西川善司の大画面☆マニア

第242回

激しさを増す“サムスン 対 LG”。サムスンが「マイクロLEDテレビ」を'18年に投入!?

 日本のユーザーからすれば縁遠い話にはなるが、テレビ製品やAV家電、PCモニターなどの大画面関連機器において、北米市場で最も人気の高い製品はサムスン、LGという韓国勢になる。最近、北米市場に限っては、大画面のハイエンド級テレビ製品に限ってはソニーが躍進中で、逆に安価なエントリークラス製品では中国のTCLが急成長していて、サムスン・LGの絶対2強状態に変化は現れてきてはいるものの、北米の人々からするとサムスン・LGの人気は依然と高い。

サムスンブース

 今年も、例年通り、大画面☆マニアのCES特別編ではこのサムスン対LGの模様をお伝えする。

サムスンブースはAIプラットフォーム「SMartThings」一色

 今年も会期初日と二日目は、近づくのが難しいほどサムスンとLGのブースは大混雑していた。

 ただ、ブースの作りは両2社で大部異なっていたように思う。サムスンは、新製品をカテゴリに分けて陳列するスタイルではなく、今年、一番力を入れているAI家電のプラットフォームを周知させる展示に変えてきたのだ。

 例年と違って、どこに何があるのかをあえて分かりづらくしている様子で、あえて中で迷ってもらっていろいろ見てもらうことを狙っているようであった。

 ブース内はモデルルームのような「おしゃれ空間」風のパーティションになっていて、そのそれぞれに冷蔵庫、洗濯機のような生活家電から、テレビやオーディオのようなAV家電までをレイアウトしていて、「サムスンのAI家電をおうちに置くとこんな感じです」というような展示としていた。

テレビ製品の展示コーナーも「2018年モデルの展示」よりも「SmartThingsでテレビが賢く使える」を訴える方に重きを置いていた

 サムスンが提唱するAI家電のプラットフォームは「SmartThings」という名前で、フロントエンドの「Bixby」がインターフェースとなる。「Hi! Bixby」と話しかけることで自然言語による音声操作ができる仕組みは、最近流行のスマートスピーカーと同じだ。そしてAIシステムのコアはクラウド側にある「SmartThings Cloud」で、各AI家電を制御するのは「SmartThings Apps」になる。

 このAIプラットフォーム「SmartThings」をサムスンは、冷蔵庫、洗濯機からテレビなどのAV家電にまで展開する方針で、ブースの至る所で「SmartThings」のロゴが踊る。

「Hi Bixby」と声を掛けて使うサムスンのAiエージェント「Bixby」
「SmartThings」プラットフォームのフロントエンドがBixby、バックエンドが「SmartThing Cloud」
一般的なユーザーにとっては「AI家電でなにができるのか」は分かりにくく「Bixby」と「SmartThings」のキーワードも捉えにくい。そこでステージでは短いサイクルでその解説プレゼンテーションを頻繁に行なっていた
ブース内の各パーティションをモデルルームのような生活感のある空間で演出。ちなみにここはPC関連製品展示コーナー。デジタルホワイトボードやPCモニターなどが実際のオフィス風に展示されている

 こうしたAIを家電に展開する戦略は、LGも「LG ThinQ」と「Deep ThinQ」として、今年のCESでは強く訴求を開始した。サムスンの「SmartThings」はLGの「LG ThinQ」に相当し、「SmartThings Cloud」は「Deep ThinQ」に対応する図式だ。

 対するLGの方は、例年通りのブース展開で、入口を有機ELディスプレイでテーマパークのアトラクション風に彩って来場者を出迎え、ブース内は、伝統的な各製品ジャンルごとに新製品を陳列させるスタイル。

LGブースにおける、大迫力のビデオウォールデモ。サウンドも立体音響チックに流され、来場者を包み込む

 例年、ブースの目玉になりつつある、入口のビデオウォールの2018年バージョンは、うねるように湾曲させた有機ELパネルを配置したものになっていて、雲海や洞窟、瀧が見える秘境的ジャングルの映像の中を歩ける体験が楽しめた。

 LGブースの担当者によれば、今回のビデオウォールは、(4Kではなく)フルHD解像度の55インチのデジタルサイネージ用の有機ELパネルを総246枚配置して構築したもので、総ピクセル数は5億以上になるというから凄まじい。

