西田宗千佳の
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光ディスクの時代から「メモリー」の時代へ?!

~キーマンが語る「次世代セキュアメモリー」~


 現在、パナソニック、ソニー、サムスン、サンディスク、東芝の5社は、共同で、次世代のセキュアなメモリー規格である「次世代セキュアメモリーイニシアティブ(Next generation Secure Memory initiative、以下NSM)」をまとめ、ライセンス提供を始める準備を進めている。

ソニー 3D&BDプロジェクトマネジメント部門 部門長の島津彰氏(左)とパナソニック メディアアライアンス戦略室 室長の小塚雅之氏(右)

 発表は昨年12月19日に行なわれたものの(当時はNGMSIと呼ばれていたが、略称が変更になっている)、その詳細は広く伝えられていない。一部では「新しいメモリーメディア規格」と誤解されている向きもあるようだ。発表後、本田雅一氏が本誌コラムにて解説を行なっているので、併読していただけるとありがたい。

 NSMの狙いはどういったところにあるのだろうか? 規格策定にかかわっているキーマン2人に話を聞いた。登場いただくのは、パナソニック メディアアライアンス戦略室 室長の小塚雅之氏と、ソニー 3D&BDプロジェクトマネジメント部門 部門長の島津彰氏。すなわち、ブルーレイを立ち上げた当事者達である。彼らがなぜ「セキュアなメモリー」の世界に向かうのか、そして、それによってどのような世界を実現しようとしているのか。そこからは、コンテンツビジネスの将来に必要なものが見えてくる。



■ フラッシュメモリーを「セキュア」に
 機器や配信が変わってもコンテンツは「引き継げる」

パナソニック メディアアライアンス戦略室 室長の小塚雅之氏

 まず最初に、NSMがなにをやっているかを解説しておこう。小塚氏は次のような言葉で説明する。

小塚氏:(以下敬称略):ハイディフィニション(HD)の映像コンテンツを、フラッシュメモリー上でセキュアに保存し、メーカーが異なる端末でも相互に使えるようにしよう、というのが狙いです。

 技術的に言えばですが……、BDの時には「ROM Mark」という形で物理鍵を作ってコンテンツを保護していましたよね。それをフラッシュメモリー上でも固有鍵を使って実現しよう、というのが狙いです。


NSMの基礎的な構成要因。著作権保護技術には違いないが、もっとも足下の「フラッシュメモリーへの蓄積」をセキュアにし、最後の部分での「相互運用性」を維持するのが狙いだ

 なんでそういうものを作ろうと考えたのか、ということですが、このままやると、各社バラバラなDRMになってしまうという認識があります。ちょうど10年前に音楽配信をやっていた頃のように……。

 あの頃はソニーとパナソニックがケンカしていて、SDオーディオとメモリースティックで分かれてしまった。映像でも同じ事が起きては困りますよね。

 Androidについては、標準で使えるセキュアな仕組みがないので、そこに対して、少なくとも、この5社で一緒にやっていこう、ということです。NSMに対応した機器へ転送したコンテンツについては、機器が変わってもインタオペラビリティ(相互での互換性・運用性)を確保したい、というのが狙いです。

 そこへの配信方法については色々でしょう。特に規定しません。といいますか、そこまで共通化しよう、というのは無理な話でしょう。ですから、配信を受けたものについては互換性を維持しましょう、という話です。


ソニー 3D&BDプロジェクトマネジメント部門 部門長の島津彰氏

島津:実際問題、毎回同じメーカーの製品を買うとは限らないですからね。買い換えるたびにコンテンツがどっかへ行ってしまう、ということはやはり避けたいです。ですから、そこをなんとかできる仕組みは必要ですよね。

小塚:そうなってくるとやはり、配信プラットフォームやオペレーターに依存しない形にしないといけない。配信プラットフォームは色々あってもいいと思うのですが、最終の部分は依存しないようにしないといけない。だから、最後の「受け」の部分はまとめておかないと、ということなんです。

ダウンロード配信は進み始めているが、転送後の互換性に対して保証がない。そのままでは安心してコンテンツを買えないため、NSMでこの問題を解決しようとしている

 配信、という言葉からは、ネットワークからの供給、というニュアンスが見えてくるはずだ。その通りで、NSMは「光ディスクがメジャーではなくなった時代」を想定した部分がある。その点は、小塚氏、島津氏双方が認める。だが、完全なネットワーク配信だけを見据えたもの、というわけではない。ディスク連携も強く意識されている。具体的には、ブルーレイの購入者が、ネットワーク認証を受けた上で、ディスクから映像コンテンツを「正当かつセキュアにコピー」して楽しむ場合の互換性を維持する、という狙いもある。

