麻倉怜士の大閻魔帳

第3回

”BDは高画質”が定着した「第10回日本ブルーレイ大賞」。麻倉イチオシは予想外の?

ブルーレイ大賞10周年

 今年で10年目を迎え、大鉈が振るわれた“ブルーレイのアカデミー賞”こと「第10回日本ブルーレイ大賞」。グランプリは昨年大いに話題を呼んだ「君の名は」が獲得したが、審査委員長を務める麻倉怜士氏は、少し異なる見どころを持っているようだ。今回はそんなブルーレイ大賞の麻倉怜士的独自レビューを、裏話を交えつつお伝えする。

第10回目のアンバサダーは女優の清野菜名さん。ブルーレイにちなんだブルーのコーデがドレスコード

――今回は2月21日に発表された「第10回日本ブルーレイ大賞」についてのお話です。例年この時期に発表されている“ブルーレイのアカデミー賞”的なアワードですね。

麻倉:米国に本部を持つDEG(Digital Entertainment Group)の日本支部「DEGジャパン」が主催する、同団体の活動における最大のイベントです。このアワードは昨年まで「DEGブルーレイ大賞」として開催していましたが、今回名称変更しました。ですが運営組織としては基本的に何も変わっていません。

「何故名前を変えたか?」という疑問が自然に浮かぶでしょうが、これはアワード自体の普及を加速させるのが目的です。わかりやすく言うと「DEGブルーレイ大賞」と言っても、“ブルーレイのアワード”ということは解るでしょうが、「DEGって何?」となるわけです。業界人でもそれほど知られていないDEGなど、一般では誰も知らないですから。業界団体というのは元々黒子役ですので、世間の認知度が低いのは当然です。

 ですが、せっかくアワードを開いているのだから「直接的に何をしているか」を世間に知って貰う必要もあります。加えて今回は“第10回”、キリの良い回数でこれまでの活動を見直し、これからさらに進展させようと、リフレッシュをはかったということです。

DEGジャパンの会長を務める川合史郎氏

麻倉:日本ブルーレイ大賞について少々おさらいをしましょう。イベントのタイトルに“日本”と付けることで、対象を日本市場にし、日本のユーザーが選ぶということを明確化しています。

 本家・米国DEGにも同様のアワードはありますが、あちらはソフトを取り扱う「Excellence in 4K UHD Awards」、ハードを取り扱う「Excellence in 4K Product Award」、DEG創始者の名を冠した「Emiel N. Petrone Innovation in Entertainment Technology Award」の3本立てです。米国DEGの活動は何もブルーレイに限ったものではなく、物理パッケージのほかに、機材やOTTなども幅広く対象にしています。さらに米国市場は、コンテンツデリバリーとしても、パッケージ以外にOTTが伸びてきているという事情もあります。

 たとえばCESに前後して授賞式が開かれた今年の場合、テクノロジーアワードは「Movies Anywhere」というサービスが受賞しました。フォックス/ワーナー/ユニバーサル/ディズニー/ソニー/という5大スタジオと、アップル/グーグル/アマゾン/VUDUの4つのOTT業者が手を組み、購入ストアに限らず好きなサービスで同一コンテンツを視聴できる“デジタルチェスト”の仕組みです。「Google playで買ったコンテンツがプライムビデオで再生できる」という感じで、ブルーレイであった「Ultra Violet」のOTT版とも言うべきものと言えば分かり良いでしょうか。

 一方の日本ではOTTは非対象。徹底的にパッケージメディアにこだわります。今年からはブルーレイとUHD BDの両方を取り扱いはじめました。これに伴って賞の中身も大きく変わっています。今年も映画/音楽/ドラマなどの部門賞が多数用意されましたが、従来の評価軸は画質と音質の良さでした。

 象徴的なのが第4回グランプリ作品「山猫」。下馬評の「スターウォーズ・コンプリート・サーガ」を覆し、DEG会員でもなかった当時のIMAGICAのタイトルが審査員推薦で大賞になりました。

――(スターウォーズ販売元である)20世紀フォックスの担当者さんは、大賞受賞時のスピーチまで用意していたのに、まさか……という回でしたね。

麻倉:商業性のあるタイトルを押しのけ、1963年製作の“旧作”が栄冠を手にしたわけですが、これはグランプリという権威としてのあるべき姿です。たとえ無名であろうと、目的に適い、クオリティが素晴らしく、受賞の資格があるならばキチンと評価するべき、という“賞の良心”の表れなのです。逆にこの受賞で、IMAGICAのパッケージ部門が会社を畳む寸前でサバイバルしたという、凄いエピソードを生みました。

 しかしこれが今回の伏線にもなりました。アワードだけを考えれば確かにクオリティ至上主義でも良いでしょうが、DEG自体が商業活動をやっている会社の集まりである以上、その活動は慈善事業というわけにはいきません。販売促進のための“市場主義”も考えないといけない、という事情もあるわけです。

 ブルーレイがスタートした当時は「画質・音質がこんなにスゴイぞ!」というフォーマットの力、素質を引き出す、いわばDVDとの差異化をアピールすることが至上命題でした。そのため業界団体が方向性を打ち出すアワードを創設し、クオリティに対して評価をすることで投資・傾倒を促していったのです。ところが10年も経つと、ブルーレイユーザーも増えて売れ行きも安定し、市場の地盤が固まってきました。世界でDVDよりBDが売れているのは、実は日本が随一なのですね。

 DVDの次に買うのではなく、ファーストチョイスにブルーレイが一般的になってくると、画質・音質だけではなく、内容そのものや作品の物語性、話題性でブルーレイソフトを選ぶ人も当然出てきます。そのような中で、アワードもこれに合わせて変わってゆくべき、という意見がイベントの運営から出てくるのは自然な流れです。

 そういうわけで、今年からは「クオリティ部門」「カテゴリ部門」の2本立てとしました。クオリティ部門は画質賞(UHD BD/BD)と音質賞の3つ。従来通り、画質・音質のクオリティで評価します。カテゴリ部門は映画賞(洋画/邦画)やTVドラマ賞、音楽賞など、8つ。こちらは従来とは違う切り口ということで、売れ行き、話題性、市場性などで評価が決まります。

 コレと同時に選出方法も変わりました。1次審査でカテゴリとクオリティの各部門賞を選出、その中からグランプリ・準グランプリを選ぶ、という流れは変わりませんが、年末に大量に送られてくる出展作品のサンプルを予め見るという作業が無くなりました。そのため審査の時点で審査員の視聴済みタイトルがまちまちという問題も出てしまったのです。

 特にクオリティ評価の場合、推薦タイトルを観ている人は票を入れますが、観ていない人は良し悪しが評価できないので入れない、となってしまいます。もちろんこの問題に対するケアはしていましたが、ここは次回に向けた改善点でしょう。

 審査委員は従来と変わらず、私を含めた3人のオーディオビジュアル評論家、ハードメーカーの画質担当者、パッケージ/映画関係のメディア編集長という面々です。クオリティ部門は我々専門家が主導的にクオリティを評価しましたが、カテゴリ部門は専門誌の編集長がイニシアティブを持って選出。クオリティよりも内容や話題といったマーケティングに主眼が置かれるという印象でした。

 この評価方法については様々な意見が予想されるでしょう。確かにブルーレイのより広い普及という観点では良いかもしれないですが、クオリティ的な評価が無いことは問題です。

――正直言って、この点は疑問を感じます。映画の内容の面白さを語るのは『日本アカデミー賞』などの役割、音楽の売上表彰は『日本レコード大賞』や『ゴールドディスク大賞』などの役目ではないでしょうか。

 例えば2月末に発表された『第32回ゴールドディスク大賞』の「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」邦楽部門を受賞した安室奈美恵は、ブルーレイ大賞の音楽賞(邦楽)でも受賞しています。時代を象徴する素晴らしいアーティストであることに疑いはありませんが、ブルーレイ大賞で“業績”を評価する必要はあったのでしょうか。よそと同じような評価軸では賞そのものの存在意義が問われかねません。

麻倉:私も当初は、話題性が先行することに対して懸念していました。が、蓋を開けるとこれは杞憂だったと言えます。

 例えば準グランプリに輝いた「モアナと伝説の海」は、クオリティ部門の高画質賞(ブルーレイ)と、カテゴリ部門のアニメ賞(洋画)のダブル受賞を果たしました。カテゴリ部門映画賞(洋画)を受賞した「ダンケルク」は、クオリティ部門(UHD BD)で最後まで「マリアンヌ」と争っています。

 ここから言えるのは「10年経って、ブルーレイのクオリティ水準が上がった」ということ。意識的に「いい絵を作る」ということをあえてせずとも、インフラ的に品質が高水準で安定してきています。この傾向が見られたことは、審査委員長として一安心です。

第10回の大賞は新海誠監督作品「君の名は」。クオリティだけでなく、大ヒットを記録したという市場性も評価された

――授賞式の内容も変わりましたね。従来は各部門賞をまず発表、続いてその中からグランプリを発表していました。今回は予め部門賞を発表済みで、グランプリ・準グランプリだけを発表、という流れです。

麻倉:授賞式の変更、短縮は一般マスコミの取材記者からの要望です。メイントピックである大賞を早く知りたい記者の立場からすると従来は「長過ぎる」という声がありました。

――たしかに、従来は各部門賞ごとにクリップを流して表彰ということで、授賞式全体で2時間以上もかけてやっていました。それが今回は3賞だけの発表で、随分とアッサリしていたように思います。式全体で要点が絞られていたのは間違いないですが、主役であるブルーレイの扱いが少々置いてけぼりだったような気もします。

麻倉:そういうわけですから、ここではパッケージのクオリティをより深掘りするという方向でお伝えしましょう。審査委員長推薦、「これを買っておけば当代最高峰のクオリティが得られるぞ!」というものを紹介したいと思います。

10回を数えることで「ブルーレイのクオリティ水準が上がった」と評価する麻倉氏。大声で喧宣するまでもなく“ブルーレイはクオリティが良くて当たり前”になってきているという

注目のノルシュテイン作品集。UHDよりBDが高画質ってアリ?

麻倉:まずは高画質賞(ブルーレイ部門)から見ていきましょう。アワードとしては先述の通りモアナと伝説の海が受賞しています。

 ここで私が注目したノミネートタイトルは「ユーリ・ノルシュテイン作品集 2K修復版」。LD時代の80年代に話題を呼んだロシアのアニメ作家によるアートアニメ作品です。パッケージは当時IMAGICA TV、現WOWOWプラスから発売されました。

 オリジナルネガを日本でデジタル修復、ノルシュテイン監督によるグレーディングを経て劇場公開したものを、パッケージ用としてさらに再調整しています。エンコードにはパナソニックのMGVCを使用。しかも、通常のビデオ信号からのエンコードではなく、1コマ1コマの画像データからダイレクトエンコーディングという、非常に手の込んだ作業をしています。

 画質的には切り絵アニメが3Dのような奥行きを持っていること、色合いが鮮明でフィルムグレーンの美しさが愉しめることでしょう。音はDSDレコーディングの第一人者、オノ・セイゲン氏謹製のDSDマスタリング。絵だけでなく、音も徹底的に修復する、というのがウリです。

 また、特典映像にノルシュテイン監督のインタビューが付いています。初回限定盤にはオリジナルスチールケースを採用しており、解説ブックレットも豪華。パッケージの質感も愉しんでもらおう、という姿勢が見えますね。絵と音だけでなく、トータルなパッケージングの愛玩性・存在感にコダワリを感じます。

'80年代のアートアニメーションを丁寧にデジタル修復した「ユーリ・ノルシュテイン作品集 2K修復版」。惜しくもノミネートを逃したが、手間隙かけて作られた映像美が麻倉氏の目に留まった

麻倉:同じく高画質賞(ブルーレイ部門)ノミネートの、ビコム「AE形 京成スカイライナー 4K撮影」も面白かったです。私鉄最速の160km/h運転を4K 60p撮影したという内容で、“宮古島”のスタッフが撮影した、ビコムのお家芸。元々高い撮影クオリティを慎重にダウンコンバートしています。

 音声も運転席に8chものマイクを置いたものを96kHz/24bitで収録し、これを5.1chにミックスダウンしています。ビコムによると「印旛日本医大駅通過後からは、在来線最速の160km/hへモーター音を響かせて加速する様子が5.1chサラウンドで堪能できる」とのことです。

 ビコムの面白さはコンテンツの対比にある、と私は考えています。同社の主力タイトルである通常の列車映像は疾走感の中に画質と音質があり、一方で宮古島などのヒーリング系はすごくまったりとしています。時間軸の極端さが高画質でつながっているのです。

――ビコムの山下社長は「最近は高品質映像が手軽に撮れるようになった」と感じているそうです。山下氏は個人的にGH5でタイムラプス映像を撮りためていて、それだけを集めた「4K 山下タイムラプスディスク」なんかを出すのも面白そうと話していました。

麻倉:その企画はたしかに面白そうですね。でも賞を狙うとなると、それではおそらく厳しいでしょう。後ほど話しますが「彩にっぽん」が賞を取れなかった理由もそのあたりにあります。

鉄道映像の雄であるビコムが、私鉄最速の京成スカイライナーを4Kで追った「AE形 京成スカイライナー 4K撮影」。モーター音が轟く160km/hの運転台を5.1chで愉しめるのも魅力のひとつ

麻倉:“ブルーレイの高画質”という観点では「ラ・ラ・ランド」も外せません。昨年大いに話題となったタイトルで、ブルーレイ大賞ではクオリティ部門のブルーレイ・UHD BDの両方でノミネートされました。

今回は審査委員特別賞を取った本作ですが、これはUHD BDではなくブルーレイの方。実はこの作品、総合的な画質はUHD BDよりブルーレイのほうが良いのです。

――“最新のフォーマットが最良のクオリティを提供する”という先入観を覆していますね。具体的にはどんな点が良かったでしょうか?

麻倉:解像度/色域/HDRという違いがある両者を比べると、確かにUHD BDでは情報量が多く細かなアヤやテクスチャーが出てきます。が、問題はグレーンノイズも多いこと。これ自身は作品性にもなるので問題ではないですが、ラ・ラ・ランドの場合は如何せん多すぎで、テレビによっては変調を起こしてしまします。

 特にチャプター3など、濃い大面積をバックにした映像を見ると、ノイズが気持ち悪く姿を変えることも。キレイに観るための再生が非常に難しいのです。

 対するブルーレイの場合、マスターを2K圧縮するのにMGVCを使っています。階調は12ビットでマスターの10ビットよりも多く、ノイズの粒も小さいためバランスが良い。グレーンを完全に潰したりせず、フィルム作品であることを残しながらなめらかな映像に仕上げています。

 我々としても意外なことに「ブルーレイの方が作品の良さを発揮している」。高画質部門はモアナに譲りましたが、これを落とすにはあまりに惜しいということで審査委員特別賞を出しました。

――MGVCの良さは授賞式で(審査員の)本田雅一先生も言及していましたね。今後もこういうケースは出てくるでしょうか?

2017年の銀幕を沸かせた「ラ・ラ・ランド」。総合的な画質を評価するなら、実は4Kより2Kの方が良いらしい
ブルーレイ版の画質が良いと語る、審査委員の本田雅一氏。秘密はMGVCを使ったポニーキャニオンのエンコード術にあるという。高画質エンコードがブルーレイのムーブメントになることを期待したい

麻倉:充分にあり得るでしょう。ですが、基本的に米国の子会社(日本支社など)は、本社との関係でやらないと思われます。ラ・ラ・ランドは日本の発売元がポニーキャニオンということが重要なのです。独立系のプロダクションは作品を買い込むので、製品に何かしら特徴を出さないといけません。例えば音声をリミックスしてAtmos化、あるいは今回のように映像を再解釈して良圧縮でリマスターなどですね。

 独立系、特にポニーキャニオンはAtmosタイトルを日本で最初に出すなど、メジャーにない切り口で独自性を追求しています。それが審査委員特別賞として評価され、仕掛けと結果がキッチリと噛み合いました。今季のアワードで流れができたので、次も期待されます。本作品では特に肌色の美しさが印象的でした。

麻倉:このような中で高画質賞(ブルーレイ)に加えて準グランプリも受賞したのが、モアナと伝説の海。「海に選ばれた16歳の少女・モアナが、命の女神、テ・フィティの盗まれた“心”を取り戻し、世界を守るために伝説の英雄・マウイと共に大海原へ飛び出す」という内容のディズニー最新作です。

高画質賞(ブルーレイ)と部門賞のアニメ賞(洋画)を獲得した「モアナと伝説の海」。話題性とクオリティが高いレベルで両立し、第10回の準グランプリに輝いた

 CGアニメとしての質感が、従来のピクサー系の“のっぺりとした立体感”ではない、それはもう圧倒的な良さでした。現実的な色の情報性や階調性、現実的なリアリティを持ちながら、同時にディズニーならではのデフォルメの世界が本作にはあります。

 登場人物の立体感に着目すると、オブジェクトに肉が詰まっていて、盛り上がりがある膨らみをしています。リアリティ・充実感のある丸みです。

 それを彩る色の使い方もまた素晴らしい。特に海の透明感の描写は「現実よりもさらに“海っぽい”」。これは写真と絵画の違いと言えるでしょう。どう頑張っても現実以上を写す事ができない写真に対して、絵画は現実以上の想像を表現できる。現物が持っている記号性を誇張することで、現実を超えた世界を創造できるのです。

 海の透明感や深さ、HDR的な波の煌めきには、精密にして、リアリティを超えた“スーパーリアリティ”があります。細かいところだけでなく、スペクタクル的な色のゴージャス性、絢爛性、景色の広がり感、奥行き感など従来のディズニーには無かった、新しい切り口の作画・映像美を私は感じました。

 アニメというカテゴリで、ここまでの描き込み、新たな再現性が得られた。これが高画質賞・アニメ賞(洋画)、そして準グランプリに選ばれた理由です。

ディズニージャパンの担当者へトロフィーを授与した麻倉氏。CGのクオリティは麻倉氏をして“スーパーリアリティー”と言わしめた]

UHD BD大賞は「マリアンヌ」。画質頂上決戦

麻倉:次はUHD BD部門を見ましょう。タイトル自体は昨年も出ていたので前回も審査はしていましたが、評価初回ということでグランプリの対象外でした。

 今年から正式に創立されたこの部門、ノミネート数はブルーレイの21作品に対して14作品でした。かなり積極的な各社の取り組みを表しています。

――受賞作品は「マリアンヌ」ですが、先生の目に留まったものを教えてもらえますか。

麻倉:ではまずはビコム「彩(IRODORI)にっぽん」から。ビコムの4Kタイトルは「4K夜景」「宮古島」が有名で、この勢いに乗って、日本各地の美を最新の映像規格で切り取るという企画を立てました。題材は北海道・美瑛の丘、青森・ねぷた祭り、沖縄・宮古島の海。HDRを強調し、色の情報量の多さを徹底的に追求しています。美瑛の丘の“緑感”、ねぷたのHDR的な輝きの立体感、沖縄の海の深さが、ビコム的な切り口でハッキリ出てきました。

ビコムの最新作「彩(IRODORI)にっぽん」

 「宮古島」はソニーPCLとの共同制作だったので、ソニーのカメラを使い、ソニーPCLが作成していました。対して本作は、カメラにパナソニック「VARICAM」を使い、ビコムの内部で編集しています。

――毎回画質で高い評価を得ているビコムの高画質ソフト最右翼ですが、今回は審査委員特別賞にも入りませんでした。どこかに問題があったのでしょうか?

麻倉:私は、今回はビコムの美的感覚は出ていたが、ビコムならではの“壮絶な解像感”が物足りなかったです。宮古島は壮絶までいっていた。そこが最終的に一歩及ばなかったポイントです。先程GH5による“お手軽高画質撮影”が話に挙がりましたが、画質の極地を目指そうとすると、やはり“お手軽”ではイケナイということです。

――当代最高峰を巡る、極限の戦いに勝ちきれなかった、ということですね。それだけパッケージメディアの画質に対する地盤が固まってきたということでもあります。

麻倉:ビコムに関してもうひとつ「東京モノレール 全線2往復 ≪デイ&ナイト≫」も挙げましょう。私は国内外各地へ取材に出かけることが多いので、羽田空港もよく利用します。浜松町から出ている東京モノレールも利用するのですが、普段使っていると「年も取って薄汚いな」とばっかり思っていました。

それがどうでしょう、疲れ果てた沿線が、ビコムの手にかかるとなんと美的に!“ビコムマジック”を見た思いです。

――クリエイターにとっては最高の褒め言葉でしょう!

麻倉:UHD BDの定番タイトル「ハドソン川の奇跡」は、4K+HDRの“ビデオ的なクリアさ”を訴えた代表作です。チャン・イーモウ監督作品「グレート・ウォール」に関しては、ストーリーはともかくとして、HDRの持つ色の再現力、特に色数の多さとコントラストのテンションの高さが面白かったですね。

 そんな面々における注目作品は「ダンケルク」。部門賞の映画賞(洋画)から準グランプリに輝きましたが、画質的に見ても圧倒的に素晴らしいです。特に高画質賞(UHD BD)「マリアンヌ」との頂上決戦は象徴的ですので、この両者を語ろうと思います。

 UHD BDを制作する時に、最終フォーマットで最初から撮影すると、製品になった時に素材よりも質が下がってしまいます。つまり、4Kで撮影しているとグレーディングなどの編集時に“操作をした分だけ情報を削ぎ落とす”ことになるのです。それを考えると、4Kで仕上げるならばそれ以上のフォーマットで素材を用意し、編集時の余剰分を用意するのが理想です。マリアンヌとダンケルクはこれをやっていました。

――ブルーレイにも一時期「Mastered in 4K」をうたったタイトルがあり、それに対して先生は「4Kの残滓が2Kで活きている」と評価されていましたね。

麻倉:現代でも同じで、マリアンヌでは6Kと8Kで撮影、情報量を活かして最終的に高品質な4Kに仕上げています。より大きなフォーマットで撮って少し小さくまとめるというのは、UHD BD初期にあった、2Kからのアプコンとは逆の思想ですね。これにより6K/8K素材でなければできない、非常にリッチで洗練された細かな情報を詰め込むことに成功しています。人工色が全く無い、ナチュラルにして映画的で濃密なフレーバーを持ちながら、非常に自然に階調性や先鋭性などが出ているのです。

 見どころとしては砂漠/カサブランカ市街/ロンドンなど。砂漠の砂の粒状性、なめらかさ。暗部の中の階調性も良く、奥行き感とディテールが上手くバランスしています。8Kならではの表現力が4Kでも活きていると言えるでしょう。

高画質賞(UHD BD)は4Kのリファレンスとしてビジュアル業界の各所で見られる「マリアンヌ」に。6K/8K撮影によるリッチな素材が、編集を経てなお4Kの高画質を支えていると麻倉氏は指摘する

 一方のダンケルクはIMAX企画のフィルム撮影作品です。目で視れば判りますが、大判フィルムの良さがいかんなく発揮されています。音声で言うとCDとハイレゾ、あるいはアナログ時代だとカセットとオープンリールの違いでしょうか。f特が同じでも、中に入っている個々の音の情報の深みが全然違うのです。

 これは絵でも全く同じことが言えます。同じ景色を撮っても、小さなフォーマットと大きなフォーマットでは全く絵の組成が違う。小さなフィルムはどうしても箱庭世界的な、違う世界をコンバクトに切り取った印象が拭えないのに対して、大判だとそのものが眼前にあるというくらいのリアリティ、本物感が出ます。

――僕はハッセルブラッド「500C/M」を持っているので、静止画での同じ感覚が解ります。リンホフなどの大判は経験が無いですが、35mm判と6×6判との比較でも、緻密さに由来する立体感・リアリティは別次元です。

麻倉:この手法はクリストファー・ノーラン監督の得意技です。「ダークナイト」から始まり、今回につながりました。しかも、従来はスーパー35の方が多かったのが、今回は8割くらいがIMAXです。広い景色だけでなく、例えばスピットファイアにIMAXを載せ、水中に落として撮影するなど、すごく大変な作業を実施しています。

 従来では考えられない大判カメラの使いこなしにより、大判でないとできない、ものすごいリアリティを再現することに成功しました。大画面で観た時に、体全体が物語に入っていける。これもIMAXの特長です。しかも、IMAXから2Kではなく4Kへまとめています。オリジナルにより近い映像が、最新フォーマットによって楽しめるのです。

 余談ですが、最近「ダークナイト」「ダークナイトライジング」が4Kになりました。2Kでも驚いた両作ですが、4Kでは「ここまで違うか!」という印象を抱きました。ダークナイトだと、2Kでは判らなかったビルの上の石ひとつひとつの形状感、色合いの違いが出ています。銀行強盗のシーンでは、銀行の奥行き感、ライトの強さ・アンバー感などが4Kで出てきました。

 そんなわけで、今回の頂上決戦ではこれからの映画の画質の方向性を実に雄弁に示していました。

作品賞(洋画賞)から準グランプリに輝き、マリアンヌと最後まで高画質賞(UHD BD)を競り合った「ダンケルク」。マリアンヌがデジタルの雄ならば、こちらはIMAXの大判フィルム撮影によるアナログの雄だ

BDにおける高音質とはなにか?

――今回の評価に関しては、実はかなり驚きを持って取材をしました。と言うのも、今年の大賞はビジュアルの世界でリファレンスとしてよく用いられるマリアンヌでほぼ間違いないと僕は思っていたんです。同作がパッケージアワードであるブルーレイ大賞でグランプリに届かなかった理由は何だったのでしょう?

麻倉:それは今回色濃く入ってきた“市場性”の影響ですね。グランプリを獲得した「君の名は」は、ディスク販売数が120万枚という無視できない実績を持っています。準グランプリに輝いたダンケルクもモアナも、マリアンヌよりは劇場公開での成績が良好で話題になりました。

 そういうことからして、今回の3賞は新しい切り口での結果です。しかし画質的にはいずれも相当に水準が高い、その中から市場性に優れたものを選んだということではないかと、私は見ています。

麻倉:次は高音質賞を見ていきましょう。と言いたいところですが、「高音質賞って何?」と問われると、実のところ今回はイマイチよく分かりません。

と言うのも、従来の高音質賞は音楽部門と映画部門が別れていたんです。それが今年はひとつになり、BDとUHD BDの区別もありません。そもそも爆音系を重視する映画の音質と、楽音系の音質では評価軸がまったく違います。映画の音は映像と共に作品性を創る。対して音楽作品はどちらかと言うと映像より音です。どれだけ高画質でも音が残念では作品が活きません。これは来年以降の課題です。

 今年の傾向は映画のノミネートが多く、音楽タイトルは少数派。でも最終的に賞を獲得したのは音楽作品、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽「春の祭典」でした。このタイトルは「並び立つものなし、圧倒的音質」で収録されています。それを反映して、本作は純粋なサウンドクオリティで選出されました。

高音質賞で、圧倒的な実力で賞を獲得したのが、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の「春の祭典」。Auro-3Dによる192/24のイマーシブサラウンドで「音の軌跡のドキュメント」を描くという

 特に大きな理由は、192/24のハイレゾ収録による、演奏そのもののクオリティの高さです。高名なアムステルダムのコンセルトヘボウでの演奏で、音楽性が余すところなく収録されています。加えてもうひとつ、ギャラクシースタジオで開発された、音楽向けの非常に濃密なイマーシブサラウンド“Auro-3D”による収録も、特筆点でしょう。

 Auro-3Dの良さを感じるのが、「春の祭典」の前に収録されているドビュッシー「牧師の午後の前奏曲」。爆発的な大トゥッティももちろん素晴らしいですが、フルートソロでは広い会場に音が響き渡るという、ドビュッシー的な“静かな音の軌跡のドキュメント”が聴けます。

 Auro-3Dは音楽鑑賞における、新しい音の切り口です。つまりステレオ、5.1chサラウンド、イマーシブサラウンドと進化するに従って、よりホールの中に居る感覚というものが高音質で得られる。高音質+イマーシブ+良演奏、この三拍子がそろったところが、本作が高音質賞に輝いた大きな理由です。

 映画作品はそれぞれ評価の指標が違い、それを同じ物差しで考えるのは困難です。むしろ誰が聴いても「最高!」と言える、それがロイヤル・コンセルトヘボウです。

麻倉イチオシはコレ!

麻倉:さてここからは、私的に今回出会った最高の作品について話をしましょう。対象タイトルはカテゴリ部門の企画映像賞を受賞した「素晴らしき映画音楽たち」。キングレコードから発売されたタイトルで、画質音質も良いし、中身も大変に素晴らしいです。

 実はこの部門、メーカーノミネートは「密着! 京王電鉄 新型5000系」、「AE形 京成スカイライナー 4K撮影」「日本列島列車大行進2018」などなど、8作品中6作品がビコムのタイトルで、“ビコム大会”の様相を呈していました(苦笑)。非ビコムタイトルは「TRICKSTER~the STAGE~」「舞台『黒子のバスケ』OVER-DRIVE」と、舞台モノです。対してこのタイトルはメーカーによるノミネートではなく、審査員推薦でした。

素晴らしき映画音楽たち

 監督を務めたマット・シュレーダーさんは映画音楽を徹底研究すべく、なんと脱サラまでしてしまいました。音楽が如何に映画を面白くしているかをテーマに、3年かけて総勢100人近くの作曲家などに60本近くのインタビューを重ね、そうして出来上がったのが本作でした。また、日本の作曲家である戸田信子さんがプロデューサーとして製作に加わったことで、日本の劇場公開時にも話題を呼んでいます。

 それにしても、映画音楽に対してここまで愛情を持って描いた作品は初めてではないでしょうか。一般的に映像の秘密はよく語られますが、映画音楽の秘密は黒子に徹していてあまり目を向けられてきませんでした。私自身本作を視聴して、映画に対して映画音楽がいかに重要かを再確認した思いです。

 作中に出てくる100ほどの映画映像は「キングコング」「荒野の七人」「バットマン」「スターウォーズ」などなど、そのほとんどが馴染み深いタイトルです。

 「風と共に去りぬ」で有名な作曲家マックス・スタイナーの33年製作作品「キングコング」。エンパイアステートビルの有名な特撮シーンは音楽が無いと、とてもチャチな映像です。ここに音楽が付くことによって、リアリティやワクワク感を演出しています。

 ヒッチコック主演のバーナード・ハーマン監督作「Psycho」、浴室で殺されるシーンのという映像は、キャンキャンキャンという音をカットすると粗くリアリティの無い映像です。音を入れることで映像作品としての迫力・怖さが出ています。予断ですが、ビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーチンは名曲「エリノアリグビー」の弦楽伴奏の編曲でこの、キャンキャンというサイコの旋律を参考にしたということです。

 ジョン・バリー「007のテーマ」は一般的にエレキギターの印象がありますが、元々はビッグバンドです。あるいはジョン・ウィリアムズ「ジョーズのテーマ」は半音違うだけのたった2音で出来ています。「ロード・オブ・ザ・リング」ではワーグナーのライトモチーフを使って、音楽に主人公の役割をリンクさせ、物語を進めています。

――音楽でキャラクター付けをする手法は、スターウォーズ「帝国のマーチ」がダースベーダーを示すことで有名ですね。

麻倉:作品やジャンルそのものの印象を彩る音楽もあります。「夕陽のガンマン」でエンリオ・モリコーネがギターで夕日を弾き語りしたことから、「ウェスタン=夕日=ギター」という印象が世界的に定着しました。「カールじいさんの空飛ぶ家」では、風船が上がるのと一緒に旋律も上がり、音の流れと絵の流れがシンクロしています。「マッドマックス 怒りのデスロード」は極彩色の映像に強烈なギターを重ねて作品全体の迫力を加速させています。

 作品ではなく、作曲家の視点による研究もあります。最近の有名作曲家ハンス・ジマーは、デジタル音源では出せないオーケストラのゆらぎの凄さを本作で語りました。またとある作曲家は「鳥肌が立つか否かでヒットが決まる」と発言し、自分で作った音楽を自分で聴いた時に鳥肌が立たなければ、聴衆に鳥肌を立てさせられない、という持論も展開しています。

今回の麻倉氏イチオシタイトルは、企画映像賞に輝いた「素晴らしき映画音楽たち」。映画ファンでなくとも1度は耳にしたことがあるだろう名曲の数々を、独自の視点で分析する。音良し、内容良しの秀作だ

 このように映画音楽の凄さ・高揚を語る、その映像が非常に高画質でまた素晴らしい!

 使用しているクリップは最近修復したもので、もちろん音響的にも大変なコダワリを感じます。

 画質・音質・内容・インパクト・社会性、すべての要素を兼ね備えている本作。もし私だけで賞を決めるなら、今年はこれがグランプリです。アサクラ的“大推薦盤”ですよ!

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ストラヴィンスキー :春の祭典

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透