総数246枚の有機ELパネルからなるビデオウォールの迫力は圧倒的

 LG担当者が、今回のビデオウォール展示で特に強調していたのは「有機ELパネルならではの一定曲率ではない曲面パネル」だ。

 ある半径で表される円弧を切り取ったような曲面パネルは液晶パネルでも実現出来なくはないが、波打つような非線形な曲面はバックライトからの平行光を光源にした液晶ではまともな映像表示を行なうのは困難である…というのだ。自発光画素の有機ELパネルならばそれも簡単…というわけである。

盛り上がって凹むような、S字的にうねる曲面は、自発光ディスプレイの有機ELパネルでないと実現が難しい。自発光の利点は思わぬところにもあるものである

 この枚数の有機ELパネルに映像を送出するのは当然、マルチ映像出力に対応したPCとなるわけだが、各PC間はイーサネットベースで同期をとっており、このビデオウォールのプログラムを起動するのにもそれなりの時間が掛かるのだとか。それを4日間の会期中ずっと落とすことなく実行させ続けるのは担当者としてはヒヤヒヤものだったらしい。

 ちなみに会期2日目、ラスベガスコンベンションセンター全体が短時間ながらも停電に見舞われて騒然としたのだが、この停電の原因は、決してLGブースのビデオウォールが電気を使いすぎて起きたわけではない……とのことである(笑)

サムスンとLGが共にAIベース!?の新映像エンジン発表

 韓国勢のテレビは高画質処理ロジック、いわゆる映像エンジンが弱いと評されがちだ。

 その映像パネルの一番得意とする輝度域、色域における表示は日本勢のテレビ製品に肉迫するが、そうしたスイートスポットを外した領域での表示は途端に画質レベルが低下する傾向がある。

 また超解像処理などは、アナログ時代から存在する陰影鮮鋭化のシャープネス処理と大して変わらず、「超解像処理を行なうとノイズまでも鮮鋭化される」ということもあった。

 一度このあたりのことについてサムスンやLGの担当者に質問したことがあるが「我々は、入力された映像をなるべくそのまま出力したいという思想の下に画作りをしている」という異口同音的な返答が返ってきた。

 しかし、その映像パネルの表示性能のスイートスポットを外れてしまうような、表示の難しい映像データに対しては、何らかの映像処理を行なわなければまともに表示出来ない。映像エンジンの存在の重要性については日本のメーカーの方が昔から格段に意識が高かったのは間違いない。

 ハイエンドクラスのテレビ製品は、同じ韓国勢製の映像パネルを使いながらもソニー製のものがよく売れるような状況になってきた……というのは前述した通り。さすがに彼らも危機感を覚えたのだろうか。今回のCESでは、サムスン・LGの両メーカーが同じタイミングで新映像エンジンを発表し、ブースではその実動デモを披露していたのである。

 発表されていたサムスンの新エンジンの名前は「8K AI TECHNOLOGY」というもので、まだ正式な名称はないようだ。

発表されていたサムスンの新エンジンの名前は「8K AI TECHNOLOGY」という仮称

 アルゴリズムとしては、こんなかんじだ。

 画面を格子状に分割したグリッド単位で映像を解析し、そのグリッド単位の相関性の強弱でオブジェクトを認識。映像処理はそのオブジェクト単位で実践する。

 その映像処理自体は、事前に機械学習で学習させた「変換前のオリジナル状態」と「変換後の高画質処理化した状態」の対応学習データに従い処理するという仕組みだ。

 画面全体に対して一意的なパラメータで映像処理をするのではなく、オブジェクト単位、部位単位で、輪郭のスムーズ化、解像感アップ、色補正、ノイズ低減を最適に行なうことができるというわけだ。

アルゴリズムを解説したダイアグラム。後出の日本の図解と比較してみるとよく似ていて面白い
映像をグリッド単位で解析して……
その相関性を深度の形で表した図解
85インチの8K解像度のVA型液晶パネルでのデモ。新開発の8K AI映像エンジンを適用しての表示だ

 LGが発表した新エンジンの名称は「α9 Intelligent Processor」で、ブースでの説明や解説映像を見る限りでは、サムスンのものとアルゴリズムはよく似ている。そもそも、説明の映像自体がほとんど同じだ。

LGが発表した新エンジンの名称は「α9 Intelligent Processor」
グリッド単位で映像を解析してその相関性の強度の違いからオブジェクトを認識し、映像処理はそのオブジェクト単位に実践する…という図解

 こうした一連の適応型の映像処理に対し「AI:人工知能」というキーワードを与えているのもサムスンとLGで共通である。

 ちなみに、この一連の「グリッドベースで映像を解析してオブジェクトを認識」「機械学習ベースの"オリジナル→高画質"変換の仕組み」は日本のソニーや東芝がやってきた映像エンジンの生き写しである。

東芝REGZAに搭載されている機械学習型超解像エンジンのダイアグラム
ソニーのBRAVIAに搭載されている機械学習ベースのデータベース型映像処理エンジン。今回発表された韓国勢の映像エンジンは、日本勢のものに酷似しているが……

 これに関して、今回のCESで、この一連の発表を見た某日本メーカーのエンジニア氏は「業界全体で映像の高画質化の底上げになれば……」と笑顔で語っていたが、今後は、これまで築き上げてきた「映像エンジンの品質の差」に関して追い上げが厳しくなることは間違いなく、今後の戦いはさらに熾烈なものになりそうである。

 個人的には、こうした「適応型の映像処理」に対し、サムスン・LGの双方が、今力を入れているAIブランディングに絡めてきているのが、なかなか「したたか」だと感じている。一般消費者は実体機能よりもブランディングや技術キーワードに影響を受けやすいからだ。

 このあたりの「マーケティングキーワードの創出」はサムスンは実に上手で、これまでにも「我々のテレビは液晶(LCD)ではない。バックライトにLEDを使っているからLEDテレビだ」(2010年)とか、後には「LEDテレビに量子ドット(Quantum Dot)技術を応用したLEDテレビよりも凄いテレビ。それがQLEDテレビである」(2016年)と言う具合の名言を生んでいる。

 最近では、このサムスンが創出した新キーワードに便乗する後発メーカーもいて、例えば、エントリークラスを中心にテレビ製品を展開し、北米で躍進している中国のTCLは、しれっと「QLEDテレビはTCLでどうぞ!」というメッセージを打ち出している。そう、TCLは、サムスンの独自造語「QLEDテレビ」をすっかり引用して自社製品を訴求しているのだ。こうしたライバル達と戦っていかなければならない日本のメーカーは大変だ。

人気を上げているTCLのブース
TCLは、サムスンが作り出した造語「QLEDテレビ」をするっと拝借。スタッフに「これってサムスンが作った言葉では?」と聞くと「いや、北米ではQLEDテレビというキーワードは定着しているのでいまや一般用語である。我々はサムスンとは一切関係ない」と反論されてしまった
CES会場周辺に掲げられたサイネージにも「QLEDテレビ」の文字が躍る

サムスンブースで見た最新大画面技術

 最後に1つ、サムスンが非常に興味深い、次世代大画面技術を展示していたので、それに触れておこう。

 まずはここに至る背景から簡単に説明しておく。

 サムスンは有機ELテレビの開発に頓挫し、2014年にテレビ向けの大型有機ELパネルの開発から撤退を表明した。結果的に、テレビ向けの大型有機ELパネルは、性能に若干妥協しつつもコストを優先して開発されたLG Displayの白色サブピクセル式有機ELパネルだけが存続し、現在の大画面有機ELテレビ製品は日本メーカー製のものも含めて全てがLG式白色サブピクセル式有機ELパネルを採用する事になった。

 この「LG式有機ELパネル採用」ブームに「意地でも乗らなかった」のがライバルのサムスンである。

 結果、サムスンは薄型テレビ製品に関しては、2015年以降は液晶テレビ専業メーカーとなるも、その劣勢を悟られぬように、量子ドット(Quantum Dot)技術を組み合わせて色域を拡大した液晶テレビを2016年から「QLEDテレビ」としてブランディング展開。実際その甲斐あって、TCLスタッフが自ら言うほど「QLEDテレビ」というキーワードは北米に定着した。

 サムスンは2017年も「QLEDはOLED(有機EL)よりいいテレビ」をキャッチコピーにして、QLEDテレビの方がLG有機ELテレビよりも優れると徹底的にアピールしていたが、さすがに北米の消費者も際立つ「有機ELテレビブーム」に押され、「QLEDテレビ」のマジックワードの魔法から目覚めてしまったようだ。

昨年のブース。液晶テレビよりも有機ELテレビよりも優れたテレビとして「QLEDテレビ」をアピール。2016年以降のサムスンブースは「Q」推しのブース展開となった

 サムスンに「液晶の次のテレビ」を期待する声が押し寄せ、これを受けて今回のCESでサムスンは「マイクロLEDディスプレイ」パネルベースのテレビ試作品を発表したというわけである。

 マイクロLEDディスプレイとは、RGBで発光するサブピクセルの1つ1つが、我々が普段から慣れ親しんでいるLEDそのもので出来ている映像パネルだ。

 確かに、これは「有機ELパネルの次にくる」と言われてきたディスプレイパネルで、実際のところサムスン以外にも研究開発を進めているところは幾つかある。

 なかでも先行しているのは日本のソニーだ。

 2012年には「Crystal LED Display」(CLEDIS)として、55型フルHD解像度のマイクロLEDディスプレイを参考出展した。

2012年に展示された、ソニーの「Crystal LED Display」。一般的な家庭用サイズで一般向けにマイクロLEDディスプレイが出展されたのはこの時が最初だった

 その後、ソニーはCLEDISを、業務用、サイネージ用途のディスプレイ技術で実用化し、家庭用テレビサイズへの応用展開をも目指して今も技術開発を継続している。

2016年11月の「Inter BEE 2016」で展示された、ソニーのマイクロLEDディスプレイ。220インチ・4K解像度で1億円超という高額製品となっており、現在は業務用ディスプレイ製品として展開中

 サムスンは、ここ2年ほどテレビに関して先進技術アピール力が乏しかったので、今回、逆転を狙うべく、このマイクロLEDディスプレイを採用したテレビ製品の発売を予告しに来たというわけだ。

大々的に発表されたサムスンの「世界初のマイクロLEDテレビ」。「The Wall」はプロジェクト名でありブランド名でもあるという
「バックライト無し」は液晶に対する牽制。「カラーフィルター無し」はLG式有機ELパネルへの牽制メッセージだ
モジュール単位で画面を構成するため、自由なアスペクト比の製品を低コストに製造できるとアピールされた

 サムスン担当者によれば、今回展示したマイクロLEDディスプレイベースのテレビ製品は2018年後期に市場投入するというから凄い。

 現時点では価格は未定とするが、3月から5月の間のタイミングで、2018年の新しいテレビ戦略について発表会を行なうそうで、その時にはこのマイクロLEDディスプレイベースのテレビ製品についての詳しい説明をする……とも、担当者は述べていた。

 現時点で、判明しているスペックは、画面サイズが146インチであること、解像度が4K(3,840×2,160ドット)であるということだけだ。

 ちなみに、この146インチの大画面は、実は1枚パネルではなく、10数センチ角のモジュールを接続して構成されている。このパネルモジュール自体にはベゼル(額縁)はなく、モジュール同士を並べて接続した場合も、ほとんど継ぎ目が分からないため、1枚パネルに見えるのだ。ただ、近づいて見れば、その継ぎ目を見つけることはできる。このあたりは評価の分かれるポイントになりそうだが、輝度パワーは液晶や有機ELの比ではなく、最低でも数千nitはありそうなまばゆさだった。

サブピクセルは上から青緑赤と縦に並ぶ配列。意外にも格子筋はほとんど無く、画素開口率は高め
マイクロLEDディスプレイを構成する1モジュールを展示したショーケース。下が実物。上はデジタル顕微鏡で拡大したパネルをタブレット画面に表示ているものになる
よーく観察すると継ぎ目は見えるが、普段の映像表示で気になるレベルではない

 まだ、画作りは相当に粗く、色には偏りが感じられ、階調表現も粗め。黒の沈み込みは良好だが、暗部階調もかなり大ざっぱで、現状の表示品質は情報ディスプレイ並みといったところ。ただ、ディスプレイパネルとしての素性はいいはずなので、今後の進化には期待したいところだ。

様々なデモ映像が流れていたが、まだまだ画質は粗め。ただ輝度は非常に高く、潜在能力の高さはうかがえる

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。3D立体視支持者。ブログはこちら