藤本健のDigital Audio Laboratory

第995回

YMO楽器セットの再現も。VRイベント「電子楽器の創造展」に飛び込んだ

イベント「電子楽器の創造展」

7月28日から8月31日までの1カ月ちょっとの間、国立科学博物館主催のイベント「電子楽器の創造展」がオンライン開催されている。基本的にはシンセサイザをメインターゲットに据え、その発展の歴史を振り返る展示会で、VR空間上で触ったり音を聴いたりできる。

そのイベントの特別プログラムとして、メタバース空間でシンセサイザ等を紹介する「バーチャルガイドツアー」が開かれ、8月5日・6日の2日間、ツアーガイドを務めさせてもらった。筆者の出番は終了したが、8月26日・27日には、坂上暢氏による同様のバーチャルガイドツアーが行なわれる予定だ。

今回は、イベントの概要とあわせて、バーチャルガイドツアーがどのようなものだったか紹介してみよう。

「電子楽器の創造展」とは

現在開催中の「電子楽器の創造展」は、国立科学博物館(以下科博)が主催しているイベントだ。科博自体は、東京・上野駅の目の前、上野動物園の隣にあるが、この「電子楽器の創造展」は“バーチャル限定開催”ということで、完全にインターネット上というか、VR空間内のみで行なわれるものであり、上野に行っても何もない。

先日このイベントをSNSで告知したところ、「仕事帰りにちょっと寄っていこう」、「時間を見つけて科博行ってくる」などといったコメントが寄せられていたが、現在科博で展示されているのは常設のティラノサウルスの骨格化石標本やマッコウクジラの標本(05)、各種理工資料など(06)。

また特別展の「海ー生命のみなもと」や「科博の標本・資料でたどる、日本の哺乳類額の軌跡」といったものは行なわれているけれど、電子楽器の展示はどこにもない。あくまでもバーチャル空間での展示だ。

ただし、8月5日・6日の2日間においては、科博館内の会議室に7~8名のメンバーが集まり、そこで妙なことが行なわれていた。そして、その中で筆者がゴーグルを装着して、右往左往していたのである。

その詳細に入る前に「電子楽器の創造展」の概要について紹介しておこう。

前述している通り、同イベントは行政独立法人である科博と、公益財団法人かけはし芸術文化振興財団が共同主催で開催しているもので、主にシンセサイザについて紹介するイベントだ。

初めての電子楽器といわれるテルミンが誕生したのが1920年といわれているので、そこから約100年が経過したわけだが、その間に電子楽器は飛躍的に発展してきた。そして電子楽器においては日本が大きなリーダーシップを発揮して、技術的な革命をもたらしたり、音楽芸術や文化に影響を与えてきた、という歴史がある。

そこで、この100年を振り返って電子楽器の発展におけるトピックスとなった楽器を3Dモデル化して紹介したり、そこに携わった人物を紹介する、というまさに博物館的な内容になっているのだ。その雰囲気は以下のYouTube動画を見ると、なんとなく分かるはずだ。

国立科学博物館・バーチャル企画展「電子楽器の創造展」

このビデオ内にもある通り、具体的なプログラムとしては大きく以下の4章構成となっている。

第1章 電子楽器のショーケース

歴史的なヴィンテージをはじめ、革新的なテクノロジーで世界の音楽シーンに変革をもたらした数々のシンセサイザーとリズムマシンを中心に3Dで再現。電子楽器のエキスパートが再現したサウンドと共に体感できる。

第2章 電子楽器の偉人たち

“INNOVATOR”と海外で称され電子楽器の開発に生涯をささげた梯郁太郎。電子楽器を積極的に取り入れ音楽に新境地を切り開いた冨田勲。世界初と言われる電子楽器を発明したレフ・テルミン博士は竹内正実が紹介。

第3章 Whatʼs MIDI?

規格制定後40年を経ても電子楽器のデジタル技術の根幹をなすMIDI。MIDIが生まれた歴史的背景や音楽の歴史に与えた影響について、映像やクイズで学ぶことができる。

第4章 YMOステージの楽器たち

1980年に日本武道館で使われたYMO(Yellow Magic Orchestra)の楽器セットを3Dでリアルに再現。“YMO 第4の男”の異名を取るシンセサイザー・プログラマー松武秀樹のアバターがYMOサウンドや楽器のエピソードを解説。

「電子楽器の創造展」に参加するには、入場料2,500円が必要になるが、第1章のみは無料だ。とくにユーザー登録なども不要で、公式サイトから入ることができるので、電子楽器、シンセサイザに興味のある方なら、ぜひ参加してみてほしい。

第1章だけでも計35種類のシンセサイザやシーケンサなどをVR空間の中で立体的に見ることができ、そのデモ曲などを聴くことができるようになっている。

ちなみに、デモ曲を制作したのは日本シンセサイザプロフェッショナルアーツ(JSPA)の方々。いずれも曲も、このイベントのために作られたオリジナルなので、ヘッドフォンや大きなスピーカーでしっかり音を出して聴いてみるのがお勧めだ。

これだけのものが無料で見れてしまうというのは、さすが国立の博物館と言わざるを得ない。もっとも各機器の操作ができるわけではないけれど、3Dモデルになっているため、その目の前まで行って実物に触れるかのように細部まで細かく見れるというのなかなかない機会だ。8月31日までしか体験することができない展示なので、ぜひこの夏休みの時間のある時にじっくり見てみると楽しいと思う。

その上で、興味があれば、有料コンテンツを見てみると楽しいはず。とくにYMOファンであれば、松武秀樹氏の視点からの面白い話もいっぱいなので、かなり楽しめるはずだ。

ちなみにこのバーチャル空間へはWebブラウザで入っていくことができるほか、タブレットやスマートフォンで体験する方法、さらにはVRゴーグルを使って体験する方法の3種類がある。多くの方はブラウザで入っているようだが、スマホやタブレットのアプリを使って参加するほうが、よりリアルに、より気持ちよく体験できる。

さらに絶対的にお勧めしたいのはVRゴーグルを使っての参加。ハードウェアを用意する必要があるのが難点ではあるが、完全にこの空間の中に入り込み、自由に動いて触って、楽しむことができる。

CGの立体空間が苦手な筆者

第1章~第4章というコンテンツとは別に、スペシャルイベントとして開催されたのがバーチャルガイドツアーだ。冒頭でも紹介した通り、筆者がガイドを行なったのは8月5日と6日のそれぞれ13時開始の1stツアーと、16時開始の2ndツアーの計4回。

ゴーグルを装着した筆者と、坂上氏

そして坂上暢氏がガイドを行なう8月26日・27日の1stと2ndの計4回で、全部合わせて8回。通常の入場料は不要だが、バーチャルガイドツアーの入場料は1,000円。人数制限があり、オンラインチケットサイトであるPeatixを通じて購入、参加する形だ。

筆者が「メタバース空間でのガイドを頼めないか?」という話を科博の担当者からもらったのは、実は1年近く前のこと。

何のことだか、ほとんど理解できていなかったけれど、「何でも協力しますよ!」とかなりいい加減な返事をしていた。その後、何度か「なかなか準備が整っていないので、詳細はもうちょっと待ってほしい」ということを言われていたのだが、「大丈夫ですよ!」とこれまた適当な返事。

その一方で、実は徐々に不安に感じていたことがあった。それは内容そのものではなく、「メタバース空間に自分が耐えられるのか」という点。

実は昔からCGによる立体空間が苦手で、すぐに酔ってしまうのだ。最初にその酔いに気づいたのは40年近く前。8ビットパソコンであるPC-8001の160×100ドットという粗いグラフィックで作られた3次元迷路があり、その空間の中に入って操作をしていたら、酔って気持ち悪くなってしまったのだ。

それ以来、その手のものは苦手と認識していたが、ちょうどOculus(現Meta Quest)が登場してすぐ、ニコニコ超会議の会場で試させてもらったらやはり酔ってしまい、すぐにやめたが、その後札幌のイベントで再度Oculusを使ったイベント空間に10分間入ったところ、酷い車酔いのような眩暈を感じ、半日間復帰できなかった経験がある。

今年の春辺りから科博の件が徐々に具体的になる中、だんだん怖気づいてしまい「ちょっと試してダメだったら、辞退させてほしい」なんてことを訴えたが、時すでに遅し。企画はどんどん決まっていく中、もう引き返せない状況に来ていたのだ。

本番に向けて、一度レクチャーしてくれることになり、恐る恐る、科博の某会議室に坂上氏と一緒に参加。「ゲームのように動く空間ではなく、動きの少ない空間だからきっと大丈夫」、「速く動き回ったり、視点を動かすのをゆっくりすれば大丈夫」などと言われながら、ゴーグルを装着され、両手にそれぞれコントローラ持たされ、もはやこれまで…と覚悟をしてバーチャル空間へと飛び込んだ。

が、実際に入ってみると心配していた酔いはまったく感じず、自由に動き回ることができた。レクチャーを受けながら4~5分、動いてみたが問題もなく、快適に感じてしまうほど。しいて言えば、エアコンの効いた部屋とはいえ、夏場だからかゴーグルの中が熱かったが、これなら大丈夫、と本番に挑んだのだ。

ちなみにここで使ったのは、HTCの「VIVE Pro 2」という機材。その方面、まったく疎くて知らなかったが、解像度も上がり、そうした酔いが起きにくい状況になってきているのかもしれない。

筆者初のメタバース空間でのガイド

そのバーチャルガイドツアーの具体的内容だが、まず1stツアーでは1983年、1984年に発売されたMIDI黎明期に誕生した4つのシンセサイザ「JX-3P」「DX7」「Poly800」「JUNO-106」を取り上げ、MIDIとは何かについて、当時を振り返りながら紹介していった。

また2ndツアーでは、「Fairlight CMI」「DX7」「D-50」「VL1」「JD-800」「V-Synth」の6つのシンセサイザをピックアップ。ここではFairlight CMIに代表されるPCMシンセサイザのほかに、どんな方式のデジタルシンセサイザがあったのか、その仕組みなどを紹介した。

Fairlight CMI

バーチャル空間には、それぞれのシンセサイザが展示されおり、この空間内にいる人はそれぞれのシンセサイザに近づいてまじまじと見ることができるほか、その機材に関する説明を読んだり、音を聴くことができるようになっていた。

そして、筆者がガイドとして喋る声が来場者に聴こえるようになっていたほか、ツアー後半では質問タイムとして、来場者のマイクのミュートを解除するとともに、来場者からの質問を受けて筆者がその場で答えていくというやりとりを行なった。

ちなみに、筆者から各来場者の姿は紐アバターとして見ることができ、それぞれの人の頭にはハンドルネームが書かれている。一方、来場者から筆者は色の着いたアバターとして見え、ほかの来場者は紐アバターとして見える形になっていた。ただしブラウザで参加する場合は処理速度の問題から筆者も含め、全員が紐アバターとして見える形になっていたようだ。

2日間、計4回のツアーを行なう中、トラブルがなかったわけではないが、大きな事故もなく、やり取りができたことに、安堵しているところ。またガイドを行なった筆者としては、あれがリアルのことだったのか、バーチャルのことだったのかが曖昧に感じてしまうほどの体験であり、これならメタバース空間に住むことも可能かも……と思えてしまったのは、自分自身驚きであった。

そうしたメタバースの世界、まったく知らなかったので、サポートしてくれたスタッフの方々に伺ったところ、今回はPsychic VR LabのSTYLYというシステムを使っている、とのこと。

正確にはSTYLY BizというBtoB向けのものをカスタマイズして「電子楽器の創造展」として構築していたのだが、そのカスタマイズやシステム的な運営を担っていたのはNTTデータNJKの皆さん。当日も科博の方々とNTTデータNJKの方々が付きっきりで助けてくれた。

国立科学博物館、NTTデータNJKの皆さん

メタバース空間とはいえ、かなりリアルに近い世界。オープン時間になると、来場者が次々と入ってくるのだが、新しく入ってきた人を見つけると、案内担当者が一人ひとりにマイクで声掛けし、動作状況などをチェック。その上で、壁に書かれた注意書きを指しながら、ツアーにおける注意点などを説明。その後、筆者が挨拶をした上で、展示場へと引率し、説明をする、という流れで行なっていった。

1回につき40分のツアーだったのだが、最初困ったのは、どんな内容をどのように話をするのか、という点。普通のツアーであれば、ちょっとしたメモ書きを作り、そのアンチョコを見つつガイドをしていけそうだが、ゴーグルを付けてしまうと、手元のメモ書きなど一切見えない。

そこでNJKの方から提案されたのは、“メモ”を空間の壁に貼り付けたらどうか、という話。さすがに本当のメモ書きが貼ってあったら、見栄えが悪いが、図や写真があると参加者にとっても分かりやすいし、説明もしやすい。図版などを事前にメールで渡しておいたところ、当日にはそれらがメタバース空間内に貼ってあり、さらにその場で位置を調整するなどして本番をこなすことができた。

一方で初日に困ったのが時間配分。通常この手の説明を行なう際、チラチラと時計を見ながら行なうものだが、ゴーグルを付けていると時計を見ることもできない。そのため、スタッフに10分前になったら教えて欲しい、と伝えていた。

が、こちらも余裕なく、ガイドとして説明をしていたら、予定の半分くらいのところで、「あと10分です」というアナウンスが流れ、最後はちょっとドタバタに。2回目は10分経過するごとに声掛けしたもらい、もう少し落ち着いて進めることができた。

初日終了後、NJKの方から「メタバース空間内に時計を置くことも可能ですよ」という話が。確かにこれがあれば、もっと安心して進めることができる。翌日、科博に来てみると、デジタル時計が壁に掲示されており、断然進行しやすくなった。

ちなみに、ここに掲載したメタバース空間内のキャプチャは、NJKの方に記録してもらった動画から切り出したものだ。

筆者が「記事用に、動画記録をお願いできますか?」とたずねたところ「ちょうど、録画しようかと考えていたところなので、できますよ」と答えてくれたので、気軽に頼んでしまった。そして、各ツアーが終わるごとに、MP4のデータをコピーして渡してくれたのだが、実は結構な作業だったことをすべてが終わってから知らされた。

そう、筆者はゴーグルをしていたからまったく気づいていなかったのだが、そのNJKの担当者がメタバース空間内に3つのカメラを設置してくれ、そのカメラからの映像をモニターしながら、カメラのスイッチングを行ない、その映像をOBSを使って記録する、という技を使ってくれていたのだ。

てっきり誰かの視点からの映像を記録しているもの、と思っていたのだが、それだと全体を見渡しにくいし、人の視点だと酔ってしまうこともある、とのこと。そのため、天井や壁にバーチャルなカメラを設置し、その固定点から撮影することで、酔わない映像が撮れるのだとか。

まさにリアル空間と同じわけだが、筆者が動き回り、それに合わせて来場者もついてくるから、カメラの設置ポイントをそれに合わせて移動させる必要があり、彼もゴーグルとコントローラを装着しながら、外から見ればまるで踊っているかのように動き回ってフォローしていてくれた、というわけ。

オーディオ的な点で面白かったのは、後半の質問コーナーにおいて。参加している方から質問の声が聴こえてくるわけだが、リアル空間であれば、どの人が発言しているのか、声の聴こえる方向を見ればすぐに判別がつく。

それに対してメタバース空間ではどうなのかと思ったら、これもちゃんと前後左右上下と、空間的に判別できるようになっていた。NJKの方に伺ったところ、Unityを使って開発していて、ヘッドフォンを使った空間内の位置把握も標準ライブラリでできるようになっている、とのこと。

まさにバイノーラルサウンドへの畳み込みまで実現しているのだ。まあ、喋っている人の頭の色が変化するので、視覚的な判別ができることが補助しているとはいえ、ある程度は立体的に把握できる点には驚いたし、そのおかげで質問コーナーもトラブルなく乗り切ることができた。

以上、筆者の初めてのメタバース空間でのガイドのお仕事についてレポートしてみたが、いかがだっただろうか? ぜひ、無料で入れる第1章の空間だけでも覗いてみていただくとともに、電子楽器、シンセサイザについて興味を持っていただけると嬉しいところだ。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto