本田雅一のAVTrends

ソニー+インテル+グーグル = ?

-Google TV報道から考えるソニーのテレビの今後




 昨日、新鮮なニュースが舞い込んできた。そのニュースとは、グーグル(Google)がソニーやインテルと共に、Androidをベースにしたテレビ(Google TV)を開発中というものだ。

 記事はニューヨークタイムスによるスクープという形で掲載されたものなので、細かいディテールまで正確か、各社の意図するところが記事のニュアンスと一致しているかどうかなどは判断できない。おそらく必ずしも印象とは一致しない部分もあると思う。しかし、火のないところに煙は立たない。3社が共同で”何かテレビ関連の共同作業”をしていることは間違いないのだと思う。ただし、それがソニーブランドのテレビなのか否かは判断しづらい。

 もっとも、この3社の中が協業するとした場合、ソニーの立ち位置が微妙という印象もある。家電分野に自らの提供するネットワークサービスを浸透させたいグーグルと、テレビへのインテルアーキテクチャ進出を狙いたいインテルの立ち位置や意図が鮮明なだけに、ソニーの思惑がこの3社提携の意図を読み解く鍵になりそうだ。


■ 可能性は十分

 このニュースに驚いているという方も多いようなのだが、おそらくソニーとインテルを、それぞれ個別によく取材している記者なら、さもありなんという印象で受け止めたのではないだろうか。

 PC Watchでの報道などでご存知の方も多いだろうが、ここ数年、インテルは家電業界向けにインテル製メディアプロセッサの売り込みをかけながらも、あまりうまく行っていなかった。一部のレコーダ製品などにインテル製プロセッサが使われた事例はあるものの、家電の中でも特に出荷台数が多いテレビには食い込めていなかった。

 そのインテルが昨年9月に満を持して発表したのが「Intel ATOM Processor CE4100(コード名:Sodaville)」だった。名前の通り、ATOM用のBonnelコアを用い、テレビやBDプレーヤーなどを構築するためのハードウェア機能が統合されたシステム・オン・チップの構成を採る。最高1.2GHzで動作するCE4100には3Dグラフィックス機能も内蔵されており、テレビ向けのシステムチップでゲームを動かしたり、Webアプリケーションを動作させるのに向いていることは疑いようがない。

IDF 2009でCE4100を披露

 ただ、テレビにそうした機能が必要と考えられるかどうかについては疑問がある。

 たとえばテレビでゲームをダウンロードし、手軽に遊ぶことができる。なるほど楽しそうだが、重要なことはテレビを使っている間は、テレビ番組を見られない事だ。わざわざ最新のテレビで映像を楽しまず、ゲームで時間を過ごしたい人がゲーム機を使わずにテレビでゲームをするかどうか? というと、これはよく解らない。

 テレビでWebコンテンツを楽しめるというのも、果たしてわざわざテレビでそれをやりたい理由がわからない。専用アプレットをインストールし、写真共有サイトや動画共有サイト。あるいはテレビ番組のオンデマンド配信のサイトに、素早くアクセスして楽しめるならば、それは面白そうだ。が、そうした機能は、わざわざ汎用的なプラットフォームに実装しなくとも実装できる(実装例もある)。

 AndroidとCE4100を使ってテレビを作ろうというのだから、報道されているようにアプリケーションの規約を決めておき、そのプラットフォーム上で動作するアプリケーションを流通させようとしている、というのはその通りだろう。ただ、それがユーザーの利益に繋がるか?というと、ちょっと疑問なのだ。

 CE4100ほどのハイパフォーマンスなプラットフォームで、任意のアプリケーションが動作する基盤をテレビの上で提供する。実際の価格がどうなるかはわからないが、コストはかなり上がるはずだ。その分の+αを引き出せるかどうか。ソニーに本当に利点があるのだろうか。

CE4100を活かしたテレビプラットフォームでのゲームのデモFlashなどとの親和性もアピール


■ ソニーに利はあるのか?

 もっともAndroid採用という話に疑義を挟むつもりはない。これだけコンパクトでパフォーマンスも良く、機能的にもバランスの取れた高品質なOSなのだから、家電メーカーがAndroid採用に向かうのは自然なことだと思う。

 実際、ソニーが積極的に幅広い家電向けのソフトウェアスタックをAndroidにポーティングしているという話は昨年の初旬からずっと聞いていたからだ(その話は、以前、PC Watchに書いた)。このニュースにおけるキモの部分は、必要性がさほど高いとは思えないCE4100(しつこいようだが、プロセッサ自身の性能はとても良い)をどこまで本気で使うつもりがあるのか? という部分だ。

 報道が真実であるとして、この3社による協業がどういった判断で下されたものなのか、そしてソニーがこの開発プロジェクトを社内でどのような位置付けとし、CE4100をどう使いたいのか。

 インテルの売り文句の中で、もっとも強く訴求しているのが、Webアプリケーションを動かすために必須となっているソフトウェアスタック(たとえばFlash)を一番上手に動かせるのはインテルアーキテクチャである、という部分だ。さらに世界で最も進んだ省電力で高速なLSIそのものの性能が、採用製品の魅力を高めるというのである。

 ただ、インテルはPC業界において、PCメーカーと共同で進めてきた技術開発の一部を、台湾や中国の製造メーカーに対して供与してきた。省電力化に必要な電源周りの設計ノウハウやノイズ対策など、様々な部分でOEMをサポートする。より安価に多くのPCベンダーが高品質な製品を作れば、プラットフォームを提供しているインテルにとっては利が大きい。

 インテルアーキテクチャの上で、新しいテレビのためのプラットフォームを作るというのは、インテルにPCと同様のプラットフォームを与えるのと同じだ。さすがにインテルのCEプラットフォーム向けに開発したソフトウェアスタックを提供するといった馬鹿なことはしないだろうが、協業する中でインテルが経験を積み、基本的なソフトウェアスタックをLSIにバンドルして中国メーカーにテレビを作らせるようになってしまうリスクはある。

