小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第699回:iPad操作でマルチカメラ配信に新風?「LiveWedge」

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第699回:iPad操作でマルチカメラ配信に新風?「LiveWedge」

操作体系に難はあるが、期待膨らむ逸品

Live配信はどこへ行く

 日本では2009年頃からUstreamによる生放送がブームとなり、それまでIT系だった人達も映像技術に興味を持つようになった。当時はまだカメラ1台で、「ダダ漏れ」などといいながらただひたすら映像を垂れ流すような、中継とも放送とも言えないような配信が主流だったが、その一方でテレビ放送や収録クラスの機材を作って、マルチカメラによるちゃんとしたテレビ放送に近い配信をやる事業者も参入した。テレビ放送以外にも、ライブ中継という仕事の枠が拡がっていったのだ。

Cerevoの「LiveWedge」とiPad

 このまま成長すれば、大きなビジネスとして成長が見込まれた分野だったが、2011年の東日本大震災をきっかけに、ネット中継の意味づけが変わった。テレビではやらない、あるいはやれない情報を全国に伝える手段として、Ustreamやニコニコ生放送が新しいネットの技術として注目された。内容がシリアスなものに変わってきたのは結構な事だったが、同時にボランタリーなものへと変質してしまったことで、ちゃんとした機材を使ってちゃんと放送としてやればやるほど、ちゃんとお金にならないという奇妙な流れになったように思う。

 あれから4年、ネット中継の可能性を諦めなかった多くの事業者の努力により、ネット中継費もようやくイベント予算内に組み込まれるようになってきた。中継事業者自体は一時期よりずいぶん減ったのだが、逆に言えば淘汰された結果であるとも言える。

 最小限の機材でライブ配信を行なえるデバイスとして、2011年11月に発売されたCerevoの「LiveShell」は、今でも人気の高い商品だ。HDMI入力にカメラ映像を突っ込むだけで、ネット回線さえあればどこでも1カメ中継ができる。翌年11月には高解像度対応の「LiveShell Pro」も発売された。

 そして2013年11月のInterBEEで、4カメスイッチングができるライブ配信機材として、「LiveWedge」が発表された。当初は2014年1月発売とされていたが、3月末に延期。そこから4月~6月中発売へと延期され、さらにそこから発売日未定の延期に。「もう出ないだろう」とまで言われ、幻の商品のようになっていた。

 最終的には、今年の1月27日より出荷が開始された。ただし当初公表していた機能のすべては搭載しておらず、発売後にファームウェアのアップデートにて順次対応という条件での発売である。それ以外にもいくつかの機能に関しては、機能が削除されるといった変更もあるが、HDMI×4入力に対応しながら直販価格は95,237円(税抜)と、同規模のスイッチャーの中では一番低価格だ。

 ライブ配信は一時期のブームを過ぎ、あとは本当に好きなアマチュアか、業務ユーザーに分かれて落ち着いた感もあるが、リーズナブルなHDMI 4系統を切り換えるスイッチャーは、小規模配信ではちょうどいいスペックでもあり、プロアマ問わず注目を集めている。

 ずいぶん待たされた製品だが、その実力はいかがなものだろうか。さっそくテストしてみよう。

LiveWedgeの特異性

 まず製品の説明をする前に、そもそもスイッチャーとはなんなのかという話をしておいた方がいいだろう。いわゆる“ダダ漏れ”と言われた時代のネット中継は、カメラ1台をパソコンに繋ぎ、そこから配信するというのが一般的だった。映像ソースとしては、1系統だけである。

 では複数のカメラの映像を切り換えて放送したい場合はどうするか。カメラケーブルをいちいち抜き換えていては時間がかかるし、その間映像が真っ黒になってしまう。場合によっては中継が止まってしまうこともありうる。だから配信ソフトには1個のカメラしか繋がっていないかのように見せかけて、映像をスムーズに切り換えてくれる装置が必要になる。それがスイッチャーの役割だ。

「LiveWedge」を使った、配信システムのイメージ

 スイッチャーはデジタル入力とアナログ入力で、仕組みが異なる。アナログ入力対応のものは、いったんデジタル信号に変換してから映像処理を行なう必要があるので、一般的に値段が高くなる。ただ、解像度としてはSDしかないし、フレームレートも大半は60iしかないので、映像信号としては揃っている。

 一方デジタル入力対応のものは、カメラの解像度やフレームレートを揃えないと切り換えられないものが多かった。なんでもOKにするためには、フレームシンクロナイザーやスケーラーといった回路を入れないといけないので、高価になる。従って、入力1つだけは自由になるが、“それ以外は解像度とフレームレートを揃えて使ってね”という製品も多かった。

 一方でカメラ側だが、従来マルチカメラが使われるような現場では、ほぼプロ用機が使われてきた。映像出力は同軸のHD-SDIである。だが時代の流れと共に、もっと安い機材でマルチカメラ中継ができないかというニーズが高まってきた。すなわち、HDMI出力しかない民生クラスのカメラが切り換えられるスイッチャーが求められていったわけだ。

 これも各社から製品化されていったが、おそらく一番早く市場に出たのは、Blackmagic Designの「ATEM Television Studio」で、2011年秋頃だったと思う。続いてローランドが2013年に「VR-50HD」を、2014年に「VR-3EX」を発売した。

Blackmagic Designの「ATEM Television Studio」
ローランドの「VR-50HD」

 ただ、これらはかなりガチな放送機材なので、アマチュアが買える価格とは言いがたい。Television Studioは本体価格こそ13万円程度だが、コントロールパネルが65万円ぐらいする。PCのソフトウェアだけでも動作できるが、マウスでプチプチ動かすだけでは、ポテンシャルの半分も活かせない。VR-50HDはおよそ80万円、VR-3EXは19万円程度である。

 そこにHDMI 4入力が切り換えられて、(税抜きで)10万円を切る「LiveWedge」が名乗りを上げた。フレームレートや解像度が混在可能でこの価格なら、最安という事になる。しかも本体に配信機能も付いているところから、まさにネット配信のために絞ったスイッチャーだ。ニッチな製品ではあるが、需要は高いだろう事は予想できる。

LiveWedgeの外箱。ボディ形状に合わせた形状で、なかなか面白い

ハードウェアは意外にシンプル

 では実際に触ってみよう。LiveWedgeは、本体だけでも操作可能だが、細かい操作はiPadと組み合わせて行なう。現在Android用のアプリは開発中との事である。対応iPadは2以降で、iPhoneには対応しない。

LiveWedge本体。見た目は初公開当時とそれほど変わらない

 本体デザインは、以前から公開されていたものとほとんど変わっていない。スイッチやホイールの質感はよくなっているそうだが、見た目では違いはわからない。コントローラ部は、4つの入力に対する切り換えボタンと、ホイールコントローラ、「戻る」ボタン、液晶ディスプレイがある。

 ボタンはボディ表面から出っ張っておらず、ボディの上にiPadを置いて操作することもできる。iPadが滑らないよう、滑り止めのゴムも付属している。

LiveWedgeとiPadを重ねたところ
4つのソース切り換えスイッチ
メニュー操作やフェーダー動作に使用する大型ホイール
ボタン類は出っ張っておらず、上にiPadが乗せられる
iPadの滑り止めゴムも付属
液晶ディスプレイは単色

 背面にはHDMIの入力が4つ、4分割のマルチ画面を表示するプレビュー出力が1つ、切り換え結果の本線となる映像出力が1つある。放送出力用としてEthernet端子、アナログオーディオ入力、静止画出力用のSDカードスロットがある。SDカードの静止画を使う場合は、HDMI 4入力が使えなくなる。

入出力の主力はHDMI
SDカードによる静止画の読み出しも可能
アナログ入力も1系統ある

 対応する入力ソースは、ビデオ信号では480/59.94iから1080/59.94pまで、PCディスプレイ用信号は640×480/60Hzから1366×768/60Hzまでとなっている。一方出力は、480/59.94pから1080/59.94pまで。SDカードから読み込ませる静止画は、1,280×720ピクセル以内のJPEGのみだ。それ以上のサイズは1,280×720にリサイズされるとマニュアルに記載がある。ということは、内部処理はいわゆる720pで、1080出力はアプコンという事なのかもしれない。

 またSDカードへの録画機能もサポートするが、現在のファームウェアではまだ動作しておらず、後日のアップデートで提供となる。実際アップデートは発売以降頻繁に行なわれており、執筆時点で本体のアップデートは5回目でRev.1091、iPadアプリのほうは3回目でVer1.2.2となっている。

 本体での操作は、一部の機能に限られる。4つの入力ソースを、カット、ミックス、ワイプの3モードで切り換えるのみで、PinPやクロマキーといった機能は本体からは使えない。カットはボタンを押すだけで切り替わるが、ミックスやワイプの時は、次に出したい映像のボタンを押すことでスタンバイ状態に、もう一度同じボタンを押すと実際にミックスなりワイプなりに行くというスタイルだ。

本体でのトランジションは3タイプから選択。ワイプパターンはEDITから選択できる

 おそらくTAKEボタンがないために、このようなスタイルになっているのだろう。ただ2ステップではここぞといったタイミングを逃す可能性も大きくなるため、1ステップでエフェクトで切り替わるモードも欲しいところだ。

 LiveWedgeのフル機能を利用するためには、iPadとの接続が必須だ。本体とiPadはIEEE 802.11aで繋がるため、対応モデルはiPad 2以降となっている。本体とiPad間は、ダイレクト接続以外にも、Wi-Fiルータを介しての接続も可能だ。ただその場合は、いったんiPadと直接接続して、本体にルータのアクセスポイント名とパスワードを流し込まないといけないので、どっちにしろいったんはiPadとダイレクト接続することになる。

操作に不安要素が残るUI

 iPadに入れたコントロールアプリ「LiveWedge」を使い、LiveWedge本体をコントロールする。画面左上には4ソースのマルチモニターが表示され、各ソースの映像を確認できる。ただしテストした状況では、ディレイは1秒ほどあり、フレームレートは3fpsぐらいである。これはライブソースの数やネットワーク強度によっても変わるだろうが、それほどリアルタイムというわけにはいかない。リアルタイムに4ビューを確認したいのであれば、本体背面のプレビュー出力にHDMIモニターを繋ぐといいだろう。

iPadアプリ上の操作画面

 アプリによる映像の切換は、いくつか方法がある。カットで切り換える場合は、2本指で4ビュー内の切り換えたい映像をタッチする。ミックスなどのトランジションで切り換えたい場合は、1本指でダブルタップする。

 4ビューの下には映像のフェーダーがある。1から4までいずれかのフェーダーを上げると、その番号の映像が出力される。それまで出力されていた映像は、自動的に下がる。つまり手動によるミックスができるわけだ。こういうタイプのUIはオーディオミキサーみたいだが、映像的ではない。例えば今上げていたフェーダーを下げると、何も映像が出力されない(黒が出力される)状態になる。

 この、何も出力されない状態に簡単になってしまうというのは、スイッチャーとしてはあり得ない仕様だ。例えば間違えてフェーダーを上げてしまった場合、人間は本能的に間違えたものを下げてしまう。そうすると結果的に映像が真っ黒になり、ミスの傷口が余計に拡がることになる。

 ほとんどのスイッチャーは、こういったミスをカバーするために、「NEXT」という考え方を導入している。これは、“今オンラインの次に来るものが、何かしら必ずセットされる”という機能だ。例えば“1から2へ切り換えた時”には、切り換え直後は“2がオンライン”となり、“1がNEXT”になる。入れ替わるわけだ。こうなっていれば、間違ったタイミングで2を出してしまっても、今やったアクションをすぐ引っ込めれば、1に戻る事になる。

 LiveWedgeには、このNEXTの概念がないために、操作ミスがカバーできない作りになっている。これはプロを目指す方に筆者がよく言っていることなのだが、プロというのはミスをしない人のことではない。ミスがあっても大丈夫なようにカバーできる人のことだ。これがお金を取る条件である。世の中のほぼすべてのスイッチャーは、ミスしたときにカバーされる仕組みになっている。

 これまでスイッチャーを使ったことがない人に対してもわかりやすいように、新しいUIにトライしようとしたのだろうが、この機能がないLiveWedgeでは、お金を取ってやる仕事に使うのは怖い。一度失敗すると修正が難しい機材は、リスクが大きいからだ。

 合成機能としては、クロマキーが装備されている。動画にテロップをのせるといった時には、このクロマキーを使うしかない。これもなかなか現状は厳しい出来だ。ドロップシャドウぐらいは抜けるだろうと思ってグリーンバックでテロップを作ってみたが、全然抜けなかった。30年前のアナログスイッチャーならともかく、今どきのスイッチャーでこれが抜けないのはしんどい。一応調整パラメータはあるのだが、幅を持って抜くという設定ができないため、どうやってもガチガチになってしまう。

サンプルで作成したクロマキーバックのタイトル
ハーフのドロップシャドウ部分が全然抜けなかった
カラー範囲を決めるパラメータもあるが、ソフトな抜けはこれだけでは不可能

