藤本健のDigital Audio Laboratory
第897回
“体の動きで音を操る”ソニーの新ウェアラブル「MOTION SONIC」とは
2021年5月31日 11:03
電子楽器系のクラウドファンディングは、これまでも数多くのユニークな機材が登場してきたが、先週、ソニーがアメリカのクラウドファンディングサイト・Indiegogoで「MOTION SONIC」という体の動きで楽器にエフェクトを掛ける機材のプロジェクトをスタートした。
モーションセンサーを手首に取り付け、そこからの情報をBluetoothでiPhone/iPadに飛ばし、エフェクトのパラメーターを動かしていくというものだ。これがどんなもので、既存の体を動かして鳴らす楽器などと比べ、どう違うのかなどを見ていこう。
ウェアラブルモーションセンサーでエフェクトを操作できる
クラウドファンディングというと、「ベンチャー企業が製品開発のための資金調達手段」というイメージを持っていたが、最近は完全な営業・マーケティング手段として利用されたり、大手企業の新規事業の立ち上げ用途などでも使われ始めている。
今回のMOTION SONICも、まさにそのような形の1つ。ソニー社内で企画が進んでいるプロジェクトを、まずクラウドファンディングで実施し、その反応を見た上で事業化を検討するということらしい。
企画も開発も日本で行なわれているようだが、電子楽器という市場を考えると国内よりも、海外のほうが大きいということで、Indiegogoが使われたようだ。
ではMOTION SONICとは何なのか?
基本的なコンセプトは「体を楽器にする」というもので、2017年のSXSWでソニーが展示したツールがベースとなっている。まあ“体を楽器にする”といっても、体を動かして音を鳴らす演奏をするのではなく、体の動きに合わせて音を変化させるエフェクトとなっている。
具体的なエフェクトは、ピッチベンド、フィルター、ディストーション、リバーブ、ディレイ、パン、ゲイン、ノイズの8種類で、このエフェクト自体はiOSアプリとして実現する。
ご存知の通り、すでにiOS上には数多くのエフェクトがあり、これをエフェクトとして利用している人も少なくないが、MOTION SONICもその手法を使っている。つまり、iPhoneに楽器などからオーディオ信号を入れ、そこにフィルターやディレイなどのエフェクトを施した上で、iPhoneからリアルタイムに出力させることでエフェクトとして使うというわけだ。
この入出力はLightning端子につなぐヘッドフォンジャックアダプタを使うことも不可能ではないはずだし、iRigのようなアダプタも利用できると思うが、ソニーの説明によればオーディオインターフェイスを使うとのこと。
Indiegogoでの写真を見ると、RMEの「Babyface」がLightning-USBアダプタ経由で接続される形で利用されているが、Babyfaceに限らず各メーカーのiOSデバイス用オーディオインターフェイスや、USBクラスコンプライアントなデバイスが利用できるはずだ。
ここまでは、とくに目新しいものではないのだが、今回のMOTION SONICがユニークなのは、このエフェクトアプリを、ウェアラブルモーションセンサーからコントロールできるということ。
センサーには6軸のモーションセンシングが内蔵していて、5つの動きを感知できるようになっている。
上図を見るとわかり通り、手を振る動作の“WAVE”、手首を回す“ROLL”、手首を上限に動かす“UP/DOWN”、左右に動かす“LEFT/RIGHT”、そしてゆっくり動かす“MOVE”のそれぞれで、これを各エフェクトのパラメーターに割り当てることができるようになっている。たとえば、ROLLをPITCH BENDに割り当てることにより、手首を回転させることによって音程が上がったり下がったりするようにできる、というわけだ。
実際の演奏のデモがYouTubeに公開されている。キーボードで利用した例、ギターで利用した例、そしてDJに利用した例のそれぞれをご覧いただきたい。
これらのビデオを見てもわかる通り、手を動かすことで、演奏に変化が出るようになっている。ここにおいては演奏経験やスキルは問われず、誰でも使うことができる一方、キーボーディストやギタリストがMOTION SONICを利用することで、従来ではできなかった演奏表現までが可能になる。
使い方によっては、もっと感度を上げたいとか、反対に感度を下げたい、といったこともあるだろう。MOTION SONICは、そうしたニーズに対して2つの手段で対応できるようになっている。
ひとつはセンサーそのものの感度を調整するというもの。この調整によって、動きを検知する具合が変わるようになっている。もう一つは、アプリ側でエフェクトのパラメーターの掛かり具合を調整するという方法。これによっても細かく調整することが可能となっているのだ。
ちなみに、センサーが入ったコアデバイス単体では体に取り付けられないため、手の甲に装着するバンド、および手首へ装着するバンドがあり、これら2種類のバンドと充電用のUSB Type-Cのケーブルがセットとなって、出荷される予定となっている。
ちなみに、クラウドファンディングでの価格は先着400名のEarly Bird Priicingが$219(23,900円)、通常プランのOriginal Pricingが$249(27,200円)。日本円で868万円が集まればクラウドファンディング成功となる。期間は5月28日~6月27日で、製品の出荷は2022年3月を予定している。
MIDIの知識がなくても使えるのがMOTION SONICの強み
体の動きに合わせて音を変化させたり、演奏したりするツールは、このMOTION SONICが初めてかというと、そういうわけではない。
古くはヤマハがMiburiという楽器を発売したことがあり、指、手首、肘、肩、足にモーションセンサーをつけて演奏する形になっていた。発売は1995年で、坂本龍一や平沢進が演奏するなどして大きな話題になったり、グッドデザイン賞を受賞するなど、注目は集めたものの、商業的には成功したとはいえず、短命で販売中止となっている。
今現在では、フランスのEnhanciaというメーカーが「Neova MIDI Controller」というものを発売している。
これは国内ではローランドが扱っていて、実売価格が6万円前後。指輪型のセンサーで動きを検知し、ワイヤレスで母艦に情報を送る形だ。そしてこの母艦からはMIDIおよびUSB-MIDIで信号を出力できるようになっていて、設定によってMIDIのコントロールチェンジやピッチベンド、ノートなどの信号が出力できるので、エフェクトに限らず、電子楽器を直接鳴らすことができる。エフェクトをMIDI制御すれば、ソニーのMOTION SONICと同様のことも可能だ。
このNeova MIDI Controllerとよく似たものが、アイスランドのレイキャヴィクにあるGenki Instrumentsというメーカーから出ている。
「Wave Ring」という機材なのだが、国内ではまだ流通しておらず、筆者もまだ触ったことはない。これも指輪型のセンサーとなっていて、MIDI信号を出力するという意味ではNeova MIDI Controllerと同様。ただ、こちらはこのデバイスから直接Bluetooth MIDIを出力するという意味では、よりシンプルな構成のようだ。
Neova MIDI Controllerも、Wave Ringも、MIDIで出力する形なので、汎用性は高く、自由に利用することができるが、それなりに電子楽器やエフェクトの設定が必要で、活用する上では多少MIDIの知識も必要だ。それに対し、MOTION SONICはMIDIのことなどまったく知らなくてもすぐに使うことができるという点がメリットと言える。この辺をユーザーがどのように判断するかによって、クラウドファンディングの結果も変わってきそうだ。
ところで、MOTION SONICはiOS対応であるが、Androidには対応するのか? この点について、ソニーの担当者は「今回のIndiegogoでのクラウドファンディングにおいてはあくまでもiOSのアプリとのセットという形にしています。このクラウドファンディングが成功し、本格的に発売されることになったらAndroid対応についても検討していきたいと思っています」と話していた。
筆者もまだ実物を直接試したわけではないので、触る機会があれば、また改めてMOTION SONICの詳細についてもレポートできれば、と思っている。