ミニレビュー

大画面マニアの新兵器、スペクトロメーターでディスプレイの“色”表現を計測

 筆者の連載「西川善司の大画面☆マニア」では、当時のAV関連メディアが評価していなかった「表示遅延の計測」を先駆けて導入するなどして、独特な評価目線の構築を行なってきた自負があるが、前回の東芝REGZA「65X910」編からは、色表現の定量的評価のために楢ノ木技研製の分光器(スペクトロメーター)「ezSpectra815V」を導入し、さらに深遠なるマニア街道を突き進むこととなった。普通のテレビユーザーには、まず関係のない製品だが、この分光器を紹介しながら、ディスプレイ技術ごとの画質傾向や、筆者のディスプレイ評価の考え方などをまとめたい。

ezSpectra815Vの表面(センサー搭載面)

分光器:スペクトロメーターとは?

 ezSpectra815Vは、ボード上のセンサー部に光を当てることで、その入射光を分析し、「どの波長の光がどれくらいの強度で含まれているか」を返してくれる装置だ。「光のスペクトルを分析してくれる」ので「スペクトロメーター」という装置名なのだ。

 「光の各波長ごとの強度分析」とは、分かりやすく言い換えると「その光に含まれている色成分の強度分析」ということなので、日本語的に表現するならばezSpectra815Vは「色度計」という呼び方もできるかもしれない。

 小学校時代の理科のお勉強で「虹は7色」と習ったことがあると思う。万有引力の発見で有名なニュートンが「虹は赤橙黄緑青藍紫の七色」と唱えたことを発端に、その七色を暗記させる傾向が強いが、最近の欧米では"藍"を除いた「赤橙黄緑青紫」の6色と教えるところも多いのだとか。とにかく、波長の長い光から短い光までの色と波長の対応は大体下記のような感じである。

赤 620-750nm
橙 590-620nm
黄 570-590nm
緑 495-570nm
青 450-495nm
紫 380-450nm

 上記の色は「それぞれの光の波長に対して人間が認知する色」の対応に過ぎないのだが、人間の認知基準で考えれば、ezSpectra815Vは、測定した光から上のような各色の成分の強度を測れる装置、と言える。

 さて、このezSpectra815Vだが、店頭売りはなされておらず、楢ノ木技研の公式サイトからしか購入することができない。しかも、毎月ほぼ一度だけ、特定数しか販売されず、毎回売り切れてしまう。購入希望者はこまめなサイトのチェックが必要だ。

ezSpectra815Vってどんな製品?

 ezSpectra815Vは単体で使うものではなく、Windowsパソコンと接続して活用するUSBデバイスの形態となっている。47,000円と高価なので、図解表示用の液晶画面と計測データ保存用のmicroSDカードを備えた単体計測器としてほしい、という人もいるかもしれない。

 ただ、PCと接続して活用するスタイルも悪いことばかりではない。

ezSpectra815Vの裏面

 計測ソフトウェアをWindows PC上の高解像度画面上で動作できるので計測後のデータの活用の利便性が高いし、計測ソフトウェア自体の進化も期待できる。今のところ、計測ソフトウェアには基本的な機能しか搭載されておらず、購入後、Windows PCと接続して活用できることの直接的なメリットはまだ実感できていない。このあたりは将来に期待と言ったところである。

 さて、ezSpectra815Vの活用はそれほど難しくはない。Windows 8以降のWindowsパソコンであれば、ezSpectra815VをUSBケーブルで接続するだけでドライバーは自動インストールされる。ただし、専用計測アプリケーション「ezSpectra」は公式サイトからダウンロードしてインストールする必要がある

ノートPCとUSB接続して使うことになるezSpectra815V。基板剥き出しの製品なので専用ケースも販売してくれると嬉しいのだが、メーカーとしては「汎用アルミケースをユーザー各自で加工してお使い下さい」というスタンス

 アプリケーションの使い方はシンプルだ。

 「測定モード」と「表示モード」から設定を選択して「スペクトル測定」ボタンを押すだけ。

 「測定モード」は「発光スペクトル測定」と「吸収スペクトル測定」が選べるが、ディスプレイなどの発光体を測定する場合には前者の「発光スペクトル測定」を選択すればOK。

