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“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第279回:ウォークマン付きNCヘッドホン? 「NW-S700F」
~ ホントはノイズキャンセリング付きウォークマン ~



■ようやく時代が追いついた?

 ノイズキャンセリングヘッドフォンが、今年に入って急激に注目を集めている。もちろん製品自体は以前から存在するわけだが、今年8月にPanasonicが“騒音キラー”として「D-snap Audio」に機能を搭載したあたりから、急速に一般の方の知るところとなった。

 10月にはBOSEが「QuietComfort」シリーズの最新モデルを発売、最近ではJBLがヘッドホンに初参入し、ノイズキャンセリングタイプをラインナップしたのは記憶に新しいところだ。

 単にノイズキャンセリングと言っても2つのタイプがある。一つは密閉することで外部からの音を遮断するタイプで、SHUREの「Eシリーズ」が代表的なモデルだ。これはパッシブ型という。一方で外部音をマイクで拾い、その逆相をスピーカーから出すことでノイズを打ち消すタイプは、アクティブ型という。最近はこのアクティブ型の登場が目立っている。

 記憶する中では、コンシューマ向けとして一般市場に広く売られたアクティブ型の製品は、ソニーが'95年に発売したカナル型の「MDR-NC10」と、オーバーヘッド型の「MDR-NC20」が最初であったろう。もちろん物好きなので両方とも購入したわけだが、あれから11年かかって、ようやく時代が「ノイズキャンセル」という意味に追いついてきたという感がある。

 そんなソニーから、ノイズキャンセリング機能を内蔵したウォークマン「NW-S700F」が発売された。S700シリーズは、ノイズキャンセリングのプロセッシング部や電源部をウォークマン本体の中に一体化してあるため、これまでの製品のように中間部にバッテリケースなどがあるわけではない。同梱のノイズキャンセリング対応のイヤフォンは、「MDR-NC22」として単体発売されているノイズキャンセリングイヤフォンと、ドライバ部分は同等だ。

 すでに詳細は本誌でもレビューされているが、今回はノイズキャンセリングや本体設計などのお話を、開発者から直接伺うことができた。



■ 高音質の前提がノイズキャンセリング

 今回お話を伺ったのは、ソニー株式会社 コネクト事業部門プロダクトプロデューサーの伊藤 博史氏と、同コネクト事業部門プロダクトリーダーの越田 修氏である(以下敬称略)。

小寺:ポータブルミュージックプレーヤーとしては、iPodという巨人がありますよね。一方日本のメーカーとしてはケンウッドやビクターなど、高音質への取り組みで差別化していこうという動きがあります。今回高音質をウリにしたウォークマンとしては、iPod市場への挑戦と、先行する高音質プレーヤー市場へと、二重の参入ということになりますよね。


コネクト事業部門 伊藤プロダクトプロデューサー

伊藤:そこに踏み込むにあたって、我々が参入する意義をどこに見いだすかというところを徹底的に調査しました。お客様がどういう高音質だったら一番使っていただけるかと調査したところ、まず高音質をチェックする環境自体がない、ということがわかりまして。ヒヤリングなどをやっていくうちに、周りの騒音がなくてクリアっていう、まずは高音質を実感していただける環境を作るところから踏み込んでいこうというのが、このモデルのきっかけです。

小寺:そこで本体内にノイズキャンセリング機能まで入れてしまおうと。ソニーとしてはずいぶん昔からノイズキャンセリング製品を出しているわけですが、これまでは割とニッチな存在でしたよね。

伊藤:我々ポータブルプレーヤーを作ってる立場からすると、ノイズキャンセリングの技術をいつ一般のお客様にドッと使っていただけるかというタイミングをずっと見計らっていたんですね。今回このウォークマンに入れるにあたっては、まったく知らなかった方に初めて使っていただいたときに、十分効果がある、そこの技術に感動していただけるというところで、それがまさしく今回かなぁと。一番最初からノイズキャンセリングヘッドホンを使われている方にとっても、進化の度合いを感じていただけるハズです。

小寺:具体的にはキャンセルの技術というのは上がっている?

伊藤:セールス的な表現でいうと、カナル型では周囲の騒音を1/3に低減します、と言っていたところが今回は1/4。ノイズキャンセリングの効果というのは、耳栓としての性能が十分あって、あとはマイクでどれぐらい拾って打ち消しできるかの足し算なんです。イヤピースの部分も、密閉型のEXシリーズでずっと開発してきたものですから、イヤピースの歴史の中でも一番いいとこ取り、キャンセリングのテクノロジーの高さとしてもいいとこ取りという組み合わせなんです。


 EXシリーズで採用されているタイプのカナル型イヤピースは、初代ノイズキャンセリングイヤフォンから採用されている。だがそれも確実に改良されて来ている。10年前の製品は現在の標準タイプよりも若干大きく、素材が薄いためよく破れていた。だが昨今のイヤピースはサイズも適度、薄くてもかなり丈夫で、長年使っても破れることがなくなった。



■ 気になる中味の技術

小寺:今回は新機能として、クリアステレオ、クリアベースといった新機能が搭載されてますよね。これらは独自開発の技術なんでしょうか?


コネクト事業部門越田プロダクトリーダー

越田:両方自社開発のオリジナル技術なんですが、クリアステレオは今回初めて製品として形にしました。クリアベースは以前からあったものです。今後これらはウォークマンに乗せ続けようかなと思ってます。

 ――MP3プレーヤーの中には、単純なイコライザ以外に、デジタルプロセッシングによる音質改善機能を盛り込んだものも増えている。これまでいくつかの製品をレビューしてきたが、効果をONにするとアンプが飽和するか、音が歪んでしまうものも少なくない。だがクリアベースに関しては、効果を最大にしても歪むことはない。

越田:システムLSIの中でデコードの処理をしているわけですけど、基本的にはデコードしたあとのリニアPCMデータに対してポスト処理、つまりクリアステレオやクリアベース、ダイナミックノーマライザといった処理をしています。純粋にデジタル処理で波形をただ広げちゃうと、デジタルのダイナミックレンジから外れてしまってクリップしてしまい、音割れが発生します。クリアベースの処理は、音割れがしない程度で最大限上げても歪まないように処理してます。原理的には当たり前なんですけど、実際やるとなかなか難しい技術で、そのあたりは結構ノウハウがあるところですね。

 ――低音好きの方には、このクリアベースは絶大な威力を発揮する。ただこれをONにすると、低音の倍音に相当する部分が大きく張り出してくるので、中音域の解像度をマスキングしてしまう感じがある。音量が十分に大きいときは、イヤフォン自体が結構低域が出ることもあって、通常のバランスで楽しむ分には使う必要はないと感じた。クリアベースは3段階設定できるが、プリセット値は表現として若干大げさすぎるように思う。個人的には0と1の中間ぐらいの利き具合の、オトナのモードが欲しいところだ。

小寺:ウォークマンは以前からディスプレイに有機ELを使ってますよね。ただ文字が浮き出るデザインと輝度の関係で、屋外では見えにくかったんですが。


自社製カラー有機ELパネルをウォークマンでは初採用

越田:これまで有機ELは他社製のものを使っていたんですが、今回は自社製の有機ELを使っています。ソニー製の有機ELパネルをちゃんと製品化するというのは、今回で2作目なんですね。1作目はクリエ「PEG-VZ90」で、3.8型でした。実はそのセットは私が担当してたんですが、今回さらにこの上に色を載せるということ自体、結構難しいアプローチでした。

 ――ソニーは有機ELに関してかなり投資し、また研究もしていた企業である。これまで採用の有機ELが外部調達だったのは、モノクロだったから、というところはあるだろう。だがカラーで輝度の高い有機ELは、ソニーが開発した上部電極から光を取り出す「Super Top Emission方式」が有利である。ウォークマンスティックと言われたE500シリーズが150cd/m2であったのに比べて、今回はカラーでありながら3倍の450cd/m2まで上がっている。



■ 中味は全く別物のイヤフォン

 S700シリーズ付属のイヤフォンは、見た目はインナーイヤーの高級モデル「MDR-EX90SL」にマイクをくっつけただけのような恰好に見える。だが構造的には全く違う。というのも、MDR-EX90SLはカナル型ではあるものの、実はオープンエアの思想を取り入れて設計されたイヤフォンなのである。だがノイズキャンセリング用として使うには、もっと密閉型にシフトしなければならない。したがって設計としては、全く逆をやらなければならなかったはずだ。


MDR-EX90SL(左)とS700シリーズ付属イヤフォンのドライバ部(右) 背面。一見マイクを背負っただけのように見えるが……

伊藤:MDR-EX90SLも大変な評判をいただいたんですが、唯一オープンエアであるため、音漏れが気になって電車の中では使いにくいというご意見も確かにあったんですよね。今回は音質的にはキープしながら、ノイズキャンセリングの効果を得るために、穴の開け方とかいろいろ工夫を施しています。チューニングとしては、EX90SLとは別物ですね。そこが一番時間がかかったところです。

 ――今市場では、高級イヤフォンが順調に売れている。だがプレーヤーの特性とそのイヤフォンの特性がマッチするかは、買っていろいろ聴いてみなければわからない。今回のウォークマンは、S700シリーズもS600シリーズも、プレーヤーとイヤフォンをそれぞれ1対1でチューニングしてきた。ここがイヤフォンも自社で設計できる会社の強みだ。

 今回のイヤフォンの出来をチェックするため、S700シリーズをまずMDR-EX90SLで聴いてみた。S700シリーズのイヤフォン端子は特殊形状ではあるが、通常のステレオミニジャックにも対応できるようになっている。この場合はメニューからは自動的にノイズキャンセリングの項目が消えるようになっている。


