2017年8月1日 08:15
無料放送にCAS、すなわち著作権保護技術を搭載するという「ユニーク」な方法論を取っているのが日本という国だ。そもそもは現BS放送の有料化を睨んでCASを搭載すると言う話だったものが、有料化への目処が立たず、なし崩し的にCASだけが残った。
現在テレビやレコーダに搭載されているB-CASカードは、株式会社 ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ(以下B-CAS社)からの無料レンタルという形になっている。放送局の勝手な都合でCASをかけるのだから、そのコストを消費者負担させるのはおかしな話だからだ。B-CAS社は、放送局8社とメーカー3社による持株会社となっている。
もっとも、テレビ・レコーダ側にはカードリーダーが必要で、そのコストは製品価格に含まれている。その点では少し消費者負担はあるが、リーダーは原価30円ぐらいだそうなので、「1円たりとも」と考えない限り、まあ納得できなくもない。
だが2018年12月からスタートするBS 4K本放送に向けて、別のCASシステムが搭載されることになりそうだ。しかも消費者負担で。
新CAS導入までの流れ
B-CASカードの代わりにリーダーに差し込むことで、有料放送が無料で見られるというBLACKCASの話をご存じだろうか。大きな騒ぎになったのは2012年頃で、すでに販売者には逮捕され、多額の損害賠償請求が行なわれた。
処罰はされたが、今後同様の問題は起こる。2016年には佐賀市の中学生が、カードなしでもスクランブル解除してテレビが視聴できるプログラムを開発し、公開したことで逮捕されている。すでにB-CASは破られたと言っていいだろう。
BLACKCAS事件を受けて、総務省情報通信審議会では新しいCAS導入の議論に入った。B-CASカードが入れ替え可能という問題に関しては、カード型をやめてソフトウェアCASや、チップ化されたCASを採用するという方向で決まった。またB-CASの解析が進んだことを受けて、さらに暗号を高度化する仕様も決まった。
ソフトウェアCASに関しては、すでに2013年頃から製品が出ている。地上RMP方式というもので、地上波しかデコードできないが、PC向け小型チューナーやカーナビなどに搭載が進んでいる。
一方チップ化されたCAS(新CAS)は、来年のBS 4K放送受信対応チューナーを搭載したテレビ・レコーダなどに搭載される予定だ。
新CASは何がマズいのか
うっとうしいカードも不要で、機器に内蔵されるのなら結構なことではないかと思われるかもしれないが、じゃあそのお金は誰が払うんですかね? というところを考えてみて欲しい。
元々放送局都合で導入するCASのコストは、テレビのメインボードに内蔵ということになれば、そのコストは全額消費者負担となる。なんだ、結局メーカーが儲かるのか、と思われるかもしれないが、それも違う。
新CASチップは、特定の製造メーカーにしか作らせない。現時点では3社ぐらいが決まったという話だが、具体的には公開されていない。テレビメーカーは、その製造メーカーからチップを卸してもらう事になる。テレビメーカーのチップコストは、そのまま製品価格に載せられることになる。
現時点ではそのコスト負担がいくらになるのか、そもそもチップをいくらで卸すのかもわからないが、最初はおそらく数千円スタートではないだろうか。
さらにマズいのは、新CASチップは簡単に取り外せないよう、メインボードに直接ハンダ付けされると思われる。そうなると、CASの不調や故障による修理は、もはや出張修理では対応できない。テレビをまるごとメーカーに送り返し、工場修理となるだろう。もしくはメインボード交換か。
そのコストは、従来の修理例で考えると、おそらく3万円程度かと思われる。一般的に1年以内ならメーカー負担だが、それを超えると消費者負担である。もちろん修理期間中は、いわゆる「代車」のようなものは出ないから、テレビなしの生活だ。
4K放送では、正規の録画手段がきちんと用意される。99%の消費者は、リスクも高く手間もかかる違法なルートを選んで、4K放送を録画・コピーしたいなどと思わないはずだ。
極々少数の違法な手段を好んでやる者に対応するためのコスト全額を、まったくそういったことと関係ない善意の消費者が負担することになる。
このような新CASの運用方法を策定しているのは、一般社団法人新CAS協議会というところである。
消費者にコストを転嫁するという重要な問題を、放送局だけしか参加していない一般社団法人で、しかも非公開で決めるというのはおかしくないだろうか。全部決まってから、ハイじゃあそういうことになりましたのでお金払ってください、と言われて納得できる消費者はいないだろう。
少なくとも何かを決定してしまう前に、消費者にヒアリングしたり、広く理解を求めるための広報活動を行なうのが筋であろう。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。
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2017年7月28日 Vol.136 <しくみの作り方号>
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