藤本健のDigital Audio Laboratory

第996回

ライブはAtmosとスマホで楽しむ時代へ!? 進化するコルグ「Live Extreme」

“音質”を最優先させた、KORG(コルグ)のインターネット動画配信システム「Live Extreme」。この連載でも何度も取り上げてきているが、そのLive Extremeが今年6月、空間オーディオ・フォーマットであるDolby Atmos(ドルビーアトモス)に対応した。

Live Extremeは、クライアント側で専用アプリを必要とせず、ブラウザで再生できるというのもユニークな点だが、Dolby Atmos対応となった場合、どうなるのか。また、そもそもどのようにDolby Atmos対応を行なったのだろうか。

Live Extremeの開発者であり、先日取締役になった大石耕史氏、そしてLive Extremeの担当者である山口創司氏、堀雄輝氏のそれぞれに話を聞いた。

左から山口創司氏、大石耕史氏、堀雄輝氏

進化し続けるコルグの超高音質配信システム「Live Extreme」

――Live Extreme、今年1月に行なわれた声優 小岩井ことりさんのイベントで配信されているところをレポートしましたが、その後もいろいろと機能強化をしていますね。改めて今どのようなことができるようになっているのか、教えて下さい。

大石氏(以下敬称略):Live Extremeを一般にお披露目したのは、2020年10月のキングレコードでの実証実験ですが、そのときにはできなかったことを、その後いろいろ実現させていきました。

一つ大きかったのは、2021年7月に副音声に対応したことです。副音声ができるようになったことで、スピーカー用とバイノーラル用など、異なるフォーマットの音を同時に配信できるようになりました。

Live Extremeは2020年の段階からDSD配信が可能でしたが、一般向け配信には使ってきませんでした。DSDだけを配信すると、再生できない人も多くなり、使い勝手としてよくないので、副音声が必要でした。ただ、2021年7月の時点でもDSDだけは副音声で通すことができなかったので、いろいろと整理して、ある程度システムを作り直すことで、今年4月に実現しました。

大石耕史氏

――副音声にDSDを流すわけですね。これはDoPを使うのですか?

大石:その通りです。副音声ですから、たとえDSD機材を持ってない方でも、PCMロスレスでの高音質配信が可能となっています。またDoPを使うので、基本的にはPCMのプラットフォームを利用できるわけです。一方、同じタイミングでAuro-3Dにも正式に対応させました。

堀:このタイミングで、リットーミュージックが御茶ノ水に開設した多目的スペース「RITTOR BASE」にLive Extremeを常設し、大友良英さんと小山田圭吾さんによる即興演奏ライブをDSD音声で生配信しています。

――Dolby Atmosより先にAuro-3Dに対応していたのですね。

山口:2022年7月に行なった「藝大第九 ~チャリティコンサート vol.6~」をその後、GEIDAI Music Archiveとして公開した際に、Auro-3D対応させたのが最初です。ハイレゾ96kHz/24bitで、5.1.4chに対応させています。

大石:Auro-3Dは非常にユニークな技術で、PCMの下位4bitにハイトスピーカーを割り当てる形になっています。そのため、DSDビット・パーフェクト配信ができるのであれば、まったく問題なくAuro-3Dも通るという形ですね。さらに、その2カ月後の今年6月には、HPL(Headphone Listening)にも対応しました。

――HPLは通常、ステレオ2chのWAVを使ってバイノーラル信号を流すものだと思います。Live ExtremeのHPL対応とはどのような意味なのですか。

山口:視聴環境側の話ではなく、“配信側”の話ですね。Live Extreme Encoder自体にHPLエンコーダーを内蔵したことで、外部入力されたステレオやサラウンド音声から、内部でバイノーラル音声をリアルタイムに生成して、ライブ配信できるようにしたのです。

これにより、視聴者は特別なソフトウェアなしにヘッドフォンでもサラウンドやイマーシブのような定位感を得ることができるようになります。またLive Extreme Encoder version 1.10では、音声入力チャンネルを従来の8chから12chに拡大し、最大7.1.4chに対応させたのも大きなポイントですね。

大石:従来はASIOの8chが限界だったものを、今回なんとか12chまで開けるようにしたのがポイントです。これにより、ASIOから7.1.4chをもらい、それをバイノーラルに落とし込むことができるようになってきたのです。そして、いよいよ本丸ともいえる、Dolby Atmos対応を先日のOTOTEN 2023で発表という形になりました。

Dolby Atmos配信はどうやって楽しむのか?

――これまでLive Extremeは、ブラウザで再生ができ、特別なハードウェアやソフトウェアを必要としない、というのが大きな売りのポイントだったと思います。Dolby Atmos対応において、この点はどうなったのでしょうか。

山口:Dolby Atmosの再生環境については、やや複雑ではありますが、基本的には従来どおり各ブラウザで再生させる形です。配信仕様および再生対応プラットフォームは、それぞれ表のとおりになっています。

配信仕様
再生対応プラットフォーム

山口:この中で、Androidはどうしてもブラウザで再生させることができないため、はじめてネイティブアプリを作成しました。それが「Live Extreme Experience for Android」というもので当社より無償でリリースしています。Dolby Atmos対応のAndroid端末であれば、そのままDolby Atmosコンテンツが再生可能です。

Live Extreme Experience for Android

――Dolby Atmos対応のAndroid端末なんて製品があるのですか?

山口:かなり多くの製品で対応していますよ。すべてを把握できているわけではありませんが、我々が確認できているAndroid端末だけでも、以下のようなものがあります。これら端末のスピーカーから音が飛び出すような形で立体的なサウンドが鳴らせるようになっています。ただし、一部の機器ではヘッドフォンによるバイノーラル再生となります。

――Android以外では、どうなのでしょうか。

山口:機種によって異なりますが、まずWindowsの場合、Microsoft Edgeを使って再生する形となります。これもDolby Atmos対応のパソコンであれば、そのまま再生することができ、バーチャルサラウンドの形で音が飛び出してきます。

一方、Dolby Atmos対応ではないパソコンの場合、まず「Dolby Access」をインストールする必要があります。これはバーチャルスピーカー機能はないものの無料で入手可能なソフトです。その上で、HDMI経由で音を出せば、Dolby Atmosデコーダーを搭載したAVアンプなどで鳴らすことが可能です。

Macの場合は、Safariを使って再生させる形になります。2018年以降発売のMacBookシリーズであれば、内蔵スピーカーでバーチャルサラウンドで音を出すことは可能です。またAirPods Proのようなヘッドトラッキング対応ヘッドフォン/イヤフォンを使っている場合はバイノーラル再生が可能です。一方で、HDMIやUSBオーディオには対応していません。

――iPhone/iPadの場合も教えて下さい。

山口:Safariを使って再生するのですが、iPhone XSシリーズおよびiPhone XR、そしてiPhone 11以降の機種であれば、内蔵スピーカーを使って音を飛び出させるバーチャルスピーカー再生が可能です。

ヘッドフォン再生においては、先ほどのMacと同様、ヘッドトラッキング対応のヘッドフォン/イヤフォンでDolby Atmos再生が可能です。ただし、通常のヘッドフォンでは利用することができないので、その点はご注意ください。

ちなみにMacの場合でもiOSの場合でも、SafariからAir PlayでApple TVに飛ばして再生する方法もあります。もちろん、そのApple TVであれば直接これでアクセスした上で、HDMIからDolby Atmos再生が可能です。

Chromecastの場合はChromeブラウザもしくは、先ほどのAndroid用のKorg Live Extreme Experienceからのキャストに対応しています。このDolby Atmosにおいては、砂原良徳さんによる「Surround Speaker Test」がオンデマンドで試すことができるので、ぜひそれぞれの環境でしっかり音が出せるかを確認いただければと思います。

配信業界のAVアンプを目指していきたい

――Dolby Atmosの場合、ストリーミングしているのはWAVではないわけですよね。

大石:そうですね。WAVのコンテナに入れるわけではなく、単なるビットストリームを流している形ですから、DoPのような事故は起こりにくく、扱いも簡単です。ブラウザではうまくいかなかったAndroid用にアプリも作ったので、これでほぼ何でもOKという形になりました。唯一、FireTVが未対応ですね。

――Dolby Atmosに対応したコンテンツは今後いろいろ出てきそうですか?

堀:8月11日に名古屋芸術大学フィルハーモニー管弦楽団の第11回定期演奏会があり、公演当日はバイノーラルステレオと通常ステレオでYouTubeでLive配信されました。これをLive ExtremeでDolby Atmosにしたアーカイブを8月21日~11月20日の期間無料で配信します。

これを皮切りに、今後Live ExtremeでのDolby Atmos配信は増えていきそうです。すでにテレビ局などからもお声がけいただいており、そうしたものから順次発表していけるのでは、と思っています。

――今回のDolby Atmos対応で、Live Extremeの機能拡張も一通り完了した感じですか?

大石:Dolby Atmosは実現したかった大きなトピックスですから、今後多くの方にご利用いただければと思っています。Live Extremeとしては、まだまだいろいろなことを展開していきたいです。どんなフォーマット、どんなプラットフォームにも対応できるようにする、という意味で、配信業界のAVアンプを目指していきたいですね。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto