小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

Oculus Go時代に「Second Life」を思い出す

本メルマガでも、何度も出てくるOculus Go。小寺さんも私も買った、という製品は、意外と多くない。それだけ二人とも高く評価している、ということでもある。

なかでも今、SNSの中で話題が広がっているのは「Oculus Rooms」というコミュニケーションアプリだ。

Oculus Rooms

VRのキラーアプリケーションはなにか、と聞かれれば、最終的には「コミュニケーション」と答える。Oculus Roomsはその実装例であり、シンプルなHMDから「友人と部屋の中で過ごす」体験ができると思えば、非常によくできたものだと思う。実際、これで打ち合わせをすることも十分に可能だ。ただ、PDFやパワポデータをそのまま見せるのが難しいので、会議用にはもう一工夫必要かと思うが。

VRとコミュニケーションの価値の関係は、意外と広がっていない。VRだと思うと難しいが、ネットゲームが最終的に「チャットゲーム化」することを思えば、VRの価値がコミュニケーションに落ち着くのも自明といえる。仕事であろうが遊びであろうが、距離の壁を越えて「中で会える」のは大きな価値である。

といったところで、思い出したサービスがある。2000年代前半にブームとなった「Second Life」だ。今もサービスがなくなったわけではなく、熱心な利用者がいる。逆に、熱心な利用者以外は見えづらくなっている、といってもいいかもしれない。

あの当時、Second Lifeは「メタバース」という言葉とともに注目された。メタバースとはいわゆる仮想世界のことで、「自分達が暮らす場所をネットの中に構築できる」ことがひとつの到達点と思われていた。MMO RPGはメタバースをゲーム的に作り上げたもので、Second Lifeは「会って話す」というコミュニケーションを軸に作られたものだ。そういえば、4月に公開されて話題になった映画「レディ・プレイヤー1」で舞台となるネットワークサービス「オアシス」は、かなりSecond Lifeのメタバースを意識した作りになっている。というより、2000年代前半からこっち、色々な作品で描かれる「仮想世界」は、Second LifeやMMO RPGのメタバースの影響をお互いに受けており、不可分な存在、といってもいい。

10年以上前のことだと思うと、Second Lifeがやろうとしたことはきわめて先進的だった。自由度も高く、内部で独自の通貨を使った経済圏もあった。だが、結果的にうまくいかず、ブームがしぼんだのはご存じの通りである。

なぜしぼんだのか?

ひとことで言えば、「そこで得られるものと、体験するために必要なもののバランスがとれていなかった」からだ。当時としては高性能なPCを用意しても、画質は高くなかった。Second Lifeの中には常時数千人から数万人の人々がいたはずだが、「ランド」と呼ばれる土地に同時に入れる人の数は少なく、自分が目的とする「ランド」を見つけたり、そこでなにをすべきかを見つけたりするのは困難なことだった。

Second Lifeを取材した当時、熱心に楽しむ人、そこでビジネスを考える人には「明確なベクトル」があった。要は「苦労を厭わない」「出費もある程度は厭わない」状態だったわけだ。ゲームの場合、開発者がゲーム内に「面白さのベクトル」を追加し、次にどうあそべばいいかをリードしていくことで、参加者にモチベーションを与えている。だが、Second Lifeは自由な空間であるがゆえに、それを消費者の側が見つけねばならなかった。

Second Life内の通貨「リンデンドル」の暴騰や、そこにビジネスの匂いを嗅ぎつけた人々の参入がブームに拍車をかけたものの、「なにがそこまで人をひきつけるのか」「そこで価値を感じるために、どこまで投資をすればいいのか」という指針がなかったことで、Second Lifeはマスには馴染まない形でブームを迎えてしまった。これが問題点だったろう。

今のVRでも、この課題は同じように存在する。唯一無二の体験ができるといっても、そこに楽しさやロマンを感じる人は少数だ。「なにが面白いのか」「どこに価値があるのか」「それにいくら支払えばいいのか」が明確になっていないと、マスのものにはならない。

今回、Oculus(Facebook)が巧みだと思うのは、できることは限られていても、「安価な機器で」「明確な価値があるものを」提示していることにある。しかも、技術的な無理もしていない。Second Lifeは人々の夢を食べて成長していたようなところがあったから、技術的な無理も相当あった。しかし、Oculus Goは先端であるにも関わらず、「無理せず、提示できる価値を丁寧に伝える」ことに注力している。まず「おひとりさまごろ寝シアター」的な要素が注目され、そこから「知り合い同士で楽しめるチャット」に広がったのは、当然の結果でありつつ、うまい作戦だ。

色々な失敗をみてきているので、VR関連企業は、わりと慎重に動いている。皆、「今度こそ夢見た世界を成長させたい」と思っているからだ。

Oculus Goの先には、Second Lifeやレディ・プレイヤー1の見た「メタバースの夢」がまっている。だが、その夢にたどり着くのはまだ早い。まずは「バーチャル八畳間」からスタートするというのが、夢とビジネスの境目で生まれた、今の製品のありようを示しているのではないだろうか。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2018年5月25日 Vol.174 <様々な覚悟号>
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01 論壇【小寺】
実はそんなに大丈夫じゃない学校という組織
02 余談【西田】
Oculus Go時代に「Second Life」を思い出す
03 対談【西田】
丹治吉順さんに聞く「#私かわいい」の底にあるもの(2)
04 過去記事【小寺】
「シャープ」が消える? ホンハイ買収劇のその先
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41