藤本健のDigital Audio Laboratory

第708回

PCのUSBに挿すだけで高音質に? パイオニア「DRESSING」の仕組みを聞いた

 昨年10月、パイオニアからちょっと不思議な製品が発表され、TwitterやFacebookなどで大きな話題になった。それは「USB端子に挿すだけでPCオーディオの高音質化が実現できる」というアイテム、Bonnes Notesシリーズの「DRESSING」という製品だ。見た目はUSBメモリのようなもので、これをPCのUSB端子に挿せば、たったそれだけで、USB DACなどから出てくる音が高音質化するというのだから「それはホントか? 」と疑問に思ってしまう人が多いのも当然だろう。2年前に、ソニーが“音質にこだわったmicroSDXCカード”として「SR-64HXA」を発売したときと同様の衝撃がある。

「DRESSING(APS-DR001)」をパソコンにUSB接続

 このDRESSINGシリーズは3製品が発表されるとともに、そのエントリー版の位置づけの製品が雑誌のムックの形でも発売され、Amazonでは早々に入手しずらい状況になるなど、話題の製品にもなっている。でも、本当にUSB端子に挿すだけで音質の向上ということがありうるのか、そもそもこれはどんな仕掛けで、どんなことをしているのだろうか? 先日、パイオニアに話を聞くことができたので、その内容をお伝えする。お会いしたのは、DRESSINGの開発を行なったインダストリアル・ソリューション部 Product Developerの野尻和彦氏と、営業を担当する同部ITペリフェラル部営業1課副参事の星野健一氏の2人だ。

パイオニアの野尻和彦氏(左)と、星野健一氏(右)

なぜパイオニアがUSB型の音質向上製品を開発?

――Bonnes NotesシリーズのDRESSINGという製品、プレスリリースを見ると3機種が発表されていますが、まずはこれが開発された背景を教えてください。

野尻(以下敬称略):音楽メディアもCDからダウンロードして再生するという時代に変化してきています。SACDプレーヤーを持っているような方でも、再生にはPCを使うというケースが増えてきていると思います。オーディオ機器ではなく、IT機器で音楽を楽しむという現象は一過性のものではなく、今後これが定着し、ますます一般化していくと考えています。オーディオメーカーがもっと強く、ITのノウハウを十分備えていれば、それに対応した機材が多く存在していたかもしれませんが、残念ながらそうはなっていません。一方でIT機器メーカーは音質への対応は不十分であり、結果として、いい音で音楽を楽しむというのが難しくなってきているというのが現状です。そうした状況に何か手を打てないだろうか、と考えていたのです。

野尻和彦氏

――その答がDRESSINGだというのですね?

星野:これまでもパイオニアは、他社のIT機器や家電製品の音質を向上させるという取り組みをしてきました。たとえばシャープのテレビや富士通のパソコン、オリオンのテレビなどで、Sound By Pioneerというロゴを付けて共同開発を行なってきた経緯があるのです。また、ほかにも名前は出していないけれど、音質向上に協力するという形で、製品化してきたものは数多く存在しています。世の中ではオーディオ市場は縮小してしまったと言われていますが、音楽を聴くという需要自体は変わっていないと思っています。いわゆるオーディオ機器ではなく、パソコンやスマートフォンで聴く時代へ変わってきただけの話なのでしょう。

 我々の部署であるインダストリアル・ソリューションズ部というのは、もともと光学ドライブをPCメーカーやドライブメーカーへ供給してきた部署と、スピーカーのOEMを行なってきた部署が融合した部署で、IT系、オーディオ系の両方を持っている、社内でもやや特殊な部署なのです。そのため、いろいろな経歴を持つエンジニアが集まっているのですが、そうした中で生まれてきたアイディアがDRESSINGだったのです。

星野健一氏

――実際いつごろから製品化を考えていたのですか?

野尻:「こうした状況は問題あるよね」と話をしていたのは5年以上前ですね。実際、社内では、みんな個人のPC環境にさまざまな工夫を凝らして音への対策をしていました。もちろん、趣味の範疇での話ではありますが。PCの中にはオーディオを意識した製品というのもいくつかはありましたが、専用のオーディオアンプの世界から見ると、まだまだだと思ってはいました。もう一段上げられるはずだ、と。私自身はもともとA-717(1987年発売されたプリメインアンプ)などのアンプの開発などに携わってきたので、そこで培ってきたノウハウが活用できると思っていたのです。ただ、パソコンそのものを改良するというのでは、商品化しにくいため、手軽に実現するための手段としてUSB端子を活用できるだろう、と。

星野:USBを利用すれば、パソコンへ対応できるだけでなく、USB端子を持ったテレビなども増えてきているからそうしたものにも使えるし、スマートフォンへ対応させることも可能なため、活用範囲も広くなるのも製品化へ向けてのポイントではありました。1、2年前から商品化への道筋は見えていたのですが、社内でなかなか企画が通らなかったんですよ。

――社内で企画が通らないとは、どういう意味ですか?

