樋口真嗣の地獄の怪光線

失われた技術が新しい技術で復活する。4Kでみた影武者の先進性と編集こそ命

失われた技術が新しい技術で復活するということ

 京橋のフィルムセンターで「よみがえるフィルムと技術」というお題で過去の作品の復元をどうするか、その例として1957年に製作された日活映画「ジャズ娘誕生」のカラー版を復元させて上映が行なわれました。この映画、アメリカのテクニカラー方式に倣ったコニカラーという三色分解撮影でつくられたのですが、公開当時のカラー版プリントは退色してしまい、観ることができるのはモノクロ版のみ、という状態で現在に至ってます。

ジャズ娘誕生
画像提供:東京国立近代美術館フィルムセンター

テクニカラー。

 それはまだ、撮影用のカラーフィルムの品質が安定していない時代に考案された、レンズを通した光をプリズムで赤、青、緑の三色に分離させてそれぞれを白黒フィルムで同時に撮影してから、その三本の白黒フィルムをそれぞれの色で着色しながらカラーフィルムに復元させるのです。白黒フィルムを使っているので、ネガの経年劣化が少なく現在でも色の再現性が良いのです。5、60年代のアメリカ映画がブルーレイとかで凄まじい高画質を再現できるのは実は三色分解のおかげだったりします。

 その方式を日本で実現したのが小西六写真工業(現・コニカミノルタ)でした。社名をとってコニカラー。わかりやすいです。しかしながら三色分解の機構から三倍のフィルムを同時に回すため、撮影機…キャメラが大人三人がかりでないと運べないほどの大きさだったこと、そして何よりもそのコニカラーが実現してからわずか数年後に三層式…三色を一本のフィルムで感光ができる、所謂カラーフィルムが流通してきたので何もわざわざ大きなカメラを大変な思いをして動かさなくても良くなったのです。すると三色分解した白黒フィルムを一本のカラーフィルムに復元する現像所のインフラは廃止され、約60本近く作られた国産の三色分解映画をカラーで再現することはできなくなりましたが、それ以上に簡単にカラー映画を作るシステムが受け入れられたということなんでしょうが、その60本の映画の保存は経営判断で見送られたのです。

時は流れて21世紀。

 残されたフィルムをスキャンしてデジタルデータ化し、パーフォレーションのガタつきで生じる画の揺れや傷をデジタル修正して三色を復元して撮影時にフィルムに記録されていた細部が、デジタルデータを介することで公開当時を凌ぐ情報量になって蘇ったのです。

これがとんでもなく素晴らしいのです。

 アニメ脚本家として一世を風靡することになる辻真先さんが実写映画に参加しているのも興味深いですが、伊豆半島の漁港、東京都心の様子、今では失われた風景が精細なカラーで蘇ると映画そのものが意図した目的以上の意味が醸されてくるというか、舞台となった日本の風景が現代劇として作られているにもかかわらず壮大な異世界に見えてくるのです。

失われた技術が、新しい技術によって復活しました。

 映画を保存する、という意味の深さを改めて感じつつ今は亡きエドワード・ヤンの台湾映画「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」の4時間版4Kリマスター版をやっと観れました。4時間もあるので時間調整がなかなか難しく、他の予定が前後にあるなか奇跡的に空いた時間にぶっ込みましたよ。でも無理して観てよかった。

 四半世紀以上の時間を超えても色褪せず、誰にも真似できない本物の凄さに打ちのめされます。真っ暗で見えなかったところが暗闇の中から浮かび上がるように見えてくるというか。見せ過ぎなんじゃないかと言われるかもしれないけど、見えて嬉しいよ俺は。

「影武者」を4Kで。今だから驚く先進性と、編集こそ命

 更に4Kといえば日本映画専門チャンネルが「キングコング対ゴジラ」に続けて黒澤明監督の「影武者」を4Kにしたそうなので日劇東宝まで試写を観に行きました。今まで幾度となく参考試写と称して部分的にスタッフと観たりしてきたけど、通しで見るのは実は公開以来の30年ぶり。

「影武者」〈4Kデジタルリマスター版〉
スカパー!4K総合(596ch)にて8月1日(火)よる10時ほか放送
(C)1980 TOHO CO.,LTD.

