レビュー
バランス駆動でどう変わる? ラックスマン「P-700u」を聴く
接続簡単。駆動力大幅向上。HD800/650などで体験
(2013/3/12 10:10)
イヤフォン/ヘッドフォン市場におけるトレンドの1つとして盛り上がっているのが“バランス駆動”だ。対応するヘッドフォンアンプやヘッドフォンが登場しているほか、ユーザーがケーブルを交換する事で、普通のヘッドフォンをバランス駆動して楽しむ動きも活発化している。
また、これまでは据え置き型のアンプと、室内用ヘッドフォンで行なう事が多かったが、最近ではポータブルヘッドフォンアンプでもバランス駆動のものが登場。屋外でもバランス駆動を楽しみたいというマニアも増えてきた。
とはいえ、市場に存在するアンプ/ヘッドフォン/イヤフォンは通常の“アンバランス”タイプが主流。「バランス駆動って何?」、「言葉は聞いたことがあるし、黒くて太いプラグで接続するのは知っているけれど、じっくり聴いた事はない」という人が大半だろう。
そこで今回は、バランス駆動だと、どのように音が変わるのかを体験してみたい。
バランス駆動とは何か
そもそもバランス駆動とは何かという話だが、簡単に解説してみよう。ヘッドフォンの左右ハウジング内にはユニットが入っているが、通常のヘッドフォン(アンバランスタイプ)の場合は、ユニットの片側にアンプ(正相)、もう片方にグランド/アースが接続されている。
このグランド側にもアンプ(逆相)を接続して、“1つのユニットを2つのアンプでドライブしよう”というのがバランス駆動の基本的な考え方だ。スピーカーに詳しい人は、ステレオアンプを2台、ブリッジ接続して1つのモノラルアンプとして使い、スピーカーをドライブする「BTL接続」というのをご存知だと思うが、あれと似たようなものである。
では、どうやってバランス駆動するかだが、1つのハードルがある。それがプラグだ。お馴染みのアンバランス入力プラグを改めて見てみると、黒い筋が2つ見える。これは絶縁するためのもので、区切られた先端部分が左チャンネル、真ん中の部分が右チャンネル、根元の大きな部分がグランドとなる。先ほど書いたように、アンバランスヘッドフォンでは、ユニットの片方に接続されたグランドの、左右のチャンネル分が1つにまとめられ、入力プラグのところまで来ているのがわかる。つまり、このままのプラグでは、左右のユニットを、それぞれ2つのアンプでドライブする事はできないのだ。
そこで登場するのが、バランス用のXLR端子だ。端子を見ると、3つのピンが見え、1、2、3と番号が振ってある。大半の機器では1がグランド、2が正相(HOT)、3が逆相(COLD)を担っている。この端子を使えば、グランドを左右で共用せず、片方のユニットを、2つのアンプでドライブできるというわけだ。
こうしたバランス駆動の利点は、ヘッドフォンに対するドライブ力が向上すると共に、グランドを共用せず、左右チャンネルのクロストークの低減などが、一般的に知られている。
バランス駆動に必要なもの
ヘッドフォンのバランス駆動に必要なものは、端的に言えば「対応アンプ」と「対応ヘッドフォン」だけだ。対応アンプは価格も様々だが、ラインナップの上位モデルと位置付けられる事が多く、大半はアンバランス出力も備えているので、「上位モデルを選んだらアンバランス出力もついていた」とか、「今は対応ヘッドフォンを持っていないけれど、将来性を考えてアンバランス出力にも対応したモデルを選んでおく」という買い方もあるだろう。
対応ヘッドフォンだが、これも大量にある。注意したいのは、最初から対応している……つまり、“最初からバランス接続ケーブルが取り付けられているヘッドフォン”だけでなく、“ケーブルの着脱が可能”で、“バランス駆動用の交換ケーブルが販売されているヘッドフォン”であれば、そのケーブルに交換するだけでバランス対応とする事が可能だ。
ケーブルの着脱は、断線時に交換を容易にしたり、ケーブルによる音の違いを楽しむためのものとして普及している機構だが、これにより、アンバランスヘッドフォンを、バランスヘッドフォンとして気軽に使えるように土壌がいつのまにか整っていた……と言い換える事もできる。なお、お約束ではあるが、他社の交換ケーブルでバランス化して楽しむのは、改造というほどのものではないが、ヘッドフォンメーカーのサポート外の使い方となるので、そのへんは御留意いただきたい。
試聴機材を用意。ケーブルはサエクを使用
今回はアンプとして、ラックスマンの「P-700u」(294,000円)を用意した。登場したばかりのハイエンドモデルなので高価ではあるが、店舗によっては25万円を切るところもあるようだ。先ほど説明したように、バランス駆動では2chのヘッドフォンを駆動するために、4chのアンプが必要になる。P-700uは、ラックスマン独自の高音質増幅帰還回路である「ODNF」の最新バージョン3.0Aを4チャンネル分、完全な同一構成で搭載しているのが特徴。これをBTL(ブリッジ)接続している。
また、出力だけでなく、入力端子もバランス(XLR)を用意している。ここにバランス出力対応のソース機器を接続すれば、音の入口から出口まで、フルバランスのシステムが完成する。
そこで、今回は同じくラックスマンのバランス出力対応USB DAC「DA-06」(315,000円)も用意した。PCMは32bit/384kHz、DSDも2.82Mと5.64MHzに対応するハイスペックなモデル。USB入力だけでなく、光デジタル、同軸デジタル、AES/EBU入力も備えているので、単体DACとしても使える製品だ。せっかくのバランス駆動なので、ソース側の機器からバランス伝送を実現すれば精神的にもスッキリする。
なお、アンバランス出力も備えているので、「いずれはフルバランスを」という意気込みで、既存のシステムに組み込む事も容易だ。アンプとDACの接続にはサエクのバランスケーブル「XR-4000」を使用した。導体は6N-OFCとPCOCC-Aのハイブリッド構造、ネジ留め式接点仕様のオリジナルプラグを採用したケーブルだ。
アンプの「P-700u」もバランス専用ではなく、アンバランス出力/入力も備えている。まだバランス対応のヘッドフォンもソース機器も無いという場合でも問題なく使用できるので、今後を見越して、ワンランク上のバランス対応上位モデルを選んでおく……というのも1つの選び方だ。
なお、バランス駆動の本題からは外れるが、「DA-06」に付属するラックスマンの再生ソフト「LUXMAN Audio Player」についても書いておきたい。シンプルなデザインのWindows/Mac対応のPlayerソフトなのだが、32bit/384kHzまでのWAV/FLACや、2.82/5.64MHzのDSD再生に対応している。foobar2000のようなソフトは、特にDSDまわりで、様々なプラグインを入れたり、設定を変更しなければ再生できないが、「LUXMAN Audio Player」は起動して、設定画面から「LUXMAN ASIO Device」を選ぶだけ。基本はこれだけで再生できる。また、設定から「DSD over PCM」と「DSD Native」を切り替えたり、再生ファイルをPCのメモリにあらかじめ読み込んでから再生する「Expand to RAM」モードを選んだりと、マニアックなカスタマイズも可能。シンプルだがよく出来たソフトだ。
ヘッドフォンは、ゼンハイザーのフラッグシップ「HD800」(実売14万円前後)、定番の「HD650」(実売4万円程度)、さらにShureの「SRH1840」(実売55,000円前後)を用意した。これらはアンバランス接続のヘッドフォンだが、バランス接続用のケーブルがサードパーティより発売されている。
交換ケーブルは、サエクのSHC-B300シリーズを用意した。今回のヘッドフォンは、3機種ともヘッドフォン側の接続端子形状が異なるのだが、SHC-B300シリーズにはHD800用「SHC-B300FH80」(1.5m:38,850円)、HD650用「SHC-B300FH65」(1.5m:35,700円)、SRH1840/1440用の「SHC-B300FSH」(1.5m:31,500円)が既にラインナップされている。なお、Shure SRH1840/1440用のケーブルは、端子部分がMMCXコネクタになっているが、ULTRASONEのケーブルが着脱式になった「edition8 Romeo/Julia」(各151,200円)でも使用できるそうだ。
前述のとおり、バランス駆動の利点はノイズ耐性やセパレーションの良さなどだが、このケーブルにはその長所を活かすために、導体構造に左右独立ツイストペアケーブルを採用しているのが特徴。導体もPCOCC-Aが使われており、高級ヘッドフォンとのマッチングを追求した作りになっている。
アンバランスとバランスを聴き比べる
ではさっそくアンバランスとバランスを聴き比べてみよう。ソースはe-onkyo musicで配信している24bit/192kHzのEagles/ホテルカリフォルニア。再生ソフトは「LUXMAN Audio Player」を使用した。
「SRH1840」のアンバランス標準ケーブルで聴いてみると、冒頭のベースが頭蓋骨の中心に向かって重く、ズシンと響く。そこにクリアなギターが重なるが、この弦の動きが非常に明瞭。細かい動きがわかるだけでなく、弦の金属的な色まで目に浮かぶような実在感がある。かなりパワフルなアンプであると同時に、解像度の高さも感じさせる。
53秒あたりからドン・ヘンリーのヴォーカルが入るが、前に迫り出すベースに覆い隠されず、歌声の余韻が背後で遠くまで広がっているのがよく見える。空間表現も秀逸だ。音の粒立ちがよく、輪郭がシッカリしている。こう書くと“キツイ音”に思われるかもしれないが、その逆で、ボリュームを上げて耳が痛くなる手前まで持っていっても、顔をしかめるような破綻や、耳の痛さは感じない。高域は澄み渡り、高解像度なのだが、破綻はせず、独特の“しなやかさ”が維持されている。アンバランスでも、相当な実力のアンプだ。
ここで、ケーブルをバランスに変更すると、思わず「おおっ」と声が出て、視線が勝手に斜め上を向いてしまう。理由はフワーッと音楽が広がる音場のサイズが拡大、空間の制約が外れ、見通しがさらに良くなるからだ。四方を囲んでいた部屋の壁が、バタンと倒れて無くなったような清々しさだ。
低域や高域のバランスが変化したりはしないのだが、1つ1つの音のパワーがアップ。“出方”が変わり、耳の外で行儀よく演奏していた音が、俺も俺もと率先して耳に飛び込んで来る感覚だ。
同時に、解像度がアンバランス時よりもさらに向上。それゆえ、音がパワフルになっても聞き取りやすい。5分48秒頃に、和音の中でギターの弦が暴れたような、1つ外れた音があるが、それも明確に聴き取れる。
スピーカーをBTL接続で鳴らした事がある人は少ないかもしれないが、音がパワフルになるという面ではヘッドフォンでも同じ効果が感じられる。同時に、「P-700u」の特徴としては、BTL接続なのに“音が派手過ぎない”のが好印象。パワフルになると、悪く言えば“野太い音”になってしまう事もあるが、パワフルになりつつも、キチッと整理された情報量の多さは維持しており、決して乱暴な描写にはならない。高域のアタックも強くなるが、アンバランスの時に感じた“しなやかさ”はバランス接続でも健在だ。
ゼンハイザーのHD800もバランス駆動してみると、アンバランス時とは印象が変わる。このヘッドフォンは、空間表現の上手さが特徴だが、駆動力の無いアンプでドライブすると低音があまり出ず、高域寄りのあっさりした描写になる。だが、バランス駆動で強力にドライブすると、胸部を圧迫するようなベースの低域がズシンと響くようになる。なおかつ、ヴォーカルの高域には一切の曇りがない。高解像度な高域と、厚みのある低音の両立は、快感すら感じるほど。HD800の長所を伸ばし、弱い部分を強力にカバーできている。
HD650は、オープンエアの中では量感のある低音を聴かせてくれるモデルだが、最新の開放型ヘッドフォンと比べると、音の広がりが小さい印象がある。しかし、バランスで駆動すると、音場がグッと広がり、見通しの良さが数段レベルアップ。「中島愛/星間飛行」の音が虚空に消える場所が大幅に遠くなる。低音もパワフルだが、クラシックのオーケストラ演奏で、うねるような低音の流れの中でも、ストリングスや打楽器の細かな音がしっかり分解されている。「お前、こんな音が出せるヘッドフォンだったのか」と驚く。流石にHD800と比べると音場は狭いが、開放型らしからぬねばりのある低音描写は魅力的だ。
買いやすいヘッドフォンでも聴いてみる
高価なヘッドフォンだけでなく、手軽に買えるモデルでも聴いてみよう。ソニーの「MDR-1R」はアンバランス接続の密閉型。液晶ポリマーフィルム振動板を使っているのが特徴で、価格は30,975円だが、既に一部の店舗では2万円を切る価格のところもある。
バランス接続用の交換ケーブルが存在しないのでアンバランスで聴く事になるが、P-700uでドライブすると、かなり印象が変わる。1Rの低音は、どちらかと言うと量感よりもスピードを重視したタイプで、「ズンズン」と言うよりも「トストス」と切り込むような歯切れの良さが特徴だ。
だが、P-700uでドライブすると、トストスという低音によって引き起こされた量感のある低音が、グォーンと背後に広がる。「いとうかなこ/スカイクラッドの観測者」では歪むエレキギターやドラムの打音は切れ味鋭く、その背景に、こちらに向かって押し寄せてくるような圧倒的な低音の圧力が感じられる。「山下達郎/希望という名の光」の、胸を圧迫するような中低域にも圧倒される。
前述のとおり、P-700uはバランス用に4chのアンプを搭載しているが、アンバランス出力時、残りの2chは使わないのではなく、左右で2つずつ束ね、パラレル駆動する事で、出力電流の供給能力を倍に増強しているそうだ。この力強さの秘密はそこにあるのだろう。普通のアンバランスアンプと比べても、バランス駆動を彷彿とさせるパワフルさで、「アンバランスヘッドフォンも、バランス風に駆動できるアンプ」とも言えそうだ。なお、連続実効出力はバランスが8W×2ch(16Ω)、4W×2ch(32Ω)、213mW×2ch(600Ω)。アンバランスが4W×2ch(8Ω)、2W×2ch(16Ω)、1W×2ch(32Ω)、53mW×2ch(600Ω)となる。
ヘッドフォンを最高の環境でドライブすると見える新しい世界
ヘッドフォンと楽曲をとっかえひっかえ、いろいろ再生したが、最も素晴らしかったのはガンダムユニコーンのサントラに収録されている「MOBILE SUIT」というトラックを、バランス接続のHD800で再生した時だ。広大な宇宙空間に放り出されて、四方八方からストリングスの波が覆いかぶさってくるような感覚で、気持良すぎてボリュームをガンガン上げてしまうが、ストリングスの高域は破綻せず、ラックスマンらしい、しなやかさは維持されている。空間描写、高解像度、音圧、全ての要素が高い次元で揃ったサウンドで、聴いているともう何もかもどうでもよくなってきた。一日の終りに聴くとリフレッシュできそうである。
こんな圧倒されるような音圧と、体を包み込むような音量をスピーカーで楽しもうとすると、フロア型スピーカーをセパレートアンプで思いっきりドライブする必要があるだろう。防音処理されていない普通の部屋で夜にやろうものなら近所迷惑は必至だ。普通の部屋で、時間を気にせず、好きな音量で高音質が楽しめるという、ハイエンドヘッドフォンの魅力を再確認した。
「P-700u」や「DA-06」は高価ではあるが、これだけの物量を投資したハインドモデルである事や、実際に出てくる音を聴くと、決して高価過ぎるとは感じない。スピーカーをドライブするプリメインアンプでは、30万円でも中級クラスであり、ヘッドフォンアンプであれば、この価格帯でハイエンドモデルが手に入ると考えると、ヘッドフォンはリーズナブルな趣味だとも感じる。
ただ、使っていて1つ気になるのはサイズの問題だ。「P-700u」や「DA-06」は、高さは92mmとスリムだが、横幅は440mmのフルサイズで、奥行きも400mmある。ヘッドフォンが使用される事が多い、PCと共にデスクに置くにはかなり大きい。デスクの下や横にAVラックに置いたり、今回使用したサエクの交換ケーブル「SHC-B300」には3mモデルも用意されているが、そのような長いケーブルを使うなど、工夫や、事前の設置シミュレーションも忘れず行ないたい。
バランス駆動の魅力は、音がパワフルになるだけでなく、情報量の増加や、空間描写の向上といった細かい点にも及ぶ。また、バランス駆動する事で、アンバランス時では発揮されていなかった、そのヘッドフォンの“もう一つの顔”を知る楽しさもある。交換ケーブルと対応アンプを追加すれば楽しめる気軽さも、大きな魅力と言えるだろう。
ラックスマン P-700u | ラックスマン DA-06 |
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サエク ゼンハイザー HD800用 リケーブル 1.5m SHC-B300FH80-1.5 | サエク ゼンハイザー HD650用 リケーブル 1.5m SHC-B300FH65-1.5 | サエク Shure SRH1840/SRH1440用 リケーブル 1.5m SHC-B300FSH-1.5 |
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(協力:ラックスマン・サエクコマース)