藤本健のDigital Audio Laboratory
第964回
レコード&音楽好き集まれ! 西荻窪「シェア音楽棚tent」に行ってみた
2022年11月28日 09:43
“Digital Audio Laboratory”という連載タイトルなので、毎回デジタルな音の話をテーマにしているわけだが、今日はちょっと息抜きという事で、その正反対ともいえる世界を紹介してみたい。取り上げるのは、東京・西荻窪に2カ月前にオープンした「シェア音楽棚tent」という、小さなお店である。
音楽を圧縮オーディオでオンラインストリーミングしてシェアするのではなく、みんなでシェアする32.5×35×32.5cm(幅×奥行き×高さ)の棚に、主にLPレコードやカセットテープなどを置いて販売するというもの。
非常にゆっくり、のんびりした時間が流れる空間だったが、デジタル全盛の時代だからこそ、豊かで面白い場所のようにも感じた。インタビューというか音楽雑談(?)をしてきたので、今回はその内容を紹介しよう。
シェア型(棚貸し)のレコード・CD店。月3,980円で棚主さんに
「シェア音楽棚tent」があるのは、JR中央線が走る西荻窪。先日、テレビ東京の番組「出没! アド街ック天国」(2022年11月5日放送回)でテーマになっていたが、番組を見てちょっぴり予習しつつ、その数日後に店にお邪魔した。
そもそものきっかけは、ベテラン録音エンジニアで、自身で45枚もアルバムも出しているオノ・セイゲンさんから「松尾さんに誘われて一緒に西荻でインディーズ・レーベルのお店(棚ですけど)を始めたんだけど、取材に来ませんか?」という、メッセージが届いたことだ。
“松尾さん”というのは、某大手メーカーの社員でオーディオ機器の開発に携わる、筆者もよく知っている方。務める会社の仕事とはまったく関係ない趣味の活動のようではあるが、セイゲンさんのメッセージだけでは、何のことかイマイチわからないが、なんとなく面白そうな匂い。「ぜひ、伺ってみたいです」と返事をすると、セイゲンさん、松尾さんとのグループメッセージができ、日程をみなで調整した結果、とある日の15時に店に集合することになった。
最寄りの西荻窪駅には1時間早く着いてしまったので周りを少し散策しつつ、駅から徒歩5分のお店に向かって歩くと、住宅街の中に佇む「シェア音楽棚tent」を発見。外から見る限りは、店舗には見えない感じだ。
店の看板には、「シェア型(棚貸し)レコード・CD店~ひと棚ごとに違う店主さんの小さな音楽ショップを寄せ集めたお店です」との掲示。セイゲンさん、松尾さんとのメッセージでは、一体どのようなお店なのかよく分かっていなかったが、ようやく少しずつ見えてきた気がする。
営業時間は15時から21時(水曜休)で、15時ちょうどに、女性がシャッターを開けていよいよ開店。店の前に一人立っていても怪しく思われそうだったため、中に入って待つことにした。
中は一軒家のリビングといった雰囲気で、知らなかったら入るのにちょっと躊躇しそう。12畳程度の広さだろうか、部屋の2つの壁には棚がズラりと並び、それぞれにレコードやCD、カセットテープ、小さなグッズなどが陳列されていた。そして、それぞれの棚には小さな看板が取り付けられ、1つ1つがレコード店のようになっている。
「渋谷〇〇書店」など、最近は“シェア型書店”がいろいろなところにできているが、シェア音楽棚tentはそれらのレコード屋版、ということのようだ。
どんなものが売られているのかと棚の中を見ると、洋楽・邦楽含め、実に多種多様な品揃え。レコードが中心なので、70年代、80年代あたりの作品が多いが、まったく見たことのないレコードもたくさんある。「え? こんな安く売ってるの?」と欲しくなるレコードがある一方で、「でも、ウチにCDはあるし、Spotifyとかで普通に聴けるぞ…」と思うなど、いろいろな思いも交錯する。
店舗の真ん中には大きなテーブルがあり、そこには「棚主さん募集中」の看板も。見ると、1棚1カ月3,900円。それに販売手数料が10%と書いてある。この場所、そしてこの大きさの棚が月3,900円というのが高いのか安いのかよくわからないが、誰でも気軽にトライできそうな値段であることは確かだ。
そうこうしている間に、松尾さん、セイゲンさんの両名が到着。店を仕切っている明澤夕子さんを紹介してもらい、なんとなく緩い雑談が始まった。
たった月々3,900円で西荻窪に“店”が持てるって、すごいじゃないか
――この連載、“Digital Audio Laboratory”といって、デジタルがテーマなんです笑
セイゲン氏(以下敬称略):松尾さんの棚で売っているのはカセットテープだけど、シンプルなデジタルシーケンサだけで作ったアルバムだし、僕の20枚組ボックスの中の1枚は、1997年に携帯電話だけで打ち込んだ音楽です。どちらも原始的な、立派なデジタル演奏だからDigital Audio Laboratoryとしても大丈夫ですよ!
