本田雅一のAVTrends

HDRこそ高画質の本命。オリジナル作品に積極投資するひかりTVの戦略

 “4K”というキーワードがオーディオ&ビジュアル業界で、あたりまえのキーワードとなり、さらには”HDR”も対応するのが当然。いや、“4KよりもHDR10の方がBT.2020の広色域を活かす上で重要で、その画質は……”と、映像技術・製品を巡る会話には、技術的な要素が増えてきた。

 というよりも、かつては“解像度”という要素が一直線に高まっていけば高画質という評価だったのが、4Kという家庭向けテレビのサイズに対しては充分な分解能を得たことで、解像度以外の要素にもバランス良く目が向けられるようになったというのが、より正確な捉え方なのだろう。

 前回のコラムでレポートしたフランス・カンヌのテレビ番組見本市「MIPCOM 2017」でも、ほんの1年半前まではHDRに懐疑的だった放送局・制作会社を含め、異口同音に「HDRこそ本命であり、同じ解像度でもより高精細かつ高いリアリティで……」と、高画質コンテンツに特化した仕事をしている人たちが語っていた。

 映像製作者やコンテンツ配信を行なう業者が興奮するのは、パッと見ただけでその良さを誰もが実感できる違いが感じられるからだ。フルHDから4Kへのステップアップよりも4K/SDRから4K/HDRへのステップアップの方がずっと大きく感じるのだ。

 と、ここまではこれまでの復習。

 問題は“放送”という枠組みを考えたとき、4K/HDR作品のバリエーションがどこまで拡がっていくのか? だ。

4K/HDRコンテンツに積極投資するひかりTV

 放送用高画質コンテンツは多くの場合、ナチュラルヒストリーやエクストリームスポーツから始まることが多いが、多くの人が楽しむにはコンテンツのバリエーションが拡がっていく必要がある。

 ご存知のようにCS衛星を用いるスカパー!を除けば4Kの商用放送はまだない。世界に先駆けて来年12月には4K/8Kの実用放送が始まるが、有料放送局以外……つまり、広告料を主な収益源として運営されている放送局が、“高画質”というスポンサー料向上につながりにくい要素に、どこまで投資するのかは未知数。

 広告料金は放送枠に対して設定されるものだから、まだ視聴者数が少ない4K/8K放送に多くの投資ができないのは当然だろう。それでも取り組んでいるのは、国策として次世代放送技術に取り組んでいる中で、免許事業者の民放も付き合わざるを得ないからだ。

 一方で“世界に先駆けて”とはいえ、グローバルでは4K放送はまだまだ小さいまま。さらに”現時点ですでに“4K/HDRを楽しめる映像配信サービスは、高画質という属性をお金にしやすい。配信業者の場合、標準規格を決めて放送局側、受信機側両方の機材を用意しなければならない放送とは異なり、サーバーに置く映像作品のバリエーションを増やし、再生側のソフトウェアを変えるだけで対応できる。受信機側にハードウェアを追加する必要があるとしても、安価なHDMIスティックなどで充分だ。

 ということで、NetflixやAmazonビデオが4Kあるいは4K/HDRに次々に対応するのもあたりまえのことで、さらに制作現場の撮影機材が4K化してきている昨今、それをわざわざフルHDだけで配信することはありえず、結果として映像配信サービスの用意するコンテンツの中心軸が4K/HDRになっていくのは自然な流れだ。

 とは言うものの、グローバルで多くの有料会員を抱えるNetflixやAmazon、あるいは携帯電話事業者として多くの契約者を抱えるdTVなどはともかく、中堅の映像配信サービスでオリジナルの4Kコンテンツを次々に制作するのは厳しいんじゃなかろうか? そんな風に感じていたのだが、MIPCOM 2017で登壇し、4K映像作品をどのように調達しているかを明らかにしたNTTぷらら「ひかりTV」は、 さまざまな工夫をしながら、現時点では放送用としてはビジネスにならない4K、あるいは4K/HDRコンテンツの制作を行なってきた事例を紹介した。

