本田雅一のAVTrends
MIPCOMにみる“撮影は8K”時代の到来。“映画以外”に広がるHDR
2017年11月2日 09:15
テレビの大型化とともに日本でも堅調に進んできた4Kテレビの普及だが、グローバルでは日本市場よりもさらに大型化、4K化が加速している。 4Kテレビのグローバル全体での普及ペースの力強さに伴い、日本以外ではあまり進んでいない放送の4K化に先行し、ネットワーク配信映像の4K/HDR化が進んでいる。サーバに4K版、HDR版を用意し、再生ソフトウェア側で対応機器ごとに自動選択・再生できるネットワーク配信サービスは、4K/HDR対応が容易で、また有料サービスにとっては顧客を誘引する訴求点にもなるからだ。
その結果、国際的な映像コンテンツマーケットにおける4K作品への注目度も高まってきた。毎年10月にフランス・カンヌで行なわれているテレビ番組中心の映像コンテンツ見本市「MIPCOM」では、4年前から4Kにフォーカスした映像スクリーニングのセッションが開催されているが、当初は芸術分野や自然科学あるいは歴史ものといった、文化的な意義や画質に対する要求の大きなコンテンツが中心だった。しかし、徐々に“日常的に作られるもの”が多く披露されるようになってきている。
広がりを見せる4Kと8K撮影への注目
ただし、その質は玉石混交と言わざるを得ない。一目でその魅力を感じる作品、あるいは各ジャンル(音楽ライブやスポーツ中継)の魅力をより一層高める要素を含む映像もある。映像製作者は一様に「HDRで表現の幅が拡がった」と話すが、一方で高い精細度やHDRによる高い表現力の生かし方といったノウハウを、まだ充分に蓄積できていないという側面もある。
4K映像の画質が向上した理由は二つある。
ひとつは4Kカメラが一般的になってきたことに加え、4Kでの撮影データをハンドリングするメモリなども徐々に大容量のものが普及。バックアップ速度などの問題も改善してきたことで、4Kで撮影して放送はフルHDでという流れが特別なものではなくなってきたことだ。日常的に撮影されようになることでノウハウが蓄積し、4K解像度を活かした撮影に慣れてきた。
中でも4K放送の本格化を控える日本の放送局は、来年12月1日の4K/8K実用放送開始を見すえて4Kでの撮影ストックを増やしてきている。後述するが、MIPCOM 2017ではこれまで4Kに対してはあまり積極的ではなかった民放も、国際マーケットに4Kコンテンツを持ち込んでいる。
もうひとつは撮影機材の進化だ。
4K撮影が一般的になってきた一方で、さらなる高画質化、および4Kディスプレイの画質追求を行なえることも明らかになってきた。なぜならデジタルシネマ、放送用、それぞれのジャンルで8Kネイティブの撮影カメラが登場し、このところのカメラの高精細化に対してレンズ性能も向上。その結果、高画質指向のコンテンツは8K撮影へとシフトしつつあるためだ。
4Kを越えるネイティブ解像度の高画質カメラというと、これまではREDのDRAGON 6KやHELIUM 8Kなど。ソニーは'18年2月に出荷予定の35ミリフィルムフルフレームサイズのCineAlta(デジタルシネマカメラのブランド)新モデル「VENICE」を発表しているが、REDもフルフレームセンサーを搭載したMONSTRO 8Kを発表・出荷を開始している。
いずれも高解像度化を果たしつつも、圧倒的にS/Nとダイナミックレンジが改善されており、単に解像度が向上するだけでなく、ハイライトからシャドウまで情報量が多く、とりわけローライトでのシーンで目を見張るようなシーンを見せる。
放送業界ではやはりソニーの「UHC-8300」の登場が大きなトピックだ。1.25インチセンサーを3枚使う3CMOSの放送用8Kカメラで、最大120fpsまでの高速撮影にも対応する。こちらも極めて画質が高くなっているが、HDR撮影に対応しつつ同時にSDR出力も可能な仕様となっており、スポーツ中継などのHDR/SDR同時中継などの可能性もある。高感度撮影は室内競技など照明環境の悪い場所での撮影だけでなく、絞りを入れて被写界深度を深くすることで生中継時の鮮明度を上げるなどの利点があるとのこと。
NHKが主導する8K
8K放送を推進する立場のNHKは、MIPCOM 2017で独自の8Kシアターを構え、14もの8Kコンテンツをシャープの8K液晶ディスプレイとNHK技研開発の22.2チャンネルサウンドシステムでデモしていたが、いずれも昨年、同じくMIPCOMで披露したルーブル美術館の映像よりも、自然な演出で画質面でも大きく進化していた。
8K放送が一般的になるのはまだずっと先のことではあろう。日本以外に8K放送を目指している国はなく、またネット配信業者も8Kに対しては今のところ興味を示していない。技術的な問題は将来解決していけると仮定しても、若年層を中心にテレビ放送からネットワーク配信へのシフトが起きていることを考えれば、”8K映像を送出する”という部分が主流になっていくイメージは(少なくとも現時点では)あまりない。
しかし、刮目すべきはこれら8Kコンテンツを4Kダウンコンバートして上映した「4K UHD Theatre」における映像だ。このスクリーンでは精細感を損なうサウンドスクリーンを通常スクリーンに変え、ソニーのVPL-VW5000ESを用いて4K/HDRコンテンツを高品位で楽しめる。
もちろん、ダウンコンバートされていることでネイティブ8Kよりは情報量が落ちるものの、一般的な4K映像に比べると遙かに質が高く、今や大型テレビの主流となった4Kディスプレイに対して、明らかにワンランク上の映像を提供してくれる。
ソニーのF55をはじめ、比較的低廉な4Kカメラが登場したことでテレビドラマの撮影が4Kにシフト。結果的にフルHDの画質が向上した時と同じようなことが、4Kコンテンツでも起き始めている。
“8K”という話題を考えるとき、果たして8K放送や配信、その受像の普及の可能性や普及ペースといったテーマもあるが、直近では制作の8K化がもたらす4Kコンテンツの高品位化の方が、4K時代に恩恵をもたらしそうだ。
たとえばNHKが撮影したイエローストーンの8K映像。
誰もがよく知る間欠泉の映像は、青緑に濃黄の縁取りで間欠泉の周囲が描かれているだけでなく、明確な起伏……立体感が8K領域では出てくる。8Kというだけでなく、HDR映像であることも、そのリアリティを高めているのだろう。
ディスプレイは平面のため、両眼で見ているとそれが平面であることを人は認識するが、片眼で見ると驚くほど立体に見えてくる。”片眼立体視(あるいは単眼立体視)”といわれるもので、細かな空間周波数の違いを人の脳が処理することで、あたかも奥行きがあるかのように感じる現象である。
フルHD映像でも、極めて高画質なコンテンツならば片眼での立体を感じるものがあるが、4K、8Kと解像度が高まると、より明確に立体感・リアリティを感じるようになる。
当然ながら8Kネイティブの方が立体感は高いのだが、4Kへのダウンコンバート品質が高ければ100インチクラスの大画面でも、充分な立体感を伴う上、3Kあるいは4Kカメラで撮影されていることが多い多くの4K映像よりも、体感的に大きな画質向上が望めることを確認できた。
撮影コストに関しても、NHKやBBCに聞く限り、4K撮影と大幅に変わることはないとのことだ。撮影に使うメモリの容量、それを転送する時間やストレージのコスト、そして8Kカメラそのものの価格はもちろん異なるが、撮影が4K化していった時のように撮影のセットアップなどに時間がかかり、期間が伸びて予算オーバーとったことはほとんどなく、単に撮影カメラが変わるだけ……程度の違いだとのこと。
なお、前述したようにすぐに8K時代の訪れを感じることはできないものの、4Kと8Kの画質にも明確な差が感じられたことは付け加えておきたい。65インチあるいは75インチ程度の画面サイズは必要だと考えられるが、将来、大型液晶パネルを中心に8K化を目指す動きが出て来る可能性もないわけではない。
放送・配信といった壁はあるが、数年後には本格的な8K化という話が持ち上がっているかもしれない。ただし今回のMIPCOMで話を聞いた限り、NHKと同じく高画質指向の英BBCも8K撮影は進めるものの、放送や配信、パッケージ販売は4Kしか考えていないとのことで具体的なスケジュールが見えているわけではない。これはハリウッド系の映画会社やテレビ番組制作部門も同様で、撮影以外のプロセスが8K対応していくにはしばらくの時間がかかるだろう。
HDR映像も洗練の域に
もっとも、各社が持ち寄った4K映像は、どれもが素晴らしいというわけではない。NHKやBBC、RAI(イタリア)、ZDF(ドイツ)などの公共放送と、より費用対効果にシビアな民放を比べるのはフェアではないだろうが、撮影機材を考慮したとしても、4Kコンテンツの画質差はまだ大きい。
たとえばBBCが持ち込んだ「Blue Planet II」の4Kネイティブ映像。5年もの制作期間を経ているため、撮影カメラの性能はまちまちだが、編集はすべて4K行程で、空間周波数がフラットに伸びて強調感がない。絵作りはNHKとも少々違うのだが、この特定の帯域を持ち上げたような絵ではなく、“空間周波数をフラットに伸ばした素直な画質”は共通。そのリアリティはまさに圧巻だ。
このあたり、たとえば日本では実際に4Kで映像が観られる機会が増えていくわけで、放送用コンテンツの画質も、そのうちアトラクティブに鮮鋭度をを求めた絵から、より情報量を高める方向に収斂していくだろうが、多少の時間がかかるかもしれない。
各社の考え方や技術力の差を感じるという意味では、HDRの扱いもまちまち。HDRは今後の高画質化を考える上で、高精細化以上に重要だ。しかし、HDR化を積極的に進めているハリウッド映画会社や、放送局や放送系コンテンツ制作会社の中でも大手を除けば、まだ制作サイドの理解が進んでいないようだ。
たとえばスペインの制作会社が持ち込んだHDR映像は、多少、明暗のレンジが拡がっているものの、全体的に明るく鮮やかになっているだけだった。映画やドラマ、ナチュラルヒストリー作品など、クオリティ全体をコントロールする意識が高い作品以外の映像作品、あるいはスポーツ放送におけるHDRの使いこなしなどは、業界全体で取り組むべきだろう。
こうした中で、もっともHDRを上手に使いこなしていたのはNHKだった。
バレエの舞台を撮影した作品では、舞台照明を派手に見せるのではなく、シャドウ部、書き割りやバックダンサーの中間輝度で描かれる領域、スポットライトの当たるプリマドンナまで、それぞれに異なる照度を異なる明るさで描きつつ、しかしハイライト部まで色彩感は失わないバランスの良い絵作りがされている。
HDR? と疑うような地味な作りなのだが、むしろ室内演劇であることを考えると自然で、その色彩の豊富さが”HDRを理解して使いこなしている”と感じられたのが上記バレエの収録だが、一方でHDR映像によくある黒い背景に色彩豊富な点光源といった、いかにも“光を魅せる”演出も、東京の夜景を映し出した映像で見せてくれた。
どうやらNHKはHDR撮影に関して、すでに良いノウハウを積み重ねているようだ。4K/8K実用放送ではHLG(ハイブリッドログガンマ)でのHDR放映が予定されているが、その品質に期待が持てる。
もうひとつ極めて上手にHDRを使っていたのは、スイスのRTS(Radio Television Suwsseが制作したモントルー・ジャズフェスティバルの映像である。音楽祭ということで、派手な衣装や凝った照明が写実的に表現されていた。真っ暗なステージに派手な衣装。レーザー光源による照明効果にスポットライトなど、実にダイナミックレンジが広い映像を色彩感、立体感、リニアリティを失わずに表現できているのはHDRならでは。
中でも「LAMOMARI DE -M-」というグループを撮影した映像では、出演者が明るく輝くLED電飾付きのメガネを装着。派手な照明演出も含め、幻想的な映像を構成していた。SDRであれば表現できなかった映像世界がそこに確認できる。
この撮影では6台のソニー製4K放送用カメラHDC-4300を用い、UHD/HDRとフルHD/SDR同時収録が行なわれた。今後、こうしたライブ映像やスポーツ中継などのHDR事例は増えていくと考えられる。Sony Professional Solution Europeが技術サポートしたというモントルー・ジャズフェスティバルの制作事例はEBU(欧州放送連合)の掲載する事例ビデオでも紹介されているので、興味のある方はご覧いただきたい。
出演者の肖像権などの問題で映像を直接紹介できないが、上記ビデオの中で映像の一部が小さく確認できるだろう。
このように、一部ではあるが、国際的なコンテンツ市場で良いコンテンツのケーススタディが共有され始めており、HDRとSDRの同時制作も始まった。今後、映画以外にもHDRが拡がっていくのは時間の問題だろう。