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KuraDa、3Dプリントで量産するヘッドフォン「KD-Q1」。量産の様子も公開
2024年7月18日 18:49
飯田ピアノは、革新的な3Dプリント技術で作り上げたKuraDaブランドのヘッドフォン「KD-Q1」を8月5日に発売する。価格はオープンプライスで、店頭予想価格は22万円前後。7月22日から予約開始となる。また、飯田ピアノの所在地である静岡県三島市のふるさと返礼品にも制定され、9月頃の掲載を予定しているとのこと。
ハウジングやアーム部分など、筐体のほとんどの部分を3Dプリンターで作っているのが特徴。複雑な内部構造を実現でき、振動板の動きを最適化する事で、音楽の細部まで忠実に再現し、豊かな音響体験が可能という。
さらに、試作機ではなく、量産の製品として3Dプリンターを活用しているのも特徴。3Dプリンターを使ったパーツ生産は、ハイエンド3Dプリンターを多く所有し、3D Systemsや日本HPの3Dプリンターの正規販売代理店も努めているSOLIZE(ソライズ)が協力している。
3Dプリント技術には、HP製のMJF方式と呼ばれる造形を採用。PA12GB(ポリアミド12ガラスビーズ充填材)という細かいパウダーのような素材を使っている。これは、PA12という樹脂に、40%ほどのガラスビーズを混ぜたもので、造形した際に機械的強度が高く、引っ張りや曲げにも強い製品が作れるのが特徴。
この素材は、内部損失が高く、それでいて密度が低くて軽量。金属のハウジングと比べても、振動の収束がはやいオーディオ的にも理想的な素材だという。これを活用する事で、優れた剛性と寸法安定性を確保し、大型ヘッドフォンながら296gというクラス最軽量の重量を実現した。
このMJF方式では、パーツを製造時に余剰パウダーが生まれるが、それを70%ほどは再利用できるため、無駄のないパーツ製造が可能。仕上げには高耐久ウレタン塗料を施し、傷に強い外観仕上げを実現している。
搭載するユニットは53mm径のOFCボイスコイルユニット「Ultra-Responsive Diaphragm」。このユニットは、もともと既存モデルで高い評価を得た、金属筐体のフルオープンヘッドフォン「KD-P1」のために開発されたもの。ハウジングがほぼ存在しないフルオープンヘッドフォン用として、低域の再生能力を高めて開発された結果、ユニットとして非常に優れたものになったため、新モデルのKD-Q1にも採用したという。細部で最適化を施しているが、振動板など基本的な部分はKD-P1で採用したユニットと同じ。
振動板の素材はPETだが、これを薄く仕上げつつ、OFCボイスコイルを採用している。「フルオープンヘッドフォンのKD-P1では、低域の減衰が非常に大きかったため、低域の再現性に焦点を絞って開発したユニット。今回のKD-Q1にはハウジングがあるため、そこでの音作りもできるようになったので、より低域の再現性を高められた」(KuraDa代表の飯田良平氏)という。
イヤーパッドにもこだわっており、低反発ウレタンを3次元形状にカットしたものを採用。圧力が逃げやすい、耳の後ろ部分を一番高くするなど、人間の頭部の形状に沿うイヤーパッドになるよう立体縫製している。高耐久なプロテインレザーも組み合わせ、長時間のリスニングでも快適に装着できるという。
可動軸には全てステンレス製のボールベアリングを採用し、滑らかな稼働を実現した。周波数帯域は20Hz~20kHz。感度は84dB/mW(1kHz)。インピーダンスは75Ω。ケーブルは着脱可能で、LEMOのコネクタを採用。入力端子は標準のステレオプラグとなる。
なぜ3Dプリンターでヘッドフォンを作る事になったのか
KD-Q1の3Dプリンタによるパーツ生産は、HP Digital Manufacturing NetworkパートナーであるSOLIZE(ソライズ)が協力。
KuraDaは「日本の産業を盛り上げたい」「日本の高い技術力を活用したい」といった観点から、これまで日本製部品を使ったヘッドフォンを開発。2013年に、木材からハウジングを切り出して作った「KD-FP10」、楽器的な知見から2ピースの木材を組み合わせて作った「KD-C10」(2014年)、そして2015年には金属を切削加工した全開放のヘッドフォン「KD-P1」を開発した。
KuraDa代表の飯田良平氏は、それらの経験を振り返りながら、木や木材の切削加工は高精度な加工が可能になるものの、コストが高く、複雑な形状の量産が難しい事。カタマリを削って作るため、素材の大部分を捨てる事になり、材料効率が悪いという難点があったという。
3Dプリントはそれに対し、デザインの自由度が高く、低コスト。複雑な形状を一度に製造でき、必要な部分を積層で作っていくので廃棄される材料も少なく、素材効率が非常に高く、環境にも配慮した量産ができるといったメリットがあった事から、KD-Q1の開発・量産に3Dプリンターを活用する事を決意。量産を視野に入れた製造を依頼できるパートナーを探したところ、国内における3DプリンターのリーディングカンパニーであるSOLIZEと出会ったという。
