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西田宗千佳の
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米Apple担当者に聞く「日本での音楽ビジネス強化」

DRM撤廃/3G対応で一般化を。iTunes Matchは今年後半


 アップルが、日本でのiTunes Storeの音楽配信について、大幅なサービス強化を行なった。今回の動きにはどのような意味を持っているのだろうか?

 iTunes Store戦略を担当する、米Apple・iTunesアジア太平洋地域 & カナダ担当シニア・ディレクターのピーター・ロウ氏へのインタビューをお届けする。

 これに併せ、新サービスの導入で日本のiTunes Storeがどう変わったか、それが現状のアメリカのサービスとどう違うかも、それぞれの利用画面を使ってご説明する。なお、ロウ氏のインタビューについては、彼の顔写真の公開がアップルより認められていないため、写真は省略させていただく。



■6つの新機能を同時にスタート、狙いは「シンプル化」

 「2005年のスタート以来、iTunes Storeは日本でも着実にサービスを追加してきました。今日は、さらに多くのサービスが追加され、音楽ストアとしては非常に大きくリニューアルすることになります」

 ロウ氏は冒頭、そう解説した。今回同社がスタートしたサービスは、主に6つある。

 1つ目は携帯電話網(3G)での楽曲購入への対応、2つ目は、各端末へ購入楽曲を配信する「iTunes in the Cloud」の導入。3つ目はDRMを使わない「iTunes Plus」対応楽曲の本格導入。4つ目が、アルバムの中にすでに購入した楽曲があった場合、後々にアルバムを購入する際に、購入済みの楽曲の金額分を割り引くことで、アルバムを安価に購入できる「Complete My Album」、そして5つ目が、iTunes Plusに最適化したマスタリングを行なった「Mastered for iTunes」の導入、最後の6つ目が「Ringtone(着信音)配信」の開始だ。

 機能の面で最も注目されるのは、やはり「iTunes in the Cloud」だろうか。iTunes in the Cloudは、簡単に言えば「iTunes Storeで買った楽曲が、自動的に手持ちのiTunes Store対応機器へ配信される」仕組みだ。

 例えば、パソコン上のiTunes Storeでアルバムを買ったとする。当然、そのアルバムに含まれる曲はパソコンへとダウンロードされる。従来はここまでだったが、今後はこの後が変わってくる。

 同じiTunesアカウントが登録されたiPhoneやiPad(iOS5以上が必要)では、購入した楽曲が音楽ライブラリーへと自動的にダウンロードされる。

iPhoneで楽曲を購入した場合、そのまま何もしなくてもパソコンの方にも同じ曲がダウンロードされる

ロウ氏(以下敬称略):もう、「この楽曲は同期していたっけな? しまった忘れた」ということはありません。バックアップのことを気にすることもなく、気軽に音楽を買っていただけるようになります。

 ロウ氏の説明通り、「iTunes Store」で購入した曲については、各iOS機器の間でパソコンに繋ぐことなく、自動的に配信されるようになる。詳しくは後述するが、この配信は無線LAN下だけでなく、3G回線の上でも有効だ。当然ながら、逆にiOS機器(例えばiPhone)で購入した楽曲も、パソコン側へ自動配信される。どの楽曲をどの端末で買ったのか、それをいつパソコンと同期したのか、ということは気にかける必要がなくなる。

 パソコン上のiTunesにも、iOS上の「Store」設定にも、iTunes in the Cloudでの「音楽自動ダウンロード」に対応するか否かを選ぶ項目が追加されている。3G網を使いたくない場合や、管理を自分で行ないたい場合などには、ここをオフにしておくことで対応できる(画像)。

パソコン上・iOS機器上ともに、音楽をiTunes in the Cloudで自動配信するかどうかの設定項目が現れる。ここをオンにすれば配信されるし、オフにすれば今まで通り「同期」による転送になる

 この仕組みは、アップルのiTunesサーバー上に、その顧客(Apple ID)が購入した楽曲の履歴が完全に保存されていることから実現されるもの。そのため、単に各端末へ配信するだけでなく、「購入したものの、各ライブラリーから消してしまった楽曲」の再ダウンロードにも使える。

ロウ:7年前(iTunes Music Storeの日本開始時)にダウンロードした曲だって、再ダウンロードできますよ。機器を買い換えた時も同様です。来月、来年iPhoneやiPod touchを買い換えても、すべてそこから再ダウンロードできます。非常にシンプルになります。

iTunes Storeから購入済みの楽曲には「雲」マークがつき、「購入済み」タブからダウンロードできるようになっている。このあたりはパソコン版もiOS版も似たような形だ

 なお、iTunes Storeで販売が停止された楽曲については再ダウンロードできないように見えるが、この点については「正確な答えを確認し、後日回答する」とのことなので、情報が得られ次第アップデートしたいと思う。

 このサービスの背景にあり、実は今回最も大きな影響を持つアップデートといえるのが「3G上での楽曲購入」への対応だ。これまでiTunes Storeでの楽曲配信は、3G機能を持つiPhoneやiPadであっても、無線LANを利用する必要があった。楽曲の試聴は3Gでも可能だったが、実際に買って、ダウンロードする場合には無線LANが必要だった。

 だが、本日より、「日本のストアで販売されている全楽曲」(ロウ氏)が、3G回線上からも購入可能になる。iTunes in the Cloudと組み合わせると、「街角で曲を買えば、自宅のパソコンやiPadでも、なにもすることなく聴ける」状態となる。

ロウ:本日の発表は、どれも意義深くて気に入っています。しかし、どれかひとつを、と問われれば、私は「3G対応」を挙げます。日本の音楽マーケットは、とてもモバイルに特化した方向性にあります。そこでは、3G対応が極めて大きな意味があります。

 ロウ氏のいう通り、日本では「携帯電話で音楽を買えること」に大きな意味がある。日本ではパソコンを使った音楽配信よりも携帯電話の「着うた」系サービスの方が利用者も金額シェアもずっと大きい。理由は様々だが、そのうちの大きな部分を占めるのが「携帯電話だけで買える」という点だ。特に若年層では、パソコンを持たず携帯電話だけで利用している人々が少なくない。最近iPhoneを購入した層にも、パソコンとつないだ経験が少なく、無線LANもまだ利用していない、という層が多い。そういった人々にも利用してもらうには、特別な設定が不要な3G回線を使っての楽曲購入が、ハードルを下げる大きな要因になる。

 さらに、もうひとつ重要なのが3つめの施策だ。

ロウ:iTunesでは、128Kbps、AAC形式にDRMを加えた配信に加え、「iTunes Plus」もあります。こちらは256Kbps、AACのより高音質な状態での配信となります。しかも、DRMはありません。本日より、日本のiTunes Storeで配信される「すべての楽曲」がiTunes Plus対応となります。

 これは極めて大きな変更といえる。ネットワーク配信において、ユーザーを隔てていたのは、機器の壁でもメーカーの壁でもなく「DRMの壁」だ。DRMさえなければ、今後機器がどうなるか、サービスがどうなるかといった心配を最小限のものとし、音楽を安心して買えるようになる。iTunes Plusそのものは、すでにアメリカなどで全面的に利用されており、日本でも一部交渉に同意したレーベルが先行して利用している、という形だった。それが今回、基本的に全楽曲が対象となることで、事実上「DRMフリー」な音楽配信環境が実現したことになる。

ロウ:私たちは、音楽配信をもっとメインストリームの、一般的な消費者へと広げていきたいと考えています。もっと自由に、気軽に購入できる環境が必要です。またこれからも、海賊行為との対決を続けていきます。そのためには「Easy of Use」こそが重要と信じているんです。そこで、バックアップや同期など、複雑なことを気にしてもらいたくはない。大切なのは「ただ動く(It just work)」ことです。

 ロウ氏の言葉に、筆者も全面的に賛成する。iTunes in the CloudからiTunes Plus全面採用に至るまでの施策は、iTunesにおける音楽配信のハードルを大きく下げ、サービスをより身近にする上で、きわめて大きな武器となる。

このような画面が出ることも。同じコンピュータを複数のApple IDで利用している場合、片方だけが対象となるので要注意

 なお、今回より、iTunes in the Cloudなどの利用後に、画像のようなメッセージが出ることがある。これは、各アカウントで扱う音楽ライブラリーをApple ID毎に管理するためのものと考えられる。

 複数のアカウントを利用している場合、例えばアメリカアカウントと日本のアカウントのような場合、片方にApple IDがひもづけられ、利用がロックされてしまう。事実筆者の場合も、日本アカウント側にロックされている。(なので本記事の画像も、すべて日本でのサービスがスタート前に、アメリカのアカウントで撮ったものだ)。アカウントが共存していて、双方でクラウドを使おうと考えている方はご注意を。

【追記】(2月27日)

 iTunes Storeで販売が停止された楽曲の扱いについて、アップル側に問い合わせていたが、正式な回答が来たのでお伝えする。

 アップル側の回答は、「公式FAQ通り、販売が終わっているものについてはダウンロードできない可能性がある」というもの。すなわち、販売が終了した楽曲については、やはり再ダウンロードの対象外となる、ということだ。

 なお、今回のサービス刷新にあわせ、販売が終了している楽曲も見受けられる。あるレーベルの関係者によれば「iTunesとの契約が更新される際、iTunesPlusの扱いも含めた新しい条件が提示され、そこで契約を更新しなかったレーベル・アーティストについては、配信が行われない」ということになるようだ。

 アップル側のこの件に関する正式なコメントは「現在iTunesで配信される曲は、すべてiTunesPlusになる」というもの。すなわち、この条件に合致しない楽曲の配信は行なわれなくなる、ということだ。どのレーベルのどの曲が配信を終了するのか、正確なリストがないため、ここで言及するのは避けておく。だが可能ならば、配信が終了する曲のリストは、なんらかの形で提供してほしいと思う。



■「売る」も強化。アーティストの意図に合わせた「Mastered for iTunes」

 その上で、音楽レーベルとアーティストに対し、さらにプラスとなる施策も用意されている。

 そのひとつ目が「Complete My Album(コンプリート・マイ・アルバム)」だ。

「Complete My Album」機能。アルバムの中にすでに購入済みの楽曲があれば、アルバム全体の購入金額がその分割り引かれる。写真の「アルバムを購入」ボタンに書かれた価格に注目

ロウ:新しいアーティストの曲を試してみたいと思い、アルバムの中の1、2曲を買ってみる、ということはありますよね? そのあと「うーん、このアルバムは良いな」と思い、アルバムを追加で買う時もあります。その時のための機能が「Complete My Album」です。アルバム価格から購入済みの楽曲の分を引き、残りの金額でアルバム全体を買えるのです。これは、我々ユーザーにも、音楽レーベルやアーティストにもプラスとなるものです。我々にとってはいうまでもなく、同じ曲を「二度買い」する必要がなくなります(笑)。レーベルやアーティストにとっては、より気軽にアルバムを買ってもらう機会が増えることになり、収益の増加につながります。

 このサービスは既にアメリカなどではスタートしていたものだが、今回、日本での音楽配信機能が拡張されるのに伴い、導入されたという経緯を持つ。前出の各機能と同様、「音楽を買いやすくする仕組み」だ。

 楽曲購入の機会を増やす試みとして面白いのが「Mastered for iTunes」だ。これまでの施策が「機能的なアプローチ」だとすれば、Mastered for iTunesは「音質的アプローチ」といえる。

ロウ:Mastered for iTunesは、より高音質で、アーティストの“意図”に沿った楽曲を提供するための仕組みです。より「iTunesでの配信」に最適化したマスタリングを行なうためのツールと作業プロセスをアーティストやレコーディングエンジニアに提供します。その結果できあがったアルバムを販売する、という形になります。CDなどに最適化されたマスター、というものがありますが「iTunesに最適化したマスター」と理解してください。Coldplayなどの国際的なアーティストの作品やクラシックの名曲、日本でも村治佳織さんのアルバムなどが提供されています。この機能については、世界中で本日より提供されます。

 Mastered for iTunesは「ロスレス配信」ではない。あくまで今までと同じコーデック・ビットレートを使いつつ、そのマスタリング過程を最適化することで、より高音質でアーティストの意図に近いマスターを作る、という試みである。その詳細は、アップルが本日公開したホワイトペーパーに記載されている。本日はまだこの資料を読み込む時間がなく、また、Mastered for iTunesである曲とそうでない曲(ロスレスとの比較を含む)の比較もできないため、実際の判断は保留としておく。だが、短時間、アップルが用意した環境で聞いた限りにおいては、高音域・低音域のディテールが増しているのだろうか、という印象を受けた。少なくとも、アップルの公開したホワイトペーパーとツールは分析の価値がありそうだ。

「Mastered for iTunes」。マスタリングプロセスに手を入れることで、「iTunesに最適化された状態」での配信を目指す。AirPlayで良いスピーカーへと転送して聴いても価値が出る、という。試聴した範囲では、ある程度音質が向上しているようにも感じられたが、比較したわけではないので音質評価の結論は避ける

 Masterd for iTunesの楽曲は独立して配信されるもので、iTunesにおけるiTunes Plusのような「上位存在」ではない。逆にいえば、ここを目指して新しいアルバムを提供する、というビジネスもできるし、今後でるアルバムにこの手法を使い、高付加価値化することもできる。

 最後の追加機能「Ringtone(着信音)配信」は、新しいビジネスチャンスを音楽レーベルにもたらすものだ。日本ではずっと着メロ・着うたが大きなビジネスとなってきたが、iTunes Store上でそれを再現する。これまでもダースベーダーの声などを“通知音”として提供していたが、今回のRingtone配信は楽曲を着信音として販売するものだ。

ロウ:Ringtoneは一曲250円です。世界全体でiTunes Storeのエクスクルーシブなものとして、The Beatles楽曲のRingtoneを用意しました。とても簡単ですよ。iPhone上で購入すれば、ダウンロード後にメニューが現れて、そのまま全体の着信音に設定するのか、特別な人向けのものにするのかが決定できます。例えば、あなたのボス向けとか(笑)。

iPhoneからRingtoneを購入して設定。手順は非常にシンプルだ。電話の着信音の他、カレンダーやリマインダーのアラートにも設定可能

 他方、音楽の配信価格については、iTunes上で1曲「150円」「200円」「250円」の3パターンがあり、250円のものが増えているようだ。また、Ringtoneに250円というのは、少々高い気もする。この点については、以下のようにコメントしている。

ロウ:iTunesでは各国で3レイヤーの価格体系を採用しています。(最高価格の)250円という価格は、他の音楽配信事業者の価格から見ても、リーズナブルで納得しうる範囲と認識しています。アルバムについてはこれまで同様の価格帯です。権利者が適切と考える価格レンジでの販売になっています。

 もうひとつ最後に、ビジネスを広げる、という意味でのニュースがある。ソニーミュージック所属アーティストの楽曲のうち、国際的なアーティスト分(例えばマイケル・ジャクソンやビヨンセなど)については、本日よりiTunes Storeでの配信がスタートした。この件については、ソニー関係者に何度も聞いたことがある。ワールドワイドレベルの関係者との間では「どこかの企業だけに出さないということは、もうあり得ない選択」と、クリアーな答えが返ってくるのだが、国内については歯切れが悪い。まだ日本法人所属のアーティスト楽曲については配信が実現していないが、ぜひとも「デタント」(緩和)を期待したいところである。



■iTunes Matchは年内スタート! 音楽配信は「新しい時代」へ

 iTunes in The Cloudが実現したとなると、次に気になるのは「iTunes Match」だ。

 この両者は、非常に似たサービスであるため混同されることが多いが、あくまで別のものだ。日本で本日よりスタートしたのは「iTunes in the Cloud」のみで、iTunes Matchはまだスタートしていない。

 両者の最大の違いは「iTunes Storeから買ったのでない楽曲」の扱いにある。iTunes in the Cloudは「iTunes Storeで買った楽曲」のみが対象で、他の音楽配信で購入した曲や、CDからリッピングした曲は対象ではない。それらの曲は、これまで同様パソコンとiOS機器をケーブルでつなぐか、無線LANを使って同一LAN内で接続状態にするかして「ローカルでの同期」を行なう必要があった。

 だが、iTunes Matchは違う。iTunes Storeから購入していない曲も対象となる。詳しい仕組みは後述するが、ライブラリーにあるすべての曲がパソコンと同期をとることなく、「クラウドから降ってくる」ようになるのだ。

ロウ:日本で本日からスタートするのはiTunes in the Cloudのみです。しかし我々はレーベルとの交渉も含め、準備を着々と進めています。今年の後半(later this year)には、日本でもiTunes Matchをスタートしたいと考えています。

 これまでアップルは、iTunes Matchの日本でのスタート時期について言及してこなかった。またそもそも、同社が「まだ発表していない予定」についてコメントするのも珍しいことである。待望のiTunes Matchが日本でも「年内には」使えるようになる、というのはビッグニュースといえる。

 では、その時に何が起こるのか? ここでは、アメリカのアカウントを使ってのテストを例をご紹介しよう。これ以降のものは「日本で現在利用できるサービスのものではない」ことをご留意いただきたい。アメリカアカウントでのiTunes Matchの利用には、アメリカアカウントが必要なだけでなく、「アメリカ発行のクレジットカード」での支払いが必要にある。なので、日本から利用するのは非常にハードルが高い。

 iTunes Matchでは、まず「楽曲のアップロード」が行なわれる。といっても全部をアップロードするのではない。パソコンのiTunesで管理された楽曲を分析し、iTunes Store(この場合にはアメリカのストア)で売られている曲については、それを利用する形となる。そのため、iTunes Storeにない曲だけをアップロードすることになる。すべての作業は自動で行なわれるため、こちら側で何かをする必要はない。作業が終了すると、「iTunes Store」の下に「iTunes Match」という項目が増え、ミュージックの横に「雲」マークがつく。

まずパソコン上のiTunesでライブラリの分析とアップロードが行なわれる。私のライブラリの場合、アメリカのストアにはない楽曲が多かったため、アップロード量は多めだった 設定とアップロードが終わると、「iTunes Store」の下に「iTunes Match」項目が。各楽曲やミュージックライブラリーの横には「雲」マークが出てくる。また、スマートプレイリストの項目にも「iCloud」関連のものが追加される
iTunes Matchをオンにすると、ライブラリーはiTunes Matchの情報で置き換えられる。そのため、最初に警告が出る

 ではiOS機器側はどうだろう? ここでは「楽曲を1曲も入れてないiPad」を用意し、iTunes Matchを有効にしてみる。機能を有効にすると、iPad内の音楽ライブラリーは「iTunes Match」に置き換えられる。

 同期はしていないため、本来楽曲は1曲もないはずだ。だが、ライブラリー内には「雲」マーク付きで曲がずらりと並ぶ。ここで「再生」をすれば、ネットワークから曲がダウンロードされ、再生されることになる。プレイリストの場合にはもちろんその順番にダウンロードされる。アルバム単位で手動ダウンロードも可能だ。


最初の起動時には、iCloud上にあるiTunes Match対応ライブラリーの内容をダウンロードする。そのため、短時間だけこの画面が現れる 実は音楽を一曲も同期していないのだが、iTunes Matchのライブラリーが使われるため、アルバムがずらりと並ぶ。楽曲名の隣にある「雲」のマークが、まだローカルにダウンロードされていない印だ アルバムから曲を選んで再生も可能。「雲」マークがないものはダウンロード(再生)済み楽曲だ。手動ダウンロードせずとも、再生していけば自動的に楽曲がダウンロードされていく

 こうすると「聞いた曲だけ」がライブラリーに蓄積されていくことになる。長く使えば「よく聞く曲」は多くがライブラリーにすでにある、という状態になるだろう。そうでなくとも、ダウンロードしての再生は、数秒から数十秒で開始される。違いは「雲マークがあるか否か」、すなわち、クラウド上にあるか否か、ということだけだ。

 iTunes Matchを実現するには、主に2つのハードルがある。

 第一は「権利者」だ。iTunes Storeで配信されている楽曲で「個人が持っていた楽曲」を置き換えることになるため、元々CDで持っていた人や他の方法で入手した人に対しては「改めて曲を配信する」ことになる。品質はiTunes Plusと同様、AAC・256Kbpsだ。だからアップルは権利者に、その分の追加利用料を支払う必要がある。アメリカでは、このために、利用者は年間24.99ドルの費用を支払う。日本でも「無料」にはなるまい。

 二つ目の壁は「法解釈」だ。日本では、個人が持つ著作物を個人にしか利用できない形であっても、ネットワーク上のストレージに置く場合、著作権法に抵触する可能性がある、と指摘されている。俗に言う「MYUTA裁判判例によるカラオケ法理」が適用される可能性があるからだ。

 しかし、アップルがiTunes Matchを実現する、と公開したということは、これらの問題について一定の解決(もしくは判断)が得られた、ということになるのだろう。残念ながら、各権利者との交渉や法判断について、アップル側から詳細なコメントは得られなかったが、ロウ氏は次のように語ってくれた。

ロウ:各権利者とは、良い関係が保てていると考えています。少なくとも、我々の側から見て、の話ですが。

 今、日本の音楽業界はチャレンジングな、厳しい時期を迎えています。市場の縮小に直面しています。その時にも、iTunes Storeビジネスは急速に拡大しています。今回ご紹介した新しい機能によって、レーベルやアーティストにとっては良い環境ができることを期待しています。

 昨日日本レコード協会(RIAJ)は、2011年第4四半期(10〜12月)における有料音楽配信売上実績を公開した。その内容は、既存の事業者にとって非常に厳しいものだった。その内容を、アップルが意図して今日の発表に至ったかはわからない。だが少なくとも、現在日本の音楽配信事業は、「フィーチャーフォンベースのビジネス」から、より本格的で一般的な意味での「音楽配信」に移行すべき時が来ているのは間違いない。

 アップルが今回、矢継ぎ早に打ってきた施策は、その姿を感じさせるものだ。

(2012年 2月 22日)


= 西田宗千佳 =  1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]