――いろいろ無理もありそうですが(汗)、でも面白そうなお店ですね。ここの棚をセイゲンさんも松尾さんも1つずつ借りているということですね。どのようなキッカケだったのですか?
松尾:Twitterでたまたま棚主募集の投稿を見たのがキッカケですね。明澤さんが書いた「シェア音楽棚tent」の初ツイート(@tentrecord)を、西荻のカフェ・JUHAがリツイートしていたのをたまたま見かけたのです。
アカウントを見たら、固定ツイートのところにnoteのリンクが貼ってあって。それをみたら、賃料や手数料、売上の管理、棚主がやるべきこと……など詳しく書いてあって、それらを読んですぐに申し込みました。
私自身は単なる音楽好きであって、DJはしたりするけどミュージシャンというわけではありません。自分でもレコードをいっぱい持っているけれど、聴かないレコードはネットオークションなんかも活用して手放すことにしてます。レコードの売り買いを頻繁に行なっているので、それならネットオークションで売る分をここのお店で売ってみたらいいかな…と思ったのです。
まぁ、昔から自分のお店を持ってみたいという淡い思いもありまして。特定のジャンルのお店というわけじゃなく、なんとなく夢のように思っていたのですけど、それがたった月々3,900円で西荻窪に“店”が持てるって、すごいじゃないかと。
セイゲン:僕は、その話を松尾さんからFacebookのメッセンジャーで教えてもらいまして、これは楽しそう! と即反応。その場で「やります!」となりました。6カ月分を前払いして、出店する1週間前に松尾さんに代行納品してもらったのです。
オープン初日の開店に店を覗いたら、別の棚にキース・ジャレットのケルンコンサートの2枚組を見つけて即ゲットしました。普段の仕事だと、すんなり進まないことも多いのだけど、自分のアルバムを全部置けるだけでもう楽しい。楽しいことはあっという間に進むよね。
「音楽やオーディオ売って儲かるか?」という以前に、音楽やオーディオや映画のこの楽しい感じをどうやったらみんなにも広めていけるか。とくに子供たちや、日本の将来に不安しか感じていない大学生とかにね。音楽の一点ものだったり、インディーズは楽しいぞ、みたいな。デジタルの元は、アナログのコミュニケーション。県知事に頼まれて大学の誘致なんかよりよっぽど希望があると思うわけです。
――とても不思議な空間ですが、どのようなお客さんがやってくるのでしょう。
明澤:レコード屋さん巡りをしている方なんかがいらっしゃいますね。あとは、ネットで店を知っていらっしゃる方や、たまたまここを通って知ったというご近所の方まで様々です。レコード好きな方々の間で、「西荻窪に面白いお店ができたらしい」なんて、口コミで知った方も、「友達がお店を出したと聞きまして」という方もいました。年齢層はいろいろですが、若い方が多い印象です。レコードを買ったことがない方も結構いらっしゃいますね。
松尾:私もときどき棚の様子を覗きに来るのですが、店内にはいつも4~5人いたりするんですよ。すると明澤さんに「この棚の方ですよ」って、紹介してもらったりして。「じゃあ、ご挨拶がてらに」なんて言って買ってくれたりするんですよね。そういうコミュニケーションが楽しいんです。
お店のnoteを読んだ時、「レコードなどを通じてコミュニケーションする場を作りたい。棚主同士がレコードを購入し合ったり、会話ができたりする場ができるといい」なんて内容が書いてあって、なんというか全然商売っけがなくていいな、とすごく共感したんですよね。だから自分が出店すると同時に仲間を増やさなくちゃ! って、思わずすぐにセイゲンさんらにお声掛けしたのです。ちなみに僕の隣は楽器メーカーのデザイナーさんです。浜松に住んでる方なんですが、音楽を聴くためのコーヒーカップを売っていたりするんですよ。
セイゲン:僕は1987年から「サイデラ・レコード」というインディーズを始めているのですけど、松尾さんから音楽棚の話を聞いたとき、“SD-2000シリーズ”というのをスタートさせた当時を思い出しました。
ジョン・ゾーンに対抗して、僕も3カ月ごとに300枚のCDをプレスし、2000年までに20枚出すと宣言。これをタワーレコード渋谷店が全量買い取って1階、5階、8階の3フロアで展開してくれたのです。当時レコード店にはフロアごとに仕入れ担当がいて、その人の思いで手書きのPOPを作ってくれたり。
自分でキャプションを書いて店に置くのって、その当時の精神とまったく同じなんですよ。いまはレコード店ってほとんど無くなっちゃた。どこも面積当たりの売上しか考えなくなっちゃって……。結果ヒット商品しか置かなくなり、置いてあるPOPもどこも同じ印刷物。これじゃあ、コンビニとの対決にしかならず、産業全体が衰退しちゃう。このシェア音楽棚tentをキッカケに、こんな小さなお店こそジャズ喫茶やライブハウスと一緒に駅前にあったらいい街だなって思うんです。
サブスクは絶望的な金額設定だけど、ここには明るい未来がある!?
――松尾さんの棚に置いてあるカセットテープは、どんなものなのですか?
松尾:レコードを売るだけじゃなく、せっかくなので何か面白いことをしてみたいなと思って、私の先輩の音源をカセットテープで販売しています。これ、スウェーデンのTeenage Engineeringというメーカーの小型のサンプラー/シーケンサ「Pocket Operator PO-33」のみで作った楽曲でして、1曲1分しばりの楽曲をカセットテープ用に編集。ここでしか買えない品ということで売ってるのですが、これが結構出るんですよね。
セイゲン:1:1の等速で、テープのダビングというのはプロでは絶対にやらない。メジャーでは絶対できない方法です。そういうネタに僕は飛びつきやすい(笑)。売れるか? 儲かるか? ではなく、継続のためには「自分が楽しいか」が重要。そこが1987年から続いているサイデラ・レコードのフィロソフィーと同じなのです。
松尾:このカセットテープ、1,500円で販売しているのですが、生テープとインデックスの印刷代、音楽棚tentさんの手数料を合わせると原価がだいたい500円くらい。残り1,000円が利益なんですが、これを先輩と半々で分けることにしています。私は音楽棚tentさんの費用を負担していたり、カセットテープも手焼きなので、その費用として。
先輩への500円は、そのままクリエイションへのロイヤリティですね。ちなみに僕の棚は33番。最初に出店する際に、「33は空いてるか?」って確認したんです。本業が耳に関係あるものなので“033 RECORDS(お耳レコード)”って名付けてます。
――なるほど、だからPO-33だし、33番なのですね。セイゲンさんの棚にあるCDは、また不思議な値付けをされてますね。
セイゲン:メジャーレコード会社では絶対にできない、インディーズ・レーベルならではの楽しい売り方を発明しました。「USED」と表記してますが、新品のバルグCDです。ケースと印刷物はなし。お店で一番最初に買った方は税込110円、2番目は220円……という感じで、770円まで用意してみました。
セイゲン:この商品は取り置きなし。いまはサブスクで音楽家にぜんぜんお金が入らない時代。新品で3,000円以上のSACDやCDを買っていただくのが一番嬉しいのですが、この110円でも消費税10円、お店の手数料11円、プレス費用など差し引いても現場印税10円くらいになるわけで、サブスクで200人くらいに聴いてもらったのと同じくらいになります。サブスクは絶望的な金額設定ですが、ここには明るい未来があるかもしれない!(笑)
――店への手数料は10%とありましたが……
セイゲン:そもそも10%がありえない。普通、小売店の取り分って売上の30%くらい。インディーズが一般流通に流したら、トータルで50~60%持っていかれるのが当たり前ですからね。
松尾:しかもこの店、カードが使えるんですよ。その手数料はどうするの? って聞いたら、明澤さん「自分で負担する」って。
――そりゃ、さすがにダメでしょ(笑)。だって、カード手数料って3~5%程度取られるんじゃないですか? 店子さんたちから、もう少し手数料とらなくちゃ…。
明澤:えーと……、一応棚代だけでやっていこうと思ったので……。
松尾:しかも、実はこれまで売れたカセットの半分以上は通販なんです。音楽を作っている先輩がInstaをやっていて、「カセットテープ販売をしました!」って投稿をしたら、フォロワーさんから「すごくほしいけど、さすがに西荻窪まではいけないので、送ってくれないか」って、明澤さんに電話をかけちゃったらしいんです。もちろん、お店は通販なんてやってないんですが、明澤さん、採算度外視で対応してしまったんですよ。
明澤:はい、何件か来ましたね。いや結構いっぱい(苦笑)。送料は負担していただきましたが……。
セイゲン:それが西荻スタイル(笑)。
――手数料がほとんど入らなくて、棚だって1カ月で3,900円……。数えてみると全部で102の棚がありますが、全部埋まったとしても40万円にもなりませんよね。
明澤:一応、もう一つ別のお仕事はしているので。とはいえ、何とかもう少し棚が埋まると嬉しいんですけどね。さすがに全部埋まることはあり得ないと思いますが……。
松尾:たぶん、明澤さんが思っている以上に、後々「音楽棚って、もともとは西荻のtentって店から始まったんだぜ」って語り継がれることになると思うんです。そうしたら僕も、あそこで2番目の棚主でしたって自慢できるな、って思ってます!(笑)
――セイゲンさんも、松尾さんも、音楽やオーディオのプロでよね。棚を借りているお店を出している方も、こういう職業が多いのですか?
明澤:いいえ、お2人が特殊なんだと思いますが、いろいろな方がお店を出されてます。たとえばご近所の方だと、音楽系のバーを経営されている方が2軒、古本屋さんが1軒、帽子屋さんが1軒とか……。帽子屋さんはすぐお隣なんですが、昔に聴いていたレコードを置かれていて、ここのミニ看板でお店の宣伝もしてくださっているんですよ。
――実際どのくらい売れるのですか?
松尾:僕のところでも月に1~2万円売れているから、月額3,900円の棚代は十分回収できていますよ。これだけ楽しませてもらって、収入までいただけちゃうんですから!
明澤:この前、ちょっと集計してみたのです。やはりレコードはよく売れていて、CDがあまり売れていない印象です。レコードだと多い方で1カ月4万円程度。平均で1万台の後半の売り上げとなっていました。人によっては棚代の元が取れればいいという方、とにかく売りたいという方、いろいろですが、もう少し伸びていくといいですね。
松尾:もともとネットオークションで売るものをこちらに持ってきた形ですが、ネットより断然売れるんです。当然ネットで全国規模のネットオークションは不特定多数の人が見るので、チェックしている人の数は多いはずなんだけど、来る方はそんなに多くないはずのこのお店のほうが売れる率が高いのです。オークションではいつも送料込みとしていることがあるかもしれませんが、1枚当たりの利益もこちらのほうがいいので、満足度は高いですね。
こんな感じで、話は延々と続いていったので、この辺で終わりにするが、シェア音楽棚tentの場の雰囲気というのは、なんとなく感じていただけたのではないだろうか?
この取材というか雑談中も何人かのお客さんが入って、レコードなどが売れていくとともに、別の棚主さんも来て雑談に参加いただいたり、その方が持ち込んだレコードを、その場でセイゲンさんがいっぱい買っていったりと、とっても楽しい場になっていた。
ちなみに、レジの横には「本日のピックアップ棚」という特設コーナーが用意され、その音楽が店舗で流れていたり、隣のレコードプレーヤーなどで試聴もできるようにもなっていた。
帰り際には、明澤さんからセイゲンさん、松尾さんに今月分の売上金が手渡されて喜んでいたが、普通のレコード屋さんとは明らかに違う、不思議な場所。ときどき覗きに行ってみたいと思っている。