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鹿島建設「OPSODIS 1」で、椎名林檎ライブのバイノーラル音声聴いてみた。小型でもエンジニアお墨付きの臨場感

OPSODIS 1

鹿島建設が手掛けた、コンパクトでも立体感のあるサウンドが再生できるスピーカー「OPSODIS 1」が話題だ。クラウドファンディングの支援額は19日現在8億6,000万円を超えており、目標100万円に対して86,936%の達成という、もはやよくわからない数字に。既に製品が届いてた支援者もいるほか、様々なイベントにも出展し、そのサウンドを体験した人達の驚きの声もSNSで広がっているようだ。

AV Watchでは、昨年6月のクラウドファンディングスタート時に、体験記や開発者インタビューを掲載した。詳細はそちらをご覧いただきたいが、OPSODIS 1の特徴をザックリおさらいすると、パソコンのディスプレイ前にも置けるコンパクトな一体型スピーカーながら、包みこまれるような立体感のあるサウンドを体験できる。

入力はUSB-C、3.5mmアナログ、光デジタルを備え、Bluetoothのワイヤレス接続にも対応する。一般的なBluetoothスピーカーと大きく違うのは、鹿島建設と英サウサンプトン大学音響技術研究所が共同開発したOPSODIS(Optimal Source Distribution Technology/最適音源配置)と呼ばれる技術を使っていること。

左チャンネルの音は左の耳だけに、右チャンネルは右耳だけに届けたいのだが、普通のスピーカーでは“聞かせたくない側の耳”にも音が届いてしまう。OPSODISは、前面に並べたスピーカーユニットから、位相をずらした音を再生することで、左右の耳に届くこうした“クロストーク”をキャンセル。小さな一体型スピーカーでも、立体感のあるサウンドを体験できるようにしている。

OPSODIS 1のユニット配置
前面に並べたスピーカーユニットから、位相をずらした音を再生することで、左右の耳に届くこうした“クロストーク”をキャンセル。聞かせたい音を、聞かせたい耳にだけ届けられるようにしている

面白いのは、Dolby AtmosやDTSなどのサラウンドとして作られた音声ではなく、普通の音楽やYouTube動画などのステレオ音源を入力しても、立体感のあるサウンドで楽しめる事。

そして、意外に知られていないのが、人の頭を模したダミーヘッドマイクで録音する「バイノーラル録音」の音源(最近話題のASMR動画もバイノーラル録音が多い)を、OPSODIS 1で再生すると、さらに立体感が高まる事だ。

この特徴を活かした、面白いコラボがある。6月25日に発売される、椎名林檎のLive Blu-ray/DVD 『(生)林檎博'24ー景気の回復ー』。その初回限定盤に、特典としてスマホやテレビで同ライブが視聴できる「NeSTREAM LIVE」のシリアルコードが封入されるのだが、その音声に、バイノーラル音声が含まれているのだ。

椎名林檎のLive Blu-ray『(生)林檎博'24ー景気の回復ー』
[初回限定盤] Blu-ray:UPXH-29074 7,700円/DVD:UPBH-29104 6,600円
[通常盤] Blu-ray:UPXH-20149 6,050円/DVD:UPBH-20340 4,950円

通常はイヤフォン/ヘッドフォンで聴くための音声なのだが、「OPSODIS 1」で聴くと、“ライブの再現具合”が素晴らしく、そのクオリティは、同作品のDolby Atmosサラウンド音声も手掛けたレコーディングエンジニア・井上雨迩氏のお墨付きなのだという。

実際にどのようなサウンドなのか、都内のスタジオ・クープで体験すると共に、井上氏にお話を伺った。

レコーディングエンジニア・井上雨迩氏

椎名林檎ライブのバイノーラル音声を、OPSODIS 1で聴いてみる

なにはともあれ、体験してみよう。

お邪魔したクープのスタジオは、Dolby Atmos Homeに対応。空間オーディオのトラックダウンやマスタリングにも活用されている。サラウンドはもちろん、天井にもスピーカーを配置した9.1.4ch環境だ。