専用計測アプリケーション「ezSpectra」の基本画面

 「表示モード」は「測定モード」を「発光スペクトル測定」とした場合には、「スペクトル表示」「演色性評価」「エネルギー測定」が選択できる。

 まぁ、ディスプレイなどの映像機器ではどれでもいいとは思う。筆者は「演色性評価」を選択しているが、最高輝度的なデータを取得するのであればルクス値が採れる「エネルギー測定」もいいかも知れない。かくいう筆者も、大画面☆マニアに掲載するデータとしてどのモードが適切なのかはちょっと手をこまねいている段階である。

エネルギー測定モード。最大輝度値も計測できる
スペクトル測定モード。入射光の各波長の強度を見るための基本モード
演色評価モード。光が物体を照らしたときに自然光がどの程度正確に再現できているかを表す平均演色評価数(Ra)を計測できるモード
測定結果はエクセルなどで閲覧編集ができるCSV形式でも保存可能

 この測定アプリを使う上で注意すべきは2点。

 1つは「ダーク補正」。

 測定を担当する半導体センサーが、周囲の環境温度やセンサー自体の発熱等によって生じる暗電流に起因したノイズの影響を受けることがあり、「ダーク補正」は、そのノイズの影響に配慮した測定を行なうキャリブレーション用のもの。

 一度補正を行なうとアプリ画面内のインジケータが「GOOD」表示となって正しい測定ができるようになるが、測定環境が変わるとこれが「OK」(品質は低下するが測定可能)、「BAD」(要再補正)になることがある。

 基本的にはGOOD表示以外では再補正を行なった方がいい。ちなみに補正には30秒程度の時間が掛かる。

 2つ目は「自動露光」。

 ezSpectra815Vは、入射光の測定を時間方向に何秒間行なうかを10ミリ秒から10秒までの範囲で手動設定することができる。これとは別に、これを光の強度を自動判定して適切な露光時間を自動設定するのが「自動露光」になる。

 この機能は「自動露光」ボタンを押すことで有効/無効が切り換えられ、「自動露光」ボタンそのものが現在のオン/オフ状態を表すインジケータになっている。ボタンが水色に点灯するとオン状態を表しているのだが、パッと見、いまいち今がどっちの状態かが分かりにくいので注意したい。

 通常利用時は常時「自動露光」オン状態でいいと思う。ただ、前回、自動設定された露光時間は「前回測定時に設定された時間」であるため、測定対象を別のものら換えたときには、ezSpectra815Vのセンサー部を測定対象に比較的長くあてて、自動露光機能を再始動させてやる必要がある。この自動露光機能の振る舞いにはクセがあるので注意したほうがいい。

 また、自動露光機能のオンにして使っていたとしてもアプリケーションを終了して再起動するとデフォルト設定の自動露光機能オフに戻ってしまう。この特性も少々厄介だ。

メーカー刻印無しのノーブランド白熱球の測定結果。オレンジに近い光なので結果はなるほどという感じ。色温度も3000K強くらいを指している
2017年4月20日13時、晴れの時の太陽光の測定結果。色温度は6000K強くらいを指している

ezSpectra815Vの測定結果から分かること

 今後の大画面マニアでは、このezSpectra815Vを活用して、評価対象のテレビ製品などの色特性がどんなものかを測定していくつもりだが、測定方法や、その測定結果からどんなことが分かるのかを解説してみることにしたい。

 測定にあたっては、いろいろと検討した結果、当面はRGB=255:255:255の白色を表示し、これを測定して色度を測定することにした。

 プリセット画調モード(画質モード)によって多少のスペクトル特性は変わるのだが、白色を作り出すために用いているRGB(赤緑青)の原色波長のピークは、ほとんど変わらないことがわかったため、各テレビの標準画質モード(もしくはそれに準ずる画質モード)を測定する方針でよい気がしている。これを表示し、センサーを画面に近づけて測定する。

測定風景

 下は、東芝REGZA Z700X「標準」モードと「映画プロ」の測定結果だ。

東芝REGZA Z700X「標準」モードの測定結果
東芝REGZA Z700X「映画プロ」モードの測定結果

 色温度が標準モードでは10000K強、映画プロモードでは6500K付近を示しており、両者で緑と赤の強度が変わっているが、スペクトルの大まかな形に違いがないのが分かるだろう。

