小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第639回:スイッチャー当たり年!? ライブ/ネットに集中する映像業界
“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
第639回:スイッチャー当たり年!? ライブ/ネットに集中する映像業界
Inter BEE 2013開幕。4Kだけじゃない注目機器たち
(2013/11/14 12:21)
4K以外も面白い
今年も1年の締めくくりとして、日本の映像クリエイティブ業界の未来を占うInterBEEの季節がやってきた。今年は例年と違い、“占う”とは言いつつも方向性がはっきりしている。2020年オリンピックが東京にセットされたことで、映像業界の方向性は、「4K/60p中継」に設定された。
ただそうは言っても、正式決定は今年9月であったわけだから、そこからすぐに対応製品がお目見えするわけではない。しかし、これまで若干冷ややかな目で見られていた4K推進メーカーに、俄然チャンスが巡っていたことは間違いない。
多くのメーカーが4Kへのチャレンジを積極的に行なう中、HD解像度をリアルタイムで扱うライブスイッチャーには、スペック的にも価格的にもかなり余裕が出てきたようだ。今回はInterBEEで見つけた機材のうち、イベントやネット放送なども含めたライブスイッチャーの話題をまとめてみたい。
ソニー、2タイプのスイッチャーを展示
ソニーブースで展示されていたのは、既存のHDスイッチャー「MVS-8000X」と「MVS-7000X」を4K対応にアップグレードするオプションソフトウェア、「BZS-8570X」(MVS-8000X用)と「BZS-7570X」(MVS-7000X用)だ。
元々両スイッチャーはHD/60pに対応しているため、その入力を4つ束ねれば、4K解像度の映像が切り換えできる。手動でやるなら4段をいっぺんに切り換えなければならないが、このソフトウェアを使う事で4入力を1つのソースとして扱うことができるようになる。
すでにスカパーJSATで実施された4Kライブ中継の試験放送でも、これらのスイッチャーとソフトウェアの組み合わせでスイッチングを行なった実績がある。ただし実際に切り替えできるのは、現時点ではカットチェンジとディゾルブぐらいで、ワイプによる切り換えは来年以降のアップデートで対応するという。また内蔵DME(デジタルマルチエフェクト)に関しては、4Kでは使用できない。
また現状のソフトウェアでは、4つの映像を“田の字”型に配置する「Square Division」に対応するのみだが、4Kカメラの出力としてスタンダードとなりつつある「2-Sample Interleave Division」は、来年以降のサポートとなる。
「2-Sample Interleave Division」は、4Kの映像のピクセルを飛ばし飛ばしにして構成されたHD 4本のストリームを伝送するスタイルだ。この方式なら、カメラモニターなどもHDの機材を使って4K画面全域を確認する事ができるなどのメリットがある。
このため、現状ではまだ4K用のスイッチャーとは呼べないものの、既存の機材のアップデートでとりあえず4Kが中継できるところまで漕ぎ着けた、というレベルである。本格的に4Kに対応したスイッチャーは、来年登場する予定だという。
もう一つのスイッチャーはすでに昨年のNABで発表済みだが、9月から発売が開始された「AWS-750」だ。操作画面とモニター画面が上下2面のタッチスクリーンとなった小型HDスイッチャーで、画面はスライドして折り畳めるほか、iPadのSmart Cover的な構造のカバーで画面を保護することができる。
映像入力は、HD/SD SDI(BNC)、HDMI、コンポジット、RGB(D-Sub 15ピン)、コンポジットなど6系統で、出力はHD/SD SDI(BNC)、HDMI、RGB(D-Sub 15ピン)となっている。オーディオ入力も6系統あり、Ethernetによるリモートカメラコントロールにも対応、位置も含めてテロップなどもプリセットできるなど、コンパクトなオールインワンとなっている。
元々この手のビデオとPCの混在可能なスイッチャーはローランドが得意としてきたところだが、イベントなどのネット配信や現場でのスクリーン投影といったニーズが盛り上がっており、可搬型として登場した格好だ。
操作も従来型スイッチャーのような、プレビュー列に上げてからテイクといったスタイルだけではなく、シーンを直接タッチして切り換えや合成を行なうスタイルでも操作でき、従来型のスイッチャーを使ったことがない人でも操作が可能となっている。このような操作感が、次世代スイッチャーの主流となりそうだ。
BMD、4K/30p対応の小型1MEスイッチャー
デジタルシネマや放送クラスの映像機器を、破壊的な価格で提供するBlackmagic Design。近年はシネマカメラを中心とした展開を行なってきたが、今年のInterBEEの展示は、同社独自規格である6G SDI規格をサポートした製品を多数展示している。6G SDIは、従来のHD SDIケーブルに標準規格の2倍の帯域を伝送するもので、ケーブル1本で4K/30pまでの伝送を可能にしている。
中でも注目は、「ATEM 1 M/E Production Studio 4K」だろう。以前から低価格スイッチャーとしてATEMシリーズを展開しており、すでに4K/30p対応のスイッチャーとしては、今年6月頃から「ATEM Production Studio 4K」の販売を開始している。
この「1 M/E」が付かない「Production Studio 4K」は、キーヤー数が少ない、DVE(デジタルビデオエフェクト)を内蔵しない、HDMIを多くサポートといったシンプルな構成で、映像の機能的には簡易HDスイッチャー「ATEM Television Studio」の4K版という位置づけであった。
今回の「1 M/E Production Studio 4K」は、これの上位版にあたり、HD版の「ATEM 1 M/E Production Switcher」の機能をほぼ4K/30pで実現したところがポイントだ。入力数は6G SDIを中心に10系統で、出力は8系統となっており、価格は現時点で267,800円となっている。コントロールパネルは、従来から1M/E用に販売されていた「ATEM 1 M/E Broadcast Panel」がそのまま使える。
余談だが、2000年前後に初めてHDの小型1 M/Eスイッチャーが出たときは、DVEは別でおよそ1,000万円したことを考えれば、破格の値段といえる。
実際に少し触ってみたが、30pとはいえ4Kの映像が普通にDVEを通したトランジションエフェクトで場面展開できるのは驚異的だ。
その一方で、日本の興味はあくまでも4K/60pであり、現時点で6G SDIの映像ソースが出る製品はBMD以外にはないので、この製品がダイレクトに日本で利用されるケースがあるかどうかは正直わからない。ただ、リアルタイム処理でもうここまでできる製品が30万円程度で存在する事に、ただただ驚くばかりである。
NewTek、バーチャルスタジオの廉価モデル「TriCasterの410」を投入
単なるスイッチャーだけでなく、バーチャルスタジオのシステムを組み込んだオールインワンスタジオ装置として人気の高いTriCasterに、廉価モデルとなる「TriCaster 410」が登場した。
上位モデルと比べると、入力ソース個別の録画機能が省略されており、外部同期とLTEタイムコードのサポートがない、HDDが増設不可という制限があるが、スタンドアロンで使用する分には上位機種と遜色ない機能を備えている。価格は248万円から。上位モデルでは別売となっている専用コントローラも、この価格で付属するところがポイントだろう。
また従来モデルもGUIが変更され、「TriCater 860/460」としてリニューアルしている。
なお14日の15時からは、国内代理店のディストームブースで筆者がTriCaster 460を使ったイベントを行なう予定になっている。
イベント向け小型HDスイッチャーに参入するGrassValley
スイッチャーメーカーとしては老舗中の老舗、しかも放送用大型スイッチャーを得意とするGrassValleyでは、“ノンリニアライブプロダクションセンター”と銘打った「GV Director」を出展した。すでに製品発表は今年のNABでされているが、いよいよ年内に発売される。
物理ボタンを備えた8入力のスイッチャーではあるが、2系統のビデオサーバを内蔵しており、グラフィックスとの合成なども含めたワンマンオペレーションを可能にする点で、一般的なスイッチャーとの差別化を図っている。
物理ボタンには任意の映像ソースを割り当てることができ、フェーダー操作によるマニュアルトランジションが可能。一方メニュー操作はすべてタッチスクリーン制御となっている。
単に映像ソースの切り換えだけでなく、イベントを組んで順次送出することができる点、テイク式ではなくボタンでダイレクトにトランジションが組める点などは、ソニーの「AWS-750」と共通している。ただGV Directorには音声ミキサー機能なく、複数のオーディオは別途ミキサーに任せることになる。
ユニークなのは、CGも含めた映像トランジションを自分で作成できることだ。専用ツールとして、PC用の「GV Composer」というソフトウェアが付属する。操作方法としては、ノンリニア編集ソフトに近いようだ。
CGトランジションが自作できるスイッチャーというと、NewtekのTriCasterが知られているが、これは老舗の3DCGソフト「LightWave 3D」をNewtekが自社で作ってきたからできたことである。そういった経緯もなく、いきなりここまでできるスイッチャーというのはなかなか珍しい。
このスイッチャー開発の経緯も含めて、GrassValleyのアジアパシフィック地域を担当するシニア ヴァイスプレジデントのステファン・ウォン氏、グラスバレーの代表取締役 北山 二郎氏、そして「EDIUS Pro 7の時もインタビューさせていただいたデジタルエディティングソリューションズ ヴァイスプレジデントの竹内 克志氏にお話しを伺った。(以下敬称略)
――まずウォンさんに伺います。御社は大型スイッチャーやビデオルーターといった放送用ハードウェアメーカーとして永い実績がありますが、昨今の映像制作はファイルベース化、IP化が進み、大型ハードウェア市場はシュリンクしているような印象があります。日本も含め、世界の状況としてはいかがでしょうか。
ウォン:まずアジア地域で見ると、日本、中国、インドが順調に伸びています。特に日本は技術的にも先進的で、アジア地域でも重要なポジションを占めていることは間違いないでしょう。
世界視野で見ると、大型の設備はオーストラリアと中国で特に順調に伸びています。ただ、現状我々の製品はNTSC圏のものが多く、一部中国のシステムに合わないものもあるのですが、来年の製品ラインナップでフィットするのではないかと思います。
――特にオーストラリアと中国で順調なのは、どういう理由でしょう。すでに両国ともHD化は終わっているのではないかと思いますが。
ウォン:オーストラリアは放送のデジタル化が2001年と早かったこともあって、今機材の更新時期に入っています。日本も地上波のデジタル化が2003年だったので、まもなくシステムの更新時期に入るでしょう。
中国は大都市部ではすでにデジタル化、HD化は終了していますが、中小都市の転換はまだこれからで、こちらも大きな需要が見込まれます。
――DV Directerは非常に野心的な製品ですが、これまでGrassValleyの小型スイッチャーとはずいぶん方向性が違うように思います。この製品で想定されるマーケットとはどのあたりなのでしょう。
北山:これはいわゆる“業務用マーケット”と言われる分野を主眼に置いた製品ですね。具体的には放送局ではないマーケット、例えば企業ユースであったりモーターショーのようなイベント、スタジアム、ギャンブル関係、ケーブルテレビや衛星放送なども入るかもしれません。
従来の小型スイッチャーと違うのは、映像のプロが使うスイッチャーというよりは、自動送出も含めたライブシステムであるという事です。ケーブルテレビのスタッフのように、撮影から編集まで一人でやる人、あるいはイベントプロデューサー自身が、ノンリニア編集機をライブで使うという感覚に近いかもしれません。
――自分でエフェクトまで作れるシステムを作るのは相当大変だったのではないかと思うのですが、これは何か下地があったのでしょうか。
北山:エフェクトを作るGV Composerの部分は、我々のオランダの拠点で作っている、マルチチャンネルの送出ソフトがベースになっています。これにCGを作る機能もあるので、それを持ってきたという事ですね。一方ハードウェアはアメリカの拠点で作っています。我々は世界に数多くの開発拠点を持っていますので、互いに連携しながらワールドワイドに製品開発を進めています。
――今日本では、4Kの放送に向けて4K/60pの機材に注目が集まっています。GrassValleyとしては、これに対応する製品開発というのはどのようになっているのでしょうか。
ウォン:来年発表予定の新製品、スイッチャーやルーターは“4K Ready”なものになっています。4チャンネル使って4K対応という事ですね。我々は元々放送におけるライブや編集ソリューションを展開している会社ですので、シネマ用の機材は考えていません。例えばカメラであっても、従来の2/3インチセンサー用ビデオレンズがそのまま使える4Kのライブカメラといったものを考えています。
北山:日本では来年から4Kの試験放送ということですが、まだまだトライアルな意味合いが強いだろうと思います。例えば映像伝送にしても、現在はHD SDI 4本を使うしかありませんが、本格的な運用はこのままでは難しいでしょう。
今年の初めからSMPTEとEBUが共同で、4Kを1本のケーブルで伝送する新しい規格を策定しようとしていますが、光ファイバーなのか、IPベースなのかといった議論もありますし、おそらくそれが確定するまであと1~2年ぐらいかかるだろうと見ています。我々はその結果を待って、そのインターフェースを付けたシステムを本格的に開発するということになろうと思います。
――日本の放送で一番ネックになっているのが、HEVC/H.265のリアルタイムエンコーダです。今回のInterBEEでも、まだ具体的な製品実機はお目見えしていないように見受けられます。神戸の拠点はエンコーダの開発で世界トップレベルの技術を持っているわけですが、そちらでH.265エンコーダの開発などは着手していらっしゃいますか?
竹内:今のところ予定はないですが、将来的にはやるという意向はあります。H.264を開発したときも、規格が策定されてから普及まで数年かかってますので、我々としてはH.265が本当に市場に出回るタイミングに合わせて開発していけばいいのではないかと。あとは技術的な問題と、ハードウェアの性能の問題もあります。我々としてはあまり性能が上がらないうちに出したくないので、ハードウェアの性能とバランスを見ながらということになると思います。
――御社は以前、ハードウェアエンコーダとしてチップの開発などもやってきた経緯がありますが、今回もそういう方向になるのでしょうか。
竹内:我々のゴールとしては、なんらかのCPUで動かすソフトウェアということになりますが、それもCPUで足りなければもしかしたらGPUの助けを借りることになるかもしれません。ただ開発としては、すべてCPUでやるというのがポリシーになっています。
総論
InterBEEもまだ初日の限られた時間での取材となっているが、会場の雰囲気からしても、久々に日本の映像機器業界が活気づいているというのを肌で感じられる。やはり4K放送という目的がしっかりセットされた中で、それを睨みながら現行のHDをいかに放送だけでなく、業務レベルまで落としていくか、新しいオペレーションの時代に入りつつある手応えを感じる。
プロフェッショナルの世界は、フォーマットがドンと変わるときが一番面白い。真っ先にスーパーハイエンドの最先端を走り始めるからだ。そしてまさに今年から、そのレースがスタートした。
InterBEEは今週の15日金曜日まで、幕張メッセで開催される。しばらく足が遠ざかっていた方も、ぜひ覗いて、その活況ぶりを体感してはいかがだろうか。