小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

「日本の電子書籍は遅れている」は本当か

日本は元気がない。特に、世界の変化を引っ張る「IT」というジャンルではアメリカに負けっぱなしだ。

というところもあって、「日本のサービスはダメだ。だからこんなに状況が悪い」という論になってしまいがちなところはある。筆者も海外に積極的に取材に行き、そこでの状況を伝えることが多いため、「アメリカはこんなに進んでいる」という話をすることが少なくない。

だが、である。なんでもかんでも海外の方が進んでいるか……というとそうでもない。

昨今の話題でいえば「電子書籍」がそうだ。

今日的な電子書籍のサービスは、アマゾンがKindleをスタートしたことに影響され始まったのは間違いなく、日本はその「黒船の影」におびえて準備を進めたのも事実である。確かにそうだったのだが、今でも日本の電子書籍ビジネスが海外に比べひどく劣っているか、というと、そうではない。

むしろ、ビジネスの活況さという意味では、日本は他国と違う状況にあり、進んでいる部分もある。意外に思う人は少なくないのではないだろうか。「こんなに普及していなくて、問題を抱えているのに」と思われるかも知れない。だが、これは厳然たる事実なのだ。

例えば、日本では電子書籍のセールが積極的に行われているが、他国ではあまりない。多数のストアが競り合うような状況にないからだ。「全巻セット売り」のようなやり方も、日本が特にうまくいっている点である。他国は小説やノンフィクションが中心で巻数が少ないため、日本のコミックのように「何十巻もあって集めるのが大変」なコミックは少数だ。

また海外には、日本ほど多数の無料の雑誌アプリはない。過去には手の込んだ電子雑誌に注力した出版社もあったが、今はある程度簡素だが閲覧・製作効率の良い紙とレイアウトに変わって来ている。

日本ほどコミックが量産され、日々流通している国はない。電子書籍もコミックを活発に流通させることを目的に、「全巻セール」「1巻目無料キャンペーン」などが頻繁に行われ、雑誌も無料アプリを切り口に読者の獲得に精を出している。こと、「売り方」に色々な工夫がある、という点については、日本がもっとも先進的な市場である……といういい方もできる。

「漫画村」の件もあって、「日本の出版社は電子書籍に及び腰で、てんでだらしがない」と思われている。まあ確かに、雑誌毎にアプリを作られてもわかりづらいし、安売りばかりでは利益も出ない。なにより、そうした努力は「使っている人」「買っている人」からしか見えず、市場拡大がうまくいっているのか、というと、そうでもないと思う。

だが、紙だけではビジネスが成り立たなくなった今、電子書籍をうまく使おう、という出版業界人もきちんといる。単品の電子書籍販売ではなく、コミックアプリ系の編集部はその点をかなり考えており、アメリカに対してすべての点で劣っている、というのはいいすぎだ。

そもそも日本は、通信回線が速いこと・コンテンツ消費スピードが早くてマスに訴求する「コミック」が強いことなど、「漫画村」のような海賊版の被害を直接的に受けやすい環境が揃っていた。また、「コストの面でも認知度の面でも対抗できるサービスモデルが作れなかった」という意味では、世界中の出版社が「負けている」といってもいい。

もっと早く「なにか」に気付いていれば、海賊版サイトよりも良いサービスが打ち出せたかもしれない。だがそれはある意味「たられば」的発想であり、単純に出版社を責める気にはなれない。

むしろ出版社に落ち度があったとすれば、法的なエンフォースメントや被害アピールなどを通じた海賊版対策が、結局のところうまく行かなかったのではないか、もっとうまく立ち回れたのではないか、という「戦い方」の側面である。

一方で、明確に「海外の方が進んでいる」と思うところもある。

それは、「デジタルから生まれ、デジタルのままベストセラーにつながる」本の少なさだ。海外では、個人による電子書籍出版からスマッシュヒットし、改めて大手出版社が紙版・電子書籍版を作ったものから、ドラマ化・映画化などのヒットにつながる作品も出てきている。映画「オデッセイ」の原作である「火星の人」は、もともとウェブ小説をKindleで個人出版したものだった。

日本の場合にも、いわゆる「なろう小説」のようなライトノベル、もしくはコミックスにおいて、ネット上の掲示板・閲覧システムから生まれたヒットは多数ある。しかしそのほとんどは、出版社が掲示板などから原作を「一本釣り」し、まずは「紙の書籍でリクープする」ことを狙って作られた作品ばかりだ。デジタルから生まれてデジタルでヒット……という道筋はできていない。こうした傾向もまた「日本的」なところかと思うが、電子書籍市場の盛り上がりにつながっていないところは残念、という気持ちがある。

「進んでいる」「遅れている」という議論は、本来あまり建設的なものではない。筆者もそうした物言いをすることがあるが、本来は控えるべき、別の形として提示すべき文脈だと思っている。ここまで挙げた電子書籍の例のように、「実は他国より進んでいるところ」「逆に今はまだ困っているところ」などがないまぜになっており、見ている方向や切り口によって評価は変わってしまうからである。

そういう意味でも、市場は虚心坦懐に分析する必要がある。本当に変えなければいけないところはどこなのは、本当は「いいところ」はどこなのか。「他国では」という論法とは違う見方で語らねば、全体として前向きな、是々非々の議論にはならないのではないだろうか。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2018年4月27日 Vol.170 <手続き大事号> 目次

01 論壇【小寺】
 著作権ブロッキングはなぜ危ういのか
02 余談【西田】
 「日本の電子書籍は遅れている」は本当か
03 対談【小寺】
  フリーライターコヤマタカヒロさんに聞く、「正しい病の倒れ方」 (3)
04 過去記事【小寺】
 PTA広報紙を電子化したった(8)
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41