 「赤ひげ」(1965)以来15年ぶりの黒澤時代劇であり、公開年までの歴代一位の興行成績とカンヌ国際映画祭の最高賞・パルムドールを獲得して商業的にも芸術的にも成功し、その後もコンスタントに映画製作を邁進する好スタートのきっかけになった作品です。

 今観ても、というか今観てこそ、その先進性に驚きます。佐野武治さんという松竹京都の天才的な色彩感覚を持った照明技師を迎え入れての大胆な色彩設計のカラー時代劇はまさに4Kリマスター向き。今までの暗部に潜んでいた兵たちの情報量がすごいです。

 そして頓挫した「トラ!トラ!トラ!」の時に掲げたアマチュア演技者の登用もついに実現。

 その中にはのちに「さよならジュピター」でジュピター教団教祖を演じたポール大河さんや「ウルトラマン80」の広報官セラの杉崎昭彦さんがいます。とりわけグッときたのが「ふしぎの海のナディア」の機関長役でご一緒した島香裕さんが、近習の一人としていいポジションにいて、ふとした影の仕草からお屋形様の面影を思い出し、崩していた足を戻すとこは泣いちゃいます。

 ちなみに教祖様、東宝特撮の名バイプレーヤー、大村千吉さんと一緒にホウキで馬の足跡消しをやっと終えたところで足跡を付けちゃって怒られる木偶の坊役でめちゃくちゃ笑えます。

 私的には「のぼうの城」でロケをした北海道苫小牧で撮影したクライマックスの長篠の戦いも興味深いところであります。

 そんな久しぶりに観た「影武者」、30年前は黒澤作品なんてほとんど見たこともなかった小僧でしたが、全作を追いかけて観まくってしまった今となっては、観方が違います。それでどうしても気になることがあって本棚にある研究本を引っ張り出しました。

 まず、影武者の公開日は1980年4月26日。公開前の新聞広告を見ると公開は4月12日となっているので当初の予定から2週間遅らせた、ということでしょう。

 浜野保樹・編の「大系 黒澤明・第三集」によると、クランクアップは同年3月23日。4月9日から17日までダビング。検定試写が4月21日。なんと8カ月半の撮影の終了から完成まで一カ月未満。撮影中から自ら編集を始めるスタイルだとしても、3時間の映画の編集、音楽をはじめとする音響作業をわずか1カ月で仕上げるのはなかなかアクロバテッィクではないだろうか?

 そして同年5月に開催されたカンヌ国際映画祭に出品して最高賞であるパルムドールの栄冠に輝くのだが、この映画祭、並びに海外配給のために21分短い159分の海外版と呼ばれるバージョンが作られていて、世の中的には海外で分かりづらい部分…群雄割拠の戦国に於いての上杉謙信の存在や、志村喬さん演じる田口刑部が信玄のもとに南蛮の医者を連れ手探りを入れるくだりがカットされ、当時の日本国内の情勢を簡潔に説明した字幕を追加した、と言い伝えられてきましたがそれだけで21分も短くなるのでしょうか?

 どうしても気になったけど、この手の品質には定評のあるクライテリオン版ですら、国内の長尺マスターで海外版ではないのです。イタリアから発売された海外版を持っている同好の兄者、樋口尚文監督からお借りして観ると、驚くことにこの海外版、画質はともかく全然別物です。というか、それぞれのシーンの編集のキレが断然いいのです。こっちこそ決定版の「影武者」ではないのか?

 察するに国内の公開に間に合わせるためにたった2週間で編集した後に、海外に持っていく名目で納得のいく編集をやったのではないかと。

 再び「大系 黒澤明・第三集」を紐解くと1980年秋の週刊読売に掲載された鼎談が再録されていて、監督本人がこう語っているではありませんか。

「日本版の方は撮影が終わってから公開まで2週間しかなかった。だからもっと切りたいところもあったが、そんなことしていられなくて、ぼくとしては、不満足のまま公開してしまったのね。海外版のほうは時間が十分あったから、編集し直して、短くできた」

 特に手を入れたのはラストの長篠の戦いだったようです。

「馬が倒れて空を蹴っているカットがあったでしょう。あれがすごく印象的だから、それをラストに持ってきて、そこで終わることにしたかったわけ。海外版ではそのように編集して、三分の一ぐらい詰めている。」

 やはり。

 しかも岩波書店から出ていた「全集黒澤明第六巻」には国内初号版と並んで国際・改訂版も表記されています。

改訂ですよ改訂。

 昔から海外版は配給元に改ざんされている贋作だとか、上映時間が長いほうがいいとか言われ続けて「xx分長いディレクターズカット版」と謳われたらフラフラとそっちに手を出しては煮え湯を飲むのを幾度となく繰り返してきました。

 そんな私も、今や現場での役職だけは黒澤明監督と同じになってしまうと、同じ事がわかるなんて口が裂けても言えませんけども、編集は時間をかけないとイカンです。長けりゃいいってわけでは決してありません。んでもって編集だけで同じカットが並んでいたとしてもそれぞれのカットの長さでいかようにも印象を操作することができるのです。

 とはいえ、第33回カンヌ国際映画祭は1980年5月9日から22日に開催されました。ということは4月23日の公開からわずか2週間後には海外版も完成させないと映画祭に間に合いません。

 だとしたら再編集の時間も決して潤沢にあったわけではないようです。

 そう考えると、わずかな時間であそこまで再編集したんですから、本当にすごい人だったというのが判ります。

 実際にどのぐらい編集を変えているのか、テレビの二画面機能にブルーレイプレイヤーを2台繋いで確かめようとしたらHDMI入力どうしなのに画面は出ないときた。なんでだろう……。

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。