樋口真嗣の地獄の怪光線

立川シネマシティの爆音上映を生んだ「映画のための建物」と「音響家の仕事」

 公開中の映画を見逃すという行為がだんだん取り返しのつかないことになり始めていると思うのですけれども、俺のような立場の人間がいうとステマかよと思われちゃうかもしれませんよね。

 でも、誰よりも先に見ないと口コミと言う名のお節介極まりないレコメンド……先に見ちゃった皆さんの善意のネタバレ攻撃にさらされます。すごく良かったから見ろよ、と内容を明かさずに勧めてくれたりもしますが、私に言わせりゃ、それだけでも充分ネタバレです。勘弁してほしいです。

 だって良かったかどうかも映画を見るまでどっちかわからない方がドキドキできるはずではありませんか。最初から良かったと知って見る映画はつまらないものです。だって良いとわかっちゃうと先入観以上に良くなることは絶対にないんです。

 それだけじゃなくてそのうち見に行こうとしている映画が生憎のボックスオフィス成績だったりするとあっという間に大きな劇場から小さいところに格下げになっちゃいます。

 小さい映画館が一概に悪いとは言い切れないけど、大きい劇場が似合う映画ってあるじゃないですか。とんでもないことが起きちゃってみんなが右往左往お客も思わずウォウと叫ぶようなやつ。そういう映画はカッコつけないで早く観るに限ります。こないだも「感動の実話を映画化」という煽り文句に騙されてそのうち観りゃいいやとタカをくくっていたおかげで(4月の)立川の爆音上映を見逃してしまったではありませんか。「バーニング・オーシャン」ですよ!

バーニング・オーシャン

 感動の実話を映画化かもしれないけど、それよりも監督がピーター・バーグですよ!

 無敵の攻撃力を持ちながらオツムはダルマさんが転んだの鬼並みの宇宙からの侵略者対退役戦艦ミズーリ! という俺らが子供の頃に流行ったレーダー作戦ゲームまさかの映画化! 誰にも勧められるわけじゃないけど世界中の全オレが大好きな「バトルシップ」の監督が史上最悪の油田火災とそれに立ち向かう男たちを映画化とくりゃ燃える事間違いなしでしょう。

 それを知っていながら、せっかく立川シネマシティで爆音上映しているのにみすみす逃すとは俺のバカ!

 これぞまさに一期一会。もはや映画ですら音楽同様にその機会を逃すと追体験以外では味わえない無二の体験になり始めたのかもしれません。

 過ぎてしまった時は巻き戻せないのです。

 そんな地団駄を踏みながら無二の体験を次から次へと仕掛ける立川シネマシティ様にお話を伺ってきましたよ。

THXから爆音へ。純粋に音がスゴいだけで映画は楽しい!

 そもそも立川のシネマシティ、シネコンの中でも珍しく東宝イオン109やユナイテッドシネマといったチェーンに属してないスタンドアロンのシネコンです。

 その名を知り、足を運ぶことになったきっかけはジョージ・ルーカスが提唱したTHXという音響規格でした。

 製作過程で聞いた音と同じ音を劇場で聞くことができない事を問題視して、スタジオと同じ環境を劇場に再現するために、その劇場の大きさ、壁面の音響特性、スピーカー、ケーブルをはじめとする機材までを厳密に指定した規格です。

 他の音響システムのように独自のデコーダーは必要としませんが、それ以上の厳しい条件をクリアしなければならず、国内では1993年に神奈川県海老名市のワーナーマイカルシネマ海老名の7番スクリーンが最初で、それに続いて導入されたのが立川のシネマシティだったのです。

 それからTHX導入館も増え、映画の上映方式がフィルムからデジタルデータに移行していくと、世の中は3D上映、大画面のアイマックスや立体音響のドルビーアトモス、シートがアトラクションのように連動する4DXにMX4Dといった、より特異な上映形態を競うようになって音がいいだけのTHX認定劇場の存在理由がだんだん薄れてきた様に感じます。それでも、それでもシネマシティの4階CITY2(現・gスタジオ)での上映開始前についていたTHXサウンドトレイラーの倍音のトーンが無段階に変調していきながら劇場を包み込む大音量に成長していく体験は忘れることができません。

こちらはシネマ・ワン

 そして10年ぶりに私の足を立川に向けさせるきっかけになったのは2014年の「マッドマックス 怒りのデス・ロード」でした。

 通常の上映でも振り切れていたその音響が、新たに増設したスーパーウーファでさらに増幅されているというのです。

 このご時世に音の良さだけで勝負しようという豪気がマッドマックスと共鳴しているように見えました。

シネマ・ツー最大のa Studio(382席)。極上爆音はa studioととb Studioで実施

 さっそく座席を確保すべくオンライン予約をキメようとしたら、その座席表、ほとんどが埋まっています。しかも通常とは逆に最前列から埋まっているようなのです。

 私の知らないところで何かが始まっているのではないか? その予感が確信に変わるのは劇場であの音を浴びた瞬間です。

 映画館で聞いたことがないほどの重低音、低さだけではないその音圧で着衣の僅かな弛みに含まれた空気は共振し、場内の空気は撹拌され、風さえ感じるほどです。

 3Dとか、大画面とか、椅子が揺れたり水しぶきを浴びたりも良かったが、純粋に音がスゴいだけでこんなにも楽しめるのか!

 その着想と実現するための道程を、立川シネマシティを運営するシネマシティ株式会社企画室室長の遠山武志さんと惹句に登場するプロの音響家・増旭(ます・あきら)さんに伺いました。

左から増旭さん、樋口真嗣、遠山武志さん

「映画のための建物」だからこその爆音。音響家の仕事とは?

--作る側に回って痛感するのは日本の映画館の音って作った時以上に良くなるってことはありえないんですよね。音の最終作業であるFDB(ダビング)の段階で調整していく音がそのまま映画館で聞こえないという大前提があった。特にデジタル上映が普及する前は光学録音というボトルネックのせいで音質が絶対に落ちていたけど、それがドルビーデジタルを筆頭とするデジタル光学録音に進化した時は本当に感動しました。それでも劇場によって音響のバラツキは避けられず諦めるしかない、という時期がずっと続いてました。

 そんな中で立川のシネマシティ…… 特に2004年から稼働している爆音上映の聖地であるシネマ・ツー。この贅沢な劇場の成り立ちが私の中の最大の謎でした。

遠山:シネコンというのは原則ショッピングモールと複合しているという業態を指します。

 ですが、シネマ・ツーは映画館としてだけの建物です。だから正確にはシネコンではないんですね(笑)。それゆえに、映画のためだけに、制約なく建築することができました。

シネマシティ企画室室長の遠山武志さん

 もともと音響にこだわっていたシネマシティが自らをを越えるために、映画関係者ではない、井出祐昭さん、増旭さんという一流の音響のプロフェッショナルにお願いしてまったく新しい「映画館音響」を生み出そうとしたのが、このシネマ・ツーです。

極上爆音上映が行なわれるシネマ・ツーは、映画のための建物

--映画館として設計できたこと、そして建物として独立しているというのも理想的環境だったんですね。

 2004年にオープンしたシネマ・ツーは、音もワンを超えるものを目指しました、シネマ・ツーの音響コンセプトは、「映画の音が作られているレコーディングスタジオの音を忠実に再現すること」。ですのでシネマシティでは劇場のことを「シアター」や「スクリーン」ではなく、「スタジオ」と呼称しています。

a Studioは、スクリーン左右にラインアレースピーカー

--天井にライトがなかったり、かなり他では見られない発想の映画館ですね。

遠山:私がアルバイトとして入社した1997年が映画の当たり年で、働き始めた日が「もののけ姫」の初日で、しかも劇場版エヴァの先行上映もあって(笑)。まだ周辺にはシネコンがなく、何もしなくても成功した時代でした。でも一種のブームのようにシネコンが増えてきて、このあたりも昭島、府中とかがっつり大手チェーンのシネコンに固められてどんどんお客さんを取られてきちゃったんです。