 またクロマキーは、選んだ瞬間にポンとオンラインに出てしまうので、テロップをフェードインすることができない(フェードアウトはできる)。ただし今後ファームウェアのアップデートにより、機能が改善する余地はある。そもそもクロマキーとしてはパラメータが少なすぎるので、おそらく開発が後回しになっているのだろう。

 PinPは、放送ではよく使われる機能だ。一般的にはワイプなどと言われているが、技術用語としては縮小されて入れっぱなしになるものはWipeではなく、Picture in Picture(PinP)である。この機能も付けられている。

 設定方法は、4ビューの中で子画面にしたい映像を選び、下地にしたい映像のほうへドラッグする。次に配置場所とサイズの指定になる。配置とサイズを決めてダブルタップすると、PinP状態になる。ただこれも、いきなりPinP状態がパッと出現するだけで、子画面をフェードインすることができない(フェードアウトはできる)。同じPinPをもう一回使いたい場合は、エフェクトプリセットも可能だ。ただしこの場合も、プリセットを押した瞬間ポンと出てしまうので、フェードインができない。

PinP設定中の画面

 本機はオーディオミキサーも備えている。HDMIからの音声入力に加え、RCAステレオプラグのアナログ入力が使える。アナログ入力側にはディレイも装備しており、デジタルラインとの音のズレを修正できるようになっている。別途マイクを使う場合は、外部のミキサーを繋いでRCAに入れてもいいが、いったんカメラに繋いでHDMI経由で伝送した方が簡単だ。従って、マイク入力のあるカメラを1台ぐらいは用意した方が無難である。

オーディオミキサーも装備

 さて実際のネットの配信だが、iPadのアプリから「Live」を選ぶと、Cerevoの配信サーバに接続し、DashboardというUIを使って映像配信サービスに配信することができる。ただしこの方法を使うと、iPadへの4ビューの映像が出なくなる。エンコーダが内部に1つしかないため、それを配信に使うとモニターができなくなるわけだ。従ってDashboardを使った配信時には、別途プレビューモニターが必要になる。

本体のみでDashboardによるライブ配信が可能

 あるいは本体のHDMI出力をLive Shellのような配信機材に入力し、配信はそちらに任せるという手法も考えられる。この場合は、iPadでの4ビューのプレビューが可能だ。

総論

 LiveWedgeは、商品企画としてはいいところを突いているとは思うが、クオリティの面でまだ難がある。筆者宅でテストした環境では、iPadがスリープに入ると本体との接続が切れ、いったん切れると復旧するまで本体の電源を入れ直したりリセットしたりと、結構手間がかかった。正直、まだiPadを使った操作で現場投入は憚られる状況だ。

 またスイッチャーとしての設計も、機能的には作れる技術はあるのだろうが、開発者にオペレーションのノウハウが全くないのがわかる。どんな大手スイッチャーメーカーでも、新製品を作る際には放送の経験者にヒアリングして、どのような機能実装が望ましいかの詰めを行ない、リリース前も実際にオペレーションできる人間が長時間テストして、操作体系に矛楯がないかをチェックするのが普通だ。実際に筆者も、今皆さんが使っている多くの映像製品の開発に関わっている。

 残念ながら現時点でのLiveWedgeは、「ぼくがかんがえたみらいのスイッチャー」レベルであり、経験者からするとおかしな実装が多々ある。フェードインはできないがフェードアウトはできる、今の操作を取り下げると真っ暗になるといった一方通行の機能実装は、クリエイティブな映像製品としてはあってはいけないレベルである。

 それでも、LiveWedgeには期待が高まる。従来のセオリーどおりではないところで、本当に問題なくやれる操作体系が構築できるのか。多くのメーカーも、そこにチャレンジしているところだ。それというのも、今映像のライブ配信に関わる人たちの世代が変わってきていて、テレビ中継などの現場を知らない人たちが、ネットの放送に取り組んでいるからだ。新しい考え方の潮流を作ろうと、多くのメーカーがもがいている。

 LiveWedgeは今すぐ現場で使うのはお勧めはできないが、前述の通り、日々ファームアップを繰り返して成長している商品なので、挙動が安定し、予定された機能がすべて問題なく実装されれば、かなりいいところに行くのではないか。Facebookでも情報交換が始まっており、すでに購入した方々の動作報告が上がっている。購入予定の方は、ここを覗いてファームウェアによる機能改善の様子をチェックするのも良いだろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。