麻倉怜士の大閻魔帳
第19回
ヘッドフォンからスマホ用アンプまで! 麻倉推薦、音を楽しみ尽くす3つのポータブルオーディオ
2019年8月20日 08:00
麻倉怜士と言えば自宅にJBL「Project K2 9600」を据えて、日夜世界のオーディオを見つめ続ける、オーディオ業界のご意見番。それゆえハイエンドなホームオーディオのイメージが強いが、発展が著しい近年のポータブルオーディオにもキッチリと目を光らせている。
今回の閻魔帳はいつもと少しテーマを変えて、“麻倉氏がオススメする最新ポータブルオーディオ特集”。当代最高峰の平面駆動型ヘッドフォンから、スマホの音世界を劇的に広げる超小型DACまで、小さくても音を楽しみ尽くす事ができる製品を紹介する。でもポータブル機器を語る麻倉氏を見ると、インタビュアー天野はどうにもウズウズ。ここはひとつ、師匠・麻倉怜士に最新ポータブルオーディオで挑戦!!
麻倉:今回のお話は、閻魔帳では珍しいポータブルオーディオの特集です。近年はイヤフォン・ヘッドフォン関連製品もオーディオとして成熟し、様々な切り口を見せる様になってきました。
――このジャンルだと一頃はスペック競争が加熱し、高スペック=良い音という見方が広まったこともありましたが、それも一段落したことで、音と音楽とオーディオの本質を見つめる製品が増えてきましたね。
麻倉:それだけポータブルオーディオが、趣味としての懐が深くなったという事なのでしょう。そういう訳ですので今回の閻魔帳では、最近私が触ってみて感心したイヤフォン・ヘッドフォン関連製品をお話することにしましょう。
チューニングの妙で、見た目は同じでも音は別物 final「D8000 Pro Edition」
麻倉:1つ目は最近この分野で存在感を増しているfinalブランドの新ヘッドフォン「D8000 Pro Edition」(オープンプライス/実売税込438,000円前後)です。ベースモデルの「D8000」は2年前の発売で、平面駆動オープン型ヘッドフォンとしてはブッチギリNo1の高音質モデルとして最先端を走っていた、自他ともに認めるfinalのリファレンスモデルです。
同年末のデジタルトップテンでも高く評価しましたし、私の周囲でもオーディオやサウンドチューニングのプロから「実はこれ使っているんです」という声が聴かれます。
そんなD8000に、業務用途にも耐えうるチューニングを施したPro Editionが、この程登場しました。3mの6.3mmプラグケーブルは、オプションだったシルバーコートモデルが標準に。ハウジングも従来のブラックに加えてシルバーが選べるようになっています。設計的に見ると平面駆動方式という基本は変わらず、パーツや構造といった中身も変化なしですが、でも音は大違い。これは一聴して本当に驚きました。
従来モデルが素晴らしかった事に間違いはありません。音が自然に出てきて、人工的な加工の形跡が無く、バランスが良い。長時間聴いても疲れない、表情も豊かなサウンド。これが私のD8000インプレッションでした。
なのですが、今回聴いてみると、それらベースモデルの良さを持ちながら、音場感、音像感、解像感、階調感、コントラスト感、色彩感など、サウンドにまつわるありとあらゆる要素のレベルが上がっていました。
第一印象は、解像度の向上です。細かいところまでくっきり、粒立ちが良くなった。従来も細かいところまで出ていましたが、Pro Editionはその聴こえ方に関してフォーカスがより精緻に合ってきたと感じます。その結果として、例えばお馴染みのリファレンス音源、情家みえ「チークトゥーチーク」などで言うと、歌い始めの立ち上がりが鋭く明確になり、音の表面・テクスチャーが表情豊かになっています。微細な粒立ち・凹凸感が見えてくるのです。終息する音の響きも豊かですね。これは音色ではなくニュアンスの問題で、語尾に感情を込める情家さん特有の歌い方を聴くと、音の切れ際で表情が見えるという細かい違いが明確に感じられます。「Pro Edition」と銘打っていますが、音のやり取りでここまで細かい抑揚が出るならば、録音現場のモニターヘッドフォンとしても充分使えるでしょう。
――モニターヘッドフォンに求められる要素は様々ありますが、細部を精密に描き出すというのは極めて重要です。それは単に信号として出るというだけでなく、感情としての音を過不足無くキチッと表現できるかという事なのですが、これが出来るモニターヘッドフォンというのは意外と限られてくるんですよね。
