイザー、NUENDO SyncStationが1月に発売される。これも確か昨年のInter BEEで参考出品していたものだが、ようやく発売される見通しがたったようだ。ビデオシンクに同期したワードクロック信号の生成、分配が可能で、4つのワードクロック出力ポートからの分配が可能となっている。またRS422、MMCによるマシンコントロール機能を装備するとともに、GPIOの汎用入出力インターフェイスを装備するなど、NUENDO専用の業務機材として作りこまれた同期マシンだ。オープンプライスだが、40万円前後での発売が予想される。

Cubase 5とMR816 CSXをセットにしたCUBASE PRODUCER PACKハードウェア・シンクロナイザーのNUENDO SyncStation


■ ティアックはTASCAMの業務用機材を多数投入


8chフィールドレコーダーのHS-P82

 ハードウェアでは数多くの製品を投入したのがティアックだ。ティアックは楽器フェアでもいくつかの製品をリリースしていたが、Inter BEEではTASCAMブランドの業務用機材を中心にいろいろと発表している。まず、FOSTEXのFR-2P/FR-2LE、RolandのR-44/R-4Proなどに対抗する、さらに高機能な8chのフィールドレコーダー、HS-P82を12月に発売する。

 8chの高音質マイクプリとXLR入力を搭載し、24bit/96kHzで8ch同時録音が可能。記録メディアとしてはCFカードを採用しており、業務用という面で耐振動性、耐環境性、省電力にすぐれメンテナンスフリーを実現しているという。また24bit/192kHzというモードもあり、この場合は4chに制限されるものの、さらに高音質なレコーディングが可能となっている。さらにタイムコード入出力やビデオリファレンス入力にも対応し、映像収録システムにおいてしっかりとした同期を取ることができるという機材だ。価格は55万円前後が予定されている。


下がHS-8、上がHS-2

 HS-P82の据え置き型のラックマウントシステムともいえるのがHS-8だ。こちらもCFカードを用いた8chのレコーダー/プレイヤーであり、これまでTASCAMの定番であったDTRSの後継機となるもの。サラウンドの収録やサラウンドのマスターレコーダーとして、またPCによるDAWのバックアップレコーダーなどとしても威力が発揮できる。またプレイヤーとしてみると、劇場やテーマパークなどでのサラウンドやマルチチャンネル送出がメカレスで行えるメンテナンスフリー製品として注目を集めそうだ。

 まだ展示されていたのはモックアップであったが、来年3月に実売価格60万円前後での発売を見込んでいるとのこと。このHS-2とほぼ同じデザインの色違いとなっていたのが2chのオーディオレコーダー/プレーヤーのHS-2。こちらはDATの後継機を想定した機材で、マスターレコーディング用として、またフラッシュスタートやオートキュー、オートレディ、ファイル編集などCD、MD、MOの置き換えとしての運用も見込んでいるようだ。こちらもHS-8と同様に実売価格60万円前後を見込んでいるが、発売は来年の夏ごろを予定しているという。


英SOUNDFIELDのSOUNDFIELD UPM1

 一方、TASCAMブランドではなくティアックが輸入販売している英SOUNDFIELDの製品としてSOUNDFIELD UPM1というステレオ2chを5.1chにリアルタイム変換するコンバーターが来年の1月~2月をメドに実売価格50万円程度で発売される。これは入出力ともにAES/EBUのデジタルとはなっているが、操作は拍子抜けするほどシンプルなもの。入力側ではレベルと左右バランスを整える一方、出力ではセンターのレベル、サラウンドL/Rに相当するアンビエンスの音量、WIDTH設定で音の広がりなどを決めるという具合い。たった、それだけでサラウンド化する。

 音楽用というよりは、スポーツ放送などで威力を発揮するそうだが、実際、放送局の現場エンジニア立会いの元、5.1chによるスタジアムでの放送を2chミックスしたものをUPM1で5.1chに復元してみたところ、さすがに同じにはならないものの、いい感じになると好評だったそうだ。もちろん、一般ユーザーが使うものではないが、今後こうした技術が少しずつ下に下りてくると楽しそうだ。


TL AudioのM1-FW

 続いて取り上げるのがMI7/Syntax Japanの共同ブース。ここで結構目立つ場所に参考出品として展示していたのがTL AudioのM1-FWという機材。見た目は12chの入力を持った大きめなアナログミキサーといった具合いだが、実はFireWireのオーディオインターフェイスになっている。PC側から見ると12chの入力がそのまま入ってくるほか、トータルミックスの2chも別に入ってくるので計14in、一方出力先を各チャンネルの入力へ持っていくことができるため12outという仕様。

 全チャンネルに3BandのEQを装備、さらに各チャンネルおよびマスターにインサート端子が装備されていたり、マスターアウトにアナログのVUメーターが装備されているといった具合いのアナログ・コンソールとの組み合わせになっている。極めつけは全チャンネルに真空管が1本ずつ入った回路になっているということ。その一方で、その真空管なしでも動作するソリッドステートな回路としても機能するようになっており、ハイブリッドで使えるマニアックなオーディオインターフェイスだ。

 まだいつ発売するといったことが確定しているわけではなく、Inter BEEなどを通じてマーケティングリサーチ中とのことだが、発売するとしたら80万円程度になるとのこと。どんな人が買うことになるのか、ちょっと興味のあるところだ。


RMEはハイエンドのADコンバータM-32ADと、DAコンバーターのM-32DAを発表

 またRMEからはMADI対応の32chハイエンド192kHzリファレンスのADコンバータ、M-32ADとDAコンバーター、M-32DAのそれぞれが発表された。いずれも実売価格76万円前後という機材だが、最近になってMADI機材の引き合いが急速に増えてきているとのことだ。

 以上、今年のInter BEEで見つけた気になるソフト、ハードについてピックアップしてみた。最初に取り上げたCelemonyのMelodyne editorやPreSonusのStudio one Proなどは、モノを入手し次第、取り上げる予定だ。



(2009年 11月 24日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]