 立川だけにしかない独立系の劇場なんて、普通にやっていていたらすぐにつぶされちゃうから、不特定多数の人に見せるのは大手にまかせて、映画が好きな人のためのシネコンを目指そうと舵を切ったのが2000年代の半ばでした。

a Studioのサブウーファーはmeyer sound 「1100-LFC」を3台スタック
サラウンドスピーカー。壁も天井に向かって広がっている独特の設計

--ちょうどシネマツーができて、インフラは整ったと。具体的にどこかの劇場を参考にしたりしましたか?

増:特定の映画館を模倣するのではなく、コンサートに使うような機材やスピーカーを導入しました。

シネマシティの“音響家”。サウンドシステムデザイン/コンサルトの増旭さん

 映画の音としては明らかにオーバースペックで、シネマ・ツーのオープン当時は業界内で叩かれましたね(笑)。

 壁に吸音材も入っていないし、映画的にするよりも音楽的な方向に振り切ってましたから。

-- 一作ごとに調整をされているということなんですが……

遠山:最初にそれを始めたのは2011年。マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」です。個人的な話なんですが、初めて買ったCDが「BAD」なので(笑)。

 ファンだから、なんかしたかったんです。行なわれるはずだったライブのリハーサル風景を撮っていたものを「ハイスクールミュージカル」のケニー・オルテガがまとめて映画にしたものじゃないですか。だったら実現がかなわなかった「THIS IS IT」のライブをシネマシティで実現しよう、と。

 音楽ライブだったら、当然PAが入って調整するはず。だから、それをやろうとしたんです。

 実は2004年のオープン段階から音響システムにミキシングコンソールが組み込まれてまして。でも、それまでは舞台挨拶とかでマイクを使うぐらいで、そんなに使ってなかったんですけど。THIS IS ITは音楽作品なので、特別に「映画館でライブのような音」を作ってもらいました。その最初の試みが大成功したんです。

増:具体的には、完パケの状態の音をいじるので、それぞれのチャンネルの振り分けた状態で、普通コンサートでのPAの音量はこれぐらいだよね。というのから始めて、あとは各チャンネル毎にイコライズしています。

 こちらは演出するわけではなく、磨く。というだけです。ないものは足せないので。

遠山:映画館は配給会社さんから頂いたものをきちっと最後までそのまま見せるのが矜持ですね。勝手にいじったりするのはご法度ですよね(笑)。

--なるほど。時間軸に合わせて音量をあげたり、とかはしてないんですね。でも4DXやMX4Dみたいなアプローチが出てくると線引きが難しくなってきますよね。

遠山:どこまで作品に対して劇場側の演出が許されるか、というのは難しい問題かと思います。作られている方によっても判断基準は異なるのではないでしょうか。しかしあくまでもシネマシティが目指すのは作品に込められた力を引き出すことであってそこに足したり引いたりすることなく、作品世界への没入感を高めることが狙いです。演出に狂いが起こらないよう、洋画だと難しいですが、邦画の場合はできるだけ音響監督さんやプロデューサーの方に調整に立ち会っていただいています。監督の『進撃の巨人』を【極爆】で上映した時もそうさせていただきましたよね。

-- (笑)。Twitter上で名指しでマッドマックスの音がすごいとリコメンドされたからさっそく観に行ったらその勢いであれよあれよという間に決まりました。録音技師の中村淳さんと音響効果の柴崎賢治さんが一般上映終了後の深夜に伺って調整に立ち会いました。その「極上爆音上映」はいつから始まったんですか?