Dolby Atmos Homeに対応した都内のスタジオ
天井にもスピーカーを配置している

この9.1.4ch環境で、まずは『(生)林檎博'24ー景気の回復ー』から「宇宙の記憶」をDolby Atmos音声で再生してみた。

前方のステージから一気に音楽が広がり、その音に体が包みこまれる。観客の歓声は背後まで広がり、そして上空へと伸びていく。まるでスタジオの壁や天井が消え去り、大きなライブ会場にワープしたかのようだ。

映像では、まるで宇宙から降臨するかのように、椎名林檎がゴンドラに乗って、天井からゆっくりと降りてくる。

驚くのは、椎名林檎の歌声も、本当に頭上からゆっくりと降りてくる事。スタジオのディスプレイで会場の様子が流れているのだが、椎名林檎の声の音像は、その画面を遥かに超え、部屋の天井付近、何もない空間にビシッと定位する。そのため、聴きながら無意識に顔が上を向いてしまう。

ゴンドラの下降に合わせ、音像も上空から正面へと移動していく。それを耳で追うと、上を向いていた顔が、自然に正面へと戻っていく。まるで本当のライブ会場で、椎名林檎の降臨を追体験したような臨場感だ。

では、このAtmosサラウンドをバイノーラル音声に変換した2chの音源を、スマホの「NeSTREAM LIVE」アプリで再生。その音をBluetoothでOPSODIS 1に伝送して聴いてみよう。このバイノーラル音源は、Blu-ray/DVDの初回限定盤を買った人が楽しめるものと、まったく同じものだ。

スタジオに設置したOPSODIS 1で、バイノーラル音声を聴いてみる
「NeSTREAM LIVE」アプリでコンテンツを選んでいるところ。バイノーラル音声のライブ映像を選択した。なお、ダウンロードしてのオフライン再生にも対応している

冒頭、ステージから音楽が広がった瞬間に、思わず「おぉ……」と声が漏れる。サウンドバーよりも遥かに短い、横38.2cmのスピーカーが目の前の机に置いてあるだけなのだが、そこからライブの広大な空間が一気に広がり、先程のAtmosサラウンドの時にも感じられた、自分が音に包みこまれる感覚が、OPSODIS 1でも体験できる。観客の声援も、自分の真横や背後から聞こえてくる。

驚くのは横方向の広がりだけでなく、上下にも音場が広がる事だ。さすがに9.1.4chスピーカーで再生した時と、まったく同じ位置ではないものの、OPSODIS 1でも椎名林檎の歌声が、ディスプレイの上の方に定位し、それが徐々に正面へと降りてくる移動感もわかる。

視線より下に置かれた、一体型スピーカーで鳴らしているのに、その遥か上空に音が定位するのは、まるで魔法のようだ。以前、ステレオ音源をOPSODIS 1で聴いた事もあるのだが、その時よりもバイノーラル音源の方が左右や上下、奥行き方向の空間がより広く、そこに定位する音像もより明瞭に感じられる。

このくらい近い距離で聴いても、広大な音場が体験できる

もう1つ、感心したのは“音がナチュラル”という事。これまでも、デジタルで信号処理を行ない、擬似的に音に広がりを出す製品は存在するが、あまり処理し過ぎると位相が狂ったような、「広がって聴こえるけど、なんか変な音だな」となってしまう製品も多かった。

しかし、OPSODIS 1は音が広大に広がりつつ、音自体がとてもナチュラルで、人の声や楽器の音に不自然さがない。アナログ的な手法も駆使している事が、この自然さにも繋がっているのだろう。

ライブ会場の臨場感を出す以前に、音楽をナチュラルに聴かせる“良い音のスピーカー”として誠実に作られている事も伝わってきた。

ライブの感動を手軽に体験してもらうためのバイノーラル音声

椎名林檎のBlu-ray/DVDの特典にNeSTREAM LIVEが採用されたのは、今回が初めてではない。2023年の作品『椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常』の限定盤でNeSTREAM LIVEが使われ、BD/DVD限定盤を購入した人は、スマホやテレビでも、ステレオ、もしくはDolby Atmosの音声で作品を楽しめるようにした。

すると、購入者から椎名林檎ファンから「毎日これが聴けて幸せだ」「オフライン再生もできるので電車の中でも楽しめた」と好評だったという。しかし、iPhone + ヘッドフォンでAtmosのサラウンドを楽しむためには、AirPods 3、AirPods Pro、AirPods Maxなどの、対応するイヤフォン/ヘッドフォンを使う必要があった。

他のイヤフォン/ヘッドフォンを使っている人でも、サラウンドを楽しんで欲しいと考えた、スタジオ・クープのスタジオ シニア・スーパーバイザーの近藤貴春氏が、「井上雨迩さんにミックスしていただいたサラウンドを、より多くの環境で楽しむためにはバイノーラル音源も用意しよう」と考え、EMI Recordsの渡辺成一チーフプロデューサーに提案した事がキッカケになったという。

スタジオ・クープ 近藤貴春氏

「OPSODIS 1が話題になっている事は、その頃に知っていましたが、聴いたことはありませんでした」という近藤氏。しかし、出展したイベントの、隣のブースが偶然にも鹿島建設で、そこでOPSODIS 1のサウンドを体験。「これは凄い、なんでこんな風に聴こえるんですか!?」と、いろいろ質問した事で、OPSODIS 1の開発チームとも親しくなった。

「『(生)林檎博'24ー景気の回復ー』のバイノーラル音源を、OPSODIS 1で多くの人に聴いて欲しい。一番大切なのは、(BD/DVDの)ミックスをしていただいた井上雨迩さんのご意見だ」と考えた近藤氏は、井上氏のいるスタジオに、OPSODIS 1のデモ機と、前作の音源から作成したバイノーラル音源を持参。OPSODIS 1×バイノーラル音源の音を、井上氏に聞いてもらった。

「正直に言って、今までのバーチャルサラウンド的な製品にあまり良い印象を持っていませんでした」という井上氏。しかし、OPSODIS 1の音を聴いて、すぐ「この製品は素晴らしい」と感嘆。こうした“井上氏のお墨付き”を得て、OPSODIS 1×『(生)林檎博'24ー景気の回復ー』のコラボが実現。井上氏が手掛けたAtmosの音声を、クープのスタジオでバイノーラル⾳声へ変換し、バイノーラル音声での配信も行なわれる事になった。

近藤氏は「OPSODIS 1を買われる方は、立体的な音で楽しみたいと考えている方が多く、良質なコンテンツを探していると思います。また、良いコンテンツがあるならOPSODIS 1を買ってみようという人もいるはず。そして、椎名林檎さんのファンにも、“いい音で聴けるなら(OPSODIS 1を)買ってみようかな”と思っていただけるかもしれない。バイノーラルをキッカケとして、パッケージ(BD/DVD)にも興味を持っていただけたら」と語る。

“これ使いたいな”と素直に思えるスピーカー

井上雨迩氏

エンジニアとして、様々なスタジオで仕事をしてきた井上氏だが、スタジオによって、置いてあるモニタースピーカーは、メーカーもサイズも異なる。「今まで、本当に色々なスピーカーを聴いてきたわけですが、エンジニアというのは、スタジオで音を聴く時に、自分から(脳内で)補正するものなんです。このモニタースピーカーでこの音が鳴っているなら、(実際の)キックの音はこのくらいだろうな……という、瞬間的な動体聴力のようなものを使って作業をしています」と語る。

つまり、井上氏にとっての基準となる“鳴り方”があり、それに近い音のスピーカーもあれば、そうではないスピーカーもある。基準から遠いスピーカーの場合は、脳内で補正しながら聴くというわけだ。

しかし、「OPSODIS 1を聴いた時は、すぐに“これは良い音だ、(脳内での)補正はいらないな”と感じました。このスピーカーで、好きなCDを聴きたいなと思いました」と笑う井上氏。

「音の広がりも凄くて驚きました。小さいけれど、いい音がするのもビックリしました。値段を聴いてさらにビックリ、ありえないくらい安かった。部屋の環境で大きなスピーカーが置けない、大きな音を出せないという人もいっぱいいると思いますが、OPSODIS 1なら大丈夫だと思います」(井上氏)。

さらに、「最近は少なくなりましたが、1つの筐体に2つのスピーカーが入った“ラジカセ”のスタイルが好きなんです。OPSODIS 1もそのスタイルですよね。今だと(ラジカセの代わりは)サウンドバーなのかもしれませんが、OPSODIS 1はそれよりコンパクトですし、テレビの近くに置かなくても、手元に引き寄せて聴けるというのも良いと思います」。

井上氏はOPSODIS 1を鳴らしながら、OPSODIS 1を持ち上げて、音を確認している。「小さなスピーカーは、設置している机を振動させて低音を出す事がありますが、音が不明瞭にもなります。OPSODIS 1は、スピーカーだけで、かなり低音も出ていますね」と感心していた。

OPSODIS 1を持ち上げて、机の響きを使わず、スピーカーだけでしっかりした低音が出ている事を確認する井上氏

「OPSODIS 1のプロ向けモデルも作ってほしい」

OPSODIS 1×バイノーラル音源でも、ライブ当日の空間が見事に再現された『(生)林檎博'24ー景気の回復ー』。当然ながら、これが可能なのは、大元である井上氏がレコーディングしたAtmosのサラウンド音声のクオリティが高いという事だ。

「(収録用の)オーディエンスマイクは沢山立てます。2chの作品の頃は、10本とか設置して、その中から4本とか6本とかセレクトして使っていました。(今回のようなAtmos作品の場合は)、その2倍くらいの本数を立てています。消防法の関係で設置できない場所もあるのですが、それ以外の場所に設置して、今回は天吊りマイクも2本使いました」と井上氏。

「2ch作品でもそうですが、今回のようなAtmosのライブ作品では、“音の広がり”は特に意識しています。私のミックスは、映像で展開している事と、音を連動させたり、強調する事もあります」

「例えば、編成でベース、ギター、ドラムと絵が変わる時には、それに合わせて音を少し枠からはみ出させたり……。シンセの響きや、ナレーション、SEなどは背後に回り込んで聴こえてもおかしくないですしね。もちろん、不自然にならないよう配慮した上で、ですが」

「人間は、何か変わるとそこに意識が向くものですので、音に変化をもたせることで、絵の切り替わりを強調できたりもします」

OPSODIS 1やホームシアターのAtmos環境などはもちろんだが、最近ではスピーカーではなく、家でもイヤフォンを使う人が多い。それを踏まえ、イヤフォンで聴いた時にも、しっかり楽しめるサウンドにする事も常に意識しているという井上氏。

一方、作り手としては、OPSODIS 1のようなクオリティの高いスピーカーで聴く人が増えて欲しいという願いもあるそうだ。

「OPSODIS 1のようなスピーカーがご家庭に1台あって、家族で映画を観る時に使ったり、コンサートを楽しむような、そんな(家族が集まって楽しむ)昭和のような時代に少しでも戻るといいなと思いますね」。

インタビューの最後に、井上氏から鹿島建設に「OPSODIS 1のプロ向けモデルも作ってほしい」という意外なリクエストも。

「エンジニアが、自宅にサラウンドに対応したスタジオを作るというのは大変なので、私も、スタジオから家に持ち帰って作業する時は、ヘッドフォンでサラウンドを聞いています。そこで出来たものを、またこのスタジオのような環境でチェックして、また家では“あのスタジオではああだったな”と記憶を頼りに作業して……という事を繰り返しているんです」

「曲数も多いので、ずっとヘッドフォンで作業をする事もストレスになります。その時に、自宅で簡単にサラウンドの確認ができるプロ向けのOPSODIS 1を作っていただきたい。ステレオミニ入力をXLR端子にするとか(笑)。それが実現したら、僕は“OPSODIS 1 Pro”を使って家で仕事します。値段が2倍になっても3倍になっても買いますから(笑)」

OPSODIS 1と配信を活用したライブコンテンツの新しい楽しみ方。井上氏は、「コンテンツを楽しむ側としても、こうした環境がより普及して欲しい」と語る。

「これから通信速度はもっと速くなり、映像や音楽の配信ビットレートも上がると思いますが、そうした配信の音ももっと良くなるでしょうし、(OPSODIS 1のような)スピーカーももっと広がるでしょう。そう考えると10年後が楽しみです」

山崎健太郎