本田雅一のAVTrends

パイオニアのSACD/DLNAレシーバ「PDX-Z10」を試す

-ネットワークとオーディオの融合への課題と期待



PDX-Z10

 パイオニア「PDX-Z10」は、FMチューナとSACD/CDプレーヤー、アンプを一体化した“SACDレシーバ”のパッケージを採用しつつ、DLNAクライアントやiPodのデジタル再生、ネットラジオの再生機能を備えることで、新旧合わせ複数の音楽流通経路に対応した意欲的なオーディオ機器だ。

 惜しまれながらも事業継続を断念したPDP「KURO」シリーズにも通じる、昨今のパイオニア製品に共通する面構えと仕上げ、430mm幅のフルサイズコンポーネントサイズといった見た目を持ちつつ、実売12万円台という手の届きやすい価格帯に投入されたことも、本機が話題になった理由のひとつだろう。

 さて、その実力はどの程度のものなのか。自宅試聴という形で、Z10を試してみた。まずはSACDレシーバとしての実力、そしてDLNA/iPodプレーヤとしての実力の二つ別々にフォーカスして話を進めたい。というのも、SACDレシーバとしてのZ10とDLNA/iPodプレーヤとしてのZ10は、それぞれ音質の傾向、作り込みの深さが全く異なっていたからだ。

 


■ ネットワーク+2チャンネルオーディオの融合への期待

 実はZ10を評価したのは少し前のことなのだが、その後、インターネットに出てくるZ10に関する様々な期待の声を見ると、本機に対して本格的な2チャンネルオーディオ機器としての実力の高さとDLNA/iPodプレーヤとしての利便性の両立を求めている声が多いようだ。

前面にアクリルパネルを配すなどで、高級感を高めている

 確かに本機の面構えは本格的で、高価な430mm幅コンポーネントと並べても違和感を感じさせない存在感がある。3点支持のスパイク風インシュレータや、接地面との共振を分散させる蜂の巣状のエンボス加工がされたシャシーなど、随所にオーディオメーカーとしてのパイオニアのノウハウが注入されている。

 その一方でツヤのあるサイドパネルやフロントパネルの造形はアクリルで、こちらは音質面にはややマイナス。とはいえ、制振効果の高い銅メッキビスを多用するなど、積極的に振動をコントロールすることで音作りを綿密に行なっている跡が見て取れる。

 スピーカーターミナルも立派なもので、ミニサイズのステレオコンポとはひと味違うことを主張しているようだが、実際の所、実物を手にしてみるとミニサイズステレオコンポの中でも各社最上位の機種とマッチアップする製品と考えた方が良いと思う。


アナログ出力端子部スピーカーターミナル
背面全体

 内蔵するデジタルアンプはPWM方式のデジタルアンプを用いている。パルス増幅部を4つ並列に並べ、それを2つのグループに分けて信号を合成し、片側のグループを位相反転させてローパスフィルタを通し、さらに信号を合成している。2並列とすることでS/Nを稼ぎ、BTL構成とすることで出力とグランドノイズの回り込みに強くなる。

 なお、誤解のないように申し添えておくと、このデジタルアンプ部はTIのICを用いたもので、AVアンプのSC-LX90、LX81などに使われているICEpowerを改良したアンプモジュールとは無関係だ。TIのデジタルアンプICはパナソニック製のAVアンプなど他社の採用例もあるが、本機に採用されているのは内部処理の低ジッター化を果たした最新版。また、デジタルアンプの場合は電源品位や最終のローパスフィルタのチューニングで音が大きく変わるので、使われているICが同じだからといって同傾向の音になるわけではない。あくまで参考程度にしておこう。

 


■ オーディオメーカーらしい「Z10」の音

ALR/Jordan「Entry Si」で視聴

 さて、いかにもキレよく躍動的な音が出そう(とカタログにも謳われている)本機だが、確かに小気味よい音が出てくる。弾むような中低域はベースが弾むように元気に明るく聞こえるし、高域も伸びやかだ。Dido Armstrongのアルバム「Safe Trip Home」の1曲目、力強いエレキベースとキックドラムが立体感よく躍動するイントロは、デジタルアンプらしいアタックの速さが、瞬発力あるリズミカルな中低域を引き出す。

 そして駆動力はさらに立派なものだ。試聴はパーソナルルームに似合うスピーカーとしてALR/Jordan Entry Si、フロアスタンディングのスピーカーとしてLINN Products Akurate 242を用いてみたが、5ウェイの後者でも全く詰まったところなく、軽々と駆動するのはデジタルアンプならではのパワフルさと言える。

SACD/CDドライブ部前面にiPod接続可能なUSB端子も装備しているmhiのMM01Aでも視聴

 空間の描写の能力もまずまずあり、エントリークラスのオーディオ機器として、オーディオの楽しさを伝えるに相応しい。だが、少々、肌ざわりが粗い。余分なエフェクタがかけけられていない鮮度感の高いDidoのヴォーカルには、やや粒度の粗さを感じた。

 低価格なデジタルアンプの多くはクラスを超えたパワフルさを持っているが、若干の歪みっぽさ、S/N感の悪さを感じさせるものが多い。そうした中にあっては、決して悪いものではないが、優秀なアナログアンプ的な中域の厚みやふくよかさが欲しい……と言えば贅沢だろうか。

 とはいえ、全体に明るく開放的な音質の傾向はよくまとまっており、さすがにオーディオメーカーとしての体面を整えている。こうした一体型オーディオ製品では音質面の手が抜かれているものが多いが、きちんと整え、パイオニアらしい音を獲得しようという意志が見える。

 さらに、SACDになると音の粒度は細かくなり、細かなニュアンス表現の粗さはかなり緩和されてくる。SACDといっても、低価格なプレーヤーにはその良さを充分に引き出せていないものもあるが、複数機能を1台に収めたSACDレシーバという位置付けを考えれば、おおいに健闘している。

 ミニコンポではなく、確かな存在感と高級感のある仕上げをもった、しかしあまり大げさではないスタイリッシュなオーディオ機器が欲しいと思っているなら、本機は充分にその期待に応えてくれる実力がある。

ボリューム部リモコンの作りもしっかりしている

 


■ iPodデジタル出力対応も操作に課題も

iPod nanoをデジタル接続

 Z10の基礎部分であるSACDレシーバ部の出来はなかなかのものだが、しかし、同時に搭載されている他の音楽ソースも同じ音が出てくるかというと、そうはならないのがオーディオ機器の難しさだ。

 iPod再生はiPodに録音されている音声をデジタル信号として読み出して再生するもの。アップルは認定した機器に対してデジタル信号での読み出しを許可している。これは、セキュリティ対策のためで、通常はiPodの拡張端子から出ているアナログ出力を利用するが、認証を得た機器にはデジタルで信号を渡す。パイオニア製の各種AVセンターが対応しているほか、高級CDプレーヤメーカーのWadiaにもライセンスされてiTransportという製品が商品化されている。

 その再生音はiPodとの間をアナログで接続する製品とは一線を画している。特にApple Lossless、あるいはWAVにした場合の音は良い。誤解なきように付け加えると、"アナログ接続”という形態が悪いわけではない。デジタル接続にはデジタル接続なりの問題はあるが、iPodの場合はそれ自身のDA変換の質や拡張端子のS/Nや損失、ケーブルの特性などでロスが大きい。このため、デジタルで出力して、DA変換はより高品位な機器に任せる方が有利というだけだ。

 音の質感はCD再生の方が滑らかでS/N感がよく、音域バランスも良く感じた。良くも悪くも、Z10は"SACDレシーバ"として作られているという印象だ。特にHDD内蔵iPodでは高域のザラつき感が顔をもたげる。フラッシュメモリ型のiPodになると、かなり改善するようだ。たとえばiPod touchはヘッドフォン端子からの音は他のiPodより落ちるが、本機と接続しての再生ではiPod Classicよりも明らかに歪み感が少ない。

iPod接続時の操作画面。3行のディスプレイでは検索は難しい

 これらの僅かな差はAACで128Kbpsに圧縮してしまうと、あまり気にならなくはなるのだが、複数のiPodを所有しているなら、それぞれ接続して音の違いを楽しんでみても良さそうだ。

 もっとも、iPod再生の問題は音質ではなく操作性にある。Z10にiPodを接続した時の再生制御は、Z10での操作とiPodそのものを利用する方法が選択できるが、Z10での操作時に、わずか3行しかないZ10のディスプレイでは、さすがに多くの曲数を捌ききれない。プレイリストを積極的に活用するのであれば、かなり使える機能なのだが、今後フラッシュメモリも増えていくだろうことを考えれば、ユーザーインターフェイスの改善は大きな課題になってくる。

プレイリスト選択3行表示で100曲超の楽曲を検索するのは厳しい再生画面

 


■ ネットワーク機能への期待

 一方、DLNA再生機能。この機能、実は筆者がもっとも期待していた部分だ。というのも、ネットワーク経由でWAVやロスレス音声を再生する時の音質というのは、これまで様々な機器をテストしてきて、非常に良いという印象があったからだ。筆者が使っているLINN ProductsのDSシリーズはもちろん、米Slim DeviceのTransporterなど、光ディスクからの読み取りで生まれる不安定な信号を扱わなくても良い分だけ、良い印象があった。

 加えてネットワークを通じてのオーディオ再生には、二つの効能がある。

 ひとつは、多くの音楽ソースを一つのデータベースにまとめられること。(使い勝手が良く優れた機能を持つDLNAコントローラとサーバ用いる必要はあるが)条件を揃えてやれば、大量のコンテンツから目的の楽曲を発見することを助けることができる。筆者の場合、14,000曲の中からキーワードで簡単に目的の曲やアルバム検索したり、タグを様々な切り口から参照してアルバムを探せるようにしている。

 加えて昨今、クラシックやジャズといった特に高音質を求める音源、品質の高いアナログ音源が現存するものに関しては、CDよりも高品位なデジタルフォーマットで音楽データが販売されている。高レート、高ビットのソース=必ず高音質というわけではないが、アナログ録音の音場表現豊かで実在感ある音を、デジタルデータのネットワーク配信という手軽な形式で入手できることは、オーディオファンにとって新しい体験と驚きだろう。KRIPTONが開始しているコンテンツをいくつか筆者が所有しているシステムで試したが、どれも素晴らしい品位だった。中でもアナログ録音のものは特に良い。

