藤本健のDigital Audio Laboratory

第896回

新iPad Proは超強力DAW環境!? DTM対応と音質を検証

11インチのiPad Pro

5月21日、第5世代目となるiPad Proが発売された。

12.9インチと11インチがある中、主に12.9インチの使用レポートがいろいろと出てきており、ミニLEDディスプレイの鮮明さなどが話題になっているようだ。筆者も、iPad Proが発表された日にネット注文し、発売日の5月21日に到着した。大きく重たいiPadには興味がないため、11インチを購入した。

今回は、オーディオ/DTM用途のデバイスとして使用することを前提に、M1プロセッサになって問題なく動作するか、スピード的なメリットはあるか、Thunderbolt 3/USB 4ポートとなった端子に各種オーディオインターフェイスなどは接続できるか、といった観点からレポートしてみたいと思う。

'18年モデルと外観比較。背面カメラとスピーカーに違いあり

2018年11月、USB-Cポートを搭載したiPad Pro(A12X Bionic)が発売されたとき、11インチのiPad Proを購入し、いまもDTM用途およびWebブラウズ・読書用に使っている。このときも、大きさ・重さの点から12.9インチには興味が持てず、11インチを選択した。

昨年にも11インチのiPad Proが出たのだが、あまり大きな変化がないと判断し見送ることに。しかし今回はM1プロセッサと大きなアーキテクチャ変更だし、端子がThunderbolt 3兼USB 4になったことから、チェックしておかなくては、と購入を決意。

検証が大きな目的でもあったので、Wi-Fiモデル、ストレージ容量は256GBを選択したが、それでも106,800円の出費はかなりなものである……。

いざモノが届いて開封すると、見慣れたこともあってか感激は少ない。大きさも形も重さも、デザインも変わらないので残念ながら、ふ~ん、という程度である。

発売日に到着したiPad Pro

手持ちの'18年モデルは、普段カバーを付けているので、'21年モデルを持った時は「軽くなった!?」と思ったが、改めてスペックを見たら、468gとまったく同じだった。

互いにカバーのない状態で背面を比べると、大きく違うのがカメラ部分。そして上部および下部のスピーカー部分も、'21年モデルが、スピーカーの穴数は減ったものの、やや大きな穴になっている。これがいいことなのかどうかはよくわからないが、並べてみないと分かりにくい違いかもしれない。

手持ちの'18年モデル(写真右)との比較
上が2021年モデル、下が2018年モデル

とりあえず起動し、従来のiPad Proの環境を丸ごと新型iPad Proにリストア。せっかくなので、それぞれでGeekbench 5を動かしてみたベンチマーク結果は以下の通り。

従来のiPad Proの環境を、新型iPad Pro(写真左)にリストアした
2018年モデルのベンチマーク結果
2021年モデルのベンチマーク結果

この数値を見ると確かに、M1プロセッサを搭載した'21年モデルのiPad Proのほうが圧倒的に高速になっているようだ。この余裕がいろいろなところに効いてきてくれるのであれば、買った甲斐があったというものだ。

各種オーディオインターフェイスを接続してみた

ここからは、ハードウェアの接続性をテストしていこう。

今回テストしたのは、変換アダプタ不要でケーブルだけで接続可能なオーディオインターフェイスだ。

最初に試したのは、コンパクトで使い勝手のいいIK Multimedia「iRig Stream」。接続してみたところ、何のトラブルもなく、あっけないほどあっさりとつながった。試しにYouTube Liveの配信画面を開き、設定してみたところ、簡単にiRig Streamに入力した音を配信することができた。

IK Multimedia「iRig Stream」

次に定番オーディオインターフェイスであるSteinberg「UR22C」を、USB-Cケーブルで接続してみたところ、こちらもトラブルなく動いた。bismark氏のプレーヤーソフト「scylla」を使い、ハイレゾファイル再生も試してみたが、各サンプリングレートでバッチリ動作する。

Steinberg「UR22C」

Focusriteの「Scarlett 2i2」においても、同様に動作。試しにギター入力をオシロスコープアプリで波形を見てみたところ、キレイに表示することができた。M-Audio「Air 192|6」との接続では、iPadの老舗DAWアプリである「Multitrack DAW」を起動させて、96kHz/24bitで再生・録音してみたが、こちらも問題なく動作した。

Focusrite「Scarlett 2i2」

さらに、audientの「iD4 mkII」もチェック。こちらも2in/2outという仕様で、96kHzまで対応したデバイス。RolandのDAWである「Zenbeats」で試してみたところ、録音、再生、エフェクトなど快適に使うことができ、バスパワー動作で+48Vファンタム電源供給も問題なく使うことができた。

audient「iD4 mkII」

ここまではいずれも2in/2outのオーディオインターフェイスだが、マルチ入出力のものはどうだろうか?

まずはPreSonusの「Studio 1810c」を試してみた。本機は18in/8outの製品で、「Cubasis 3」を使ってチェックしてみたところ、入力は18、出力も8つあり、正しく動作していることが確認できた。

PreSonus「Studio 1810c」
Stereo Outputs欄に「7/8」の表示

もう一つ試してみたのが、Antelopeの「Zen Go Synegry Core」。これもCubasis 3で試したところ問題なく動作。本機の入出力は16in/16outである。ちなみに、Studio 1810cはACアダプタを使っての動作、Zen Go Synegry CoreはUSBバスパワーでの動作となる。

Antelope「Zen Go Synegry Core」
Stereo Outputs欄に「15/16」の表示

では、Thunderboltのオーディオインターフェイスはどうだろう。

iPad Proの'21年モデルは、Thunderbolt 4に対応した端子となっているので、Thunderbolt対応の機器も動作するはず。というわけで、筆者の手元にあったUnversal Audioの「Apollo Solo」(旧名Arrow)を接続してみることにした。まあ、これはThunderboltデバイスであり、ドライバが必要なので動作するとは思えななかったが、どのような反応を示すのか試してみる。

最初にわざとUSBケーブルで接続してみたところ、画面には「Thunderboltアクセサリを使用できません」というアラートが。どうやら、Thunderboltデバイスであることは認識しているようだ。

「Thunderboltアクセサリを使用できません」と表示された

ではiPad Proとセットで購入したThunderbolt 3のケーブルで接続すれば使えるのか。すると、Apolloからカチカチとリレー音が鳴り、LEDが点灯。これはもしかして使えるのか! と思ったが、反応したのは電源だけで、デバイスとしては認識されず使うことはできなかった。

電源だけは反応。デバイスとしては認識されず、使用できない

MIDIキーボードはどうだろうか?

オーディオ出力機能も備えるIK Multimediaの「iRig Key2 mini」を接続したところあっさり動作。MIDIもオーディオも双方使えるようだ。いつものようにbismark氏の「bsー16i」で確認してみると、しっかりMIDIデバイスとして入出力とも認識されていた。

どうやら基本的にハードウェア系はトラブルなく使えるようである。

IK Multimedia「iRig Key2 mini」
MIDIデバイスとして入出力とも認識されている

各種アプリもほぼ動作。重い処理もM1プロセッサでサクサク

では、ソフトウェアはどうだろうか、各プレーヤーアプリ、DAWアプリ、シンセアプリもざっと試してみたところ問題はなさそう。

唯一トラブったのは、ちょうど今無料配布されているMoogのシンセアプリの「Model D」。ちゃんと音は鳴るし、MIDIもオーディオも通るのだが、画面が写真のように乱れてしまうのだ。2018年版のiPad Proでは問題なく使えるので、M1プロセッサになったことによる不具合だろうか。