 インテルのOEMサポートは、他LSIベンダーでは考えられないほど手厚いので、それまで自力では高機能なテレビを開発できなかったメーカーが、インテルのサポートで安価に(研究開発費を使わないのだから当然だ)作れるようになったなら、家電メーカーの先行者利益は失われる。

ソニー業務執行役員 SVP ホームエンタテインメント事業本部長の石田佳久氏

 個人的にはインテル製メディアプロセッサを搭載した日本メーカーのテレビを見てみたいという興味はあるが、家電メーカーインテルの石をプラットフォームにする(しかもインターネットアプリケーションの利用のために??)というのは、どうにも解せない。

 しかし昨年、ホームエンターテインメント事業本部シニア・バイス・プレジデントに就任した石田佳久氏が話したコンセプトを思い出せば、なるほど、”家電メーカー・ソニー”ではなく、”パソコンメーカー・ソニー”の視点から開発するものであれば、あり得る話だとも思えてくる。



■パソコン的発想から生まれるテレビはオール・ソニーの意志なのか?

 石田氏は2009年11月のソニーの経営方針説明会で「進化したテレビ」のコンセプトを披露した。

 石田氏が並べたキーワードは以下の通り。

・これまでの概念を覆す視聴スタイル
・快適な操作性
・アプリケーションダウンロードによる拡張性
・マルチタスク
・キーボード付き入力デバイス

2009年11月の経営方針説明会で示された「進化するテレビ」

 こうしたキーワードから、固定機能ではなく進化・成長していく、新しいテレビというビジョンを示した(奇しくも同様のコンセプトはCELL REGZAでも展開されているのだが)。放送だけでなく、インターネットやパッケージソフトなど、あらゆる映像体験を、1台のテレビでカバーしようというもの。

 いや、このコンセプトはテレビパソコンの元祖であったVAIOが目指していたものと、かなりの部分で重複するものではないか。ちなみにご存知の方も多いと思うが、石田氏はもともとVAIO部隊を率いていた人物で、一時期、米国に赴任していたが、その前も、ずっとVAIOを担当していた。当然、インテルとの繋がりも深く、インテルの戦略や強み(あるいは弱みも)よく知っている。

 その一方で、テレビに近い事業に携わったことがない。石田氏の掲げたコンセプトは、とてもPCユーザー的な発想だが、他方でテレビユーザーにとっては魅力的な面もある。高性能なプロセッサを活かすアイディアがあるならば、あえてパフォーマンスとチップ単価の比較で優れたインテル製プロセッサを使うという、テレビ部隊出身であれば選択しない方法を考えてもおかしくはない。

 実際、石田氏が現職に就任してから、BRAVIAシリーズの機能面での進歩がやや遅くなってきているような気もしている。開発方針の大きな転換がその時期にあったために、プラットフォームの総とっかえに取りかかったのかもしれない。

 ご存知のようにソニーのテレビ事業は転換期を迎えている。高品質なテレビを維持するためにかけてきたコストが、市場環境の変化によって吸収しきれなくなってきていたからだ。テレビ事業での損益を改善する事はソニーにとって急務だ。テレビ事業に大手術を施すタイミングではある。

 ただ、本当に実行に移すとなるとリスクは大きい。ひとつはシステムLSIをインテルに依存することのリスク(インテル日本法人は家電メーカーが持っている疑念をよく知っているので、それを取り除く提案をしてはいるはずだが)。もうひとつは、本来シンプルであるテレビという商材に、本当に石田氏の言うような付加価値が求められているのかどうか。特に最大市場の米国を見ていると、もっとシンプルなプロセスで製品を選んでいるように見える。

 もともとの情報がリーク記事だけに、着地点のないコラムになってしまったが、こうなるのではないか? という筆者の予想(あくまで予想・推測である)を書いて終わりにしたい。

 ソニーが新しい価値を持ったテレビを開発するために、グーグルやインテルと協業する状況証拠は一通り揃った感は確かにある。おそらくAndroidとインテルのCE4100を用いたテレビ向けソフトウェアの開発は、ソニー内部で行なわれているのだろう。元記事では今年夏にも発売とあるが、この点も信憑性がある。

 というのも、この時期(2~3月)ソニーはディーラー向けの独自コンベンションを開いたり、あるいは特定流通向けに新製品の打診をしたりといった、その年の商戦について流通と会議を持つからだ。製品の発表はおおむね夏。これは、年末商戦向けに販売店とセールスの戦略を具体的に練っていくためには、夏には発表していないといけないためである。したがって日本でどうなるかは判らないが、北米では発売されるかもしれない。

 また日本以外の先進国、欧州の主要国や米国では、テレビ放送をアーカイブしてインターネットで配信するサービスが珍しいものではなくなってきた。ユーザー投稿型動画サイトだけでなく、IPTVサービスの本格化が始まっていると捉えるならば、今のうちにインターネット指向の強いテレビを投入しておく事にも意味はあると思う。

 ただし、そのプラットフォームがソニー製テレビの共通基盤になっていくといった、大々的にフィーチャーされる製品にはならないのではないか。ソニーは今年、3D映像機器の事業を立ち上げていく必要に迫られている。ソニー全体のメッセージとして“3D”を前面に掲げている時期に、そのメッセージが弱まるようなコンセプトを強く打ち出すとは思えないからだ。

 テストマーケティング的に、ネットワーク指向の強いテレビを1シリーズだけ作ってみるということはあるだろうが、一気にソニーがインテルプラットフォームに傾いたと考えるのは早計だ。

(2010年 3月 19日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]