 測定結果の見方なのだが、基本的には3原色であるRGB各色のピークの立ち上がりがどんな感じかをチェックすることになる。

 ディスプレイ装置は赤(620-750nm)、緑(495-570nm)、青(450-495nm)の3原色の合成で、フルカラー表現を行なうため、理論上はこれらのピークが鋭ければ鋭いほど雑味のないフルカラー表現が行なえることになる。言い換えるとRGBの原色ピークが幅の太い山なりより、鋭い方がいいということだ。

 また、白色光はディスプレイ側の色温度設定によってRGBの各色の出力バランスが異なってくるが、自発光デバイスではない液晶ディスプレイパネルの場合、大元の白色バックライトから出てくる光のRGBバランス特性は変わらない。もちろん、RGBの3色LEDをバックライトに採用して白色出力させるタイプのものであれば話は別だが、このタイプはテレビ製品では現行製品では存在しないし、有機ELテレビでも、LG式の白色有機EL×カラーフィルター方式は、フルカラー表現の原理の理屈は液晶と同じだ。なのでRGB3原色のピークのうち、どの原色光が一番強度が高いのかは判別が付く。

 例えば、前出の東芝REGZA Z700Xの測定結果は、標準モードも映画プロモードでも青色が最も強度が高く、青色を基準にして白色のホワイトバランスを作っているだろう事が想像できる。標準モードと映画プロモードの2つのグラフを比較すると、青色ではなく赤緑の方のピークの高低が変わっているので「赤緑のサブピクセルの出力バランスの方を変えているのでは?」と思われるかも知れないが、このezSpectra815Vの表示は正規化表示(最も強度の高い値を1.0とした相対表示)になっているので、そうではなく、青のサブピクセルの強弱の方でバランスを取っているのだ。

バックライト種別ごとのスペクトルの特性の違い

 実際に、仕事場にある幾つかのテレビ、モニターなどを適当に測定してみることにした。

 各製品の簡易スペック(液晶方式:バックライト:画質モード)と測定結果は以下のようになっている。

三菱電機「RDT233WX-3D」(2011年)

IPS型液晶:白色LED:標準

EIZO「FORIS FX2431TV」(2009年)

VA型液晶:CCFL:ピクチャー

EIZO「FlexScan HD2452W」(2008年)

VA型液晶:CCFL:標準

Dell「U3011」(2010年)

IPS型液晶:CCFL:デスクトップ

LG「DP2342P」(2011年)

TN型液晶:白色LED:Meidium

LG「31MU97」(2014年)

IPS型:白色LED:sRGB

東芝「40J9X」(2014年)

VA型液晶:白色LED:標準

東芝「40V30」(2016年)

VA型液晶:白色LED:標準

東芝「55Z700X」(2016年)

IPS型液晶:白色LED:標準

東芝「26ZP2」(2011年)

IPS型液晶:白色LED:標準

東芝「46ZH500」(2008年)

VA型液晶:CCFL:標準

ソニー「KX-29HV3」(1993年)

スーパートリニトロン管:標準

 こうして多くのテレビ/モニタ製品のデータを見ていくと、幾つかの傾向が分かってくる。

 まず、現在主流の白色LEDバックライトの液晶ディスプレイパネルを採用した製品から見ていこう。現在の白色LEDバックライトは青色LEDがベースで、これに黄色や赤緑蛍光体を組み合わせて白色光にしている。そう、発光体としては青色がコアになっているのだ。そのため、全てのモデルで揃いも揃ってきっちり波長450nm付近で鋭いピークが立ち上がっているのが面白い。発売年の比較的古いモデルは、緑と赤に関してはかなり幅広の山で、しかも青に対してピークがかなり低いことが分かる。

 DCI-P3対応、AdobeRGBカバー率99.5%のプロ用途にも耐えうるとされる高画質4KモニターのLG「31MU97」は、緑赤の山が他よりも幅が狭くピークも高めだ。

 東芝の55Z700Xは、今回調査した製品では唯一、BT.2020広色域対応モデルだが、白色LEDバックライト機の中では、唯一、赤の山が鋭く立ち上がっている。緑も幅広ではあるが、両サイドの青と赤の山とはだらりと繋がらず低い位置から立ち上がっているため、見かけ上は緑の山も鋭く立ち上がっているように見える。山の高さこそ、31MU97には及ばないが、全体の傾向としては似ている。

 表現色域が広い製品はRGBの3原色の山の高さが高く幅も狭いという共通特徴がありそうだ。

 2010年以前は、液晶のバックライトとして冷陰極管ことCCFL(Cold Cathode Fluorescent Lamp)バックライトを採用するのが主流だった。そして、このCCFL採用モデルは、白色LEDバックライトとはスペクトル特性が異なるのが興味深い。

 まず、青色のピークが、緑や赤に負けているのが分かりやすい特徴だ。CCFLの青の強度は、緑や赤に及ばないのだ。青が強い白色LEDとは対照的である。

 EIZOのFX2431TVは、赤のピークが鋭く強く、同じくEIZOのHD2452Wは緑のピークが強い。DellのU3011は、緑と赤にピークが複数現れるような傾向で、強度としては緑と赤が同じくらい。また、青は緑とだらりと繋がってしまっている。

 このCCFLの赤緑青にわたって複数のピークが立ち上がり、それらがだらりと繋がる傾向は照明器具の蛍光灯とよく似ている。というか、もともとCCFLが蛍光灯のようなものなのでこの事実は実は当たり前のことなのだが、改めてその相似性が確認できると感慨深いものがある。

筆者宅の天井照明器具のパナソニック、パルック蛍光灯「FL20SS」を実測したデータ。HD2452Wとよく似ている

 変わり種として、いまだ筆者宅ではレトロゲームプレイ用に現役活用されているブラウン管(スーパートリニトロン管)のソニーKX-29HV3も計測してみたが、この結果からは白色LEDにもCCFLにも似ていない独特な山の出方が確認された。

 赤(620nm付近)の鋭いピークが最も強度が高いのはいいとして、700nm付近の深紅にも鋭いピークが立ち上がっているのだ。最初は計測ミスなのかとも思ったが、2003年発売の最後のスーパートリニトロン管製品「QUALIA 015のメーカー発表の色スペクトルでも同様の結果になっているので間違いはないようである。

スーパートリニトロン管製品のQUALIA 015の色スペクトル図。赤領域において620nm付近だけでなく700nm付近にピークがある事が分かる

 青や緑に鋭いピークはないが、青の強度はかなり強いし、緑においても白色LEDやCCFLに拮抗するほどの強度を持っている。青と緑の山がだらりと繋がってしまってはいるが、ブラウン管の場合、各画素が自発光で制御できるので、決め打ち仕様の白色光から赤緑青を取り出してフルカラー表現を行なう液晶とは事情が違う。

 いずれにせよ、ブラウン管は「赤が綺麗」「肌色が綺麗」と言われたものだが、赤成分の強度が鋭く潤沢なので、あらためて「なるほど」と納得した次第である。

色表現の定量評価を追求

 ezSpectra815Vは、性能面には不満はなし。アプリケーションの使い勝手もまずまず。本文で指摘したような細かい点で気になったところもあるが、筆者が想定する活用範囲においては大きな不満はないし、いずれ要望が積み重なればアップデートで改善されることもあるだろう。

 同程度のことができるスペクトロメーターは、業務用のものばかりで、スタンドアローンで使える安価なモノで10~20万円。ezSpectra815VのようにPCへデータを転送できるものになると20~30万円ということを考えると、ezSpectra815Vの47,000円はむしろバーゲンプライスだと言える。

 もっとも、万人に勧められるかというと、また別の話。そもそも、ディスプレイの色表現を計測したいというニーズはさほど多くないだろうし、そのために47,000円というのも一般的な感覚からすれば高価だろう。しかも製品は製品はむき出しの基板状態だ。加工済みケースとセットで購入できるオプションが欲しいと思う人は、筆者だけではないだろう。用途を考えれば、コストパフォーマンスは高いと思うが、今後は商品力の向上に期待をしたい。

 いろいろ言ってきたが、筆者もezSpectra815Vは導入したばかりで、まだその真価を引き出し切れてはいない。今後も活用について研究を重ね、大画面マニアで、その結果を反映できたらなと考えている。また、活用していく過程で、ある程度の数のデータが取れた段階で、改めて、傾向と分析を行なうのも面白いかな、と思っている。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。3D立体視支持者。ブログはこちら