野尻:「これで音が変わるわけがないだろう」と(笑)。やはりデジタル専門でやってきた人たちだと、音を聴かずにダメ出ししてくるわけです。その人たちを納得させるのに時間がかかってしまいました。でも、最終的にはみんな納得いくところまで持っていくことができ、製品化を実現することができたのです。やや極端なまでに音を変える設定のものを用意して、分かってもらったわけなんですよ。そうした経緯もあって、製品としては4つのラインナップを用意しました。

――プレスリリースでは3製品となっていましたが…?

野尻:そうですね。パイオニアから発売されるのは3製品です。具体的にはオーディオファンをターゲットとしたAPS-DR001(6,000円)というUSB端子に挿すだけで使えるタイプ、ハイエンドファンを対象としたAPS-DR002(2万円)、さらに上の超ハイエンドファンを対象にしたAPS-DR003(10万円)のそれぞれ。このうちAPS-DR002とAPS-D003はUSB端子の出力口を設けており、ケーブルが挿せるタイプになっています。

上から順にAPS-DR001、APS-DR002、APS-DR003
APS-DR002/APS-DR003にはUSBの出力用端子も装備

 これに加え、お試し版的な意味合いのものを用意してみました。それが音楽之友社がムックとして発売した「オーディオ音質改善の極意」というものの特別付録です。この本は2,700円と安価ですが、ここにAPS-DR001の簡易版が入っているのです。

音楽之友社によるムックの「オーディオ音質改善の極意」の付録にも簡易版が採用された

――ムックは、Amazonなどでも、かなり人気のようですね。

野尻:はい、1人で7冊買ったという人もいたりと、一度購入した方のリピート率が高いようです。書店やオーディオショップなどでは在庫があるようなので、ぜひ探してみてください。このムックの付録はあえて分かりやすくインパクトのあるチューニングをしています。中高域よりも低域に的を絞った音決めをしており、低域の締りと量感が良くでるようにしているんです。4つある中ではもっとも音の違いが分かりやすいと思いますよ。かなり極端な音作りをしているので必ずしも最良の結果というわけではないのですが、普段からオーディオを聴いている人であれば、誰でもわかると思います。逆にこれで分からない人は……。まあ、しかめっ面して、どう音が違うのかと格闘している人もいそうですが、ぜひMP3とかYouTubeなどで音楽を聴く際にも活用していただきたいですね。

――1人で7つも購入してどうしようというんですか?

野尻:このDRESSINGはとくに使い方を既定しているわけではないんです。1つ挿して音の違いを確かめつつ、別の場所にもさらに挿して楽しんでもらってもいいですし、異なるUSB端子に接続してもらってもいい、ぜひ気軽に楽しんでもらいたいんですよ。このDRESSINGという名前には2つの意味を込めています。1つはサラダのドレッシングのように、いろいろと味を変えて楽しんでもらいたいという意味。もう一つは「ドレス」+「ing」で女性がドレスを着替えるように、これを差し替えて音の違いを楽しむという意味なんです。

APS-DR002にAPS-DR001を連結して使うという方法も

――では、もう少し仕組み的なことについて伺いたいのですが、これはいったい何をしているのですか? 普通に考えると、コンデンサなどを入れてノイズフィルタにしているのではないかと想像できるのですが……。

野尻:DRESSINGは「サウンドクオリティアップグレーダー」と言っていて、ノイズフィルタとは言っていません。中身の詳細は企業機密なので、お話できませんが、確かにフィルタ的な要素も入っています。ただ、強力なノイズフィルタを入れればいい音になるというわけではないんです。あまり強力なフィルタだと、生気のない音になってしまいますから、やはりバランスが必要です。だからフィルタの特性そのものというよりも、実際に試しながら聴感上でパラメータを決めていっています。社内からの要請があって、波形を公開しましたが、もともとこうした波形を見ながら調整したわけでもないんですよ。ただ、結果的に波形を見たら、電圧変動の少ないものとなっていました。

――簡単にこのグラフを説明していただけますか?

