樋口真嗣の地獄の怪光線

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか?

“映画の街”に待望の映画館

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? しばらく映画館がなかった“映画のまち”に映画館ができた
しばらく映画館がなかった“映画のまち”に映画館ができた

 調布にシネコンができたらしいですね

 自宅から一番近い映画館です。

 昔は駅前のパルコの上層階に小さな映画館があり、一応封切館として東宝系の映画とかやってましたが、それも2011年9月に閉館。

 調布といえば大映、日活の両撮影所や東京現像所、東映化工じゃなくて今は東映ラボテックといったポスプロの拠点に高津装飾をはじめとする美術製作会社といった映画製作関連会社同市内にを擁している映画の街。

 それなのに今や映画館はなく、見るなら西隣の府中、または多摩川をぐっと下った二子玉川、というか普通に特急で新宿に出て映画を見るのが普通でした。

 ところが数十年前から進んでいた駅前の再開発…… 京王線を地下化して空いた土地に商業施設を、という計画の最終段階でシネコンが入る、と発表され、ざわつき始めます。

どこのシネコンなのか?

 隣の府中に既にあるTOHOシネマズはまずない。するとユナイテッドか109か? それによって劇場の方針が変わってくるし、どのぐらいの規模のシネコンであるか? も今や重要なファクターになりつつあるのです。されどシネコン、なのです。

 そんなみんなの思惑渦巻く中、調布に進出してきたのは「イオンシネマ」でした。

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? 「イオンシネマ シアタス調布」が入る「トリエ京王調布 C館」
「イオンシネマ シアタス調布」が入る「トリエ京王調布 C館」

 イオンシネマ、つい最近まではワーナーマイカルシネマだったのを流通の雄イオングループがワーナーから買い取って単独企業による出資のシネコンになりました。しかも調布にできるのはイオンシネマの旗艦館として大画面のシアターや4DXのようなアトラクションシアターを入れるらしいと聞けば俄然色めき立ちます。

 撮影所で仕事をしていると中空きといって、撮影の間に様々な事情でぽっかり数時間することがなくなってしまうことがよくあります。これが東映大泉撮影所だったら駐車場と食堂があったとこを潰して建てた東映系のシネコン、Tジョイ大泉があるので空いた時間を映画鑑賞という有効活用ができます。同様のことが調布市内の日活や角川大映でできるようになるのです。

 大型シアターはIMAXではなくウルティラ(ULTILA)という幕張新都心等で展開しているイオンシネマ独自規格の大スクリーン上映方式です。

 これは自分の目で確かめろってことデスね。

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? 最大の10番スクリーンは「ULTILA」
最大の10番スクリーンは「ULTILA」
「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? 最大の10番スクリーンは530席
最大の10番スクリーンは530席

 こけら落としはタイミングが悪かったのか、それとも近隣の競合館との関係性が影響したのか去年公開された「この世界の片隅に」でした。

 このささやかに公開されてロングランヒットになった映画、大画面で観る機会はなかなかどうして滅多にないから席を取ろうとしたらなんとこれが満席札止め。

 おかげで未だにウルティラにはイケてないんですけど、この夏はやはり「ダンケルク」でしょう。

IMAXフィルム撮影の「ダンケルク」オリジナル版を求めて……

 監督のクリストファー・ノーランは「ダークナイト」以降のエンターテイメント映画の有り様をガラリと変えて以降、作る作品にはすべて「映像革命」の惹句が踊るようになりながら、意外なまでに先端映像の象徴であるCGをはじめとするデジタル撮影、デジタル生成、デジタル処理を拒み、離れてフィルム撮影に逆行し孤高の道を歩み極めんとしています。もちろんCGをまったく使っていないわけじゃないんだけど、ある意味CGよりも贅沢な実物大セットやミニチュアセットとは言えないほど巨大な模型を大仕掛けで動かしたり壊したりして、不自由だけど説得力のある映像を作り出してはその方法を選ぶことがどのぐらいリスキーなのかが痛いほどよくわかる我々極東の貧しい実作者たちの腰を毎回これでもかとぐにゃぐにゃの骨抜きにしてくれやがります。

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? ダンケルク
ダンケルク

 そんなノーラン様のここ最近のお気に入りはなんといってもIMAX(アイマックス)のフィルム撮影。

 これから書く内容で大いに混乱を与える要素である、IMAXについて説明しておきますが、このIMAX、というのは1960年代にカナダで開発された、通常の35ミリフィルムの倍の幅を持つ70ミリフィルムを上下15パーフォレーション(左右の掻き送り用の穴の数。35ミリスタンダードサイズで4パーフォレーション)を用いた博覧会などで上映される大型映像用の撮影編集、上映までのパッケージで、1970年の大阪万博で実用化されて以後、世界中の博覧会等のイベントをはじめとして博物館やプラネタリウムなどに併設される形で常設館が各地に作られました。

 しかし、扱うフィルムの面積の大きさに比例してその重量もとんでもなく、扱える長さには制約がありました。当初に掲げていた目標が教育だったため、作られる映画は短く、真面目な作品が多かったのです。だから当初のアイマックスシアターというのは今のような劇場用映画を上映する場所ではなかったのです。

 東京では新宿の高島屋タイムズスクエアに1996年に東京アイマックスシアターがオープン、生命誕生の神秘を描き1985年の筑波万博で12時間待ちの記録を作った全編フルCGの立体映画「ザ・ユニバース」の続編「ザ・ユニバースII」がこけら落としで上映されましたが、お世辞にもエンターテイメント性が高いとはいえない番組ラインナップが原因なのか、2002年には閉館。その直後にしてオープンしたメルシャン品川アイマックスシアターでは、美女と野獣や攻殻機動隊といったアニメーション作品やマトリックス・リローデッド、スーパーマン・リボーンがアイマックス・フォーマットにブローアップされて上映されるようになったけど、採算が合わなかったのか2007年3月に休館。他の常設館も次々に閉鎖、または業態変更が余儀なくされ、2010年末に日本アイマックス最後の砦・最後に残されたフィルム上映可能なアイマックス常設館……大阪は天保山のサントリーミュージアム内のアイマックスシアターも閉館が発表され、ちょうど「のぼうの城」の撮影で京都に滞在していたので閉館直前の撮休日、に国際宇宙ステーションに超小型のアイマックスカメラを持ち込んで撮影したTHE Space Stationを見納めとしてお別れに行きました。日本国内で純粋なアイマックス撮影されたフィルムを上映できる設備は無くなった(かと思ったら北九州のスペースワールド内にあるギャラクシーシアターが国内最後のフィルム上映可能なアイマックスシアターでした。でも年内で閉園だからあとわずか! というか行こうかな?)

 それに変わって2009年あたりから全国のシネコンに出現したのがIMAXデジタルシアターでした。首都圏では川崎と埼玉県の菖蒲に。オープンと同時に見にいきましたよ。川崎は従来のシネコンの一番大きいとこを改装したのでそれほどでもないから、という下馬評を聞いて菖蒲に行ったら帰りの足がなくてタクシーも三十分以上来ないっていうし、まわりは田んぼばかりでそこから湧いてきた霧で視界がなくなって関東平野の真ん中で遭難しかかるというIMAXよりもすごい体験をしたのもいい思い出ですが、それまでのとにかく巨大なIMAXシアターと比べるとどうしても見劣りするものの、その巨大さゆえに維持しきれず次々閉館していく現実を目の当たりにしている以上、落とし所はこの辺なのかななどと訳知り顔の大人めいた想いを巡らせてほくそ笑む俺。

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? 109シネマズ川崎のIMAXデジタルシアター(写真は2009年のもの)
109シネマズ川崎のIMAXデジタルシアター(写真は2009年のもの)

 という感じで現在我が国のIMAX劇場はIMAX DMR DIGITAL MEDIA remasteringと呼ばれるデジタルパッケージで上映されています。現在のシネコンですでに一般的になったDCP、デジタルシネマパッケージと同様に映画を上映するための「デジタル」プロジェクターを中心にした上映システムなんですが、通常の上映よりも大きなスクリーンを必要とするために、通常以上の大光量で映写できるプロジェクターと大容積の劇場で満足のいく音量音圧音質が再生可能な音響環境を備え、なおかつカナダ本国で適切な処理を加えた上映用デジタルデータ……僥倖なことに私はすでに三本の自作をIMAX上映させていただいたけれども、その処理のためには最低でも四週間の調整期間を準備しなければならなかった……が必要なのです。

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? T・ジョイPRINCE品川のIMAXデジタルシアター
T・ジョイPRINCE品川のIMAXデジタルシアター

 データの互換性がないのでIMAXの劇場に通常劇場用のDCPパッケージはかけられないけれども、従来の方式のDCPデータと時間とわずかなコストさえあれば、それをIMAXに最適化するように加工してあなたの映画をIMAXデジタルシアターで上映できる状態にまでもってイキますよ我がIMAX社が!ということなのです。だから「進撃の巨人」も「シン・ゴジラ」もちょっとだけIMAX上映していたのです。最近だと「亜人」がそうですね。

 そんなご時世に逆行してフィルムのIMAXのカメラ…… 70ミリ15pの巨大なカメラで撮影を始めたのがクリストファー・ノーランだったのです。

 フィルム撮影の品質としての有効性はここ最近見直されてはいますがデジタル撮影の利便性には敵いません。比べる基準がそもそも全然違うのですが、ましてや巨大なフィルムを装填した巨大なカメラ、巨大なレンズ。現代の映画撮影で欠かせない機動力を捨ててでも手に入れたいものって一体なんなんだ、と疑いながらもワンシチュエーションすべてIMAXカメラで撮影されたダークナイトで冒頭の銀行強盗のクローズアップショットの繊細なフォーカス、そのボケ足の美しさは他の何物にも変えがたい魅力を持っていました。でも同じダークナイトのアクションシーンでリモートクレーンの先につけといたカメラをぶっ壊すような凶暴な撮影をしてたから、IMAX社出入り禁止かと思いきや、撮る作品ごとにその依存度が高まっているではありませんか。

 そしてとうとう最新作「ダンケルク」では106分の本編中79分が70ミリのIMAXカメラで撮影されています。

『ダンケルク』IMAX 特別映像 ビハンド・ザ・フレーム

 ところが国内の上映フォーマットは通常館で1:2.40のシネマスコープサイズ。IMAXのデジタルシアターでも1:1.9。東京に住むものとしては取り急ぎIMAXで観て十分満足なんですが、それでも気になるのは70ミリ15パーフォレーションで撮影したオリジナル版。

 比較画像を見ていただけるとわかるように縦横の比率は1:1.43。上下が倍近く広い。

 IMAXのフィルム上映を観にいくにはアメリカ本国かオーストラリアはメルボルン。

 ダンケルクで救助を待つイギリス兵にとっての本国並みに遠く感じます。

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? IMAXフィルム上映の縦横比は1:1.43
IMAXフィルム上映の縦横比は1:1.43
「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? オーストラリア メルボルンのIMAXシアター(撮影:日沼諭史)
オーストラリア メルボルンのIMAXシアター(撮影:日沼諭史)

 でも、次世代型のIMAX用のレーザープロジェクターであれば、オリジナルと同様の画面比率で観ることができて、そのレーザーIMAXは国内では唯一、大阪は千里丘陵のエキスポランドにあるというではありませんか!

 行きましょう行きますとも。わざわざ映画を観に行くだけのために大阪へ!(つづく)

「ダンケルク」オリジナル縦横比のためだけに人は旅に出なければいけないのか? IMAX次世代レーザーを求めて……
IMAX次世代レーザーを求めて……

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。