今回のヘッドフォンの発表会も、神奈川県大和市中央林間にあるSOLIZEの大和営業所・大和工場で行なわれた。
量産に使っているのはHP製の「Jet Fusion」と呼ばれる3Dプリンターで、量産性が高く、従来の3Dプリントと比べて最大の10倍のスピードで製造でき、なおかつ高精度に作れるのが特徴。
前述の通り、パウダー状の材料に、黒いインクでパーツの形状を描き、そこに熱を加えて固める。その上にパウダーを敷いて、次の層の形状を描き、熱を加えて固めて……という工程を繰り返し、積層して複雑な形状のパーツを一度に作れる。
手掛けるSOLIZEは、創業当初から3Dプリンターや3次元CADを活用し、デジタルでのものづくりを牽引。2,000人のエンジニアが在籍し、国内外へのエンジニア派遣や、3Dプリンターの販売導入、3Dプリンターに関するコンサルティングサービスも手掛ける。40台のハイエンド3Dプリンターを社内に設置しており、「これだけのハイエンド3Dプリンターを保有しているのは、日本では最大級」(SOLIZE デジタルマニュファクチャリングサービス事業部 AMサービスビューロー部 太田亨部署長)とのこと。
従来は製品開発時の試作などで3Dプリンターが使われる事が多かったが、現在では、トヨタ自動車のLEXUS LC500のオイルクーラーダクトの量産パーツとして、SOLIZEで生産した3Dプリントパーツが採用されるなど、量産の事例も出てきている。
こうしたパーツ作りには、従来は金型を作る必要があったが、金型作りやその保持には莫大なコストがかかるほか、少量の生産にも向かない。3Dプリンターであれば、金型が不要、在庫を持たなくて済む、試作と量産が同一工法になるため、ギリギリまで製品の完成度を高める事も可能という。
3Dプリンターで量産するというプロセスは、国内ではまだ事例が少ないが、「SOLIZEでは安定してモノをつくる品質管理の手法にもあわせて取り組んでおり、それが認められて自動車の認定サプライヤーとして認められた」(太田氏)という。
KD-Q1にもその経験が活きており、「ヘッドフォンの性能だけでなく、見た目の綺麗さも重要。3Dプリンターでの造形は、どのくらいパーツを傾けて積層するかによって、品質や物性に影響が出てしまう。例えば傾きが0度と20度では、表面のざらつきもまったく違う。こうした細かな部分を工夫する事で、品質を追求した」。
パーツ作りでは、1つの箱の中で沢山のパーツをまとめて作っている。沢山のパーツをまとめて作ったほうが単価は下がるが、パーツが増え過ぎると熱の負荷が多くなるなどして悪影響が出る。意匠性とコストのバランスも追求した」(SOLIZE デジタルマニュファクチャリングサービス事業部 マーケティング&セールス部 北山成志氏)とのこと。
北山氏からは「意匠性にはまだ向上できる余地があり、3Dプリントした後に、研磨など、どのような仕上げを行なうかによって表面の品質も変化する。そういった部分で新技術が沢山登場しており、そうした手法も取り入れる事で、3Dプリントの常識を超えるような表面品質を、今後KuraDaさんと一緒に目指していきたい。逆転の発送で、デジタルシボなど、3Dプリンターでしかできないような表現を生み出し、メリットにしていきたい」と、今後の展望も語られた。
「飛ぶような軽さ」
発表会に参加したオーディオ評論家の麻倉怜士氏は、KD-Q1の魅力について「手にすると、まるで飛ぶような軽さ。装着しても驚くほど軽い。側圧も強くなく、爽やかにフィットする」と、装着感の良さを評価。
自らが手掛けた、UAレコードの情家みえ「チーク・トウ・チーク」を試聴した印象として、「冒頭のピアノとベースの立ち上がりがハイスピード。量感がありつつ、キレもある。時間軸の表現がしっかりしている。ベースの低い音の中で、音階がわかるかどうかが重要だが、このヘッドフォンではそれが非常によく分かる」という。
さらに「ピアノとボーカルの掛け合いの時は、ピアノは引き立て役となり、それが終わってピアノソロになるとすごく叙情的なところが出てくるのだが、そうした情感の表現ががこのヘッドフォンではよくわかる。ボーカルの明瞭さもしっかり出ており、感情表現が豊か。微小信号までもが、立ち上がり・立ち下がりが素早く描写できている証拠」。
また、オーケストラの「チャイコフスキー くるみ割り人形」でも、「ディズニーホールの響き、ソノリティ、うるおいがすごく感じられる。その中で、オケの音像も明瞭に出ている。冒頭はトランペットとホルンで、向かって右側にいるのだが、その旋律が会場に拡がり、左側の壁に反射する様子も聴こえ、ダイナミックな音源の動きがよくわかった」という。
「質感が非常にナチュラル。作られた音のような、過剰な部分が無く、清潔な音がする。時間軸のレスポンスも凄く良い。微小信号も描写できており、空気感や感情も出せている。大振幅は当然できるが、微小信号もすごくしっかり出せる。軽さも含めて、音楽に長時間ひたって聴けるヘッドフォンだ」と評価した。