島津:フラッシュメモリーは、規格がバラバラですよね。BDまで、光ディスクではセキュアーなものをやってきたわけですが、これから重要になるフラッシュメモリーでバラバラな状況では問題だろう、と考えたんです。そこで、メモリーとディスクの部隊が一緒になって先の絵を描いて……ということです。メモリースティックを作っていた部隊だけでなく、ディスクの部隊も一緒になってやっています。

 さらには、そもそも論として、ちゃんとブルーレイの領域を拡大したい、という部分もあります。家庭など、ディスクが使える領域では、ちゃんとディスクも使いたいし、高画質化・ハイエンド化についても、3Dであれなんであれどんどん規格としては伸ばしたい、と思っているわけです。

 でも、ディスクから(メモリーへ)持って行くものも作ってやらなければいけないし、一足飛びにネットワークに行くかもしれない。だから、こういう準備が必要、ということです。

 ソニーとしては、UltraVioletなどのライツロッカー型のサービスも推進している部分があるのですが……。ユーザー感覚として、持つのを止めちゃおう、「ネットフリックス(Netflix)があるからいいや」という話になるかも知れません。でも、そうなってグローバルレベルでVODの価格が下がっていけば、新しいコンテンツにお金をかけられなくなっていくかも知れない。ですので僕としては、ユーザーの流れとして、メディアの変化=所有の変化になってしまわないようにしたいな、と思うんです。

 UltraVioletは、そうはいってもセル・コンテンツも考えているので両立しうるとは思うのです。物理メディア側も、なんの仕組みも持たないでそのまま行けるとは思えないのです。そこで、NSMのようなものと組み合わせられれば、と思います。

NSMでは、ネットワーク配信だけでなく、ディスクからの「コピー」も対象にする。配布が楽で所有感のあるディスクビジネスから、携帯機器・タブレットへの持ち出しをきちんとした形で実現する、という点も狙いの一つ

 他方、ちょっと気になる点もある。

 それは、NSMは「パソコン」に対応しないことだ。

 ブルーレイディスクもDVDも、セキュリティはパソコン用ソフトから破られた。パソコン上ではセキュリティを保護する仕組みの構築が難しいため、NSMの範囲からは外れる。

小塚:基本的にPCの場合には、スタンダード・ディフィニション(SD)だけを認める、といった制限がつくと思うんです。例えば現在も、Vuduなどのサービスで、ディズニーは専用のプレイヤーではHDコンテンツの再生を認めていますが、PCではSDしか認めていません。Androidもセキュリティが弱いので、今はSDしか出してもらえていない。そういう意味で、プラットフォームの強度によってコンテンツの種類を変える、ということになるかと思います。

 すなわち「HDコンテンツ」が使えるのはNSMに対応したものであり、そうでないものはSDまでで、という棲み分けになる可能性が高い。

 タブレットもスマートフォンも、急激にHD化が進んでいる。タブレットは220~300ppiという、現在の倍近い解像度のパネルを使うものが今年より現れ、メジャーになると予想できるし、スマートフォンについても、1,280×720ドット、すなわち「720p」レベルに対応する機器は増えていく。そこで見劣りしないコンテンツを利用するには、今後想定されるNSMへの対応が重要、ということになっていくのだろう。


■ 携帯電話網でのストリーミング配信は厳しい。ダウンロードの重要度

 ここで、NSMについては、重要なポイントが一つある。

 NSMが想定しているのは、あくまで「ダウンロード型」のビジネスである、ということだ。

 ご存じのように、現在は通信が高速化しつつあり、映像の世界でも音楽の世界でも、ダウンロードしないストリーミング型のサービスが増えつつある。小塚氏も、購入後にわざわざダウンロードせず、クラウド上の自らのストレージ領域に保存されるような形が増える、という予想は立てつつも、特にモバイルでのニーズを考え、次のような「仮説」をたてているという。

NSMは、ダウンロード配信型ビジネスでの互換性維持を目的としている。ダウンロード型を中心としているのは、携帯電話網での「ストリーミング」の負荷が無視できず、現実的でない、という想定があるからだ

小塚:通信帯域を共有するわけですから、モバイルの回線を使う環境では、ストリーミングで負荷をかけて使い放題、とはいかないと思います。少なくとも、アメリカではできないですね。日本でも、定額制がなくなっちゃう可能性があります。だとすれば、一回端末にダウンロードをしてもっていくしかないかな、と思っているんです。その時に、セキュアに保つ必要がある、というのが考え方です。

 冒頭で述べたように、両氏はブルーレイディスクをはじめとした、光ディスク媒体規格を立ち上げてきた中核メンバーだ。そういった人々がNSMという規格をやっているのは、光ディスクの活用策であると同時に、ネットワーク時代のコンテンツビジネス、ひいてはそれを利用する機器のビジネスを活性化するために、このような存在が必要、と考えたからに他ならない。

小塚:テレビがスマートTVになっていくと、多分、中国系企業などはOSをAndroidに変えてくると思うんですよ。タブレット系はみんなAndroidですし。そういう意味では、オープンプラットフォームの上にのせることになりますよね。多くの人はタブレット的なものを利用し、パソコンを使う必然性が薄れてくるでしょう。映像サービスを受けるのであれば特に。アメリカの場合、ネットフリックスのおかげで、テレビのネット接続率が10%から50%にまで伸びました。ネットにつないでなにに使っているかというと、ほとんどがネットフリックスです。

 そういう意味もあって、いまいろんな会社が、バーチャルMSO(筆者注:Multiple Systems Operatorの略で、ケーブルTV事業者の中でも、複数の局を統合して運営している事業者のこと。アメリカの場合、AOL TimeWanerやComcastなどがこれにあたる)とかデジタルMSOといった形で、もうインターネットを使って、回線網整備には投資しないで映像を流す、という仕組みを考えています。ソニーも先日、PS3を使ったものをやる話をしてましたし。

島津:ある程度極端なものになると思っているんですよ。急速に、極端にネットに行ってしまう地域もあれば、ディスクビジネスが長く残るところもある。その両方をにらんで、という部分はありますね。


■ Androidからスタートも、CPUやOS、用途は縛らず。大きなシェアで網をかける

 ここで重要なのは、NSMのタイムスケジュールと勝算だ。

 前者については、現在規格面の準備が進められているところで、「2012年中には、対応製品が出てくるのでは」と小塚氏は話す。NSMは、メモリー部分にセキュアな領域を確保するための技術。だから、ソフトウェアやフラッシュメモリーコントローラなどの対応が必要になる。しかし、難易度はそう高いものではないようだ。

小塚:新しいメモリーカードを使うわけではないです。これからはおそらく、大容量のフラッシュメモリーが内蔵された機器が主流になるでしょうから、そちらで使うことを前提にしています。それに、SDカードですね。Androidで使われることが多いとは思っていますが、別にCPUのアーキテクチャやOSに依存したものではありません。同じようにセキュアな領域を確保できればいいです。そもそも、そこを完全に規定してしまったら大変なことになりますよね。

 また、NSMの仕組みをどこに使うかは色々かと思います。映像だけじゃなく、電子書籍なのかも知れないしアプリケーションかもしれない。でも、NSMのような仕組みを作っておくことで、色々と対応できるじゃないですか。

 そして勝算については、次のように話す。

小塚:日本の3社とサムスン、という組み合わせは、ちょっとびっくりですよね。この組み合わせで何回フォーマット戦争したんだ、という話で(笑)。この組み合わせ、端末をたくさんもっている会社が集まってやれば、それなりに標準化できるのではないか、と思います。

 また、東芝とサムスン、そしてサンディスクで、SDカードのシェアで75%くらい、フラッシュメモリーのシェアでも75%くらいあります。今回NSMでは、フラッシュメモリーの側に細工をするわけです。そうすると、世界のフラッシュメモリーの75%を生産するところが組んでビジネスをすれば、自然に入っていけるのではないか、と思います。どういう形のフラッシュメモリーも作れますね。リムーバブルなSSDみたいなものだってできるかも知れない。

島津:我々がメモリーの部隊と一緒にやっているのは、そういう発想からですね。別の言い方をすれば、ひとつの産業のコンテンツベンダーだけを入れて仕組みを作らない、という形をとっているということにも意味があると思います。ハードウェアで必要とされていることの根本がわかっている、といいますか。

 今回の動きは、ブルーレイディスクなどの規格化と異なる部分がある。それは、最初の座組みに、映画会社などのコンテンツ制作者がいないことだ。それは「彼らからそっぽを向かれている」ということではない。ヒヤリングした範囲でも、映画会社などはNSMについて「乗れる」と判断しているようだ。その背景にあるのは、各国でコンテンツの販売量が急速に落ちていて、ビジネス環境の構築が急務になっているためだ。元々レンタルが多かった日本もそうだが、アメリカでもネットフリックス・シフトが強すぎて、映画会社の売上低下が激しい。UltraVioletのような取り組みもあるが、NSMのような仕組みを使い「きちんとしたHDコンテンツを、プレミアムを求める消費者に売る」ことが求められている、というのも事実であるようだ。

 本当にNSMが理想通り立ち上がることになると、コンテンツを「長く持つ」ことが可能になる。

 パッケージが残るにしろそうでないにしろ、普段「メディアを使わず」コンテンツを見る時代が来るならば、安心して「持つ」ためには、適切で消費者に強い負担のない(ここが重要だ)著作権保護の仕組みが必要になる。面倒でなく、安心して買える仕組みがないなら、買わないで借りるしかない。

 「持たない」時代にはコンテンツビジネスが成立しないのか。そう結論づけるつもりはない。だが、そのための準備作りが、待ったなしで求められていることは間違いなく、NSMはそのためのものなのだ。

(2012年 1月 27日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

[Reported by 西田宗千佳]