麻倉怜士の大閻魔帳

第20回

“二枚重ね”で液晶が再びアツい! 8K、透明OLED、IFAから今後のトレンドを占う

年末商戦を占う家電の国際見本市「IFA」が今年もドイツ・メッセベルリンで開かれた。例年であれば映像分野のトピックはOLED、加えて昨年登場した8Kがどう成長したか、と思うところだが、「今年の見どころは何と液晶だ」とは麻倉怜士氏の談。もはや枯れた技術? いやいや、8K時代にも液晶はまだまだ進化する。その発想と底力、とくと語っていただこう。

収穫の秋、オーディオビジュアルはベルリンから。今年もIFAがメッセベルリンで開かれた

日本の“技術の引き出し”は非常に多彩

麻倉:今年のIFAは日本として大きなトピックがありました。一昨年にスタートしたスタートアップが集うパビリオン「IFA NEXT」において、対象国の新しい動きをメインに伝える「パートナー国」の栄えある第1回対象国に、日本が選ばれたのです。既存産業は成熟が進んでおり、新しい技術を呼び込まないと大規模ショーの持続的な開催は難しいでしょう。新技術をどう呼び込むか、それを自分達でインキュベーションし、発表の場を創る。もちろん企業間の接触や商談はありますが、この制度を分かりやすく言うと、基本的にはマスコミに取り上げられる事が目的です。これはIFA全体にとっても重要な取り組みと言えるでしょう。

同様の試みとして、CESでも同じく世界中からスタートアップが集う「Eureka Park(ユーレカ・パーク)」が挙げられます。アメリカのCESにヨーロッパのIFAが対抗するという競合的な意味合いも、IFA NEXTにはあるでしょうが、やはり新しいことを創る、IFAとしての今後の方向性を出展者と一緒に育てていこう、という流れが大きく感じられました。そんな取り組みにおける初号パートナーが日本なのです。

流れとしては日本のイノベーションを世界に広める働きかけが運営の内部であり、今年4月のGPCで発表。出展に応じた日本企業は20ほどで、現地では画像処理や超指向性音声、ドローン技術などを展開するブースが見られました。最終日にIFAディレクターのDirk Koslowski(ディルク・コスロフスキー)氏に話を聞いたところ、今年はメディアから高い評価を受けているとのこと。こういった取り組みを仕掛け人に取材する際は「なぜ日本が最初のパートナー国に?」というのがよくある質問。実際コスロフスキー氏もこれを想定した応答を用意していたそうです。

ですがジャーナリストの疑問はそうではなく「来年も日本がやるのか?」というものでした。世界のジャーナリストの目には、日本が展開するIFA NEXTはその範囲があまりに広大と映ったのです。日本が持っているイノベーションの種、技術の引き出しは実に多彩で、音も映像もAIもドローンもといったように、ありとあらゆる分野に広がっています。これだけ要素が多いと、とても今回1回だけでは紹介しきれない。「そういう事ならば来年も日本が同様の展開を見せるのではないか」と世界の専門家は見た、つまりはそういう事です。

スタートアップのイノベーションを集めたIFA NEXTで、今年は日本がパートナー国に抜擢された。ドローンに画像処理にと、引き出しの多さに世界中のジャーナリストも驚嘆

新展開に対してプレスはそこまで深く読んでくれている、これはIFAを主催するメッセベルリンとしても、ありがたい発見だったようです。では来年以降はどうするかと言うと、今回同様に国単位でパートナーシップを結ぶかもしれないし、あるいはよりスポットを絞った地域などに焦点を当てるという話も出ている様子。今回初めて特定国とのパートナーシップを結んだということに対して、参加国としての打診も相次いでいるとのことです。

実際に現地を見てみると、昨年以上にIFA NEXTの賑わいを感じました。CESのEureka Parkもたいへん賑わっていますが、あちらはどこに何があるかがよく分からないほど広大過ぎて、どことなく巨大雑貨店「ドン・キホーテ」の様な雑多さを感じます。それに対してIFA NEXTは、丁寧に設計されたショーケースの様に上手く整理されていました。廊下の進み方をはじめとする導線もちゃんと設計されており、どこに何があるかが見やすい。色彩も木質をベースにIFAのイメージカラーである赤が来るという様子で、きっちりと一貫性もあります。落ち着いた中のわさわさした熱や仕事ぶりを見る、そんな巧みなパビリオン設計でした。

このパビリオンでは大型ドローンの活用を支えるエアロネクストにインタビューしました。産業で活用される大型ドローンはラジコンヘリの延長線上にある小型ドローンと比べ、旋回時の重心移動で安定性が損なわれるという物理的な問題が発生しやすくなります。エアロネクストはこの問題を解決する、重心安定の特許技術を持っているスタートアップです。イメージ的には機械時計におけるトゥールビヨンの様な感じの機能ですね。

同社は日本で4社、海外で2社と特許使用の交渉中で、話を聞くと「ヨーロッパに出て手応えを感じた」と言っていました。日本のスタートアップが化学反応を起こすには、自分達だけではなかなか難しい。しかし今回のようなお膳立てがあると、人がわんさか来る訳です。実際に取材中にも人が続々と来ていました。スタートアップパビリオンによって、IFAの事務局はこういう出会いの場を設定しているのです。全部に話を聞いたわけではないですが、これに乗っかった会社からは好評の声が聞かれました。

――日本のスタートアップは地理的に欧米との協業が難しいですから、こういうチャンスを活かしてほしいですね。あるいは今後、世界中のスタートアップがIFA NEXTの場で掘り起こされて、続々とオープンイノベーションを起こしてくれることを期待したいです。

エアロネクストは産業向けドローンで重要となる重心安定化の特許技術「4G Gravity」をアピール。法隆寺五重塔や東京スカイツリーを思わせる心柱構造を活用した日本伝統の制振技術が、現代の問題を解決する

麻倉:IFA全体で言えることですが、テーマ的には昨年の延長です。オーディオビジュアル的には8K、全体的には5Gといった様子。IoTはあまり言われなくなりました。以前から熱心にIoTを訴求していたサムスンで話を聞くと、もはやIoTはトレンドではなく常識。今はIoTという通信基盤の上に乗せるAIを熱心にやっていますが、見た感じではどうもバズワードの域を出ていません。一頃の(あるいは今現在の)IoTの様に「色んな物に5Gを入れていこう」という掛け声はどこでも聞かれるものの、それを使って何をするのかという具体的(そして革新的・核心的)なアプリケーションがまだまだ出ていないといった感じです。

この流れ、地元ドイツの白モノ家電メーカーが積極的に叫んでいたことは印象的でした。例えばスマホだと、端末にAIが搭載されて各種サービスや家電機器などと連携する。こんな流れは白モノというジャンルとの親和性が高いわけです。「安心」「安全」「効率」「便利」といったところが、白モノ家電のあり方でありコンセプトでもあるので、そこへ通信が入って、IoTベースで互いに連携する、というのはとっかかりやすいのでしょう。白モノ(を展示するブース)を持っているIFA全体を通してみると、5GやAIは切実なスローガンとして出てきた感じがします。

内容勝負にシフトした8K

麻倉:ではビジュアルはどうかと言うと、まず語るべきは8Kです。昨年はサムスンがIFAで大々的に製品投入を宣言して、同日にベルリン市内の家電量販店で実機商品を展示するという奇策に打って出た事もあり、「8K出たぞ!」という登場感がありましたね。

あれから1年、昨年に比べると登場感というインパクトは減ったものの、それに対して「8Kでこれからの世界を切り拓いてゆこう」という方向性はより強くなった様に思います。つまり昨年は「4Kの次は8Kだ!」という話題先行で、画面の大きさや精細度向上などがトピック。今年は「じゃあ8Kを何に使おうか」という内容勝負です。B2BもB2Cも、両者ともに8Kのベネフィットに対する使いみちに焦点が当たっていたと感じました。

――提案のレベルが1段上がった訳ですね。「8Kスゴい!」の“スゴさ”が、単純な数字勝負からより実感できる活用の領域に来た、と言えるでしょうか。

麻倉:そう言ったことをまず一番感じたのはシャープでした。ここ数年お伝えしている通り、同社は以前から8Kエコシステムを熱心にアピールしていますが、今年のIFAは「ついにエコシステムが出来上がった」と宣言しました。展示内容もテレビはもちろんのこと、通信やカメラなどを展開。従来はB2Bに寄っていたのが、今年はB2C寄りのものも多く出てきました。

宣言にあった映像のエコシステムとは、撮影・編集・伝送・端末の4要素から成りますが、今年はこれがシャープで揃いました。従来製品だと撮影はアストロデザインとの協業によるカムコーダーがありましたが、これはプロダクションや放送局向けのもの。この大型カメラは名古屋テレビや関西テレビなどが導入し、オリジナル8Kコンテンツを制作しています。対して今回のトピックは、マイクロフォーサーズマウント採用の一眼型8Kカメラです。発売間近で、価格的にも数十万円ほど。民生用の視点だと高価に感じるかもしれませんが、アストロデザイン協業のカメラは700~1,000万円だったので、プロユースとして見ると“超お手軽”です。

――REDやソニー「F65」など、他の8Kカメラも軒並み数百万円クラスですから、“一桁安い”というのは衝撃的な価格設定です。

発売間近というマイクロフォーサーズマウントの8Kムービーカム。従来の業務用8Kカメラより“一桁安い”、衝撃価格を予定しているという

麻倉:では「誰が何に使うの?」と問われると、限りなくプロに近いハイアマチュア、いわゆる“プロシューマー”層でしょう。例えば画質にこだわるユーチューバーとか。8Kで配信するユーチューバーは流石にまだ居ないと思われますが、YouTube自体は既に8K対応済みです。なのでカメラさえ用意できれば、誰でも8K配信は可能なんです。

デジタル時代のムービーカメラを見てみると、2K時代は放送局などの大手がまず機材を買っていました。それが4K時代になると、ユーザーの創る映像がUHD映像を牽引しています。「8Kでもこういう役割をアマチュアに担ってもらおう」というのがシャープの狙いです。そのパズルピースがマイクロフォーサーズ8Kカメラなのです。

――アクションカメラのGoProやスマホカメラの4K対応で、手軽に4K撮影ができるようになったというのは大きなポイントですね。

麻倉:編集はどうするか。撮りっぱなしだと作品とは呼び辛いわけで、最低限としてカットやエフェクトを入れたいですよね。そこで出てきたのが、東芝から譲り受けたPCブランド・dynabook事業です。これには感心して、インタビューで「上手く考えましたね!」と伝えたんですが、どうも元々8Kを睨んだ買収という訳では決してなかったとのこと。ですがよくよく考えると、信号処理を突き詰めるならPCは必要です。むしろ編集ソフトは既に出回っていますから、8Kの情報量をハンドリングできるマシンパワーがあればいいのです。

そこでシャープは大型タワーのワークステーションではなく、弁当箱を思わせるA4サイズのマシンと32型8Kモニターを展示していました。ソフトを入れれば省スペースでスマートな8K編集システムの完成です。

8Kエコシステムを盛り上げるべく、東芝から譲り受けたDynabook事業もフル活用。小型ベアボーンやラップトップの8Kワークステーションを展開する予定。会場では31.5型8Kモニターとの組み合わせを展示していた

カメラもシャープ、編集もシャープ。ゆくゆくは大型ラップトップのモバイルワークステーション“8KクリエイションPC”をやるつもりだそうです。これならば撮影に出ても、ロケ先の宿舎で編集ができる。昼に撮って夜はオンライン編集、翌朝には編集済みの映像クリップを出す、という事も不可能ではありません。更に5Gスマホを提案し、通信網の整備を前提として、おそらくこれで送るという事も睨んでいるでしょう。

ダウンロードやストリーミングとして“映像を観る側”から、撮影してアップロードする“映像を撮る側”へ。先述の通りYouTubeは8K対応済みなので、8Kの間口は思った以上に広がっていくかもしれません。そういった事もあって、シャープは今年“も”すごく面白かったです。

8Kの伝送には5Gスマホ。Gbpsオーダーの通信帯域で、大容量データをやり取りする。その頃には「ギガが足りない」という不思議な言葉も変化しているだろうか……

――8Kと言えば、昨年大きなインパクトを残したサムスンの8Kはどうでしょうか?

麻倉:サムスンブースは本体もさることながら周辺情報に面白い話がありました。QD(量子ドット)液晶を「QLED」としてブランディングしている同社。新モデルのトピックとして、HDMI 2.1で8K信号の受信が可能に(昨年モデルは4Kアプコンのみで、ネイティブ8Kを映す事は考えられていなかった)。

サムスンのプレスカンファレンスですが、8KコンテンツをOTTで受信する提案をしていました。そのひとつがフランス・The Explorers社。春の閻魔帳mipTV編でお伝えした、フランスの探検家SNS「The Explorers」をベースとする自然映像サービスです。確かに同社のアプリは8K対応と言っていたので、見た瞬間に「出てきたな!」という感じがしました。

The Explorersは自社サーバーからサムスンの8Kテレビへ送るというルートと、シャープのような5Gスマホへ送るルートを持っています。これは4月のmipTVで聞いたとおり。現状の4G通信網で8K流通は可能かという疑問はあるものの、8K・5G時代におけるOTT配信は見過ごせないルートとなるでしょう。と言うのも、映像業界の視点だと8KはNHKと考えがちですが、日本以外で8K放送を展開するテレビ放送局は未だに無い訳です。その中何故欧米で8Kをやるのか、という疑問は出てきて当然です。昨年の登場時には「8Kアップコンバートによる究極の4Kテレビ」という訴求(だけ)をしていたサムスン、今年はアプコンに加えてネイティブコンテンツを観る道が、ヨーロッパでも開けつつあるという流れを見せたのです。

8K OTTの話題に関連して、8Kアソシエイションが基準スペックを発表したことにも触れておきましょう。これはサムスン主導でパナソニックが乗っかった業界団体で、年頭のCESでスタートを宣言しています。サムスン/パナソニック/ハイセンス/TCL/AU Optronics/サムスンディスプレイの6社でスタートし、9月にはDTSなどのラボやSoCメーカー、コンテンツメーカーを迎えて16社へ成長。話によると、まだまだ伸びる見込みだそうです。

そんな団体で、エコシステムを作るべく8Kの基準を提示。ただし今回出た基準を一部外れるとしても、オプションで認められる部分があるとかなんとか。あまり厳密な規格ではないようなので、この辺は今後の展開次第なのでしょう。それよりも私が興味をひかれたのは「今回の基準に則ったテレビが出た時に、ユーザーはどんなコンテンツが観られるか」と質問した時の返答です。

NHK以外でも世界のプロダクションは今8Kへシフトしつつあり、質問の返答では例として5社を挙げていました。ひとつはRAKUTEN TV。実は今回、あちこちのブースでコンテンツホルダーを尋ねた時に、RAKUTEN TVの名前を聞いたんです。なんでも楽天は、少し前にスペインのOTT事業会社を買収しており、これをRAKUTEN TVと名称変更しました。そのため意外とヨーロッパでRAKUTENが名を上げています。

――意外なところから楽天がヨーロッパ進出の手がかりを獲た、というところですね。ジャンルにこだわらず、インターネット通信を使うあらゆるものに手を伸ばしている同社ですが、その手広さが功を奏した形です。

麻倉:その他はロシア・MEGOGO、イタリア・The Chili、米ラスベガス・UltraFlix(Netflixとは別もの)、そして先述のフランス・The Explorers。いずれも現状では、基本的に4Kまでのコンテンツを配信していますが、こういったところが新規事業として8Kコンテンツをデリバリーするそうです。

昨年は「テレビが出来た!」と言う話題で、今年は「何が観られる」「どうやって観られる」という動きが主題。こういった話を聞くと、1年で流れは大きく変わっていると感じます。ハードからソフトへ。生態系としての8Kをどう伸ばすかという切り口が出てきたのは、実に興味深いです。

8Kコンテンツのホルダーとしては、イタリア・The Chiliやフランス・The Explorersらの名前が挙がった。時代は放送波よりもオンライン伝送か
欧州の8K OTT事業で猛アピール中なのがRAKUTEN TV。日本発のネット事業が強豪ひしめく世界市場に挑む。これを足がかりに、欧米でも楽天の地位が向上するかもしれない

麻倉:サムスンの8Kテレビで言うと、今回はサイズ展開に面白い動きか見られました。昨年から98/85/75/65型を展開していますが、今年の新顔は55型。大型ではなく小型に向かったんです。この流れはOLEDで攻めるライバルのLGディスプレイ陣営でも同じで、こちらのサイズはもう一回り小さな48型4K OLED。両陣営共に大型パネルによるプレミアムラインに的を絞る戦略を取ってきましたが、ここへ来て55型以下という新しい提案が出てきました。

テレビにおいて、55型以上というサイズは基本的にリビングルームに置くプライマリーモデル。どんな時代でも、テレビはまず家庭の共有資産としてリビングルームに置かれ、次第にベッドルームや子供部屋などに拡大してゆきます。ですがセカンダリーユースとして考えると、55型はちょっと大きい。LGの戦略は「一家に一台OLED」から「一人に一台OLED」へと向かい、これからはおそらく48以下も出てくるでしょう。

――液晶のサイズ展開に倣うと、42/39/32くらいまでは期待したいところです

麻倉:この流れで重要なのは、実は8Kテレビ製造なんです。何故なら8Kパネルは4分割すると4Kになるから。LGの8K OLEDは88/77/65の展開を睨んでいますが、これらを4分割すると、何となく中型4Kのサイズが見通せます。OLEDの弱点である輝度の問題はあるにせよ、30型クラスの4K OLEDがいよいよ来るでしょうか?

……と言いたいところですが、実は30型の4K OLEDって既に製品化されているんですよね。何かと言うと、ソニーのマスターモニター「BVM-X300」。泣く子も黙る映像業界のグローバル・スタンダードです。(もちろんこれは価格を度外視したものなので、民生用となると色々難しいところはあるでしょうが)。

もう一方ではJOLEDが23型の4K OLEDを造っており、こちらはASUSのPC用モニターで製品化されています。ここの様に印刷方式でサイズアップを目指すという道と、LGディスプレイの蒸着方式で8Kを切り分ける、という2つの道が、中型4K OLEDにおいてはこれから出てくるかと私は見立てています。

――なるほど、確かに中型OLED TVは是非ほしいところです。ところで今年のOLED陣営はどうしちゃったんでしょう? 昨年までの勢いがあまり感じられなかった様に思うのですが……

麻倉:OLEDの雄であるLG電子は、かねてよりOLED 8Kで88/77/65/55というラインを出していますね。ですがここに関して、今回これと言った大きな進展はありませんでした。各社のOLED新製品でも、これ以外のサイズ展開は見あたらずです。

――現状で発売済みのモデルはLG電子の「Z9」だけ。うーん、8KとなるとOLED陣営はちょっと苦戦している様子です……

麻倉:それよりも今回は、パネルメーカーのLGディスプレイがメッセベルリンの27号館にスイートを出展した事の方がトピックです。従来はメイン会場のメッセベルリンではなく、ベルリン市内のホテルにプライベートブースを構えていたんです。27号館は建設中の新ホール。総展示面積16万平米を誇るメッセベルリンですが、これでもまだ「展示面積が足りない」として拡張中。場所としては中国・アジア館やIFA NEXTなどが置かれる敷地西側にあたります。ホール設備はまだ完成しておらず仮運営の状態で、今年はLGディスプレイのみがブースを置いていました。ホール全体の本格運営は来年からの予定です。

――LG電子のブースは北門入って左手で、右手向かいにはソニー、奥にはシャープがそれぞれブースを構えています。余談ですが東京ビッグサイトの総展示面積は9.7万平米。ドイツにはハノーファーやフランクフルトに30~40万平米の巨大国際展示場があり、日本の国際展示場がいかに小さいかが伺えます。

麻倉氏、会場案内図と一緒にパチリ。LGディスプレイが入った27号館は地図の左端、青いエリアの左部分。メッセベルリンはとにかく広くて、取材で一日歩き周るとクタクタになる

麻倉:こうした話からも伺えるように、今年はOLEDよりも液晶の方にトピックが多かったですね。実は今、液晶業界では拡散板競争なるものが勃発しています。VA液晶で拡散板を使い、センターコントラストを保ちつつ視野角を拡げるというもので、火付け役はソニー、これにサムスンが追随した形です。ところがこのやり方、解像感が大幅に落ちるという問題が。黒の縦線がある絵で、拡散板による悪い影響が出るとLGディスプレイは主張しています。話を聞くとソニーは上手くいっているらしいので「どうもサムスンのやり方に問題があるのでは?」というのがLGディスプレイの見方となっています。

液晶の小話で言うともうひとつ、現状で世界最大となる120型8Kも興味深いです。このパネルはシャープの堺工場で生産されている10.5世代のもので、これを使ったテレビがシャープと、中国・スカイワースにあったんです。

――業界事情を知らないと素通りしそうなトピックですが……確かスカイワースってOLEDを積極的に推していた、言うなればOLED陣営の一員ですよね。例年だと目玉の展示はOLEDがドーンと来そうなものですが、その立ち位置にシャープの液晶パネルを使った8Kが居た、と。ちょっと複雑な感じがしますねぇ。

麻倉:ブースで話を聞くと「いやいや、今年は8K液晶なんですよ!」と。120型を筆頭に、88型や75型などをズラリ。良くも悪くも、こういうしたたかさが中国っぽいと言えます。OLEDは昨年からさほど進展が見られないのに対して、8K液晶はシャープの120型を筆頭に、サムスンが55型の(比較的)小型な8Kを見せるといった動きが見られた訳です。そういった事情も絡んで、一概にどちらかのデバイスに傾倒しすぎる訳にもいかないのでしょう。

シャープ・堺工場謹製の10.5世代液晶を使った120型8Kテレビ。インパクト抜群の1枚だが……
同じパネルを使ったテレビが、OLED推進派のスカイワースブースでも。OLEDを押しのけ、今年の目玉として鎮座していた
因みにスカイワースはちゃっかりと88型8K OLEDテレビも展示。こういう辺り、中国メーカーは抜け目ない

“二枚重ね”で液晶の逆襲なるか

麻倉:液晶の話題で言うと、最もアグレッシブだったのはパナソニックでしょう。こちらもOLED陣営の一員ですが、今回は「逆襲の液晶」とも言うべき展開です。何かと言うと、ハリウッドへ向けて売り出す55型「MegaCon」マスターモニターを発表したんです。大きな特徴は“液晶二枚重ね”。

ブラウン管以降、ディスプレイは絶え間なくデバイス間戦争を繰り広げています。液晶、プラズマ、FED、SEDなど、これまでも性能と経済性を追求する開発が続けられてきました。今はOLEDによって液晶三悪(視野角・コントラスト・応答速度)を克服し、全世界的に勢いが止まらないという様子。8月にはLGディスプレイが中国初の生産工場を広州に設立しました。私も開所式に招待され、立ち会ったところです。

でもテレビ向けOLEDは、世界中でLGディスプレイしか作っていません。産業的に見てこれは大きな問題です。

――実際に夏に起こった日韓の貿易トラブルで、OLED生産にも少なくない影響が指摘されています。

麻倉:そこで引っ張り出したのが、2005年にシャープが出した液晶2枚重ねという発想です。当時は1,000対1のパネルを2枚重ね、1,000×1,000で100万対1のコントラストをひねり出していました。ただしこの時はタイミングがよろしくなかった。2005年はLEDバックライトによるローカルディミング技術が出てきて、業界的にはこちらの方が隆盛していきます。

この時は日の目を見なかった技術ですが、昨年くらいからハイセンスが“ULED”液晶でこのアイデアを採用して製品化。この辺りで流れが変わってきます。当時と違い、現代の液晶2枚重ねはバックライトのローカルディミングも織り交ぜています。つまりバックライトと液晶2枚の合計3レイヤーで絵を作るのです。具体的に言うと、バックライトで大まかな部分駆動、次にフルHDのモノクロ液晶で細かくコントラスト制御、そして4K液晶で絵を仕上げるという、各レイヤーの合わせ技です。パナソニックのMegaCon液晶も同様で、なかなか複雑な事をやっています。厚さも10cmほどあるので民生用としてはちょっと厳しいですが、業務用のマスモニならば許容範囲でしょう。

画質論争でOLEDに対してビハインドを背負っていた液晶だが、今年は2枚重ねという離れ技で反撃の狼煙を上げた。液晶というデバイスはいよいよ円熟の極みに差し掛かっている

パナソニックは何故液晶マスモニを出したかと言うと、ハリウッド内でOLEDモニターを使ってもらうことに苦心しているからなんです。OLEDはピークが立つものの、平均輝度が高い(つまり全体的に明るい)絵だと輝度が下がってしまいます。これは自発光デバイスについて回る問題で、ユーザーから何とかしてほしいという声が上がっていました。そこで目につけたのが2枚重ね液晶システム。3年前に独自で造ったものがあり、今回はそれの応用です。

この方式は業界内で「デュアルセル」と呼ばれており、パナソニック/ハイセンス/TCLが提案しています。先述のように、テレビ向けOLEDはLGディスプレイしか作っていないため、次世代デバイスとしてマイクロLEDが来る前にデュアルセル液晶の時代が流行るか、と色んな所が言い始めています。OLEDテレビが出て以降、画質論議において液晶は一方的に立場を落としています。ですが液晶は生産設備を持っている人達が多いから、できるだけこれを活用したい。そんなこんなで、デバイス由来の問題を何とか克服して、もう一度液晶頑張ろうという考えの人達は結構居るのです。そこへ出てきたのがデュアルセル方式。液晶の逆襲、なるか? これは結構面白い事になりそうです。

2枚重ね液晶「デュアルセル」を最初にやったのはシャープだが、掘り起こしてきたのはハイセンス。液晶の画質を極める、最後のマスターピースとなるかもしれない技術だ

“使わない時”にテレビをどう活用するか

麻倉:テレビの話題では、使わないときのテレビのあり方が今年も提案されていました。パナソニックの事例を中心に今年の流れをちょっと話しましょう。

昨年は周囲の壁紙に同化する壁紙TVや、あるいはアート作品を表示するという使い方を、サムスンがやっていましたが、これは今年も変わらず。中国の康佳(Konka)やハイセンス、TCL、トルコのVestelなど、サムスンフォロワーが「アートテレビ」を相次いで出展していました。康佳は中国風やヨーロッパ風といったテーマ別に、壁紙やアートとフレームを組み合わせる提案です。私には「いよいよタネが無くなった?」と見えましたが。

