藤本健のDigital Audio Laboratory
第963回
超低遅延伝送からリボンツイータ搭載FOSTEXまで。おかえりInter BEE
2022年11月21日 08:00
11月16日から18日までの3日間、千葉県・幕張メッセにおいて「Inter BEE 2022」が開催された(編集部注:12月23日までオンライン開催中)。Inter BEEは“音と映像と通信のプロフェッショナル展”として行なわれている大規模な展示会であり、今年で58回目という歴史あるイベントだ。
コロナ禍により、2020年はオンラインのみでの開催、そして2021年はリアル開催にはなったものの、出展・来場者も少なく寂しかったが、今年はようやく従来の活気が戻って来たような感じだった。
【第919回】22.2chイスや超低遅延8K&25ch伝送など、InterBEEオーディオ系注目機材はコレ!
今年もInter BEE 2022において、筆者が個人的に気になった機材やアイテム、ソフトウェアなどをピックアップして紹介しよう。
千葉~大阪間往復で遅延17.6msecの「超低遅延伝送システム」
まず最初に取り上げるのは、Inter BEE 2021でも出展されていた、ミハル通信による8Kライブ映像の超低遅延伝送システムが進化したもの……というか、オーディオ特化版だ。
その名も「極超低遅延音声伝送システム」。会場(幕張)と大阪を接続し、手元のマイクで拾った音を大阪まで飛ばし、それをVPNルーターで信号を折り返して、幕張まで戻した結果の音をモニターするという実験だ。
聴いた感じでは、オーディオインターフェイスを通した音を普通にモニタリングする感覚で、ほぼリアルタイムに聴こえている印象。オシロスコープを使って確認すると、往復で17.6msecのレイテンシーしかない、とのことだった。
ここではDanteを利用し、48kHz/24bitの非圧縮の信号を64ch同時に送っており、そのうちの1chだけをモニターしているとのことだが、かなり驚異的な低遅延だ。ヤマハのSYNCROOMのプロ版のようなもので、まさに2拠点間での遠隔ライブ演奏も実現可能にするもの。SYNCROOMの場合、一般的なオーディオインターフェイスを使うため、幕張・大阪間だと、往復で30msec以上にはなってしまうところだが、このデモではその半分、もしくはそれ以下の低遅延を達成できている。
システム的には、まずマイクから入った音がRMEのMADI Faceを通じて、ELL Lite Transmitterなる機材へ伝送。それをVPNルーターを通じてNTTのNGN網へ送り、NTT東日本からNTT西日本へ渡した後、大阪で折り返して戻ってくる流れ。戻ってきた信号はELL Lite Receiverを経て、アストロデザインの「AM-3825」というインターフェイスを通じてヘッドフォンでモニターする。もちろんビットパーフェクトを達成しており、音の劣化なく通信できているという。
ローカルだけでもかなりのレイテンシーが出てしまいそうだが、非常に低遅延なオーディオインターフェイスを利用しているとともに、ミハル通信によるELL Lite Transmitter/Receiverを使うことで、ローカルでの遅延を極限まで抑えたそうだ。また、VPNルーター~NGN網については、輝日による通信技術を使うことで、極超低遅延音声伝送システムを実現したそうだ。
ELL Liteは参考出品という形ではあったが、近く製品化されるとのこと。また今回のデモ展示では64chでのテストだったが、128chまで対応する予定という。さらに、大阪ではなく、幕張と東京との接続での実験も行なっており、この場合は往復で約11msecのレイテンシーだったという。これで64ch行けるのならば、かなり応用範囲も広そうだ。
各社からの引き合いも来ているようだが、本当にこのレイテンシーで実用可能なのか。弱点はないのか、など気になるところ。ぜひ改めて詳細を取材してみたいと思っている。
ピラミッドデザインのユニークなUSBマイク「SSL CONNEX」
英国のコンソールメーカー・SSLが出したユニークなUSBマイク「SSL CONNEX」も展示されていた。まるでビデオ会議システム用のマイクのようにも見える、ピラミッド型のテーブルトップ小型マイクだ。
内容としてはWindows/Mac対応のUSBマイクなのだが、単なる卓上マイクというわけではない。4方向に向けて4基のマイクカプセルが内蔵されており、PC側から見ると、6in/2outのオーディオインターフェイスとして認識される。なぜ“4in”ではなく“6in”なのかというと、4chマイクに加え、ステレオミックスした2chも別途用意されており、それらを合計して6inになっているという。
トップパネルをタッチして赤く点灯させるとミュートにできるほか、目的にあわせて4つのオーディオプロセッシングモードが選択できるのも特徴。
ソロモードは、一人で動画配信などに使うためのシンプルなモード。グループモードは、同じ会議室に複数人集まってオンライン会議などを行なう場合を想定したモード。ボーカルモードは、ボーカルレコーディングやソロでの弾き語りなどに使え、ミュージックモードは、4つのマイクが別々のチャンネルでレコーディングでき、バンドレコーディングなども可能になるという。
内部にはDSPが搭載されており、各モードに合わせてEQやコンプレッサなどが最適な形に動作するため、ユーザーは難しい設定をしなくても最適な音で録れるようになっているのだそうだ。
SSLがこれまで培ってきたサウンドづくりの技術が生かされており、初めての人でも簡単にいい音で録れるというのが売り。Macはドライバ不要でそのまま使えるが、Windows用にはASIOドライバが用意されている。手軽に高音質レコーディングができる機材のようだった。
ロスレス・ハイレゾマルチ×Wi-Fi伝送の「ミュートラックス」
前回の記事で紹介した、仙台のベンチャー・ミューシグナルも出展しており、Wi-Fi伝送技術「ミュートラックス」のデモが行われていた。デモでは、ノートPCに小さな親機をUSB接続し、5GHzのWi-Fiを使って、ブース内にある壁掛けスピーカーなど10個のスピーカーにデータを伝送。各スピーカーはいずれもステレオスピーカーとなっており、計20chに接続されていた。
当初2chステレオの楽曲を流していたが、モードを変更してマルチチャンネルモードに切り替えると、20chすべて別々の音が流れるように。テーブルの上に置かれた小型スピーカーのLOGや、壁に設置されたスピーカーから、別々のチャンネルの音が聴こえてきたが、音切れなどもなく、キレイに鳴っていた。
話を聞くと、Inter BEE会場の電波状態は想定以上に悪く、無数のWi-Fiが飛んでいる状態。それでも、音切れなく再生できているのは優秀だ。このシステム、まだプロトタイプではあるが、今月中にはクラウドファンディングをスタートさせるという。親機・子機セットで3~4万円という価格で調整中とのことだった。
MACKIEの卓上モニタースピーカー&サウンドバー
MACKIEが世界初の実機展示を行なっていたのが「CR2-X Cube」というコンパクトな卓上モニタースピーカーだ。
左チャンネルはアンプ内蔵で、右チャンネルはアンプなしというペアで23,900円(税別)というもの。ユニークなのは、BMR(Blanced Mode Radiator)ドライバーという特許取得の平面型スピーカーを採用したこと。従来の同サイズスピーカーと比較し、大迫力で原音忠実、非常にクリアなサウンドを鳴らせるという。
USB-C接続でPCからの音をそのまま鳴らせるほか、ステレオミニのAUX入力、Bluetooth 5.0入力の計3系統の音声入力を搭載。3つの入力をボタンで切り替えることができるほか、静電容量式タッチコントロールボリュームとミュート機能を備え、DTM用途やゲーム用途、YouTube鑑賞用途などに使えそうだ。
会場には、BMRドライバー搭載のサウンドバー「CR2-X Bar Pro」(26,600円・税別)も展示されていた。いずれも来年春の発売予定とのことだった。
AIで音をリアルタイム変化させるCosmoプラグイン
INTER BEE IGNITION×DCEXPOというエリアでは、Cosmoが「Neutone」(ニュートーン)という不思議なVST/AudioUnitプラグインを展示していた。
現在Windows版は開発中で、Mac版(インテル版およびM1版)のみ無料で公開中で、AIを用いて音をリアルタイムに変化させるという内容だった。
事前にAIが音を学習しているとのことだったが、例えばリズムループを聴かせると、入力されたオーディオ信号が、そのリズムループっぽいサウンドに変化し、人がしゃべっている音を聴かせると、しゃべっているような音に変化する。
これまで音楽制作者にとってハードルが高かったAIの利用を、DAW上のプラグインを使う形で簡単に利用できるというのがポイント。これまでに無かった創作が可能になる一方で、AI研究者やエンジニアはNeutoneを使うことで、独自に開発したモデルを音楽制作者と共有できるようになるのが、本プロジェクトの面白さとのこと。より多くのクリエイターやエンジニア、研究者の参加を募っているとのことだ。
会場での短い話だけでは、何をどうやっているのか、その背景が理解できなかったが、機会があれば、より詳細な話を聞いてみたいと思っている。
Bluetoothでタイムコードを飛ばして同期させる「UltraSync BLUE」
TASCAMやニコンなど、複数のブースでデモしていたのがTimecode Systems社「UltraSync BLUE」という小さな機材だ。このUltraSync BLUEは2018年に発表され、国内では25,000円(税別)で発売されている機材とのことだったが、まったく知らなかったので、何をする機材なのかを見てみた。
サイズが55mm×43mm×17mm、重量36gのこの小さな機材は、簡単にいえば、Bluetoothでタイムコードを飛ばして、各機器を同期させるもの。従来であれば同期用のケーブルを使って接続したり、MIDIを使ってMTC信号を送っていたがBluetoothで同期できるというのだから、とても手軽だ。フレーム単位でガッチリと同期がとれるという。
問題は、それに対応した機材がどれだけあるのか? という点だが、TASCAMの32bit float対応のリニアPCMレコーダーである「Portacapture X8」が先日のファームウェアアップデートで対応。また、すでにZoomは「F3」や「F2」「F6」「F8n Pro」「F8n」などの機材が対応しているという。
カメラにおいてもニコン「Z9」が10月にリリースしたファームウェアVer.3で対応したとのことで、ニコンブースでも同期のデモが披露されていた。同期を取る手段のデファクトスタンダードの一つとなっていくのかもしれない。
あこがれの音響ハウスサウンドになるプラグイン「ONKIO Acoustics」
タックシステムで展示していたのは、同社開発のプラグイン「ONKIO Acoustics」。プロ用のレコーディングスタジオである音響ハウスが50周年事業の一つとして、タックシステムと組む形でリリースしたプラグインであり、これを使うことで、まるで音響ハウスのスタジオAおよびスタジオBでレコーディングしたかのような音に変換できるという。
これには九州大学芸術工学部の尾本章教授が開発した“VSV”という音場解析手法を、音場再現に活用した「VSVerb」という技術が使われている。いわゆるIRを使ったサンプリングリバーブとは一線を画する独自のもので、方向情報を持った音場解析が行なわれており、非常にリアルなサウンドを再現できる能力をもっているそうだ。
10月20日にMac版がリリースされていたが、Inter BEEの初日に合わせ、Windows版もリリースされた。価格9,800円と手ごろで、誰でも有名な音響ハウスのサウンドをDTM環境で再現できるとして、注目を集めていた。
ソニーC-800Gと同じ振動膜素材を使った、新定番マイク「C-80」
と、ここまでDigital Audio Laboratoryとして、デジタルに関わる機材・ソフトをピックアップしたが、ここからは完全なアナログモノを4つ連続で紹介しよう。
1つ目は、ソニーが発表したばかりのコンデンサマイク「C-80」だ。
以前、「C-100」について開発者インタビューなどもしたが、C-80はC-100の下位モデルに位置づけられるもの。C-100のマイクカプセルをベースに、高級ボーカルマイクとして著名なC-800Gと同じ振動膜素材を使用した。不要な低周波ノイズを除去するローカットフィルターや過大な入力音による歪を最小限に抑えるパッドスイッチ機能を備えた。
【第759回】ソニー26年ぶりの新マイク「C-100」が生まれた理由。定番C-800Gとどう違う?
C-100が50kHzまで録れるハイレゾ対応マイクであるのに対し、C-80は20kHzまでとなっているが、音に芯のある存在感あるボーカル、ボイスのレコーディングが実現できるとのこと。実売6万円と手ごろでありながら、C-800GやC-100に近い雰囲気の音で録音できるというのは魅力的。今後、定番マイクの一つとして広がりそうだ。
オーディオテクニカの空間オーディオ用マイク
オーディオテクニカが展示していたのは「BP3600」というイマーシブオーディオマイク。
ウニというか栗というか、放射状に突き出した8本の小型マイクカプセルを用いて、立体的に音を収録することができる。その8本のマイクモジュール、ユニット間がそれぞれ15cm離れている立方体を形成しており、収録した音声イメージは5.1.4chスピーカーレイアウトにそのままルーティング可能という。
各マイクモジュールを取り付けるコアボディには、各チャンネルの識別が可能な番号の刻印と、8色のチャンネルIDカラーリングが装備されているのも特徴。それぞれのチャンネルIDカラーにマッチする形でケーブルも用意されていて、間違いにくい配線が行なえるように配慮されていた。
このマイクとケーブル。専用ウィンドスクリーン8個と、分解収納できるケースをセットにして2023年1月の発売を予定しているとのこと。価格的には5,000ドルあたりを見込むという。単純計算すると70万円程度で、簡単に手を出せる機材ではないが、今後イマーシブオーディオのレコーディング用マイクとして、注目されそうだ。
リボンツイーター搭載した、FOSTEXのハイレゾ対応モニタースピーカー
モニタースピーカーで気になったのは、FOSTEXが参考出品していた6.5インチのスピーカー。FOSTEX初のリボンツイーターを採用。ウーファーはFOSTEXの代名詞的なHR形状振動版を使いつつ、スーパーツイーターとして、新開発のFolded Diaphragm方式リボンツイーターを搭載した。
あくまでも開発中のモデルであり、ここから徐々にブラッシュアップをしていく計画。また、展示されていたのはパッシブ型だが、製品化する際にはアンプ内蔵のアクティブスピーカーに仕上げるという。
周波数特性なども参考値として掲示されていたが、まだまだ暴れており、これを整えていくため、製品化まではまだ2年くらいはかかりそう、とのことだった。
ウーファーはフルレンジなので、これだけで十分使えるが、やはりハイレゾ時代の新しいモニタースピーカーとして、高域までしっかり出せるものが必要との判断から、開発を行なっているそうだが、リボンツイーターだと20kHz以上もキレイに出せることから、採用に踏み切ったと話していた。
どんな製品に仕上がるのか、楽しみに待ちたいところだ。
FitEar初のモニター用ヘッドフォン
インイヤーモニターでプロミュージシャンから評価の高いFitEarが、初のモニターヘッドフォンの試作機の展示をしていた。
ハウジング部は3Dプリンタで作ったという「試作機A」と「試作機B」が並べられており、どちらがいいか、来場者が投票できる形になっていた。
代表取締役の須山慶太氏がいたので、投票の多いほうを製品化するのか? 聞いてみたところ、「両方製品化してもいいかもしれないと考えています。またセミオーダーのような形にして、それぞれのユーザーにフィットする形で調整していくのもいいのではないかと企画しているところです」とのコメント。
FitEarというと、ライブで使うモニターイヤフォンのイメージが強いのだが、そうしたプロミュージシャンからレコーディング時に同じ音で使えるモニターが欲しいという声が多く、今回のヘッドフォンを企画したそうだ。価格帯的には3~5万円で、1年以内の製品化を目指すとのことだったので、これもどう仕上がってくるか期待したい。
以上、膨大な展示品があったInter BEE 2022の中で筆者の独断と偏見により、いくつかをピックアップしてみたが、いかがだっただろうか。
昨年のInter BEEは、あまりにもブースも来場者も少なかったので、このまま消えてしまうのでは……という不安もあったが、だいぶ以前の雰囲気に戻ってきたので、安心したところだ。今回ピックアップした製品の中で、より深堀りできるものがあれば、また改めて詳しくレポートしてみようと思っている。