西田宗千佳の
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SCEA E3 2012 Press Conference。新作ゲームアピール

~AR電子書籍「Wonderbook」をJ・K・ローリングと~


SCEAカンファレンス会場のLos Angeles Memorial Sports Arena

 本日の2本目は、ソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカ(SCEA)のカンファレンスだ。

 これはSCEに限ったことではないが、本来E3はアメリカ市場向けのゲームイベントなので、各カンファレンスも「各社のアメリカ法人」が主催するイベントである(本社がアメリカであるマイクロソフトは、ちょっと意味合いが異なるが)。そのため、ゲームタイトルなどのローカルフィットが必要な事物については、日本国内と少々違うメッセージが打ち出されることも多い。特にSCEはその傾向が強く、SCEAの発表=日本のSCEの発表、というわけではない。

 だがそれでも、E3での発表が注目されるのは、プラットフォーム運営に関する大きな発表が行なわれる確率が高いからでもある。SCEの場合、昨年末(アメリカ・ヨーロッパでは今春)にPlayStation Vitaを発売したものの、その実績はいまひとつ。そこにどのような手を打つのか。

 その中で、SCEがどのようなメッセージを出すのか。今回のカンファレンスはそういった点にも注目が集まっていた。


■ ファーストパーティー製ゲームをアピール、Vita、PlayStation「Mobile」強化も

SCEAのテーマは「NEVER STOP PLAYING.」。ここ数年続けてきた「ゲーマー向けにゲームを」というメッセージを継続している印象だ

 SCEAのカンファレンスは、「NEVER STOP PLAYING.」というメッセージからはじまった。SCEA プレジデント兼CEOのJack Tretton(ジャック・トレットン)氏は「今年我々は、本当のビジョナリーたちに経緯を払いたい。それは……ゲーマーだ」と語りかけた。

 ソニーは、ソーシャルゲームやシンプルなゲームよりも「没入感のあるゲームを大切にしたい」(ソニー・平井一夫社長)と常々語ってきた。このような文脈でカンファレンスを開くのも、自らが「ゲーマーに向けた作品を提供するプラットフォームである」という宣言をしたかったからだろう。


SCEA・プレジデント兼CEOのジャック・トレットン氏ソニー新社長の平井一夫氏も、「古巣」SCEAカンファレンスの最前列に

 結論から言えば、今年のSCEAのカンファレンスは、新ハードウエアでも、新サービスでも、新価格体系でもなかった。SCEAが注力したい、ファーストパーティー製ゲームタイトルを中心としたアピールとなっている(詳しくは僚誌GAME Watchをごらんいただきたい)。確かに、メッセージという意味では一貫性がある。


SCEのファーストパーティーである、開発スタジオ米Quantic Dreamが開発中の「BEYOND TWO SOUL.」。女性主人公は、「JUNO」(2007年公開)で主演し、アカデミー主演女優賞にノミネートされたエレン・ペイジが演じるSCEのゲームキャラクターが登場して格闘する「PLAYSTATION ALL-STARS BATTLE ROYALE」。PS3とVitaのCross-Playに対応。ただ、率直にいってオリジナリティに欠けると思うのだが……

 プラットフォーム施策として、SCEAが発表したのは主に3つある。

 一つは、PlayStation Vitaの強化だ。

VitaがPS1用のゲームアーカイブスに対応。PSPにできていたことであり、これで一つマイナス点が解消された

 以前より予定されていた、初代PlayStation(PS1)用ソフトの配信サービス「ゲームアーカイブス」に、夏より対応する、と発表した。PSPやPS3に劣っていた点でもあり、「ようやく」という印象もある。

 また、より積極的な施策としては、PS3とVitaの連携を強めることがある。両者で同じゲ-ムが遊べる「Cross-Play」、VitaがPS3で多機能コントローラとして使える「Cross-Controller」などもアピールした。これはWii U対抗、という意味合いもあるのだろう。


「Cross-Play」対応ゲームにはこのロゴがつくことになるというVitaがPS3のコントローラになる「Cross-Controller」。ゲームの側が対応していれば、タッチなどPS3コントローラが本来持たない機能も使えるSCEAは、80%のPS3およびVitaがオンラインにつながっていて、1,500のダウンロードゲームがあると発表した。それだけ充実しているネットワークサービスをアピールしたい、という狙いだ

 二つめはネットワークサービスの強化。北米向けとして、有料サービスの「PlayStation Plus」のサービス内容強化や、YouTube・Hulu Plus・Crakle(ソニー・ピクチャーズ系の映像配信サービス)がVitaに対応することなどが主軸。日本でも行なわれることが決まっているのは、発表済みのYouTube対応だけであるところが残念ではある。


月額制の会員サービス「PlayStation Plus」を強化、会員向けに無料プレイできるゲームの種類が強化された。ただし、これはアメリカ向けの話。日本のプレスリリースには含まれていないVita向けに、YouTube、Hulu Plus、Crakleといった映像配信サービスが強化。後者2つはアメリカ市場のみ

 そして三つめが「PlayStation Suite」の強化だ。PlayStation Suiteは、仮想的なソフトプラットフォームを作り、VitaやAndroidで動作するスマートフォンやタブレットで、同じソフトウエアが動く環境を提供しよう、というもの。これまでは、ソニー製のタブレットもしくはソニー・モバイルコミュニケーションズ製のスマートフォンでのみ動作しており、仮想プラットフォームとはいうものの、ひまひとつ多様性に欠けていた。今回、初めてソニー外のハードウエアとして、HTCのスマートフォン(具体的にどの機種か、という言及はない)が認定されることになった。「他社も参加する」とSCE関係者はたびたび言及してきたが、今回いよいよ実現することになる。また、この機会に、名称も「PlayStation Mobile」に変更になった。

 正直、PlayStation Mobileについては、内容が込み入っていてわかりにくい点が多い。SCEに詳細を取材済みなので、近日中に解説記事を掲載したいと考えている。

PlayStation「Suite」は「PlayStation Mobile」へ。年末の正式サービス開始に向け、よりシンプルな名称へと変わったPlayStation Mobile対応端末はソニー製ばかりだったが、新たにHTCが参加した。具体的な機種名などはまだ不明

■ 本がARで動き出す! 命を持つ本「Wonderbook」

 今回のカンファレンスの中で、もっとも新奇性があり、技術的にも興味深かったのは「Wonderbook」と名付けられた「周辺機器」だ。

Wonderbookについて発表する、SCEのアンドリュー・ハウス社長兼グループCEO。ソニーのAR技術を生かした新しいコンテンツだ

 周辺機器、と書いたことでおわかりのように、これは実際にはソフトだけで動作するものではない。PlayStation MoveとWonderbook用の「本」を組み合わせて実現する。

 SCE・代表取締役 社長 兼 グループ CEOのアンドリュー・ハウス氏は、次のようにWonderbookを紹介した。

「私たちは、あるまったく新しい体験を作り出すために、とても大変な開発をしてきました。その対象は、世界でももっとも古いインターフェースの一つ……本です」

 デモビデオの中で、子供はこうつぶやく。「もし、本に命が宿ったら……」

 Wonderbookは、まさにそういう存在である。種明かしをすれば、Wonderbookは、AR(Augmented Reality)技術を使って「本」で遊ぶ体験といえる。本をARのソースとして使い、PlayStation MoveにセットされたカメラであるPlayStation Eyeから画像を認識、テレビにその映像と、CGで作られた「仮想の本」を重ね合わせて表示する。飛び出す絵本のようなものもできれば、ストーリー仕立てのものもできる。そして、Wonderbookの最初の1冊として用意されたのは、PlayStation Moveのコントローラを合わせた時、さらに有効度を増すコンテンツだった。

 その名は「BOOK of SPELLS」。ハリー・ポッターシリーズ作者のJ・K・ローリングが、ハリー・ポッターシリーズの世界をベースに書き下ろした「魔法の教科書」という体裁の本だ。PlayStation Moveのコントローラはハリー・ポッターでおなじみの魔法の杖となり、呪文を描くのに使われる。魔法の本なので、その中の文字や映像はうごきまわり、呪文に反応する。J・K・ローリングが運営する電子書籍サイト「Pottermore」と提携し、まったく新しい形態の本を作り上げたことになる。発売は欧州を11月、アメリカを12月、その他の地域はその後順次、という予定だ。


ハリー・ポッターシリーズのJ・K・ローリングと組んで作ったWonderbook第一弾「BOOK of SPELLS」。ホグワーツ魔法学校の教科書、という設定で、呪文を実際に操って「生きた本」を楽しむ

 技術的に、Wonderbookはきわめて高度なものだ。AR技術といえば簡単に聞こえるが、デモ映像を見る限り、相当に規模の大きなものが、大きな遅延も見られない。J・K・ローリングのオリジナルという点で、コンテンツとしての魅力も大きい。

 ただし、どれだけ継続的にコンテンツが供給され、どれだけ継続的に「遊びたい」と思うのか、PS3をそのために使いたいと思うほど、魅力的なものなのか、という点には、まだ疑問も残る。

 SCEの今回の施策は、どれも興味深いが即効性に疑問がある。

 会場は新作ゲームの発表に盛り上がっており、それがアメリカのゲーマーの心に(雰囲気から感じられる限り)刺さっていたのは間違いないが、「大きなビジョン」を感じることはできなかった。

 SCEとして、ライバルにどのように対抗していくのか? Vitaのビジネスをどう見ているのか? E3期間中に、SCE・ハウス社長の単独インタビューも予定しているので、疑問はそこで直接ぶつけてみることとしたい。

(2012年 6月 5日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]