対してパナソニックはアートではない、透明OLEDを使った提案をしていました。透明パネルの使いこなしはOLED陣営(つまりLGディスプレイ)の提案でしたが、今回はシャープも液晶で透明パネルを提案しています。ではパナソニックはというと、透明テレビをインテリアとして使えるフレームデザインにしていました。スイスのインテリアメーカーと協業し、点けるとテレビ、消すとフレームだけが見えるというものです。透明・不透明に加えて、半透明という概念を導入しており、半透明時は例えば部分的に色を変えたり、あるいは鳥の模様を動かしてみたりといった、カラーオブジェ風の映像を流していました。

――まるでプロジェクションマッピングみたいですね。これならば背面に絵画や写真なんかを置いたりしても面白そうです。

麻倉:パナソニックは2年前のIFAで、ダイニングにおける透明パネルの提案をしています。例えばアルコールセラーのドアに装備して、中の日本酒やワインの情報を表示といった具合に、ダイニングにおける情報機能を持ったディスプレイという切り口で、同年のCEATECでも展示していました。これらは基本的にB2Bにおけるショールームやショーウィンドウなどでのアプリケーションとして使いやすいですが、では家庭に入ったときはどう使えるか、というのは考えどころ。パナソニックはこれをインテリアとして、徹底的にオブジェとして使う方向を出してきました。アートテレビに近い発想ではあるものの、テレビの機能をなくすテレビというのは新しい流れでしょう。

パナソニックはOLED陣営の一員でもあるから、今年もOLEDでひとつ提案。テレビに“半透明”という概念を取り入れ、背景と映像を重ねる試み

麻倉:映像関連の話題で言うともうひとつ、UHDアライアンスが「フィルムメーカーモード」を発表しました。乱暴に言うと“余計な処理をかけるなモード”。きっかけはトム・クルーズが「映画は24フレームで観て!」とツイートし、バズったことです。

現在のテレビはフレーム補間技術が多く採用されており、24フレームの映像を60フレームや120フレームなどで表示します。でも映画は元々24フレームで撮られており、フレーム補間をかけるとカクカクしたジャギーは無くなるものの、動きに宇宙遊泳を思わせる不自然な浮遊感が出るのは考えものです。これは北米市場で特に好まれる機能なのですが、私はコンテンツへの礼儀として、テレビやプロジェクターなどで映画を観る時にまずはこの機能をOFFにしています。

他にもノイズリダクションをかけすぎると肌がのっぺりツルツルになってしまったり、アスペクト比がテレビの設定で勝手に変えられたり、色温度が高くなりすぎたり、などなど。これらの副作用に映画監督達が声を上げ、それをUHDアライアンスが検討していました。その結果がこのフィルムメーカーモードなのです。

これが明るさや色範囲などの数値を絶対値で指定してくる様なガチガチのものであれば問題なのですが、フィルムメーカーモードはそうではありません。イコライジングは問われず、これまで同様に個人差や好みで調整できる。これなら提案として理解できます。報道によっては絶対値まで規定するのもアリという意見もあり、少々アンノーンな部分も。そこまでやってしまうとナンセンスでしょう。

トム・クルーズの一声に端を発する「フィルムメーカーモード」。カッチリと数値を指定するではなく、大枠を囲いつつも詳細はユーザーに委ねるという方針。画質調整の新たな選択肢として活用したい

――絶対値で固めすぎると絵作りの余地が無くなってしまいますからね。それでは趣味性が無くなってしまい面白くないでしょう。

麻倉:フィルムメーカーモードはパナソニック/VISIO/LGの3社が賛同し、2020年モデルから導入する予定です。考え方としては「スタンダード」「ダイナミック」「シネマ」といった画像モードの一種として入る感じでしょう。カチッと絶対値を指定される「Netflixモード」と違い、テレビに強制されるわけではない、あくまで一つの提案なので、好みに合わなければ従来のモードやカスタムモードを使えばいい訳です。

――次回はオーディオ分野の話題をお届けします。お楽しみに!

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透