遠山:しばらくは音響ということで音楽物をメインにやっていたんですが、SFアクションでもやってほしいという意見があり、2014年の『GODZILLA/ゴジラ』をデビュー戦にしようという話になりました。その時、増さんに「ゴジラが目の前にいると感じる音にしたい」とお願いしました。すると、「それならサブウーファーを足せばいい」と。

増:最初はレンタルで借りたんです。aスタジオにはもともとmeyer soundが「地獄の黙示録」のために開発した「650-P」というサブウーファーが4台あったのですが、そこに2台追加して6台にしました。現在のbスタジオの構成がこの時のものと同じです。

 そして『GODZILLA/ゴジラ』の大きな成功を受け、しばらく後に『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のために同じくmeyer soundの「1100-LFC」というサブウーファーを2台購入しました。

 このことで低音のパワーアップはもちろんのこと、上の音が変わりましたね。中高域が聞こえやすく、音質全体が引っ張り上げられるような印象でした。低域でいうと、反応速度がはやい。トランジェント、立ち上がり、下がりが早いスピーカーなんです。

遠山:導入後、初めて試写してみたのが実写版の『シンデレラ』でしたが、衝撃でしたね。サブウーファーがいなくなる感触なんです。足したはずなのに消えたというか。増さんの魔法を観たようでした。

a Studioの前方から

遠山:映画を年1~2回しか観ないお客さんを3~5回にするの大変なんです。それよりも3~5回観るお客さんを10回にするにはどうしたらいいか? 音響だけでなく飲食やチケッティングシステムにしても、少しづつ新しいアイデアを入れていって、「マッドマックス」ぐらいで一気に花開いた感じですね。狙い通りに、映画ファンが集まる劇場になったんです。

 そうするとお客さんの映画への、映画館への愛の量が増えてました。

 好きな人が集まる場所になったんてす。熱心なファンがついている作品では、場内にゴミがない。行列がキレイ。拍手がおこる。感動します。凄い感動です。

--こっちも感動です。ありがとうございます。最近は川崎のシネチッタもラインアレイのスピーカを入れて重低音上映を謳い始めてますよね。

遠山:ウチの社長はなんて言うかわからないけど、立川だけのニッチじゃなくなるほうが重要だと思うんですよね。

増:Mayerの首脳陣が視察に来て、地獄の黙示録以来、長らく映画用のスピーカーを作っていなかったけど、シネマシティの環境を見せたら、絶賛されましたねぇ。その後、イタリアの映画館が同じラインアレイスピーカーを導入しました。

映写室

--これからも進化を続けるであろう、シネマシティの爆音を楽しみにしています。月並みな質問ですが、これからの極爆期待のタイトルをご紹介下さい。

遠山:今年の夏はパイレーツオブカリビアンの新作にジョン・ウィック2にトランスフォーマーの新作にまたもやリブートするスパイダーマンに年末はスターウォーズのEP8と大忙しです。

--増さんも休みなしって感じですね。今日はお忙しい中ありがとうございました。

 いやー。参りました。映画でもアプローチによってライヴのようなワン・アンド・オンリーの体験に進化していくんですね。バイトからそのままシネマシティの社員になって今や企画をバリバリ転がす生え抜きのシネマシティズン・遠山さんの熱い愛に穏やかに応える増さんの大胆な着想が、前代未聞の爆音劇場を生んだのです。もちろんインタビュー中に何度も出てきた「社長」が好き勝手(笑)をやらせているのでしょう。大感謝です。

 感謝の気持ちはわざわざ時間をかけて立川まで足をのばす以外に伝える方法はありません。それと有料会員シネマシティズンになると、割引価格(平日1,000円、土日祝1,300円)になったり、Web予約の上映20分前まで無料でキャンセルキャンセルできたりと、サービスが唯一無二でマジ便利です。

 さっそく「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー:リミックス」を爆音キメてきました。もちろんオーサムですよ。

 出来れば「メッセージ」も爆音でやって欲しいなぁ

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。