4K/HDRコンテンツに積極投資するひかりTV

 ひかりTVを”中堅”と紹介したが、これはNetflixやAmazonビデオが存在するからであって、日本では最大手といえる。契約者数は302万人で、高速データ通信回線のアプリケーションとして高画質コンテンツの配信に取り組んでいる。

 4K配信を始めたのは2014年10月、このとき124タイトルをローンチタイトルで用意したが、その後、翌年の3月には276タイトルまで本数を増やし、2016年3月に4Kライブ配信と4K/HDRのオンデマンド配信を開始するときに713本。順調に本数を増やし、今年3月に4K/HDRのライブ配信を派始めるときには1,589本までカタログを増やしている。

4Kコンテンツを順調に拡大中
4K/SDR、4K/HDR作品

 電波に乗せた放送などではフルHDでも、大元の撮影は4Kという作品は少なくないため、調達するコンテンツが4Kの場合は、極力そのまま配信しているからだ。作品のバリエーションは映画、ドキュメンタリー、テレビドラマだけでなく、バラエティ系のコンテンツもラインナップされている。

 NetflixやAmazonよりも進んでいるとは言わないが、日本国内向けのOTT(Over the Top:インターネットネットを用いた大手配信事業者)としては、もっとも高画質・最新映像技術動向に対して敏感に反応し、率先してより高品位の方向に向かっている。そこには、光インターネット回線の広帯域通信サービスとライフスタイルを強く結びつけたいという、通信インフラ会社ならではの意思があるのだろう。

 しかし、数を揃えればいいだけというわけではなく、また海外調達だけは拡がりもない。そこで4Kコンテンツに対して調達するだけでなく、積極的に出資をしてきた。彼らが駆使した調達の枠組みは単一ではない。ここではいくつかの事例を紹介しよう。

 たとえば、カンテレとNTTぷららの二社協同制作となった「大阪環状線 ひと駅ごとの恋物語」は、2016年1月13日から3月15日まで全10話を毎週水曜日深夜に、カンテレが地上波で放送。放映後、NTTぷららがひかりTVで4KおよびフルHDの配信を行なうというスタイルだ。放映は関西ローカルだが、放送を追いかける形で全国ではOTTが配信するという形式を採った。

大阪環状線 ひと駅ごとの恋物語

 カンテレは基本的に関西ローカルの放送局だが、一部には全国放送の枠も持つ。ドラマが得意分野でフジテレビ系のプライムタイムで1枠を持つが、そうしたドラマ制作力を活用し、予算の少ない深夜番組枠で制作費をシェアしながら番組を成立させ、4K連続ドラマの配信を実現させたわけだ。

 「にっぽん4K巡り」もアイディアとして興味深い。地方局20社と共同制作する旅番組で、それぞれの局が得意とする……すなわち地元をテーマに、各地の絶景や食といった4Kの高精細映像を活かせるテーマで旅番組を制作するというもの。こちらも各放送局で放映後にひかりTVで4KとフルHDの配信が始まるという順番だ。

にっぽん4K巡り
「湯を沸かすほどの熱い愛」のスキーム

 ひかりTV側での先行配信でなければ、契約者増などの旨味が少ないのではと思うかもしれないが、地上波のローカル放送であれば視聴者へのリーチが限られるため、”ラインナップ”として揃えられれば4K映像カタログを充実させられるNTTぷららの思惑とも一致するというわけだ。

 逆に先行配信のパターンを採ったのがテレビ東京と共同制作した「デッドストック ~未知への挑戦~」というドラマだ。この枠は多数の人気ドラマ(“孤高のグルメ”、“湯けむりスナイパー”、“嬢王”、“勇者ヨシヒコ”など)を生み出した人気深夜ドラマ枠“ドラマ24”の直後、深夜1時をまたいで連続で放送されるドラマ枠“ドラマ25”で放映された番組。

 ドラマ25はテレビ東京が放映する関東圏を除くと、北海道・大阪・福岡の地方局のみが放送している。その点は前記のローカル放映番組に出資し、それを放映区域以外でもひかりTVで楽しんでもらうという主旨に近いが、こちらは6日間の先行配信。6日間である理由は、放送で話題になったエピソードの次が、翌日にはひかりTVで観られるというサイクルになっているためだ。

テレビ東京作品

 若手クリエイターが参加する映画祭に出資して、そこで受賞した監督に映像作品をまかせるというスタイルにも挑戦している。「Short Shots Film Festival and Asia 2016」に協賛して”ひかりTVアワード”を新設。このアワードのスカラシップとして、4K/HDRオリジナル作品の共同制作を設定。仕上がった映画を独占配信するというものだ。

映画祭と連携

 実際に制作された川村ゆきえ主演のショートフィルム「SARGASSO - サルガッソー-」。現在もミニシアターなどで公開中であると同時に、ひかりTVでも契約者に無料での配信が行なわれている。

 最後のパターンは、映画の製作委員会に出資してネットでの独占配信権を得るというもので、これがもっとも一般的なやり方だろう。宮沢りえ主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」に出資を行ない、劇場公開後にネットレンタル型配信(作品の配信ごとに料金を徴収するTVOD)、その後、加入型配信(月額固定契約者に対して配信するSVOD)をエクスクルーシブで実施した。

文化に根差したコンテンツ制作という差別化

 今後、2018年12月からの4K/8K実用放送、そこからの2020年の東京オリンピックを目指した放送サービスの高度化は政府主導で進められていくだろうが、買い換えサイクルが比較的長い(8~10年)テレビをプラットフォームとするとき、4K/8K放送用チューナ内蔵機の普及が何時になるのか、まだまったく見えない。

 そうした中で、こうした日本ローカルのコンテンツで4Kあるいは4K/HDRの配信サービスは重要な役割を果たすだろう。ひかりTVの場合、すでにアイドルコンサートやスポーツ中継などにおいてHLGを用いたライブ配信などの実績もある。冒頭でも述べたが、電波を用いた放送とは異なり、技術的枠組み全体を総取っ替えしなくとも新しい技術を次々に入れていけるのは、ネット配信業者の強みだからだ。

スポーツの4K/HDRライブ中継もスタート

 日本の場合、NTTドコモのdTVに代表されるように、モバイル機器を中心としたオンデマンド映像配信の方が(規模が)スケールしやすい傾向があるが、一方で4K/HDR対応テレビの需要はコンスタントに存在する。

 実際、NetflixなどはフルHD、4K、4K/HDR、あるいは2チャンネルオーディオからサラウンドオーディオまで、あらゆるフォーマットに対して最適なコンテンツを配信し、それもひとつの魅力になっていることは、高精細映像の配信に料金的なプレミアムが載っていることからも明らかだろう。

 つまりニーズはあるのだが、昨今、日本で洋画があまり観られないのと同じように、地域ごとに好まれるコンテンツの傾向は確実に存在する。

 たとえばマレーシア発でアジア地区、あるいはインド、中東まで多数の国に拡がっているiFlixというOTTは、ビジネスモデルそのものはNetflixの模倣とも言える手法を採用している。Netflixと異なるのは、アジア地区の文化に根差したコンテンツの調達、オリジナル作品への投資をより積極的に行なっていることだ。

 その一方で西洋……主にはハリウッド系映画やテレビドラマシリーズだが……の作品は、シンプルな調達で済ませている(ハリウッド系スタジオなどは、Netflixのようにライバルとなる企業がグローバルに拡がらないようiFlixのような地域に根差したOTTを支援するため、積極的に出資、コンテンツ提供を行なっている)。

 確かに映像制作能力に劣る地域で、海外コンテンツが好まれる時期というのは地域ごとにあるのだが、最終的には各地域の文化や民族性、感性に合うコンテンツが好まれるようになるということだろうか。

 そうした視点で見ると、NTTぷららの“少しでも早く最新技術に対応”しながら、オリジナルコンテンツ制作に投資する姿勢には、大きな可能性があるのかもしれない。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。