西川善司の大画面☆マニア
第241回
8Kだけじゃない! ブラックアウト回避やeARC、あなたの知らないHDMI 2.1の世界
2018年1月13日 08:30
HDMI 2.1の正式仕様が2017年11月にリリースされた。近々、HDMI 2.1対応のトランスミッターチップ、レシーバチップも出荷される見込みで、2018年はついにHDMI 2.1時代の幕開けを迎えることになる。
今年のCES2018では、HDMI Licensing Administrator Inc.がプレスカンファレンスを開催して「HDMI 2.1の仕様」を改めて紹介し、さらにラスベガスコンベンションセンターに設けられたHDMIブースでは、その実動デモなどを実演していた。
既に「大画面☆マニア」では、2017年時に「HDMI 2.1とはなにか」の回で、伝送できる映像解像度やフレームレートについての解説、主な機能の紹介を行なっているので、そのあたりは今回は省き、HDMI 2.1が提供する機能のうち、あまり知られていないユニークな機能や、ブースで公開されていた実動デモなどの内容を紹介しよう。
HDMI 2.1で拡張されたARC「eARC」とはなにか
HDMI 1.4の際、1本のHDMIケーブルで、伝送方向の上りと下りの双方にてデジタル音声の送受を行なう仕組みとして「HDMI Audio Return Channel」(HDMI ARC)の仕様が規格化された。
ARCは、AVアンプのようなオーディオ機器のARC対応HDMI端子と、テレビ、プロジェクタのような映像機器のARC対応HDMI端子同士を接続して活用する。このARCで構築したAVシステムでコンテンツを再生すると、ARC機能により、サウンドはオーディオ機器側で再生され、映像はテレビ/プロジェクタで再生させることができる。設定を変えれば、テレビ/プロジェクタ側で音声を再生することも可能だ。
HDMI 2.1ではこのARCが拡張(Enhanced)されて「eARC」(Enhanced ARC)となった。
eARCでは、従来のARCの機能としての振る舞いはそのままに、伝送できるサウンドフォーマットに対する制約をほぼ全廃。具体的には非圧縮の5.1ch、7.1ch、あるいは最大32chからなるオブジェクトベースオーディオなども伝送できるようになる。ARCの仕組みでDTS:XやDolby Atmosまでをも取り扱えるようになると言うことだ。
これができるようになった最大の要因はシンプルだ。というのは、HDMI 2.1ではオーディオストリームの伝送帯域が従来のARCの最大1Mbpsに対して、eARCでは最大37Mbpsに拡張されたためだ。
HDMI 2.1の新機能「QMS」「QFT」とはなにか
HDMI 2.1では、従来のHDMIにはなかった「Enhanced Refresh Rate」(ERR)というカテゴリの機能が充実する。
ERRカテゴリの機能の中でも、特にゲームファンなどに歓迎されそうなのが「Variable Refresh Rate」(VRR)である。
従来のHDMIでは24Hz、30Hz、60Hzといった固定リフレッシュレート(≒フレームレート)の映像しか正しく表示出来ず、これからずれる場合はカクつき(Stutter)や画面割れ(Tearing)といった現象に見舞われていた。
これを改善するためにAMDやNVIDIAといったGPUメーカーは独自アイディアの可変フレームレート表示技術を提唱し、それぞれ「FreeSync」(AMD)、「G-Sync」(NVIDIA)を発表したことを知る人は多いだろう。これらの技術は、今までディスプレイ機器側主導だった表示システムを、映像送出元主導の表示システムに切り換える画期的なソリューションだったが、FreeSyncとG-Syncの2つの規格に相互互換性がなかったために、ユーザーは製品を選択する際に「踏み絵」を強いられることとなったのだ。
ところが、HDMI 2.1では、AMDのFreeSyncの技術をベースに「VRR」が標準規格化されたのである。
ここまでは、昨年の「HDMI 2.1とはなにか」の記事でも解説済みだったわけだが、このERRカテゴリの機能は他にもあり、これらが今回のCESのプレスカンファレンスでは紹介されたのである。
まず、その1つ目が「Quick Media Switching」(QMS)である。
HDMIでリンクしている映像送出元とディスプレイ機器において、映像送出元がフレームレートを切換えたり、あるいは解像度を切り換えたりすると、従来のHDMIでは、リンク手続きを最初からやり直すために、画面表示がブラックアウトしたり、あるいは乱れたりして、さらには正常な表示に戻るまで長ければ1秒以上待たされることがあった。
QMSはこれを改善するもので、リンクをそのまま維持して、ブラックアウトを回避する。しかも、フレームレートや解像度の変更をユーザーにほとんど気付かれないレベルで瞬時に切り換えてくれる。
2つ目は「QUICK FRAME TRANSPORT」(QFT)だ。
これは、ディスプレイ側の表示のフレームレートは変更せずに、映像送出元の映像伝送速度を上げることが出来る仕組み。
ディスプレイ側の表示が60Hz(60fps)だったとして、ディスプレイ側は次に表示するべき映像フレームを待っているのだが、映像送出側がなかなかそれを送ってくれない。これはゲーム機やPCなどにおいてレンダリング負荷の高すぎる映像を描画しているときなどに起こりうる。そんな時、ディスプレイ側は以前の映像フレームを表示したまま、次のフレームを待ち続け、GPU側は映像ができ次第それをフレームレートよりも高速にディスプレイ側に伝送する。待っていたディスプレイ側はこれを受けて即座に表示する。
ディスプレイ機器側のパネル駆動速度が表示フレームレートよりも早ければ、表示自体は事実上の可変フレームレート表示にはなるが、ディスプレイ機器側としては固定フレームレートのままで表示を行なっていることになる。
この仕組みは仮想現実(Virtual Reality)などのHMD映像をタイムワープ処理付きで表示する際に重宝する。頭部の動き検出と映像表示を非同期に行ないつつも、その遅延を短縮する効果が狙えるからだ。
ゲームを表示すると、自動でテレビ表示が「ゲームモード」に
最近のテレビでは、ゲーム機などを接続して、アクション性、リアルタイム性の高いゲームをプレイする時のために、映像エンジンの高画質処理をキャンセルするなどして遅延を低減させる「低遅延モード」や「ゲームモード」を備える機種が増えつつある。
遅延を許容して高画質を優先させる通常モードと、低遅延を追求したゲームモードを使い分ける際、どうしてもリモコン操作一発で切り換えることはできず、テレビ製品のメニューに潜って操作しなければならなかったりする。これは面倒な作業だ。
そこでHDMI 2.1に搭載された新機能が「AUTO LOW LATENCY MODE」(ALL MODE)だ。
ゲームなどのコンテンツを表示する際、HDMI 2.1側の制御を用いて、テレビ/ディスプレイに対して、低遅延モードへの切換を要請できる。
もちろん、テレビやディスプレイ側として、そうしたHDMI 2.1側からのリクエストを無視することもできるが、たとえばPS4やXbox Oneのような、ゲームにも映画コンテンツの再生にも対応した機器では、ゲームプレイ時には低遅延モード、映画再生時には高画質モードを自動的に切り換えてくれるようになれば利便性は高いといえる。
eARCはHDMI 2.0対応のAVアンプでも使える?
CES会場のサウスホールにあるHDMIブースでは、プレスカンファレンスで発表された最新HDMI技術の実動デモが公開されていた。
まずは、前出のeARCのデモだ。ブースで行なわれていたのは、現行AVアンプに対し、ファームウェアアップデートを行なうことで(HDMI 2.1の8K伝送といったフルスペックには対応出来ないものの)、将来出てくる予定のHDMI 2.1対応テレビと組み合わせたときに、eARC機能を利用することができるようになる……という内容。
HDMI 2.1対応テレビのHDMI入力端子には、最大48Gbpsの帯域を活用して8K映像や最大37Mbpsのサウンドストリームが伝送されるが、このテレビのeARC対応HDMI端子と結ばれた現行HDMI 2.0世代のAVアンプのARC対応HDMI端子に対しては、HDMI2.0世代で取り扱える5.1ch、7.1chのマルチチャンネル非圧縮オーディオや、最大32chからなるオブジェクトベースオーディオなどを伝送できるということだ。
一見地味な展示だが、「HDMI 2.1の機器がリリースされた際、なにからなにまでHDMI 2.1機器に買い替えずとも、eARCの機能は現行AVアンプでも利用出来るかもしれない」という可能性を感じさせる、なかなか夢のあるデモなのであった。
HDMI 2.1のインターフェースチップの実動デモ公開
新規格として発表になったHDMI 2.1だが、その運用というか活用には、HDMI 2.1対応のインターフェースプロセッサチップがなければ「絵に描いた餅」状態である。
「対応トランスミッターチップ、レシーバーチップいつ出てくるのか」は、昨年2017年1月のCES時のHDMI 2.1アナウンス時から、誰もが気にかけていたわけだが、今年のCESでは、ついに実動チップの伝送デモがブースで公開された。
開発を担当したのはHDMI関連チップ開発には実績のあるSilicon Image社からスピンアウトしたメンバーで創業されたinvecasだ。
デモの内容は、invecasの開発したHDMI 2.1対応のトランスミッタIPチップで8K/60Hz映像を送り出し、レシーバーIPチップでこれを受信してディスプレイ側に出力し、ここに含まれているオーディオストリームはeARC機能を活用してAVアンプに出力する、というもの。
8K/60Hz映像は言っても、4K(3,840×2,160ドット)を横に並べた横長8K(7,680×2,160ドット)映像であり、カラーフォーマットは不明だが、DSC(Display Stream Compression)圧縮も適用していない。さらに補足すると、今回のデモに用いた試作チップに限ってはDSCロジックは入っておらず、それ故に8K/120pなどの映像伝送テストは行なえないとのことであった。
とはいえ、このIPを搭載したHDMI 2.1インターフェースチップは2018年内に量産されて出荷される見込みだという。早ければ年内にも、HDMI 2.1対応の市販製品にお目にかかれるようになるかも知れない。
DSCの性能を検証できるデモ
HDMI 2.1の理論性能データ伝送帯域は最大で48Gbps。「HDMI 2.1とは何か」でも解説したように、8K/60fps映像をHDMIの伝送方式で伝送しようとすると、RGB888で72Gbpsの帯域が必要になり、48Gbpsでは到底足りない。ちなみに、48Gbpsで送れる8K/60fps映像はYUV420カラーまでになる。
このあたりをまとめたの下図になる。
では、なぜHDMI 2.1は「8Kの120fpsまで送れる」と豪語できるのかといえば、DSCと呼ばれる技術をあてにしているからだ。
DSC(Display Stream Compression)はDPCM(Delta Pulse Code Modulation)とICH(Indexed Color History)をベースにしたリアルタイム性に優れた圧縮技術で、設定した圧縮率で安定した圧縮結果が得られる特徴を持つ。
ただし、圧縮したデータは元のデータには戻らない、いわゆるロッシーな(ある程度の劣化を許容した上で活用する)映像信号圧縮技術になる。MPEG系のような、過去から現在の映像フレーム同士の相関関係を利用した圧縮技術は、元のデータに対して数百分の1にまで圧縮が可能だが、DSCは時間方向に伝送されててくる一次元データストリームの圧縮なのでたかだか数分の1程度の圧縮率に留まる。その代わり、低遅延で高速リアルタイムに圧縮展開できる利点がある。
ちなみに下図はHDMI 2.1で伝送可能な代表的な映像解像度/フレームレートの一覧だが、赤字で記載されているフォーマットは、HDMI 2.1で伝送するためにはこのDSC技術の利用が避けられない。必須なのである。
ここで気になるのは、DSC圧縮の非可逆性の品質だ。
DSC圧縮したことで、データを復号した際には一定量の誤差を持つことになってしまう。いちおう、HDMI規格側の建前としては「人間の視覚では判別できないレベルの差」と訴求している。
そこで、「本当に判別できないのか」を体験できるテストデモがブースで行なわれていた。下の画像がそのテストの一部の様子で、画面の上半分はテスト画像を表示したもので、下左が、このテスト画像の生データとDSC圧縮展開を経て誤差を含んだ画像との差分値を可視化したものになる。
元の画像との誤差がゼロならば黒い画像となり、誤差が大きければその絶対値が輝点として表される。見ての通り、ほとんど真っ黒になっているのが分かることだろう。
一方で、この画像の下右はかなり明るい輝点の集合体として見えるだろう。
これは、違いが見やすいように、画像の下左の結果を16倍にバイアスを掛けてわざと顕在化して見せているものになる。
差分値を16倍にまで拡大しなければ顕在化しないほどの誤差しか無いと言うことは、確かにHDMI 2.1規格が主張する「視覚上はほとんど違いが無い」ということに信憑性はありそうである。
ちなみに、このDSCロジックのIPコアを開発したのは半導体IPメーカーのHardentだ。HardentはこのDSCロジックのデモの他に、DSCによる圧縮時、あるいは復号展開時にエラーを発生してしまった場合の対処を行なうエラー訂正ロジックのデモも実演していた。
アナログデータならばいざ知らず、デジタルデータのエラーは完全なノイズとなりがちで、これが画像データと言うことにもなれば、当然画面は砂嵐的な表示になってしまう。
DSCの一次元データストリーム圧縮アルゴリズムの特性上、圧縮単位はラインバイラインとなり、発生エラーはライン単位のような局所的な範囲に限られるはず。そうした特性を活かし、画質劣化は仕方ないとしても、砂嵐表示にはならないように処理する同社のエラー訂正性能が示された。
具体的には近隣のライン像を複製したり、あるいは、近隣のライン像を回収して拡散させたりといったことをやるようだ。細かい機能のデモではあったが、それだけ、HDMI 2.1がリアルなものになりつつあると感じさせる内容となっていた。
USB Type-CがHDMIに変身「HDMI Alt Mode USB Type-C」がついに製品化へ
2016年に仕様が発表されてから長らくその後の音沙汰がなかった「HDMI Alt Mode USB Type-C」がついに2018年から製品化される事が報告され、実際にブースではデモも行なわれた。
「HDMI Alt Mode USB Type-C」は、USB Type-C端子をHDMI端子として利用出来るようにする規格。片側がUSB Type-Cで、反対側がHDMI端子という、エイプリルフールネタのようなケーブルが、今年、現実のものとなるのだ。
ちなみに、この「HDMI Alt Mode USB Type-C」は、HDMI2.0a/b相当の機能に留まり、現状ではHDMI 2.1を伝送する規格にはなっていない点に留意したい。ただ、HDMI2.0a/b相当なので、HDR10対応の4K/60p映像までは伝送できる。
既存のパソコンやスマートフォンのUSB Type-C端子がこのケーブルを使うことでHDMI出力対応になるわけではなく、この「HDMI Alt Mode USB Type-C」モードに対応したUSB Type-C端子に限られる。非対応のUSB Type-C端子に、このケーブルを誤って接続してもそれぞれの機器が壊れることはないが、何も映らない。混乱やトラブルを避けるために、「HDMI Alt Mode USB Type-C」対応端子にはHDMIのロゴを端子付近に付けるなどの明示表記をしていきたいと、ブースにいた担当者は述べていた。