麻倉:重要なのは、これら細かいやり取りの部分が決して強調されてはいないということなんです。モニターユースで使うならば、ヘッドフォンに変な演出があってはいけない。その点これは自然に音が沸き立ってくるというD8000の美質を継承しており、細かな表情や階調がキッチリと出ています。しかもそれをギリギリと出すのではなく、音が生成りであるがままに出てきて、放射され、消えてゆく。この様に音の振る舞いの自然さが全く変わっていないというのは、大変素晴らしい事です。
もうひとつ、このヘッドフォンには包容力があるという事も特筆ポイントです。「細かい部分をちゃんと聴きなさい」と迫ってくるのではなく、包んでくれるような優しい感覚で、耳しかカバーされていないにも関わらず、全身を包んでくれるような音楽に対する温かい眼差しがある。そんなトリートメントが音作りでなされています。言い換えれば、音楽そのものに対してリスペクトを感じる。このヘッドフォンから出る音を聴くと、そういう事が解るでしょう。ナチュラルさやゆったりとした包容感を持ちながら、Pro Editionで細かい部分のフォーカス感が上がってきました。これは階調感が出てきたとも言えます。ベースモデルの階調感に加えてより細やかな階調の違い、音の強弱の違いなどが出る。これによって細やかな表情が出る表現を得たのですね。
今回は情家さんを含めた、3種類の音源を試聴しました。2曲目はグラモフォンのDSD麻倉コンピレーションから、オイゲン・ヨッフム/ボストン交響楽団「モーツァルト ジュピター」第1楽章。こちらもベースモデルとは更に別物の様な感じがします。
ひとつは弦パートにおいて第1ヴァイオリンが左、第2ヴァイオリンが右という古典的な両翼配置として、オケの分離感がとても判る様になったこと。冒頭における弦楽のパート分けがちゃんと判り、当然中央寄りのチェロも明瞭です。更に続く9小節目に出てくる木管の質感がまた絶品。この音源のDSDと弦という組み合わせも特別で、シルクのような手触りが倍音まで出ています。フォーカスが上がったことでこの辺の質感や倍音感、絹感をまとった弦が流れてゆきます。
木管セクションに耳を向けると、フルートやオーボエなどの距離感、音色の質感がとてもよく出てきて、それぞれの音が緻密な表情を持っていました。この音源は演奏が大変素晴らしい名演で、消え入る様までちゃんと質感を作っていて、そうした部分を余すところなく録音している。本機はそういう様な細かな表情感が強調されず、自然に整ったバランスで鳴ります。それによってリスナーからは、弦のしっとり感やしなやかさ、シルキーさなどの、絹的なキーワードが出てくるのです。
それだけではなく、モーツァルト特有の強弱感やDレンジ、弦の張り切った立ち上がり感などもとても出てきます。音場もそれこそフォーカスが合っているので見渡し良好で、しかも細部をグッと持ち上げるだけでなく、全体としての統一感や見渡し感などが上がっている。望遠レンズで細部のフォーカスが合焦するだけでなく、広角レンズでのパンフォーカスな見渡しも良いんです。その結果音楽鑑賞用としてボキャブラリーが豊かに伝わってくる。音楽的な表現や表情や言語感が、ノーマルモデルよりもメッセージとしてよりクリアに伝わってくると感じました。
――オーディオ、特にハイファイ分野では「原音忠実」という言葉が盛んに使われますが、それは決して録音時の信号を再現する事ではなく、その音に宿る感情を忠実に再現する事なのか。D8000 Proの音を聴いていると、オーディオが単なる音声信号のやり取りではないという事を考えさせられます。
麻倉:3曲目はジャズの新譜で、ミキサーズラボによる角田健一ビッグバンドの最新作「Somebody loves me」です。ミキサーズラボと角田健一ビッグバンドのタッグは名盤・名録音の宝庫で、演奏も素晴らしいが音も超素晴らしいものが揃っています。
今回の試聴を演奏に関して言うと、まず解像度が上がっており、トランペット/トロンボーン/ベース/ドラムの、各人のポジション感・音色感・音の伸びや爆発感などが凄く出てきました。その結果、聴いていてハーモニーがよくわかったんです。ビッグバンド・ジャズなので、楽曲中にはリード楽器間で3度や5度の並行メロディが流れることがよくあります。その場合に音程感が凄く出ると、ハーモニーの美しさ、基調となるふたつの楽器の音程がしっかりと出て、音程が同時に出てぶつかることでの融合感が増すのです。
音色も違います。これがハーモニー・音程と同時に出ると、ブレンド感と言うか第3の音色感と言うか、そんなものが湧き上がる。これによりビッグバンドを聴く醍醐味が凄く感じられるのです。つまりひとつは名人芸を聴くこと、もうひとつはアンサンブルを聴くこと。特にこのヘッドフォンならば、アンサンブルがよりクリアに、より生々しく、より真に迫って出てくる。これがPro Editionの素晴らしいところでしょう。
弱音もキレイですが、強音の突き抜け感やトゥッティ部で発せられるビッグバンドの突き抜け感といった部分は、オケの音源とはちょっと違うものがあります。オケは弦主体なので、美しい響きの中に突き上げ感がある。
一方ビッグバンドは全部管なので、凄くシャープに、重量感を持って急激に立ち上がる。その感じ、突き抜け感がとても良く出ていました。ベースがアルペジオを弾いた時の音程もしっかりしています。立ち上がりと収束、スピーカーで言うと内部損失が高く、音がにじまない。この弾力感にも感心です。
という訳で3つの音源を聴きましたが、結論から言うとノーマルモデルとPro Editionは全くの別物の音です。先述の通りナチュラルさや包容感や心地よさといった良さを残しながら、凄く情報がしっかりと出てきて、輪郭も立ち、細かい質感も出た。でもそれは強調感が全く無く、文脈としては前の包容感と自然感というものの延長線上に情報感が凄く出てきています。こういうところがとても良い。大変素晴らしい。チューニングだけでこれが出来たというのが驚きです。
――最近のfinalは基礎研究として、音響工学や音響心理学のリサーチを積極的に進めているんです。D8000発表時でもかなりの研究成果を盛り込んでいましたが、ここ1~2年でDレンジと物理特性などの研究が飛躍的に進んで、チューニングのボキャブラリーがうんと広がったようです。Dレンジと解像感の関係をまとめてBシリーズという野心的なイヤフォンを発表したりもしていますが、そういう要素が非常に大きいのではないでしょうか。
麻倉:職人の勘だけを頼るのではなく、科学的根拠に基づいて音を作っている訳ですね。近年世界中で盛んに研究が進んでいますが、聴覚と脳にまつわる仕組みはまだまだ知られていない部分が多いですから、イノベーションも多数起きてくるでしょう。
――finalも今その辺をかなり突き詰めているので、きっとまだまだ良くなってゆくはずです。
スマホの高スペックハイレゾ再生を身近にするペンシル型DAC Maktar「Spectra X」
麻倉:2つ目は台湾の新規ブランドMaktarによる「Spectra X」。基本的にスマホで使うペンシル型の極小DACです。
――スマホ向けDACとは、また珍しいものを取り上げますね。おおよそ閻魔帳では俎上に載せたことの無いジャンルですよ。
麻倉:正直言って私も始めて見た時は「なんじゃこりゃ??」と。単なる音声出力用の端子アダプタかと思いました。でも実はこれがDSD 11.2MHzとDXD 384kHz/32bitに対応するウルトラハイレゾDACと知ってビックリ、だったんです。
今スマホでハイレゾ音源を聴こうと思えば、スマホ内蔵のDACでアナログ化して聴くのが最も手軽な方法でしょう。要するにスマホ直刺しです。でもスマホの内蔵DACは製造コストなどの都合でたいてい貧弱、これではせっかく音源をハイレゾにしても意味がありません。かと言ってスマホから音をちゃんと出そうとしたら、外部接続のDACを使わないといけません。96/24くらいまでならばまだしも、DSD 11.2MHzを鳴らそうと思ったら、スマホと同じかそれより大きなDACを繋がないとダメ。でもこれはポータブルオーディオマニアの趣味領域で、一般ユーザーから見ると実際的には無理な話です。そのためスマホの場合はハイエンドにきちっと対応するではなく、そこそこ鳴ればいいとされています。
――まあ、現状で音に拘る人達はDAPを使いますからねぇ……
麻倉:その意味でこのSpectra Xはスマホにおけるハイレゾ再生の福音になるのです。まず形状がとてもシンプル。DACが大きな別筐体ではなく、イヤフォン出力ケーブルの延長線上にあるのはとてもスマートです。これで音が悪ければどうにもならないですが、本製品は音が良い。もちろんハイエンドプレーヤーの様な品質や艶の極地を求めるまではいかないですが、ハイレゾの情報はしっかりと量が出ています。
関係者向けに本製品の先行試聴会を開いた際に、この豊かな情報量がしっかりと確認できました。音源は情家さんの「You Don’t know me」。従来のデジタル録音とは別系統音源で、2インチ・76cm/秒のマスターテープを使った、アナログレコーディングDXD 384/24 & DSD 11.2の「エトレーヌ」です。8月から配信を開始していて、今回のような高スペック環境のリファレンスにも最適です。
で、これを先行で試聴会に出したところ、見事にCD/192/384/DSDというフォーマットの違いをクリアに描き分けていました。音的な表現、音楽的な表現を凄く明快に出していたんです、こんなに小さなDACなのに!
具体的に言うと、DXDはとてもクリアで透明感が高い。対してDSDは全く違い、目の前で演奏しているような音の響きや消えゆくさま、その情報量や音色といったものが出ていました。これはDSD独特の魅力で、それがきっちりと本機の表現範囲に入っています。
――エトレーヌの特集時など度々語ってきましたが、フォーマットやサンプルレートなどの違いをレコーディングにおける表現手法として音を追い込む事で、再生音楽をアートとして昇華する。かなり高度な挑戦ですよね。もちろんそれに耐える再生環境も必要です。
麻倉:その点で本製品はどうかと言うと、DACチップはESS 9018Q2Cという非常に高品質なポータブル向けのものを採用しています。もちろんESSチップだから良いという訳ではなく、小さな筐体に収める際にしっかり音作りをしている。ポータブルとしてハイレゾを聴いてみようという人口を増やすのに、とても戦略的で重要なガジェットと言えるでしょう。
端子はUSB-A/USB-Cと、PCやゲーム機など多ジャンルに対応しています。こういうところは今日的ですね。iPhoneに対応するLightning端子の「Spectra X2」(30,024円)も開発中(こちらはESS 9118Q2Cを採用)で、クラウドファンディングで支援を募っているのですが、これが凄くて、1日で目標額500万円の150%を達成したとか。
音楽好きの通常スタイルは、スマホ+小型DAP。ですが同じ様なものを2つ持っていると、スマホに機能をまとめてしまいたいと思うのが人情でしょう。でもスマホだと音がイマイチ。スマホの音環境を改善するには、インビジブルなDACがあり、そこからアナログ出力でイヤフォンに行くという形状が理想ではないでしょうか。それがハイエンドな環境としてようやく出てくることで、これまで不可能だったスマホによる手軽なウルトラハイレゾ再生が可能になった訳です。
天野が師匠・麻倉怜士に挑戦!? Nutubeの絶品サウンドに浸るDAP Cayin「N8」
――次の話題ですが、ちょっと先生に聴いてもらいたいものがあって持ってきました。Cayinというブランドのポータブルプレイヤー「N8」(税込388,800円)です。
麻倉:ほほお、なかなかゴツいプレイヤーですね。ブランドも製品名も聞き覚えは無いですが、どういった特徴の製品なの?
――KORGがノリタケ伊勢電子と共同開発した真空管素子「Nutube」搭載のハイエンドプレイヤー、と言えば、興味を示していただけますか?
麻倉:Nutube! DAPの出力はたいていICと相場が決まっていて、ディスクリートのトランジスタ回路もなかなかないでしょう? Nutubeは形状が丸ではなく蛍光表示版の様にのっぺりしたチップ型とは言え、消費電力のこともあるし、DAPに相応しいとは言い難いデバイスだと思っていましたよ。
本家KORGでは「Nu1」というDACプリアンプや、ギターアンプ、ヘッドアンプなどで採用していますが、それがDAPに入るとは、いやあ世の中凄い。
――Cayinはマカオの西側、広東省珠海市の南岸に本拠を構える、真空管にこだわりを持つ中国のオーディオブランドです。ポータブルプレイヤーもいくつか出していますが、それだけでなくEL84や300Bといったゴツい真空管を使った本格派ヘッドフォンアンプも手掛けていて、世界市場向けには845のモノラルアンプなども出しています。聴くところによると有名真空管オーディオブランドのOEM生産も受託しているとか。
N8は2018年のミュンヘンで発表されたレギュラーラインのフラッグシップで、同時にブランド創立25周年の記念モデルでもあるんです。DACはAK4497のデュアル構成で、音源はDSD 11.2MHzとDXD 384kHz/32bitに対応。通常はステンレスシャーシですが、この春に黒い真鍮素材を使った「Brass Black Edition」が限定版として発売されました。で、その音を聴いたら、あまりの艶やかさにちょっとクラクラしてしまって。「これは絶対に先生に聴いてもらわねば!」と思い持ってきたんです。
麻倉:それは楽しみ、早速聴きましょう!
…………試聴中…………
――如何ですか?
麻倉:これは大変素晴らしい! 感動しましたよ。ステンレスとブラスブラックで微妙に音が違うのが面白いですね。ステンレスは透明感が高くバランスも良いです。情家さんの音源で言うと、ベース・ピアノ・ヴォーカルの音場的/音像的バランスがとても好ましい。ヌケも良好で質感も非常に良かったです。これに対してブラスブラックは解像感が向上し、音が明瞭になっていました。何よりも音の艶がとても出たのが印象的でした。輪郭もしっかりしていますが、カチッとした音の造形だけでなく、艶っぽい質感です。これこそがまさに真空管の音。グロッシーな感じ、質感の麗しさが出るんです。
――そうでしょう、そうでしょう! 僕もこの倍音感に虜になってしまったんですよ。リファレンス音源で聴いているヒラリー・ハーン「バッハ ヴァイオリン協奏曲」なんかは、弦だけでなくボディの鳴りも含めた楽器全体の響きが幾重にも増幅されて空間を満たしてゆく、みたいな幸せな音世界に包まれました。パヴァロッティ「オ・ソレ・ミオ」なんかを聴くと、本当にふくよかでゆったりとしたブレスコントロールがありありと伝わってきます。
ところでこのプレイヤー、実はワンタッチでNutubeとトランジスタの出力を変更できるんです。
麻倉:そう言えば今年のミュンヘンで見たんですが、韓国カクテルオーディオの新DACが真空管でした。これもCayinと発想が同じで、石と球の切り替えで音色の違いを楽しめます。韓国や中国のブランドは、こういうところを面白い切り口にしていますね。こっちも是非聴いてみましょう。
…………試聴中…………
麻倉:なるほど、トランジスタの音はとてもノーマルな感じがしますね。精密で正確で、クリアで明瞭で、実にバランスが取れています。いわゆるフツーのハイレゾ的な鳴り方ですが、結構音楽性も感じられましたし、これはこれで清潔な感じがして良いです。音源によってはこちらのほうが好ましいかもしれません。
でもやはりNutubeは素晴らしい。明確でありながら質感が付いていて、そこに真空管ならではの偶数次倍音感と言うか、音のクリアな厚みみたいなところが付いてきます。今までのDAPは基本的に情報量志向で、ものすごく細かい部分を虫眼鏡で見て細部を感じるようなのが典型でした。それがNutubeを通せば、微細なところはもちろん、トータルとしての音色感や艶っぽさ、気持ちの良さやヌケの良さ、音楽がひたひたと迫ってくる感じ、そういうのが出てきます。
従来の正統派な流れの世界だけでなく、音的に楽しめる、いい意味で高品質なエンターテイメントという感じがとてもした。これは発掘しましたね。
ただ基本的に使いやすいですが、デザインはもう一声ほしい所です。どことなく中国を感じさせるキラキラ的デザインで、ツマミの部分がちょっと安っぽいなと。ある意味でローカルを感じるわけですが、何十万もするハイエンドDAPなのでもう少しグローバルに寄せて欲しいところです。
――うーん、デザインは欧米や日本のスタジオに委ねてみると良いかもしれませんね。
麻倉:それは名案! ポルシェデザインやピニンファリーナなんかに任せてみると面白そうです。金属的な質感は結構いい感じに出ているし、シャーシの角が面取りしてあるのは持った時に角が刺さらなくて手に優しいと感じました。なのであとはディテールや操作感の追い込みを求めれば、プロダクトとしてより良くなると思います。
でも音は本当に良いですね。これまでのハイレゾDAPは2ブランドが占めていた中で、音的に1角を切り崩す実力があります。先日ハイエンドカーオーディオコンテストに招かれたんですが、最近のカーオーディオはハイエンドDAPをソースに使うのがトレンドなんです。そんな流れで、エントリーしていた220台の半分くらいがソニー「DMP-Z1」を使用していました。携帯プレイヤーでハイレゾを聴くというのも大きな流れで、ソニーとAstell&Kernが2大ブランドとして君臨しています。Cayinもここまでの音が出るならば、この間に食い込んでゆくことが可能ではないかと感じました。
繰り返しになりますが、特にNutubeの音が抜群に良いです。音を分析的・モニター的に聴くのではなく、音楽としてトータルな美の中で音を楽しむ。そういう事で真空管は浸れますね。これは今シーズンの注目製品として、是非推したい。
――先生大絶賛のブラスブラックですが、これは世界600台の限定モデルなんです。そのうち半数の300台は本国中国割り当てで、代理店によると残りの世界向け300台のうち、200台ほどはもう売れてしまっているらしく、在庫は100台を切っているとか。かなり高価な逸品ですが、欲しい方はお急ぎください。
麻倉:ポータブルは私にとって少し遠い存在ですが、最近の新製品は見逃せないものが多い。今日は、大いに収穫がありました。