シンセアプリの「Model D」を使ったところ、画面が乱れてしまった

しっかり試してみたのが、DAWである「Auria Pro」と、バーチャルラックであるIK Multimedia「MixBox」。実は、機材が届いたタイミングに、個人のFacebookアカウントで「何か検証してほしいものはありますか?」と書いたところ、某著名・作編曲家から、この2つを試してほしいという依頼があった。聞いてみたところ、普段からこれらを駆使しているので、新型iPad Proに移行して問題なく使えるのか知りたい、とのこと。

結論から言うと、どちらも問題なくしっかり動作してくれた。

Auria ProはちょっとPro Toolsにも近い感じの超強力DAWで、オーディオもMIDIも使うことができ、さまざまなプラグインのエフェクト、インストゥルメントが使える。またAAFファイルのインポート/エクスポートも可能なので、PC用のDAWともやり取りできることから、プロユースでも使えるわけだ。

さまざまなプラグインのエフェクト、インストゥルメントが使える

オーディオインターフェイスを接続し、再生、録音、エフェクトなどいろいろ試してみたが、いずれも問題なく動作する。ここにプラグインエフェクトをいろいろ挿していくと、従来モデルはちょっと重かった記憶があるが、新モデルはサクサク動いてくれるので、この辺がM1プロセッサの大きな威力ということなのだろう。

続いてプロ好みなプロセッシングアプリ「MixBox」を試してみる。

MixBoxはIK Multimediaがこれまで培ってきた各種ソフトウェア、つまりT-RackS、AmpliTube、SampleTankなど実績ある71種類のプロセッサーを搭載し、8スロットのラックに並べて音作りができるアプリ。

プロセッシングアプリ「MixBox」

たとえばFairchild 670、LA-2A、PULTEC EQP-1Aといったビンテージ機材をエミュレーションするものから、MarshallのLEADやRolandのJAZZ CHORUSなどのギターアンプ、さらにはフィルター、モジュレーション、リバーブ、サチュレーションなど、数多くのラックを並べて音作りができる便利なツール。

またiOSのAudio Units(AUv3)規格にも対応しており、Auria Pro、Steinberg CubasisなどAudio Units対応のDAWにてプラグインとしても使える。各プロセッサーごとに個別のゲイン調整やドライ/ウエット調整ができるほか、サイド・チェイン入力にも対応してるのでドライ音を残したパラレル・コンプレッサー処理など高度なミキシングも可能だ。

iPadアプリとしては10,000円と高価ではあるが、これだけ充実した内容であれば、かなり割安にも感じる。ちなみに、MixBoxはWindows/Mac版もあるが、iOS版も基本的にほぼ同等の機能を有しており、サンプリングレートも44.1kHzから192kHzまで対応しているので、音質面でもまったく問題はない。

最新バージョンでは、バックグラウンドで動作するので、フロントに別のアプリを立ち上げながらバックで、このMixBoxのエフェクト処理を行なうこともできるので、さまざまな応用が利きそうだ。

192kHzまで対応する

オーディオ特性は'18年モデルも'21年モデルも変化なし

最後に試してみたのが音質の実験。

'18年モデルと'21年モデルのそれぞれに「USB-C to Headphone Jack Adapter」を接続。1kHzのサイン波、および20Hzから24kHzのスイープ信号を再生するとともに、PC側でRME Fireface UCXを通して録音した結果をefu氏開発のWaveSpectraで分析した。

USB-Cのヘッドフォンアダプタを接続
サイン波の結果(2018年モデル)
スウィープ信号の結果(2018年モデル)
サイン波の結果(2021年モデル)
スウィープ信号の結果(2021年モデル)

結果を見てもわかる通り、音質においては'18年モデルも'21年モデルもまったく同じ結果となった。オーディオ特性としては基本的に変わらないようだ。

以上、新たなiPad Proについて、ちょっと偏ったレビューをしてみたがいかがだっただろうか? 細かな検証までできていない面もあると思うが、参考になれば幸いだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto