西田宗千佳の
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エリアを撤廃した「LISMO WAVE」の秘密と狙い

~全国のFM放送をどこでも聴けるau音楽新サービス~


KDDI 新規ビジネス推進本部 メディアビジネス部 サービス企画グループの藤田氏

 昨年来「ラジオ」の力を見直す動きが広がっている。今回紹介するauの「LISMO WAVE」も、そんな流れの中で生まれたサービスの一つだ。全国のどこにいても、全国52局のFMラジオ放送がネット経由で聴けるサービスである。

 携帯電話事業者であるauが、なぜラジオのIP配信に乗り出したのか? そしてその背景には、どのような狙いがあったのだろうか? ビジネス企画を担当した、KDDI 新規ビジネス推進本部メディアビジネス部サービス企画グループ課長の藤田哲史氏に話を聞いた。


 


■ 軸になるのは「新しい音楽との出会い」の演出

IS03でLISMO WAVEを利用した場合の画面。専用アプリを起動して使う

 インタビューに入る前に、LISMO WAVEのサービス内容を確認しておこう。すでに述べたようにこのサービスは、FMラジオ放送をインターネット網を介して提供するものだ。auが運営するものなので、対象は当然同社の携帯電話端末。現状では、スマートフォンである「IS03」と「IS04」、フィーチャーフォンの「T006」が対象だ。

 ラジオのネット配信と「radiko」を思い浮かべる方もいるだろう。実際聴いてみても、操作方法などに違いはあるが(この点は後述する)音質面で特に大きな差は感じない。「ラジオのネット配信」という意味ではかなり似たサービスであるのは事実だ。だが、LISMO WAVEとradikoではいくつも異なる点がある。

 まず第一に、LISMO WAVEはFMラジオ放送に特化しており、現状ではAM放送に対応していない。

 第二は「場所に依存しない」点だ。radikoは、IPアドレスやGPSを使って聴取者のいるエリアを判別する仕組みが採り入れられており、エリア外の放送を聞くことはできない。東京にいながら他の地方の放送は聴けないし、逆も無理。日本全国で利用できるわけではなく、現状では東京・大阪を中心とした関東、関西各エリアの1都2府10県の13局のみが対応。全国展開にはまだ時間がかかる。

 だがLISMO WAVEにはエリア制限はかけられていないので、どこにいても、(配信対応局ならば)どこの放送も受信できる。例えば、東京にいて沖縄のFMラジオ局の番組を聴く、といったことだってできるわけだ。

FM局はリストになって並んでおり、どこからでも、どの局も聞くことができる東京にいながらにして、沖縄の局をノイズなしに聴取可能

 第三にもちろん「有料」であること。5月31日まではキャンペーン期間中で無料だが、通常は「ラジオパック」としての月額情報料315円を支払う必要がある。他方、radikoは無料で運営されている。

 そもそもLISMO WAVEは、どのような形でスタートしたのだろうか? 藤田氏は着うたフルや音楽配信サービス「LISMO Music Store」との関係を指摘する。

藤田氏:(以下敬称略)企画をスタートしたのは2009年の秋ころのことです。auは、音楽にこだわっていろいろなことをやってきました。2002年には着うた配信をスタート、2003年にはFMラジオ搭載端末も出してきました。

 そんな中、音楽を知るきっかけがかなり減っている、と感じていたのです。着うたフルやLISMOでのダウンロードランキングを見ると、あきらかに一部のアーティストに偏っています。そこを改善していかなくてはならない、と考えました。(FMラジオ局のような)放送型ならば、新しい楽曲に、なにかしら触れるきっかけがあると思うのです。現時点でFM52局には1,500人のパーソナリティーがいらっしゃいます。彼らが選んだ曲を、なるべく多く聞いていただきたいのです。

 そもそも我々には、2003年にFMラジオ放送対応の端末を提供した経緯から、FMラジオ局さんとおつきあいがありましたので、そこからお話をスタートしました。

 放送と共に、我々のLISMOの楽曲データベースが表示されます。そして、着うたフルサイトへの導線や、関連するCDパッケージの情報まで表示しています。いまはできていませんが、チケット情報なども出していきたいと考えています。

現在どのような曲が流れているのか、その曲をどうすれば購入できるか、といった情報は、連携情報を使って知ることができる。着うたフル販売サイトへの連携はもちろん、CDの購入も可能。動画チャンネルへの導線も用意されている。

 現在のヒットチャートでは、テレビなどのマス媒体で大量に宣伝が行なわれたり、テレビ番組や映画でタイアップしていたりするような「露出度の多い楽曲」か、元々ファン層が厚いアーティストの曲で占められることが増えている。ソーシャルな関係が重要な世の中になりつつあり、ロングテールという言葉も生まれて久しいが、マス宣伝の強みはいまだ健在であり、逆に「集中と選択」が進んでいる印象が強い。裏を返せば、新しい楽曲が売れづらくなっているということでもある。

 ラジオでは、ヒット曲以外にも様々な曲を流している。その力を使って音楽との関係を見直し、最終的には着うたなど関連ビジネスの活性化に繋ぎたい、というのが同社の狙いといえる。

 



■ FM局との関係、「有料」である強みで「エリア撤廃」を実現

 LISMO WAVEが発表されると、まず注目されたのは「エリア制限がないこと」だった。自分の出身地などのゆかりの土地や、特徴的なパーソナリティのいる局の放送を聞けること、もっと単純に大都市部の「キー局」の放送を地方で聴けることには大きなメリットだ。

 一方、放送の事情を考えると、放送エリアをまたいで放送が聴けるというのは、非常に困難が伴うことのように思える。radikoにエリア制限があるのも、放送のビジネスモデルに配慮したためだ。LISMO WAVEにそれができた理由はなんだろう? 藤田氏は「特別な秘密はない」と説明する。

藤田:我々として、特別なことをしたつもりはありません。まずはっきりさせておきたいのは、LISMO WAVEは通信サービス。サイマルキャストによるストリームでの提供であり、放送ではありません。

 放送局の考えとしては、現状の「難聴取」という状況を改善したい、ということがありました。視聴環境と広告収入の両面で苦しく、多くの機会を求めているのが実情です。そこに「音楽を届けたい」「その方法をいろんなアプローチで増やしていきたい」という点で、我々と考えが一致した、ということです。

 直接聞いたわけではありませんので、推測の部分もありますが、radikoもリスナーをふやしたい、という思いで同じかと思います。ですが、radikoはラジオビジネス、放送のエンハンスという側面があります。我々とはアプローチが異なります。

 FMラジオ局との関係を強調する藤田氏だが、radikoとはもう一つ、大きな違いが存在するということも見逃せない。それは収益モデルの違いである。

藤田:LISMO WAVEをサービスを提供するにあたっては、FMラジオ局のみならず、レコードメーカーであったり出演者の方々の事務所であったり、多くの方々のご了解をいただいて成り立っています。

 我々のビジネスの特徴は「有料である」ということです。正直、今の形になるまでには、様々なビジネスモデルを検討しました。やはり中でも、チャンネルを聞いていただくことに「有料の価値がある」という判断が大きかった。我々は、関わっている方々に対して適切な利益配分をさせていただいています。

 権利者の方々にも、色々な立場、お考えがあり、一概には言えません。ただ「ネットがいけない」ではなく、適切なビジネスモデル・適切な収入があれば広げていきたい、という考え方のところがほとんどです。こと音楽に関しては、すこしでも多くのアーティストを表に出していきたい、という考えは共通しています。やはりその前提になるのは「有料」ビジネスモデルを作ったということになるのでしょう。

 交渉の困難さ、ですか? ちょっと説明が難しいですね。言えるのは、これまでも着うたなどのサービスを作る上でも、レーベルなど音楽業界の方々と接する機会が多かった、ということでしょうか。相互の信頼関係が非常に重要で、なにかの方程式があるわけではありません。時間がかかることで、これまでも脈々と色々な話があって、その延長に今回の話もあるということですね。

 もちろん、すべての権利者の方々と、直接すべてお話するわけではありません。CMを含めた番組の配信許諾の権利処理などFMラジオ局とのパートナーシップにより実現しています。

 今回、LISMO WAVEでの配信では、基本的にCMも含め、可能な限り放送と同じものが流されることになっている。だから、地方CMを東京で聞くこともあり得るわけだ。

 もちろん、すべてではない。国際的なスポーツイベントや一部の番組、CMなど、権利がクリアーにできないものについては配信が行なわれない。それはどこが、どのような判断で決めているのだろうか?

藤田:流す・流さないの判断はFMラジオ局側で行なっていただいています。ラジオ局側でLISMO WAVE向けにご提供いただき、それをそのまま流している、という形です。

 リスナー視点にたった場合、CMは地域性を感じ取れる根拠でもあります。放送局の方とも協議しながら、CMを配信できるよう調整できればと思います。

 このあたりの仕組みからも、この事業に関し、FMラジオ局とauが共同であたっている、という事情が見えてくるだろう。元々FMラジオ局は、自らが放送するために権利処理を行なっている。そこにau向けの権利処理判断を加え、配信を一手にauが請け負う、という形で、LISMO WAVEはできあがっているのだ。

 ここで気になるのは、利益配分の部分。さすがに、どの事業者に対して何%が還元されているのか、という点は明かされなかった。だがその配分の仕組みは、単純に「聞かれた分だけ」を支払っているのではないようだ。

藤田:情報料の何%、という形で配分させていただいている場合もあれば、FMラジオ局と連動で配分しているものもあります。(LISMO WAVEでの)聴取率に基づいての利益配分、というわけではありません。

 


■ 実はスマートフォンは後付け、「バッファ時間」「AM」「録音」はどうなる?

 LISMO WAVEは、1月25日に発表され、翌日よりスマートフォン向けのアプリをダウンロードする、という形でのサービスが始まった。そのため、サービス利用者のほとんどはIS03であり、「ユーザー傾向を語るには偏りがあり、分析するには適切な時期ではない」と藤田氏は言う。

 またそもそも、サービスを企画した段階では、これほど「スマートフォンありき」ではなかったようだ。

藤田:検討を開始した時期には、スマートフォンメインという考えはなかった、というのは事実です。フィーチャーフォンメインでありつつも、他のデバイスを見据えた構想であったので、横展開は楽にできる、と考えていました。

 そこへ、au全体がスマートフォンを重視するという流れがきたため、企画全体がスマートフォンからスタートする方向へシフトしていった、というのが現実的な流れであるようだ。

 ストリームを流し続けるようなサービスは、携帯電話事業者にとっては善し悪しである。通信回線にかける負荷が大きくなりやすいからだ。特にフィーチャーフォンでは、新サービスを構築する上で、ネットワークに対する負荷の見積もりを厳密に行ない、慎重に構築するのが常であった。

 他方スマートフォンは、そもそもIPネットワークを自由に使う思想の製品なので、フィーチャーフォンに比べると通信負荷がコントロールしにくい。それを逆手にとると、LISMO WAVEのようなストリーム型のサービスは提供しやすい基盤である、ともいえる。

藤田:その通りです。端末については、会社としてのスマートフォン戦略に寄っていった、という部分があります。

 そしてもう一つは、スマートフォンの場合、連続ストリームの通信を、携帯電話ネットワーク上で、緩い制約で実現できる、ということもありました。そういう意味では、LISMO WAVEはサービスの面でもスマートフォンに向いていた、といえるでしょう。

 これまでフィーチャーフォン向けにサービスを構築する場合には、ある程度トラフィックを盛りつつも均等になるように、と配慮していく部分がありました。

 実は、フィーチャーフォンのT006向けに提供しているサービスでは、コンテンツのダウンロード容量が20MB(筆者注:これまでは映像コンテンツ向けのファイルサイズは10MBまでであったが、LISMO WAVEのスタートにあわせて増量された)に制限されており、その中でサービスをしています。放送を20MB分ずつのデータで提供しているわけです。現状では、ファイルの切れ目でアラートを出すようにしています。20MBでどれだけの長さか、ということは一概には言えないのですが、30分から40分というところでしょうか。

 ただ、この制限はWi-Fi(無線LAN)利用時はありません。フィーチャーフォンでもスマートフォン同様、制限がありませんので。我々の調査でも、Wi-Fiはかなり利用される傾向にあります。

 今後どのくらいの機種に対応できるのか、という点についてですが、「すべての機種で対応できるわけではない」です。フィーチャーフォンの場合、デコード処理のパフォーマンスの問題があり、過去の機種すべてに対応するのは難しいのです。現状では、T006のみの対応となります。

スマートフォン版にはTwitter連携機能を搭載

 機能的には、スマートフォンにはTwitter連携機能がありますが、フィーチャーフォンにはありません。実は、Twitter連携はサービス企画当初にはなかった要素です。Twitterを選んだことにも、特段大きな理由があるわけではなく、音楽と一緒に、もっともよく利用されているSNSである、という判断からです。フィーチャーフォンでのTwitter連携が行なわれていないのも、企画時期には間に合わなかった、という事情です。

 他方、フィーチャーフォンには、スマートフォンに比べハード・ソフトの品質が均質である、という良さもある、と評価しています。当面は両方に向けてサービスを提供していくことになると考えています。

 LISMO WAVEによって自由にFMラジオをネットで聴けるようになったのは、とても良いことであり、このところのauに対するイメージを払拭する効果も持っていたのではないだろうか。藤田氏も「まだサービスに対する反響を定量的に語る段階ではない」としつつも、「KDDIに対しては『久しぶりにやったな』というポジティブなお声をいただいている」と話す。

 一方で、サービス面を見るとまだまだ改善してほしいところがあるのも事実だ。

 筆者が強く感じたのは、聴取用アプリの起動の遅さと、録音機能がないことの不便さだ。起動の遅さは、ストリームの内容をある程度バッファに蓄積してから利用することに起因するものと思われる。LISMO WAVEではFM放送に対して、「5分遅れ」で配信される。

藤田:バッファは5分間分です。地下鉄などの電波が届かない場所でも音声が途切れないように、という工夫です。やはり「移動中に聞いていただきたい」と考えて機能を入れました。今後はバッファの時間をユーザーが変えられるようにしていきたいと思います。

 音楽を聴ける時間というのは限られていますので、好きな時に好きな機器で、好きな場所で、という環境を提供していきたいと思います。現状まだ準備ができていませんが、他の端末にも展開していきます。

 録音/タイムシフトは、かなり難しい問題だと思います。現在は、音楽が気に入ったら「買っていただく」モデルを前提にしています。しかし音声番組はそれとは質が異なります。その上でタイムシフトを実現するには、話し合いをしていかなくてはならないと思います。相当に権利上の課題が大きいだろう、とは思いますが、具体的にどうすべきかは、まだわかっていない状況です。

番組表から聴取予約が可能番組情報に予約ボタン予約確認画面予約完了

 もうひとつの「ラジオ」であるAMラジオ放送についてはどうだろうか?

藤田:発表以来「AMを聴きたい」、というお声はたくさん頂戴していますので、ぜひ権利者の方々と話をしていきたい、と思っています。

 正直「音楽」という切り口から入ったので、まずはFMラジオ局のみなさんとお話させていただいた、ということなんです。まだAMラジオ局の皆様とはお話をさせていただいていないのでどうなるかはコメントできないのですが。

 他方、まったく異なる問題点も指摘する。

IS03ではアプリをau One Marketからダウンロード/インストールする必要がある

藤田:IS03のお客様にとっては、現在のサービスは、au One Marketにアクセスしていただき、専用のアプリをダウンロードしてから利用していただく必要があります。IS03やIS04は30代男性の利用率が高く、その層ならば理解して作業していただける形だとは思うのですが、ダウンロードまで含めた「利用導線」がプリセットされているわけではないので、au One Marketにアクセスできる知識をお持ちでない方々にはまだ利用が進んでいないのが実情。そういった点の改善を進めていく予定です。

 スマートフォンが中心になるということは、これまでの「公式サイトを使った導線整備」が使えない、ということでもある。ユーザーに便利なサービスを伝え、利用を促進していくためには、また新しいノウハウが必要になるだろう。アプリのプレインストールも含め、わかりやすく誰もが使いたいと思えるサービスにしていくことが必要だ。

 また、現在は1チャンネルによる「実験」という形であるが、動画配信とLISMO WAVEを連携する動きもある。ネットを介した連動が広がっていけば、音楽の聴き方・触れ方に新しい道ができることになるだろう。

 あとは有料による「プレミアム」をどうやってつけていくか、ということが気になる。現状での「エリアフリー性」をプレミアムと見ることもできるが、「ネットなら当たり前」であることを有料で提供されているような気もするので、それだけでは少々寂しい。動画配信や楽曲情報との細かな連動によるキャンペーン展開など、ネットでしかできない部分を追加することによる「プレミアム感の演出」に期待したいところだ。


(2011年 2月 24日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]