野尻:これはUSB端子のBUS(+5V)とGND間の電源波形を測定したもので、横軸が時間、縦軸が電圧です。もともと、かなり揺れていた電圧が安定しているのが見て分かると思います。やはり電圧の変動は音質に悪影響を及ぼしますので、それを安定化させることで、音質を向上させる効果があります。

USB端子のBUS(+5V)-GND間の電源波形を計測(パイオニアによる測定)

――数値がよく読めないのですが、これはどういう単位なのでしょうか?

野尻:横軸においてはサンプリングレートが50KS/s、また横軸の感度20ms/divとなっているものを10倍に拡大しています。縦軸は5V近辺を拡大したもので、こちらの感度は20mV/divとなっています。なお、もともと揺れがあるのは測定器側によるノイズです。よくこれを消して差分だけで表現することがありますが、ここではあえて実際のものを見せるためにそのまま残しています。

横軸の感度は20ms/div(上の測定結果を部分拡大)

――つまりは、電源電圧を安定化させるのがDRESSINGだということですか?

野尻:オーディオはそう単純なものではないんです。いろいろなものの組み合わせ、積み重ねで音を作り上げているのです。実際、アンプの設計においてもトランスにハニカム構造を取り入れてみたり、銅メッキビスを使ってみたり、トランスは振動するから鋳鉄のケースに収めた上で隙間がないように珪砂という砂で固めたり、ヒートシンクも煙突のような形をしたチムニー構造というものを採用したり……と地道なことの積み重ねでオーディオメーカー、パイオニアとしての音を作ってきました。その結果、トランスなんか1つで5kgくらいに重たいものになってしまいました。ただ、当時のオーディオは、大枠でいえば、振動をどう制御するかで音が変わるというものでした。それに対しデジタルにおいてはジッターによって音が変わるので、これをどう制御するか、ということですね。

――振動の制御とジッターの制御、まったく関係ないようにも思いますが…。

野尻:確かに直接関係があるわけではないのですが、アナログ時代に培ってきたノウハウがいろいろなところで生きてくるのも事実です。単にここだけをよくすればいいのではなく、総合的なものなんです。たとえばアンプにおいても絶対に振動が起きないようにと、ガッチリ固定してしまうと、それはそれで音が死んでしまいます。同様にノイズを取りきるようなフィルタにしてしまうと音も死んでしまうので、どうバランスをとるかなんですよ。その詳細までは明かせんませんが、分解して回路を見れば同じ音が表現できるというわけでもないんですよ。

機種ごとの違いは? 今後もシリーズ製品が登場する?

――ところで、ムックの付録まで含め4種類ある中で、下位2機種と上位2機種は構造も違いますが、やはり機能や用途も違ってくるのでしょうか?

野尻:下位2機種は主に電源系に効果を発揮させるのに対し、上位2機種では電源系に加えてUSB端子そのものにも効果をもたらします。この上位2機種はUSB端子が2つついており、パソコンとUSB DACの間に入れる形ですからね。よくケーブルで音が変わると言われますが、それに近い形です。USBケーブルって細い線の中に電源も信号も入っているんです。信号ラインがバタバタすると、それが電源に飛び移って電源が揺れるということがあり、それがクロック生成において揺れを引き起こしてジッターが起こり、結果として音に悪影響をおよぼす可能性があるのです。

上位の「APS-DR002」と「APS-DR003」は、後部にもUSB端子を備え、USB DACとPCの間に接続できる

 こうした問題を起こさないようにするにはどうすればいいか、というケーブルの研究がありますが、そのケーブルのノウハウをここに取り入れているのです。とはいえ、どう使うかはユーザーのみなさん次第です。たとえばDPS-DR002にAPS-DR001を接続したものを、USB端子に挿すなんて使い方をしてもいいですから、まさにいろんなドレッシングでサラダの味を変えて楽しむような感覚で遊んでいただければ、と。

――とはいえ「USB端子に挿すものが10万円は高い」という声もあります。

野尻:そうですね。だから、いきなり10万円のモデルを買うことはお勧めしません。まずはムックの付録あたりから使っていただき、そこで違いを実感できたら、1つ上に、さらに実感できたら、もう一つ上に……と進んでいただきたいと思っています。一方で、この上位機種は振動防止といった目的もありアルミ削り出しの筐体を使っているのです。だからこそ量産ではなく、受注生産という形態をとっていますが、この第1弾製品はメーカーとしては採算度外視の価格設定なんですよ。ムックのほうも、完全赤字覚悟の設定で、われわれとしてもDRESSINGの価値を実感していただくための広告宣伝費という認識でいます。ですから、かなりお買い得だと思います。

APS-DR001とパッケージ

――第1弾製品ということは、次も何か予定されているのですか?

星野:まだ具体的なお話はできませんが、新製品もいくつか企画しているところです。ちなみに、カテゴリーブランドであるBonnes Notesというのはフランス語でして、BonnesがGood、Notesは音を意味する単語なので、これで「よい音」を意味しています。また紫色のロゴとしましたが、パイオニアの今のロゴ色である赤でも、昔のロゴの青でもない、新しいものをイメージしています。一方で製品ブランドとしてDRESSINGとしましたが、こちらもさらに拡充できればと考えているところです。今のところ国内展開だけではありますが、海外からも取り扱いたいという声が多数きています。ただ、想像以上に、爆発的な売れ行きでして、生産が追い付かず現場もやや嬉しい悲鳴を上げている状況です。お客様にはご迷惑をおかけしていますが、少しでも早く製品をお届けできるよう体制を整えているところです。

――実際に音を聴いてみたいのですが、使い方に何かポイントはあったりしますか? また、USB接続とはいえ、デジタル的には意味を持たないんですよね? つまりドライバが必要だったりというわけではなく、適当に抜き差し可能なデバイスであるという認識で合ってますか?

野尻:はい、ご自由に挿してお楽しみください。パソコンのUSB端子で使うだけでなく、変換ケーブルを利用してスマートフォンの端子に接続してみるのも面白いですよ。もちろん、ドライバなどはありませんから、その点でも大丈夫ですよ。また、電源を入れる前から挿しておくというユーザーの方もいらっしゃり、オーディオについてよく理解されているな……と思う一方で、挿しっぱなしにするだけでなく、その日の気分で抜き差ししたり、追加してもらって音を遊んでいただければというのが我々の願いでもあります。また、音は抜き差しした瞬間から変化しますが、安定するまでに多少時間がかかることもありますね。ぜひ、じっくりと楽しんでみてください。

市販ケーブルを使ってスマホとmicroUSB接続も

試聴してみた

 インタビューした部屋に設置されている機材を使って、実際どんな差があるのかを試聴してみた。ノートPCに、USB DAC機能を持ったパイオニアのAVアンプ「SC-LX87」を接続してスピーカーを鳴らすというもので、AACの圧縮音源、44.1kHz/16bitのCDリッピング音源、ハイレゾ音源などをfoobar2000を用いて再生。まずは、やや極端なほどの味付けをしたというムックの付録と、電源系に効くというAPS-DR001を試してみたのだが、正直に言ってしまうと、圧縮音源でもハイレゾ音源でも違いが分からなかった。そもそも、かなりいいオーディオ環境であるということや、聴きなれている音源ではないということ、そしてリスニング能力の違いなどもあるのだと思うが、今回聴いた範囲では、挿したり抜いたりしても音が変化するという実感は得られなかった。

試聴したシステム

 一方で、上位2機種については、ケーブルを介して使うものであるため、曲を聴きながら抜き差しができるというものではない。ある程度聴いた上でこれを接続した状態で再度同じ部分を聴き、さらに外しだ状態で同じ部分を聴くということを繰り返したのだ。こちらは、言われてみると、なんとなく違うような気はした。APS-DR002とAPS-DR003で大きな違いがあったわけではないけれど、なしの状態で聴くよりも、音像がクッキリするような印象だった。

 さらにムックの付録とAPS-DR001についてはモノをお借りすることができたので、自宅のDTM環境においてもヘッドフォン、およびモニタースピーカーを使って試してみた。が、こちらも正直なところ、違いが分からなかったのは残念だった。ただ、多くの人たちが絶賛しているのだから、環境によってはもっと大きな変化をもたらすケースがあるはずだと思うが、効果があるかどうかは、PC環境やオーディオ環境、また聴く音楽や聴く人のリスニング能力によって違いはありそうだ。

 実際に自分でその違いを体験してみたいという方は東京の若松通商、名古屋のノムラ無線、大阪の共立電子産業の各店舗でデモが行なわれているそうなので、そこで試聴してみてはいかがだろうか?

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オーディオ音質改善の極意
(特別付録:パイオニア製USB型
ノイズクリーナー)

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto