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ソニーモバイルの立て直しと新たな差別化戦略とは?

十時新社長に聞く、企み、人材。タブレットは見直し

 12月19日、ソニーモバイルコミュニケーションズは、一部記者向けに、11月16日に新しく社長兼CEOに就任した十時裕樹氏によるラウンドテーブルを開催した。ソニー立て直しの中でもっとも大きな懸念であり、検討材料ともなったモバイル事業の今後について質問が集中したが、商品戦略や地域戦略の見直しから、昨今話題の「クラウドファンディング」を使ったソニー自身による商品展開など、話題は多岐に渡った。

ソニーモバイルコミュニケーションズ 十時裕樹 CEO

商品戦略見直しで「企む」、日本・欧州軸の既存パートナービジネスに絞り込み

 まず最初に、十時氏は自らのプロフィールを紹介した。十時氏は1987年にソニーに入社。財務畑を経て、2002年にはソニー銀行代表取締役を務めた。そのため「財務・金融系の人物であり、モバイル事業の経験が薄い……と不安視する声もあった。だが自身では、そうした見方を否定する。

十時社長(以下敬称略):財務を経て経験を積んだ頃、ちょうど日本でインターネットがスタートする時期でした。そこで私はインターネット銀行やネット証券、または、ブルームバーグのようなメディアをやりたい、と考えたんです。自分がその中で出来るのが銀行である、ということで、ネット銀行(筆者注:ソニー銀行のこと)をやらせていただきました。それが一段落ついたので、ソネット(So-net)に移り、主に新規事業の立ち上げやコーポレートベンチャーキャピタルの分野を担当していました。

 実は、そこからソニーに戻る気はあんまりなかったんですね。しかし、2012年、結果的にソネットがソニーに買収され、本社へ戻ってくることになりました。通信の経験がない、というご心配はあろうかと思いますが、ソネットでは通信事業に関わり、30代半ばから会社経営の経験も積ませていただいています。ソニーモバイルには大変優秀な社員がたくさんいます。それを生かし、いい会社にしていきたいと思います。

Xperia Z3(左)、Xperia Z3 Tablet Compact(中央)、Xperia Z3 Compact(右)

 十時氏は本社に戻った後、ソニーモバイルの立て直しを託された形である。本人もそうしたことは予想していなかったようだ。他方、ソニーモバイル立て直しには強い意志で臨む。社員には「2015年はトランスフォーメーションの年。しかも、12カ月でそれを完成させねばならない」と訓示し、この1年で色々な改革を進めることを宣言済みである。

 中でも急務なのは、商品構成の改善と、販売地域戦略の再構築だ。大幅減損の原因は、主に中国を初めとする新興国のビジネスを大きく見積もりすぎており、将来的にリスクとなる、と判断したことだ。2014年までは、アメリカ・中国なども含め「数を追う」としていたビジネスモデルを大きく転換する。

十時:商品ミックスについては、もう少し整理する必要があります。高付加価値帯の製品でいつまでやっていけるのか、という疑問はおありかと思いますが、我々のやらなければいけないことは、付加価値のある製品を世に出すことです。

 現在、日本や欧州で「Xperia Zシリーズ」は高い評価を受けています。ただ、(2013年発売の)Xperia Z以降、急いで貯めてきた「ソニーの付加価値」がなくなりつつあります。ですから、新しいロードマップを敷かなくていはいけない時期にあります。そういう観点でも、ポートフォリオの見直しは必要です。

 ローエンドで数が出るから他社に生産委託して……という形は、ソニーが得意とするやり方ではない。どちらかというと技術オリエンテッドで、ひとつでもいいのでとがったものを入れて「仕組んでいく」「企んでいく」のが重要かと思っています。

 なお、「端末」という意味で、より明確な形で「見直し」を明言したのがタブレットだ。

Xperia Z3 Tablet Compact

十時:タブレットは、我々の売り上げの5%程度しかありません。日本では多少売れているものの、他国では振るわない。価格競争面でも優位ではありません。世界的にタブレットのマーケットが伸びていないこともあり、今の延長線上でビジネス規模を大きくしていくことは考えていません。少し時間をかけて、商品企画からやり直し、新しい産業ができるよう、商品企画担当に指示を出したところです。いつそうした製品が出るかは断言できませんが、本質をもう一度しっかり見つめ直す必要があります。

 他方で、5%しかないビジネスですから、大きく伸びることもないものの、止めたところで影響が出るものでもありませんので、商品展開を止めてしまう、という話もしていません。

 もう一つ、立て直しの軸になるのが「地域戦略」だ。これまでは中国・アメリカなどの大きな市場へのチャレンジにより台数を広げる戦略をもっていたが、この方針は破棄される。

十時:販売パートナーが、今の数より増える、付け加わることは、おそらくありません。新しい開拓よりも、今おつきあいのあるパートナーとの関係を優先します。

 中国で、当面なにかをする予定はありません。まったく商品を卸さない、というわけではありませんが、拡大はありません。アメリカ市場も大きいのですが、アップルとサムスンという大手2社との関係が厳しいです。オペレーター(携帯電話事業者)によっては、2社とは違う製品としてXperiaはいつでもウェルカムだ、という話もあるのですが、棚に並べていただいたとしても、売るのが難しい。ユーザー認知度も含め、製品にどれだけ力があるか、と言う問題です。トップ2社に追いつくよう、マーケティングコストをかけてパワーゲームを行なう選択肢もありますが、我々の手元にあるリソースを考えると、それはできません。もう一度、プロダクトを研いだ後でないと難しいです。

 すなわち、売れ行きの良い日本・ヨーロッパ市場に特化し、最適化を進めた上で利益率の高い構造を目指す、ということだ。

十時:現在は収益安定路線への変換の時期。この業界は変化の激しい業界です。サムスンですら、この第3四半期で、18%あった利益が8%まで急落してしまいました。あれだけスピード感のある会社でも対応できなかった、そういう業界だと思って、予兆を察知して反映していくことが重要です。

ハード軸で進める差別化戦略、SCE・DI生まれの新技術陣にかける期待

 そこで問題になるのは、いつまで高付加価値商品でやっていけるのか、ということだ。水平分業化したスマートフォンのビジネスでは、コストメリットの強い中国企業の追い上げが厳しい。Xiaomiのような企業の追い上げにより、「ソニーの付加価値」とされてきた部分が浸食される可能性も高い。そこでの十時氏のコメントは、携帯電話事業に詳しくない人には意外に思える内容が含まれていた。

十時:現在は、2017年くらいまでだと、先進国で高付加価値帯が55%程度を占める、と分析しています。これだけあれば、我々のグローバルマーケットでのシェアを勘案しても、ビジネスは十分に可能です。

 差別化は、主にハードウエア部分と、それに不可分なソフトウエアの組み合わせでの実現が中心です。ソフトやサービス路線は否定しませんが、ヒットの予見が難しい。ソネットでの経験でいえば、100あったら95までがうまくいかない。ヒットすれば大きいのですが、事業のメインストリームに置くのは難しいです。また、参入障壁も低く、追随されます。テクノロジーやハードに組み込んだもので差別化した方が、差異化は長く続くと考えます。

 もう一つ。先日(筆者注:12月12日)Xiaomiは、インドで、エリクソンとの特許侵害訴訟に負け、販売を中止しました。中国企業はその面で、ダイナミズムを失う可能性があります。ご存じの通り、スマートフォンは特許の塊です。弊社もたくさんの知財を確保していますが、その中で、どの企業がどのくらいのポジションをもっているか。そこがある意味、各社、スマートフォンの「裏の戦略」になっています。

 そこで気になる点がある。ソニーモバイルは、2015年1月1日付けで、新たに2人のエクゼクティブを迎え入れる。まず、プロダクト開発の実質上のトップとして、川西泉氏が取締役EVPに就任し、同じく手代木英彦氏が、開発担当SVPに就任する。どちらも十時氏主導の人事だ。

十時:川西は、ソニー・コンピュータエンタテインメントで活躍した、ソフト開発のスペシャリストです。彼にきてほしいと思った理由は、非常に優れた、ソニー指折りのソフトエンジニアであるということだけでなく、SCEで新たなプロダクトを生み出した人間であり、ハードワーカーであるという点を非常にリスペクトしているからです。

 ソフト開発については、新しいものを作るという意味と、効率をあげるという意味でも刷新が必要です。Androidを使っていく場合、現在、色々とカスタマイズは行なっていますが、それをどこまで続けた方が喜ばれるか、考え直す必要があります。カスタマイズを増やすと最新のバージョンを出す時期はその分遅れます、ユーザー目線でみて、開発戦略を立て直す必要があります。

 もう一人の手代木は「TS準備室」というところで、「LifeSpace UX」という短焦点プロジェクターを担当していました。その前は、デジタルイメージング部門で、ミラーレスカメラの「NEX」をやっていました。新しいものを提案していく設計ができるエンジニアであり、そうしたマインドセットと過去の経験に期待しています。

クラウドファンディングに賭ける「素早い」「新しい」モノ作り

 十時氏は、ソネットからソニー本社に戻ってから今まで、少々意外な部署にいた。それは「新規事業創出部」だ。平井一夫氏が社長に就任して以降、ソニー内部では、小さなチームによる新しいビジネスの創造を、より速い速度で回していくスタイルのビジネスが模索されている。前出の「TS準備室」は、それを平井社長直下で進める部隊であり、新規事業創出部は、「社内リーンスタートアップ」的な役割を担う部門であった。

 先日、スマートフォンと連携してカギを操作する「スマートロック」である「Qrio Smart Lock」という製品のクラウドファンディングが行われた。この製品はソニーが開発し、ベンチャーキャピタルのWiLと共同で事業化が行なわれる。

クラウドファンディングで展開された「Qrio Smart Lock

 また、電子ペーパーを使った薄型の時計「FES Watch」も、クラウドファンディングで展開されている。

同じくクラウドファンディングでビジネス化された「FES Watch

 こうした事業を、十時氏は最初から関わり、展開してきた。ソニーモバイルでも、こうした経験を生かした手法を使いたい、とする。

十時:ソニーモバイルを、こうしたユニークな製品のローンチパッドとして使えるのでは、と考えています。スマートフォンをターミナルにしたガジェット・アクセサリーを提案していき、Xperiaの世界観を作って行ければ、と思います。

 素早いモノ作り、は今のトレンドでもある。だが、十時氏がこれらの動きを支援し、ビジネスの中で生かそうとしているのは、単純に「売り上げ」だけでない狙いもある。

十時:FES Watchなどは、入社5年目くらいの社員がチームを作ってやっています。ソニーも組織が大きくなって、「商品企画担当役員がイエスと言わなければ製品が出ない」的なところがありました。そうではなく、もっと冒険的なものを出していける仕組みが必要です。

「考えたことが世の中に出る仕組み」をつくらないと、いけません。考えただけで「どうせ出せないんでしょ」ということでは、真剣に考えてくれません。やれば出る、出れば、そのうちいくつかは成功する。それを体感させて、見せてあげないといけません。

 ソニーに帰ってくる気がなかった、というお話もしましたが、ソニーには感謝もしています。30代から経営をやらせていただいて、色々なスキルを身につけることができました。

 クラウドファンディングを使う意味は、新規事業創出を通じて、次世代の人材育成をしたいのです。エンドtoエンドのビジネス経験は、ソニーの中で生きるにしろ、他社に移っていくにしろ、役に立つはずです。

 こうした取り組みが、ソニーモバイルの復活に果たす役割は未知数だ。しかし「世に問う」ことを続けることで、よりユニークな製品が出てくる確率は高くなるのでは……、と期待したくなる。

(西田 宗千佳)