“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第516回:ダミーヘッドのバイノーラル録音を手軽に

~ SAMREC「Type2500S」でサラウンド体験 ~



■音響技術者垂涎のバイノーラル

 バイノーラル録音という技術をご存じだろうか。筆者は元々音響工学畑の出身なので、学生時代にはこういう勉強もしたものだが、普通の人はあまり知る機会がないのではないかと思われる。

 バイノーラル録音を簡単に言うと、人間の頭部と同サイズ・形状のダミーヘッドの耳のところにマイクを埋め込んで録音し、それをヘッドフォンやイヤフォンで再生すれば、原理的に現場で生音を聴いたのと同じ効果が得られるはず、というロジックである。これは人間の頭部の形状や耳の形などによって起こる音の回折(回り込み)や反射ごと録音してしまうことで、自然な立体感が得られる、という理屈に基づいている。

 筆者が勉強した80年代初頭では音楽録音には使われず、どちらかというと自然音、環境音録音のようなものに対して使われており、もっと精度の高いものはホールの音響測定用に使われたりしていた。まあ、一般的なマイクとはほど遠い存在である。

 ところが最近、急速にバイノーラル録音が身近になってきた。元々バイノーラル録音は、ダミーヘッドを使って録音するものだが、マイクの小型化により、本物の人間の耳の中にマイクが突っ込めるようになってから、いくつかバイノーラルマイクが登場した。このあたりは昨年の藤本氏の記事が詳しいので、ご一読いただくとより理解が深まるだろう。

 もう一つ、バイノーラルが近年注目され始めた事情に、バーチャルサラウンド技術の急速な進化が挙げられる。ソニー、ヤマハ、パイオニアなどが取り組んでいるバーチャルサラウンドは、フロントスピーカーのみでサラウンド感を出す技術であるが、これらの開発は耳で聞いただけではダメで、正確なデータ測定が必須だ。こういう時に、ダミーヘッド式のバイノーラル録音装置が必要になる。

 前置きが長くなったが、今回御紹介するサザン音響のSAMREC「Type2500S」は、従来のダミーヘッドに比べて大幅な低価格化を果たした製品だ。低価格とは言っても、店頭予想価格で198,000円する。それでも従来のダミーヘッドに比べれば1/5ぐらいの価格なので、大幅な低価格と言うのは間違いではない。元々とてつもなく高いものなのだ。

 今回はこの製品を使って、バイノーラル録音に挑戦してみよう。



■意外に軽量な本体

 まずダミーヘッド本体だが、人間の肩の上からすっぱり切り取った感じの人型である。サイズはまさに平均的な人間と同じ大きさだ。表面は硬質の樹脂っぽい手触りで、制振素材だそうである。本格的な音響測定用はもっと目や口がしっかりあるのだが、Type2500Sはその辺は丸められており、鼻がしっかりあるぐらいの作りになっている。

Type2500Sのボディ正面から後ろから

 頭部の形状は、おそらく世界標準に合わせた設計になっているのだろうが、東洋人の骨格とはちょっと違う感じがする。西洋人は顔の面積が狭く、後頭部が後ろに張り出しているが、東洋人は顔の面積が広く、頭部がほぼ円形である。

 このあたりを厳密にやるならば、まさに自分の耳にマイクを着けて録音するのが一番正確なのだろうが、アレはアレで不便である。というのも、録音時に自分が微動だにせずにそこに立っていなければならず、ちょっと録音レベルをのぞき込みたいとか足がかゆいとか横を綺麗なお姉さんが通ったとか、そういうことを全部我慢しなければならないのである。さらに静かな場所では自分の呼吸音が入ったりもするので、案外ちゃんとした録音は大変なのだ。そういう点では、ダミーヘッドを使った方が楽である。

 耳の形状は、標準ではエルゴノミクス形状のものが付いているが、オプションでリアルモデルにも付け替えできる。素材はボディとは違い、弾力のあるゴムっぽい素材だ。ボディは焦げ茶色だが、エルゴノミクス形状の耳は黒で、色が合わないのは残念だ。一方リアルモデルは同じ色である。

標準のエルゴノミクスタイプ(左)とリアルモデルリアルモデルを付けたところ

 マイクは、メーカーやモデル名は不明だが、無指向性コンデンサーマイクが付いている。端子は底部から取り出し、ステレオミニタイプで、プラグインパワーの供給が必要。最近はリニアPCM録音可能なポータブルレコーダでプラグインパワー対応のマイク端子を持っているものも増えているので、録音にはそれほど困らないだろう。マイクは自分で好きなものに交換もできるようになっている。

耳を外すとマイクがあるマイクは交換できるようになっている

 底部はゴム足付きの金属板になっており、4カ所のネジで簡単に外れるようになっている。ケーブル出し用の穴は左右2カ所にあり、設置状況に応じて出し方を変えられる。このあたりの細かい工夫は、まさに現場に数多く持ち出さないとわからない部分だ。

底部には三脚用のねじ穴も内部は左右を吸音材で区切っており、クロストークの発生を抑えている

 重量は実測で1,430gでそれほど重くはないが、民生機のカメラなんかよりは全然重たいし、高さもそれなりにあるので、しっかりした三脚でないと、上や下に向けたときに倒れるだろう。



■バイノーラルならではの自然な音場

今回の集音に使用したセット。左からType2500S、R-09HR、HF G10

 何はともあれ、まず録音して聞いてみないことには効果がわからない。というわけで、臨時の録音セットを作ってみた。

 まず左が今回のType2500Sで、リアル耳タイプを使用。真ん中は比較対象としてローランドの「R-09HR」でも録音してみることにした。右側はガイド用の映像撮影兼比較対象として、キヤノンの「HF G10」を用意した。G10は本来レンズフードが付いているが、ポジション的にR-09HRのマイク部分に干渉するので外している。G10の横に挟まっているのは、Type2500S録音用のソニー「MZ-RH1」である。

 G10は標準的なAVCHDのオーディオ、AC3/256kbps記録のままである。R-09HRの録音モードはRH1に合わせて、16bit/44.1kHzのリニアPCM、リミッター/Low-Cutフィルタなしで録音している。

 収録場所はいつもの公園であるが、今回は音重視のためいつもの撮影ポイントとは違っている。シーン1は水辺をのぞき込み、背後に親子連れが話ながら通過する。シーン2は目の前のまっすぐな道を、左からバイク、すぐに右から自転車、そして右から車が目の前を通過する。シーン3は落ち葉の上を歩き、上を見上げて鳥の声を探す、といった状況になっている。

【録音サンプル】
HF G10R09-HRType2500S

g10_sd.mpg
(61MB)

r09_sd.mpg
(75MB)

type2500s_sd.mpg
(75MB)
映像・音声ともAVCHD映像はMPEG-2 24Mbps
音声は16bit/44.1kHzの
リニアPCMで録音
※音声フォーマットは編集ソフトの
出力プリセットの都合で48kHzに
アップサンプリングされています
映像はMPEG-2 24Mbps
音声は16bit/44.1kHz
リニアPCMで録音
※音声フォーマットは編集ソフトの
出力プリセットの都合で48kHzに
アップサンプリングされています
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、
再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 G10の場合は、オートゲインのおかげで遠くから近くまでを自動的にうまいこと録音レベルを制御しているが、それが故に空間的な立体感には乏しい。またクロストークも結構あり、最初から音源とは反対方向のマイクからも音を拾っているのがわかる。

 R-09HRは、中低域の厚みが結構あり、いわゆる「オンマイク」的な音が特徴である。元々前からの音を録るための機器として設計されているため、音の方向としてはやはり前から聞こえる。

収録中の様子。イヤフォンでモニターしていると、後ろからの音に思わず振り返ってしまう。ダミーマイクは前を向いたままなので、振り返っても音は後ろから聞こえ続けるという奇妙な感覚……

 Type2500Sは、低域がそれほど出てないのはマイクの特性もあるだろう。音の方向感としては、空間全体をうまく記録しており、後ろからの音、前からの音、左右方向に一直線に移動する音源の定位なども綺麗に揃っているのがわかる。また録音当日はやや風の強い日だったが、フードも何もないのにフカレに強い。

 収録時はType2500Sの音をイヤフォンでモニターしていたのだが、マイクの音を聴いている感じがしないため、後ろからの音に思わず振り返ってしまうこともあった。もちろん自分が振り返ってもダミーマイクは前を向いたままなので、振り返ってもずっと後ろから音が聞こえ続けるという珍現象に遭遇した。筆者自身も自分でダミーヘッド録音をするのは初めてなので、いろいろ学ぶところも多かった。

 時間があれば室内でのクラシック音楽収録なども行なってみたかったが、あいにくタイミングが合わなかったのが残念である。




■総論

 今回はやや早めの総論だが、ダミーヘッド収録でまず乗り越えなければならないのが、収録中の視線である。周りの人からは「坊主頭のマネキンを持ってきて何をしているのだ?」、という奇異の目で見られる。今回はビデオカメラも取り付けたので、撮影に関する何かであるということは見てわかったとは思うが、ダミーヘッドを連れて音声だけを録っていたら、奇人扱いされる可能性は高いだろう。

 しかし、確かにバイノーラルによる集音は、環境音の記録としてはかなり効果的であることがわかった。これまでのステレオ録音でも結構良く録れていると思っていたのだが、環境を再現するという意味ではバイノーラルに軍配が上がる。

 筆者が小学生ぐらいのころだから1970年代だろうか、第何次かは知らないが「ナマ録」ブームが訪れたことがある。理由は、記録メディアとしてカセットテープが誕生したことで、ラジカセが若者に大きくフィーチャーされ始めたからである。

 当時映像の記録は8mmフィルムなどが存在したが、高解像度とは言えなかった。しかしオーディオのほうは、かなり高解像度で記録することができたわけだ。映像ではなし得なかった現場の再現ということにかけて、オーディオでの様々なトライアルがなされたのもこの頃である。

 しかしバイノーラル録音をはじめとする「ナマ録」は、すっかり廃れてしまった。理由は、「録って面白いものが限られる」ということだろう。昔であればSLの音を録りに行く人も沢山いたが、現代では電車音を録って楽しむという趣味は、広く認知されているわけではない。また人為的なノイズがなく自然音だけが録れる場所というのも、今となっては限られており、さらにコストをかけてそれを自分で録音する意義を見出すのも難しくなっているのが現状だ。

 最近ではPCMレコーダの人気が高まっており、録音に関して少しずつ意識レベルが上がってきている。その一方で映像に付帯する音というのが、これまであまりフォーカスされてこなかったというのもまた事実である。より立体感のある現場の再現という点で、オーディオの収録はもう一つハードルを越えてもいいように思える。今回の記事で、少しでも生音の集音に対して関心を持っていただければ幸いである。



(2011年 5月 18日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]