イヤフォンジャックは通常のステレオミニにも対応 同梱イヤフォン(右)には根元に突起状の端子がある

 EX90SLでは完全にノイズキャンセリング効果はない点がデメリットとなるわけだが、音質的には高域まで綺麗にすーっと抜けながら、その減衰までしっかり聴かせるきめ細やかな音が楽しめる。モニタ音質を意識して設計したという額面どおりの音だ。

 同じ条件の比較として、付属のイヤフォンをノイズキャンセリングOFFで聴いてみた。全体の特性としては、かなりEX90SLに肉薄した作りになっている。ただ全体的にデッドな部屋で聴いている感じで、残響音の減衰が速い。キックなど低域のアタックのある音は、詰まった感じだが押し出し感は強い。反面ボーカルはEX90SLよりも前に出る。残響まで含めた音場の立体感はやや減るが、素直に密閉型の特徴が出ている。

 EX90SLに比べてその程度の損失でノイズキャンセリングという付加価値が付くわけだから、十分メリットはある。またノイズキャンセリングのON/OFFで音質に大きな差がないこと、またキャンセルのレベルが自分で設定できる点など、ノイズキャンセリングヘッドホンとして新しいフェーズに入った製品として評価できる。

 SN比に関しては、ウォークマン本体の出力はかなり改善されている。だがノイズキャンセリングの宿命として、ONにすると若干ホワイトノイズが出るという点は、もう一つ技術的な山を越えなければならないポイントかもしれない。



■ 総論

 最初に製品リリースを見たときには、先にPanasonicの“騒音キラー”が出ていたことから、まずノイズキャンセリングありきでスタートしたのかと思っていたS700シリーズだが、音質重視設計の前段階という理由付けとしてノイズキャンセリングに注目したというのは、面白い発想だ。そもそも外で聴くもので、音質をどうこう言っても始まらないという意見も過去にはあったわけだが、この機構を盛り込むことで初めて、効果的な高音質へのアプローチが可能になるわけである。


ジャケットサーチ

 ただそれが、使い勝手の面で若干裏目に出ているところもある。例えば初搭載のジャケットサーチだが、一つのジャケットから次のジャケットへ移る際に、瞬間的にノイズキャンセリングがOFFになってまたONになるという繰り返しになる。これは、純粋に曲を再生している間しかノイズキャンセリングがONにならないという設計だからである。

 実際に電車の中でジャケットサーチを行なうと、「音楽~ゴー~音楽~ガー~」の繰り返しになって、かなりイライラする。省電力化とのせめぎ合いで難しいところもあるだろうが、やはり電源ONとノイズキャンセリングが連動するような設計にしておかないと、今後搭載されるであろう、いろんな機能に支障が出るだろう。

 またそのジャケットにしても、専用のSonicStage CPには、音楽データにジャケットを自動で取り込む機能はない。iTunesがiTunes StoreのIDを持っていれば自動でジャケットをダウンロードするサービスを組み込んだが、どうしても、という場合はいったんiTunesを起動して、という使い方が想定されるのはいかがなものか。

 日本企業の場合、特にメーカーではどうしても「モノが先、サービスは後」になりがちだ。このあたりの仕掛け作りも、今後の課題と言えるだろう。

 もう一つ、ノイズキャンセリング搭載機に未だAVLS(Automatic Volume Limiter System)が搭載されている点が、矛盾といえば矛盾であろう。AVLSは、うるさい場所で音量を上げすぎないようにする機能だ。この延長線上には、音漏れによる迷惑の対策と、難聴防止対策の2つの意味がある。

 しかし以前から提唱しているように、ノイズキャンセリングには難聴を防止する機能がある。つまりノイズキャンセリングがあれば、うるさい場所でもボリュームを上げることなく音楽を聴くことができるわけで、しかも音漏れもないわけだから、すでに難聴防止対策と音漏れ防止対策が取られていると言える。そもそも自分で解除できるボリュームリミッタに、難聴防止効果などないのである。

 なにぶんウォークマンは歴史の長い製品なので、ロジックの面では過去の遺産を引きずるあまり破綻する部分もあるが、若手エンジニアが台頭してストイックに高音質化を計っていくアプローチは、高く評価する部分である。今若い人は音質に関して興味がないと言われているが、それは求道的な姿勢とヲタクが混同され、整理されていないだけで、潜在的にはクオリティの高いものへの関心は失われていないはずだ。

 最後はいつもキビシイ評価になってしまうが、それもやはりこれだけコンセプチュアルな製品をそのままリリースできるというソニーならではのものだからである。普通ならココロザシはあっても、途中で営業の意向も汲まなきゃならんし予算の都合も入ったりどっかの部長の顔を立てたりなんかしているうちに、面白くなさ過ぎてツッコミどころがまるでない製品になっちゃったりするものだ。

 このような製品が看板として出てくるあたり、創業時の理念である「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場」は死んではいないと感じる。むしろこのような姿勢こそ、時間はかかるが世界的にも理解され、評価されていくと信じたい。


□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200610/06-1012B/
□製品情報
http://www.sony.co.jp/walkman/
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(2006年11月8日)


= 小寺信良 =  テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]



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