ミニレビュー

Technics“磁性流体ヘッドフォン”「EAH-A1000」聴いた。設計者が語る、磁性流体最適化やエッジのこだわり

「EAH-A1000」。左がプラチナグレージュ、右がブラック

9月30日に発表されたTechnicsの磁性流体ドライバーを採用したワイヤレスヘッドフォン「EAH-A1000」。発売に先駆けて、実機を試聴したのでファーストインプレッションをお届けする。

また、発表会で行なわれた開発者のトークセッションでは、「従来の磁性流体では目指す音に到達できなかった」と、大型ドライバーを積むヘッドフォンならではの苦労が明かされた。

左がEAH-A1000の磁性流体ドライバー。右がEAH-AZ100の磁性流体ドライバー

EAH-A1000は、Technicsブランドのワイヤレスヘッドフォン最上位モデル。これまでイヤフォンで採用してきた磁性流体ドライバーを、ヘッドフォンに初めて採用。またTechnicsのハイファイスピーカーで採用している振動板のエッジ構造「SST(Symmetrical Surround Technology)エッジ」も盛り込んで、さらなる低歪みを実現し、Technicsが目指す「アーティストの奏でる音を『ありのまま』に伝える音楽再生」を追求している。

最大の特徴である磁性流体とは、磁石の特性と液体の特性を併せ持った機能性素材。

ダイナミック型のドライバーユニットでは、ボイスコイルを配置した磁気回路を使って、振動板を振動させることで音を生み出している。

このボイスコイルは狭い磁気ギャップ(磁石の隙間)に配置され、ここでストローク(前後運動)するのだが、低音再生時などストローク幅が増えると綺麗に振幅できず、ふらつくように動いてしまうことがある。このふらつきが振動板に伝わると、音が歪む要因となってしまう。

Technicsの磁性流体ドライバーでは、この磁気ギャップとボイスコイル間に磁性流体を塗布することで、ボイスコイルの動きをガイドして、正確なストロークと、超低歪な再生を実現している。

Technicsのハイファイスピーカー「SB-R1」のドライバー。エッジ部分に独特の構造「SSTエッジ」が採用されている
EAH-A1000のドライバー。SB-R1と同じSSTエッジ構造を採用している

同じくA1000に採用されているSSTエッジは、振動板のストロークを正確に制御して、豊かな低音とクリアなサウンドを実現するために、振動板のエッジ部分に採用した構造のこと。振動板がストロークする際、エッジ部の動きの対称性を高めることで音の歪みを最小化している。

BluetoothコーデックはSBC、AAC、LDACに加え、次世代規格「LE Audio」のLC3をサポートし、Auracastも利用できる。ハイレゾ認証、ハイレゾワイヤレス認証も取得。

連続再生時間はANCオン、AAC接続時で46時間、LDAC接続時で40時間。AIビームフォーミングによるクリアな通話も利用可能。

実機を聴いてみた

「EAH-A1000」ブラック

まずは携帯音楽プレーヤーとLDAC(接続優先)でつないで、「エド・シーラン/シンキング・アウト・ラウド」(FLAC 44.1kHz/16bit)を聴いてみると、まず感じるのは音場の広さ。広大なサウンドステージに音がスッと伸びていくのが手に取るように分かる。

ボーカルには立体感があって、一歩前に出てくるような感覚。リップノイズやギターの弦の揺れる様子など、細かな音も意識しないで聴き取れる。低域も頭の芯に響くようなパワフルさがありながら、締まりがあるので、ほかの楽器やボーカルを邪魔することがない絶妙なバランスだ。

また音が鳴る前の空間や、音が鳴っていな部分の静けさ、そして本当に静かになった空間から、ギターやボーカルがスッと立ち上がるときの良さも印象的だった。

今度は手持ちのiPhone 16 Proとペアリングして、Apple Musicから女性ボーカル曲として「HANA/ROSE」を再生。こちらもボーカルが浮かび上がりつつ、全体のバランスは良好。サビ部分の高音も耳に刺さるようなピーキーさはまったくなく、スーッと伸びていくような歌声を楽しめた。

装着感も、イヤーパッドのクッション性が高く、耳にしっかりフィット。側圧も締め付けるような強さはまったくないが、しっかりと頭をホールドしてくれる。短時間の試聴しかできなかったが、長時間でもストレスなく使えそうな印象だった。

ANCについても、あくまで室内でのテストだったが、かなり強力な印象で、周りで大人数がガヤガヤと会話しているような環境でも、しっかりとノイズを遮断して音楽に没頭させてくれる。外音取り込み機能も、かなり自然な聴こえ方に感じられた。

ハード設計者が語る開発エピソード。従来の磁性流体では「目指す音に到達できなかった」

パナソニックのコミュニケーションネットワーク事業部 ハード設計部 ハード設計九課の武田理玖氏(左)と、デザインセンター AVC部 コミュニケーションネットワークデザイン課の工藤帆夏氏(右)

ハード設計を担当した武田理玖氏によれば、開発当初「40mmのオーバーイヤーヘッドフォン用ドライバーは、EAH-AZ100の10mmドライバーと比べて振幅が大きくなる分、ブレも大きくなるので、歪を抑える作用が優位に働いて、磁性流体の効果も高くなる」と考えていたという。

しかし、「これまで実績のある磁性流体をそのまま使用したところ、性能的には低歪にはできたものの、目指す音には到達できていませんでした」と壁にぶつかったという。

武田氏によれば、40mm径ドライバーでは設計上、ボイスコイル内側の隙間が10mm径ドライバーよりも大きくなり、動きを安定させるために必要となる磁性流体の量も増える。その結果、「磁性流体がドライバーの振動に与える影響も大きくなっていた」とのこと。

また従来の磁性流体は、イヤフォン用の少量、かつ小振幅に最適化されていたため、使用量が増え、振幅も大きくなるオーバーヘッドフォンにあわせて、「材料やドライバー自体の構造に対して非常に多くのトライを繰り返した」と、磁性流体自体をA1000用に最適化したことを明かした。

また磁性流体以外の技術を組み合わせることで、さらなる低歪を実現するべく採用したのが、Technicsのハイファイスピーカーでも採用しているSSTエッジ。

これはエッジの動かす空気の量を、前面・背面で対称にすることで歪みを低減する技術。武田氏は「実はオーバーイヤーヘッドフォンのドライバーでは、A1000の開発以前に、SSTエッジの導入を検討していて、その有効性も確認していた」とする。

「TZ700やAZ100などイヤフォンからの技術である磁性流体の活用と最適化、Technicsフラッグシップスピーカーの技術であるSSTエッジ。ふたつの異なる低歪技術の組み合わせで、私たちの目指す音質と低歪を実現できました」

A1000では、磁性流体の採用に加え、振動板にカーボンファイバーを使っているのも特長のひとつ。武田氏は「カーボンファイバーは軽量、高剛性、さらに適度な内部損失を持つため、40mmという口径の振動板には非常に適した素材だと考えて採用に至った」としつつ、開発では成形に苦労したことを明かした。

「試作段階では成形後に振動板が変形してしまう問題が何度も発生しました。そのため、安定した成形を目指すためのトライを多数行ないました。一部を紹介すると、ドーム形状を平面に近くする、カーボンファイバーに樹脂シートを追加してラミネート加工をしたものを試しました」

「どちらも安定した成形ができるようになりましたが、平面に近くすると、振幅する時に高音部分の合成が弱まってしまいました。ラミネートでは素材の複合によって振動板が重くなってしまったり、カーボンファイバーの素材の良さが消えてしまうことで、音質的にはレベルダウンしてしまいました」

一方で、こうした試行錯誤を重ねた結果、「カーボンファイバーには混ぜ物せずにピュアに使用することにより、音質の良さというものを実感」したと武田氏。そのため、カーボンファイバーには“混ぜもの”を使わず、形状を保ちながら成形する方法を追求。最終的に安定した成形と、Technicsとして求める音質を両立させた振動板が完成したという。

「こうして完成したのがA1000の40mm磁性流体ドライバーになります。この40mmの磁性流体ドライバーを搭載し、また音響構造の最適化も経て、最終的に完成した音は、私がこれまで聞いてきたワイヤレスヘッドフォンとは明らかに違うことだと感じました」

「磁性流体ドライバーならではの正確で豊かな低域、細かい音まで見えるような深い解像度。音がヘッドフォンに閉じ込められるのではなく、自然に広がっていくような空間性、そして楽器の鳴り、声の響き、その余韻までもが自然に感じられる。私たちが最初に思い描いていた音がようやく実現できました」

“Technicsらしさ”とはなにか。目指したのは「華やかすぎず、暗すぎない」こと

A1000はTechnicsワイヤレスヘッドフォンのフラッグシップモデルであり、そのデザインも大きな特長。本体デザインを手掛けた工藤帆夏氏は「A1000をデザインしていくうえで、最初に“Technicsらしいデザインとはなにか”ということを考えました」と明かす。

「Technicsらしくするのはもちろんですが、手に取った瞬間であったり、身につけている瞬間にもTechnicsだと感じられるデザインにしたいというのが最初のスタートでした。そこで最初に参考にしたのがAZ100です」

EAH-AZ100

「AZ100は、音を凝縮したようなミニマルなフォルム、Technicsを象徴するサーキュラーデザインによって、現在のTechnicsらしさを表現しています。今回、そういったTechnicsデザインのDNAを、ワイヤレスイヤフォンからオーバーイヤーヘッドフォンに引き継いでいくことに注力しました」

サーキュラー加工を施したハウジングパーツの試作品たち。おなじプラチナグレージュでも加工の違いで最終的な色味が大きく違って見える

ヘッドフォンでもっとも目を引くイヤーカップ部分には、アルミに等間隔の溝を細かく掘っていくサーキュラー加工を採用。「一見すると、すごくシンプルな加工方法に感じると思いますが、線の深さや間隔、金属の光沢感などがわずかに変わるだけで、すごく表情が変わる、とても調整が難しいパーツでした」と工藤氏。

「今回A1000で目指したのは“華やかすぎず、暗すぎない”というところで、日常の中で身につけるオーバーイヤーヘッドフォンとして自然に上質さが感じられる輝きを目標として作成していきました」

特徴的な「フローアーム」

A1000では、ヘッドバンドとイヤーカップをつなぐアーム部分に、流線的なカーブを描いた「フローアーム」を採用しているのが特長。工藤氏は「A1000のデザインで、特に時間を掛けたのがフローアーム」だと明かす。

「(フローアームは)見た目の美しさだけではありません。ワイヤレスのオーバーイヤーヘッドフォンは、バッテリーや多くの電子部品が内部に入るので、どうしても重量が重くなるという課題がありました。そこでA1000では強度が必要なハンガー、スライダー部分に金属パーツを使い、さらに片持ちアーム構造にすることで、必要な部分以外を削ったミニマムなフローアーム構造としています」

「この細いアームの中にもコードを通していたり、A1000は折りたたんで収納できる仕様なので、その機構を盛り込んだりといった制約もありました。強度などもひとつひとつ確認しながら、余分なところを削ぎ落としてできた形状です」

新色のプラチナグレージュについても「EAH-AZ100をきっかけに、Technicsというブランドを知った方が増えました。ユーザー層も広がっているなかで、無彩色のシルバー色から、もう少し温かみのあるシルバーにしたかった」と投入意図を説明。

ただ、黄色を強くしすぎると黄ばんだように見えたり、抑えすぎると白が強く見えたりするなど、“ほんの少しの温かみ”の表現には苦労したこと、樹脂やPUレザーなど金属以外のパーツとのカラーバランス、金属パーツの光沢感など、何度もサンプルを作って調整を重ねて実現したカラーリングであることを紹介した。

イヤーパッドもさまざまな硬さのものをテストしたという
最終的に製品に採用されたイヤーパッド。筆者が触った限り、テスト用のパッドも含めて一番軟らかいものが採用されていた
酒井隆文