 と、少し話が横道に逸れたが、ポピュラー音楽を愛する人には、その利便性と音質のバランス、クラシカル音楽やジャズを愛する人はCDを超える音質という面でネットワーク音楽プレーヤはとても魅力ある存在になっていくと思う。

 そんな中に現れたZ10は実売で12万円そこそこ。ハイエンド製品には敵わなくとも、それなりにネットワーク音楽プレーヤーとしての良さを引き出せていれば、内蔵アンプを使わずラインアウトをオーディオアンプに繋いで、レシーバではなく、純粋なプレーヤーとして使ってみたいと期待していた読者もいるのではないだろうか。

 ネットワーク音楽プレーヤーという分野を応援したいという気持ちも個人的にはあるのだが、Z10に対しては今後への期待も込めて、二つの点で苦言を呈したい。音質と操作性、両面において、まだ未成熟という印象が強かった。

 


■ ネットワーク再生での音調変化と操作性が課題

 音質面ではヌケが悪く中高域から高域にかけて伸びやかさがない。情報量も控えめで、滑らかで耳障りが良いと言えば聞こえはいいが、やや詰まったような音質に感じる。ネットワーク音楽プレーヤーの多くは、音の整え方はそれぞれの機器で異なるものの、ほとんどはCDから直接再生するよりもたくさんの音、情報を聞き取れ、音場を支配する音の密度も高い。ところが、どこか抑え込まれ、何かをマスクしたような傾向がみられる。価格なりに健闘していたSACDプレーヤー部とは、全く音調が違ってしまうのである。

 かといって、“これは音質が悪い!”と指弾するほど悪いわけじゃない。しかし、あまりにも普通過ぎてネットワーク再生の良さを生かし切れていない。

 生かし切れていないというのは高ビットレートの音に対しても同じで、本機はサンプリングレート48kHzまでの再生しかサポートしていない。これはDLNAによるネットワーク音楽再生を行なうSoC(システムオンチップ。1チップ化されたDLNAオーディオクライアントLSI)がハイサンプリングに対応していないからのようだ。CDの音がアップサンプリングを行なうことからも判るとおり、内蔵DACそのものはもっと高レートまで対応している。

 また3行表示のディスプレイは、やはり大量の楽曲データベースから目的の曲を探し出すには力不足。外部のUPnP AV Control Pointは必須だと思う。筆者はiPhone/iPod touch用に配布されているPlugPlayerを用いてコントロールしたが、DLNA機器のコントローラとなるソフトウエアの情報は、特に日本語ではとても少ない。米国や欧州ではDLNA対応オーディオプレーヤーがそれなりに市民権を得ているが、日本ではまだこれからの状況だからだろう。

iPhone 3GをZ10用コントローラとして利用した

 Windows 7では付属Windows Media PlayerがDLNA機器のコントローラとなって再生制御を行なえるようになるが、音楽専用というわけではなく、RC版の現状ではまだ使いづらい面もあった。ここはひとつ、パイオニア自身が開発……とまではいかなくとも、どのようなサーバ、コントローラを組み合わせれば使い勝手が良いかなどの、一定のガイドをZ10ユーザーに提供しなければ使いこなせない人も少なくないと思う。

 また、Z10のリモコンで3行表示のディスプレイを見ながらDLNAサーバーの音楽を再生させた際には、きちんと曲名などの情報が表示されるのだが、UPnP AV Control Pointを使って再生させた場合、メニューが表示されたままになって再生情報が出てこない。まるでネットワーク上に本体以外のコントロールポイントが存在することを意識していないかのようだ。

 


■ ネットワークへの本格的な対応を望む

 純然たるオーディオメーカーの中には、“IT的な要素”への嫌悪感や拒絶反応をもつところもある。オーディオのために作られた技術や作法とは全く異なる、汎用的な技術・作法の組み合わせで構成されるPCオーディオの世界に対する違和感というものがあるかもしれない。また、PC上のソフトウェアで再生される音楽が、ソフトの組み合わせなどによって明らかに音質が落ちてしまうこともあった。

 しかし技術的に大きな壁があるかと言えば、そんなことはない。今のデジタル家電はコンピュータとLinux上に実装した様々なソフトウェアスタックで構成されている。PCオーディオと現代のデジタルオーディオ機器はひじょうに近しい間柄だ。パイオニアがZ10のような、多様な音楽ソースに対応する本格オーディオ機器を発売することを決定したことには敬意を払いたい。

 他にもヤマハやマランツ、デノン、オンキヨーなども、別の切り口でこの路線に乗ろうとしている。パイオニアとしても是非、この道を究めて欲しいが、DLNA対応に関してはやや中途半端だったのではないか。DLNA再生に関してはオマケと割り切って軽んじたわけではないだろうが、せっかくの新しい提案。その肝心の新しい提案部分にこそ、音質面での手厚いケアが欲しかった。


(2009年 6月 23日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]