鳥居一豊の「良作×良品」

サウンドバー「FS-EB70」でDolby Atmos再生! 「グランドイリュージョン2」の魔術に魅了

 ヘタの横好きレベルだが、筆者は一時手品に凝っていた時期がある。日本でも手品はエンターテイメントのひとつとして認知されているが、一時的な大流行こそあるものの、あまり定着していない感があるのが残念。そんな手品好きにとって待望の作品が「グランドイリュージョン:見破られたトリック」(以下「グランドイリュージョン2」)。前作と同様に卓越したテクニックを誇る4人のマジシャン達「フォー・ホースメン」が、マジックを駆使して悪いヤツらを懲らしめていく爽快なイリュージョンが繰り広げられる物語だ。

グランドイリュージョン:見破られたトリック

 「グランドイリュージョン2」は、そんな基本設定や前作で登場した主要なメンバーはほぼそのまま。本作だけ見ても物語の構造はきちんと理解できるようになっているが、フォー・ホースメンの誕生を描いた前作「グランドイリュージョン」を見てから本作を見ればよりストーリーにどっぷりと浸れるだろう。

 今回取り上げた理由は、筆者の好みもあるが、一番の決め手は音声が「Dolby Atmos(ドルビーアトモス)」対応ということ。マジシャン集団である彼らの見せ場はすべて「ショウ」だから、そんなステージを臨場感たっぷりに味わえる次世代サラウンド音響は大歓迎だ。

 さてここで、Dolby AtmosやDTS:Xといった次世代サラウンドについて軽く紹介しよう。従来のサラウンドが5.1chや7.1chといった平面上の前後左右の音を再現する音響だとすると、次世代サラウンドではそれらに高さ方向の音を加えて、3次元的な音響を再現するものだ。システム構成的にいうと、5.1または7.1chのスピーカーと、天井や前後の壁の高い位置に配置するトップスピーカーを左右の2本1組で組み合わせる。5.1chとトップスピーカー2本ならば、5.1.2chとなるわけだ。

 その効果は絶大で、単に高さ方向の音が再現できるというだけでなく、前後左右のスピーカーのつながりが劇的に向上し、シームレスにつながった半球状の音空間が再現される。狭い場所の閉塞感や広い場所に開放的な響きも自在に再現できるのだ。

 しかし、天井や高い位置にスピーカーを設置するのはなかなか難しい。取り付けるスピーカーのサイズや重量にもよるが、それなりの工事が必要だし、生活空間に配線を天井付近にまで引き回すのは、敬遠したい人も多いだろう。効果は大きいが、実現へのハードルは高い。現在発売されているAVアンプは、エントリークラスの製品を除けば、ほぼDolby AtmosやDTS:Xに対応しているが、対応モデルのユーザーでも実際にDolby Atmosのための環境を整えている人は決して多くはない。

 そんなトップスピーカーの設置という難問を解決したのが、ヤマハのYSP-5600(実売17万5,330円)。天井の反射を利用して、トップスピーカーの音を再現するというアイデアで、テレビの前方に置くだけのワンボディながら、リアル7.1.2chを実現した。

 ちなみに、トップスピーカーの音を再現するために天井の反射を利用するという手法は、Dolby Atmosを開発したドルビーも推奨するもので、そのために設計された専用の「ドルビーイネーブルドスピーカー」は、国内ではオンキヨーなどが発売している。

 ヤマハYSP-5600は、7.1.2chの再生はもちろん、音質の良さでも実に素晴らしい出来だったが価格はそれなりに高価で、しかもサウンドバーというにはサイズが大きく、ラックへの収納や専用のスタンドが欲しくなるなど、課題も多かった。

 そこに登場したのが今回取り上げるパイオニアの「FS-EB70」(実売11万7,160円)だ。サウンドバータイプとしては高級モデルの部類となる価格ではあるが、なによりも薄型スリムなサウンドバーとワイヤレス接続のサブウーファだけでDolby AtmosやDTS:Xに対応しているのだ。これこそ、Dolby Atmosなどの次世代サラウンド普及の決定打になるはず。

パイオニア「FS-EB70」

サウンドバーとサブウーファ、薄型AVアンプの3ピース構成

 早速お借りしたFS-EB70を見ていこう。システムはサウンドバータイプのスピーカー、サブウーファ、そして薄型AVアンプの3つで構成される。サウンドバーは高さ53mmの薄型設計で、AVアンプも高さ69mm。薄型テレビを設置するラックなどにも収納できるサイズだ。サブウーファもコンパクトな部類だが、大きくで邪魔になるならば部屋の隅などに置くといい。ワイヤレス接続なので配線を引き回す必要はない。ホームシアターシステムで頭を悩ますことになる設置の問題は、ほぼ解決できている。

FS-EB70を構成するサウンドバー、サブウーファ

 AVアンプは、Dolby Atmos、DTS:X対応だけでなく、無線LAN(Wi-Fi)とBluetooth機能を備え、インターネットラジオやAirPlayに対応。GoogleCastにもアップデートで対応予定だ。そして、ネットワークオーディオ再生機能なども持つ。組み合わせるサウンドバーがハイレゾ音源の超高域再生をカバーしていないのでハイレゾ対応マークを付けることはできないが、AVアンプ自体はハイレゾ音源(リニアPCM最大192kHz/24bit、DSD最大5.6MHz)の再生が可能だ。パワーアンプは小型で高効率なクラスDアンプで、実用最大出力は各50W×6となる。

AVアンプ部の外観。マットな仕上げの落ち着いたデザインとなっている。薄型のため、AVアンプのようには見えない
AVアンプの操作ボタン部。電源のほか、ボリューム調整と入力切り替えボタン、ディスプレイの明るさを調整するディマーボタンがある

 ネットワークオーディオも楽しめる高機能に加えて、4K/60p、HDCP2.2対応のHDMI入力を4系統備えるなど、単品のAVアンプに迫る装備となっている。ただし、スピーカー出力は専用コネクターとなっていて、サウンドバーと付属の専用ケーブルで接続する。このため、スピーカーを別途交換するようなことはできない。むしろ、フロントL/R、センター、トップスピーカーを内蔵するサウンドバーとケーブル1本で接続できる簡単さがありがたい。

AVアンプ部の背面。HDMI入力4系統のほか、FMアンテナ端子、アナログ音声入力、光デジタル入力、USB端子を備える。スピーカー出力は専用ケーブルのためのコネクタ
天面の右側には、Dolby AtmosやDTS:Xなどのロゴマーク

 サブウーファは底面に16cmコーン型ウーファを内蔵したバスレフ型。天面は光沢仕上げの化粧板が付いているなど、高級感のある作りだ。ワイヤレス接続のため、配線などはなく、電源をコンセントに接続するだけでいい。

サブウーファの外観。前方と両側面はマット仕上げで、天面だけが光沢仕上げとなっている。ウーファを下向きに配置した構造のため、大きめの脚部が付いている。
サブウーファの底面。16cmコーン型ウーファとバスレフポート

 そして、サウンドバータイプのスピーカー。細長いボディの中には、フロントL/R、センターの3つのユニットが正面向きで配置され、両端の上面にはトップスピーカーがやや斜めの角度を設けて配置されている。保護カバーが外れない構造なのでスピーカーを見ることはできないが、解説のためのイラストを見るとフロントおよびセンターが各2個のユニットを使用しており、ボディ内部にはスピーカーがぎっしりと詰まっていることがわかる。サウンドバーは合計5つのスピーカーを内蔵しているだけなので、表示部などもないし電源もない。接続端子も専用ケーブルのものがひとつあるだけだ。

サウンドバー部。薄型で奥行きも短めの形状で設置性は良好。AVアンプ部が独立しているため、ケーブルは1本だけなので、見た目もすっきりする
AVアンプ部とサウンドバーを接続した状態。専用コネクターなので配線は1本だけ。端子形状が台形状なので向きを間違える心配もない

 AVアンプとサウンドバーを専用ケーブルで接続し、AVアンプにはBDプレーヤー、プロジェクタと接続。これで準備は完了。ボディが3つあるとはいえ、サブーファは配線不要だし、配線が面倒ということもない。BDレコーダやゲーム機などたくさんの機器を接続する場合も、AVアンプ部が独立しているため、HDMIの配線がラック上に露出することもなく、すっきりとした設置ができるのはメリットだろう。

AVラックにセットした状態。サウンドバーの後ろ側に薄型テレビなどを設置すれば、ホームシアターシステムの完成だ。
付属のリモコン。各入力の切り替えボタンと、メニューや音質調整の操作のための十字キー、音量ボタン、音楽再生用ボタンなどがわかりやすく配置されている

設定は簡単だが、プロジェクタとの組み合わせは少しコツが必要

 あとは、自動音場補正機能で測定と補正を行なって上映開始。といいたいところだが、実は少々手間取った。視聴室のスクリーンとの高さの問題だ。

いつものように薄型テレビ用のラックに置いた状態。驚くべきことにこの状態だとひどい音になってしまい、セッティングをすべて見直した。

 最初はラックの天面の反射を嫌って手前側ギリギリまで前に寄せていたのだが、自動音場補正のテストトーンを聴いただけで「これはおかしい」と感じた。一番わかりやすいのは、上面側に配置されるトップスピーカーの音がサウンドバーの位置から聴こえてしまうこと。トップスピーカーの音は一度天井へ放射され、天井で反射して視聴位置に届くが、サウンドバーが近いとスピーカーユニットから出た直接音の方が先に耳に届いてしまっておかしなことになるようだ。

 このため、急場しのぎではあるが、テーブルを代用してスクリーンギリギリまで高さを持ち上げた。配置も後ろに下げている。ついでに、サブウーファも低音の偏りを防ぐため、テーブルの真下に置いてみた。

いつものように薄型テレビ用のラックに置いた状態。この状態だとひどい音になってしまい、セッティングを見直した

 この状態でテストトーンでチェックしてみると、なんとかトップスピーカーの音は天井から聴こえてくるようになった。プロジェクタのスクリーン投影と本機を組み合わせるような使い方は想定外なのだろう。一般的なAVラックと薄型テレビを組み合わせた場合は、このような失敗は起こらないはずなのでご安心を。

 わざわざこんな失敗を紹介したのは、実際にユーザーとなった人の参考になると思ったから。本機は一般的なリビングを想定していると思われるので、サウンドバーと視聴位置まで距離をある程度長めに確保するとよさそうだ。そして、サウンドバーを低めの位置に置くのもよくない。要するに、薄型テレビの手前にサウンドバーを置く、という基本的な置き方に近くなるよう、設置位置や高さを調整するといいわけだ。

 薄型テレビを置くラックが低すぎる場合は、台座などを用意して薄型テレビとサウンドバーの高さを持ち上げるようにしよう。これは、天井までの距離をなるべく短くするという意味もある。

 天井の反射に関しては、ホームシアター施工で行なうような吸音性を持った素材を全面に貼っている環境でもない限り、心配は不要。一般的な内壁の施工(石膏ボード+壁紙)ならば問題なく良好な反射音が得られる。我が家の天井は化粧板として石膏ボードにシナ合板を重ねているが、きちんと天井から音が出ていた。

 最終的にはテストトーンで音を出してみて、トップスピーカーの音がきちんと上の方から鳴っているように感じるかを確認しておきたい。

 設置位置も一通り決まったので、改めて自動音場補正を行なう。本機は単品AVアンプと同じように「MCACC」を備えている。周波数の調整のほか、サブウーファの低域の遅れを補正する「フェイズコントロール」も備えている。測定はマイクを接続し、後は画面の指示通りに進めていくだけの「フルオートMCACC」なので、面倒な手間もなく、誰でも手軽に行なえる。逆に言えば、筆者のようなマニアなユーザーが大好きな「マニュアルMCACC」は装備しておらず、カスタム調整や調整したデータの確認などができない。

付属の測定用マイク。単品のAVアンプなどに付属するものと同じものだ。カメラ用の三脚などを使い、視聴位置に設置して測定を行なう
付属の測定用マイクを接続すると、「フルオートMCACC」がスタートする。指示通りに進めていくと測定が進んでいく
測定中の様子。各スピーカーの有無を判定し、次に各種音響の測定へと移行する

 測定が完了したら、念のため設定値などを確認しよう。このあたりは単品AVアンプを使う場合とまったく同じ。一体型のサウンドバーでは大きな問題が起こることはないが、測定したスピーカーの距離が左右で大きくずれていたり、実測値とかけはなれた数値だった場合はもう一度測定しなおした方がいい。測定値の確認は、ホーム画面の「システム設定」にある「スピーカー」の項目で確認できる。

 自動音場補正を行なった場合、距離やレベルの設定は確認するだけでいいが、ひとつだけ必ず設定する必要があるのは「Dolby Enabled Speaker」の項目。本機はトップスピーカーがサウンドバーに内蔵されており、このスピーカーがドルビーイネーブルドスピーカーに該当するのだ。

 ドルビーイネーブルドスピーカーは天井の反射を利用して上方からの音を再現するので、ここで天井からの距離を実測して入力する。こうすることで、トップスピーカーの距離も他のスピーカーと揃うように補正される。もうひとつの項目の「Reflex Optimizer」は、オンキヨーおよびパイオニアのAVアンプでも搭載される機能。天井を経由して遠回りで届く音と、スピーカーユニットから直接届く音の位相差を整え、より自然なトップスピーカーの音を再現する独自の技術だ。その効果はかなり大きく、天井からの反射と目の前のスピーカーからの音がバラバラに聴こえているような感じがなくなり、音がすっきりとまとまって、天井から聴こえてくる音がより自然になる。こうした単品コンポ譲りの本格的な機能をきちんと盛り込んでいることには感心した。

 あとはその他の設定なども一通り内容を確認しておこう。

システム設定を選んだ場合のメニュー。各機能の設定が行なえる。スピーカー設定は中段にある「スピーカー」の項目を選ぶ
「スピーカー」での設定項目。距離とチャンネルレベル、Dolby Enabled Speakerの設定が行なえる
「距離」の設定画面。自動音場補正をした場合は、測定した結果の数値が表示されているので、実測値とほぼ同じであることを確認しよう。数値の手動変更も可能だ
「チャンネルレベル」の設定画面。選択するとテストトーンが鳴るので、各チャンネルの音量が揃っているかどうかをチェックする。音量差がある場合は手動で調整できる
「Dolby Enabled Speaker」の項目。ここにドルビーイネーブルドスピーカーから天井の距離は自動音場補正では入力されない。実測した数値をここで入力する。Reflex Optimizerは基本的に「オン」のままでOKだ
HDMIの設定と電源管理の設定。HDMIの電源連動などを行なう場合に設定する。電源管理では、オート電源オフやBluetoothからの電源オンなどを設定できる
「音の設定・調整」の画面。モノラル音声の切り替えやボリューム最大値の設定、Dolbyの音質機能の設定がある
Dolbyの画面。小音量時の音質調整機能「Loudness Management」が設定できる。小音量再生では有効な機能だ
その他の項目。ファームウェアアップデートや、初期設定が行なえる。「ロック」は設定値を調整できないようにする機能だ
ホーム画面の「MCACC」を選んだ場合の項目。フルオートMCACCだけとなっている
ホーム画面の「ネットワーク」を選んだ場合の項目。ネットワーク設定(有線/無線)、Bluetooth設定が行なえる

Dolby Atmosで聴く臨場感豊かな再現は、まさにイリュージョン

 それではいよいよ上映だ。冒頭でも触れたが「グランドイリュージョン2」は、さまざまな悪人たちを見事なショウで懲らしめた前作から2年後の物語。悪を懲らしめたとはいえ、やっていることは犯罪なので現在は潜伏中。退屈しきっていた彼らの元に、ようやく次の獲物の指示が届く。ここで標的になるのがIT関連の大企業オクタ社だ。オクタ社の新商品を発表する会場に忍び込み、その悪事を暴くというワケだ。

 本作の面白いところは、摩訶不思議なイリュージョンを映像で再現するだけでなく、準備の過程やステージへの潜入などの舞台の裏側、そしてネタばらしまで盛り込んでいるところ。これらが実に巧みに計算されており、タネがわかっていても(わかっているからこそ)ハラハラしながら見守ってしまうし、ネタばらしで爽快に騙されていたことに気付いて大喝采をあげることになる。劇中で登場するマジックはデビッド・カッパーフィールドが監修しているというが、ショウとしてのマジックの見せ方をよくわかった面々が作っている作品だということがよくわかる。

 というわけでまずは、オクタ社の発表会への潜入。ここでは催眠術で人を操ったり、瞬時の早着替えによる変装で運営スタッフとして紛れ込むといったスパイ映画のようなミッションが展開する。スパイ映画とちょっと違うのは、緊迫感というより、すでにステージが開演しているかのように優雅でけれん味たっぷりに進行するところだ。

 Dolby Atmos音声ということで、こうした潜入シーンの臨場感がいっそう増している。訪れた観客でごったがえす会場内のざわめき、バックステージを動き回るスタッフたち、厳重な警戒をしている警備スタッフたち、こうした舞台の表側と裏側がテンポよく切り替わるが、その場の音もはっきりと変化するので状況の変化がよくわかる。

 こうしたDolby Atmosの立体音響がどのように再現されるかを解説しよう。物理的に存在するスピーカーの数は、フロント3chとサブウーファ、ドルビーイネーブルドスピーカーによるトップスピーカー2ch、つまり3.1.2chという構成だ。これをDolby Atmosそのままのストレートデコードで再生すると、リアル3.1.2chになる。

 後方のサラウンド音声のない前方だけの再生なのだが、そう言われないと気付かないくらい音場空間が充実している。画面に映し出された映像から出てくるはずの音はきちんとすべて聴こえるし、BGMはやや天井よりに定位して部屋全体に広がる。いわゆるバーチャルサラウンドを採用したサウンドバーも後方の音は漠然と感じる傾向になるので、それらと比べても遜色がない。フロント音場寄りだが、視聴位置の手前からスクリーンの奥くらいまでの奥行きがあるし、左右の音も約1mの幅のサウンドバーよりも大きく外側に広がって再現される。高さ感の再現もあり、これでも十分なレベルだ。

リモコンでサラウンドモードを切り替えたときの画面表示。オート・サラウンドを選択すると、ストレートデコードとなり、本作ではDolby Atmos再生となる

 だが、このくらいの再現性だったら、従来の良く出来たバーチャルサラウンド対応のシステムと大きくは変わらない。ここでわざわざ取り上げたのはそれ以上の再現が可能だからだ。それが「サラウンドエンハンサー」。これは、Dolby Atmosを開発したドルビーの技術で生まれたバーチャルサラウンド技術。頭部伝達関数や左右の耳に届く時間差や強弱によって音の方向や距離感を認知する仕組みを利用するという考え方自体は一般的なバーチャルサラウンドと同じもの。独自であるところは、Dolby Atmosによる高さ方向の音の再現とマッチするように作られているということだ。

サラウンドモードを切り替え、Dolby Atmosにサラウンドエンハンサーを加えた状態。3.1.2ch+バーチャルサラウンド再生となる

 Dolby Atmos+サラウンドエンハンサーとすると、後方にあるべきサラウンドチャンネルの音がかなりリアルに再現されるようになる。バーチャルでこれだけ明瞭な後方の音の再現ができるというのはちょっと驚く。実際にスピーカーを使ったサラウンド再生と比べて、やや真後ろの音の定位が甘く感じ、奥行きもやや不足気味であるという程度で、聴き比べないと区別がつきにくいと感じるほどだ。

 そのため、本作の潜入シーンの臨場感は倍増する。バックステージの廊下や守衛室の狭い空間、大勢の観客でにぎわう広いホールの広さの違いが明瞭になり、自分が今どこにいるかが目で見るよりも耳で感じられるようになる。

 そして、いよいよ発表会が始まる。CEOによる新商品のプレゼンのはずなのに、そのトークの内容がおかしなものになっていく。まるで予定されたゲストの登場のように、フォー・ホースメンが世界が注目する舞台に姿を現す。

 わっと歓声をあげる観客たち。このホールいっぱいの歓声と拍手、ざわめきでうめつくされる様子はまさにその場にいるかのようだ。120インチのスクリーンの映像に比べてスケール感が小さく感じることもなく、堂々とした音のステージが展開された。強いていうならば、こうした良好なサラウンド効果が得られる範囲は決して広くはないというのがバーチャル技術を併用した弱点だが、天井からの音が絶妙に空間感を作り上げているので、横に3人並んだときの端の方の位置でも明瞭な定位がやや失われる程度で、十分に後方の音の感じが得られる。ちょっとこれは驚くレベルの再現だ。

 この理由はやはり、天井から聴こえるトップスピーカーの存在だろう。天井からの音が前後左右の音の広がりを補助し、空間のつながりを高めているのだ。だからこそ、存在感が希薄になりがちな後方の音もまるでリアルなスピーカーが後ろにあるかのように聴こえる。Dolby Atmosとバーチャルサラウンドの相性はものすごくいい。これはもう、世紀の大魔術と言っていいくらいのイリュージョンだ。

くっきりと明瞭、力強いぶ厚いサウンドで、聴き応えも十分

 大喝采のステージで得意気にショウを進行する彼らだが、予期せぬ謎の存在によって邪魔が入る。FBIの突入を妨げていたホールの入り口の電子ロックが解除され、一転して大ピンチ……。

 舞台はマカオへと移る。前作でのステージのひとつであったラスベガスに続いて、世界的なカジノがある都市であるマカオは、マジック・ショウも盛んな場所。こうしたロケーションの選択は手品好きならばニヤリとしてしまう。ウォルターにオクタ社の新チップを盗みだすように指示された彼らはふたたび、新チップのあるコンピュータ施設に潜入することになる。その準備のために向かう場所が、世界最古の手品ショップというのも憎い演出だ(手品好きにはうれしい小ネタ満載)。

 ここの潜入で活躍するのが、カードマジックのテクニック。指先の動きでカードを隠したり、自由自在に飛ばす技だ。盗み出した新チップをカードに貼り付け、4人で巧みにカードを移動させながらボディチェックをクリアする場面は、スリリングで見応えも十分。

 手に持ったはずのカードを巧みに隠しながら、他のメンバーへカードを投げる。シュッと音を立てて飛んでいくカードの移動する音がまさに本当飛んでいるかのようだ。これは、自宅の4.2.4ch環境で聴いていたときも感心したが、画面にいるメンバーが後ろ手で画面に向けてカードを投げると、そのカードが自分の斜め後ろに向けて飛んでいく。するとカメラがパンして後方にいた別のメンバーがキャッチする姿を映すという具合で、オブジェクトの移動が実にリアルに再現されている。

 これがFS-EB70でもほぼそのままのリアルさで再現された。これはもう圧巻と言えるレベルだ。本機の音は、はっきりとした定位の良さと厚みのある音色で音像のしっかりと感じられるものだ。こうした実体感のある音も、バーチャルを含めたサラウンドの空間再現をしっかりと描くことのできる理由だと思う。セリフがクリアで英語の発音まで明瞭に再現されるだけでなく、中低音域に厚みがあり力強さも十分だ。サブウーファーの低音はなかなかにパワフルで、量感はやや多めに感じるほどだが、それでいてモコモコとした不明瞭さはなく、キレ味のよい俊敏な低音になっている。映画向きの迫力型の味付けではあるが基本的な音の実力もなかなか優れている。

 なお、再生中などでも音質調整は可能。ややシンプルになっているもののパイオニアのAVアンプに近い機能を持っており、トーンコントロールやチャンネルのレベル調整、MCACCのオン/オフなどが随時切り替えできる、機能の効果を確認するうえでも役に立つ。

リモコンにある「AV Adjust」で画面に表示されるメニュー。トーンコントロールでは、低域と高域の微調整が可能
レベル調整では、センターとサブウーファーのレベルを調整できる。ここの調整値はMCACCでの調整値が反映されている
MCACCの項目では、MCACCのイコライザー補正をはじめ、フェイズコントロール、シアターフィルターののオン/オフが選択できる。
その他の項目では、映像と音のズレを補正する「サウンドディレイ」、圧縮音源などを高音質化する「サウンドレトリバー」、セリフを強調する「Dialog Enhancement」がある

物語のクライマックスは大晦日のロンドンで!!

 ここからはウォルターたちとフォー・ホースメンとの新チップを巡っての争奪戦となる。格闘やカーアクションなども入ってくるが、マジシャンである彼らはあくまでも手品のテクニックで立ち向かう。このあたりはコミカルでもあるし、いわゆるアクション映画とはひと味違うものとなっていて新鮮味がある。しかも、そこにこのシリーズの醍醐味である騙しあいが交わってさらに展開が複雑に絡み合う。裏切った相手と共闘したり、味方のはずの男に裏切られたりと、登場人物の敵対関係がどんどん変化していくので初見では混乱してしまいがちだが、これこそがミス・ディレクション。タネ明かしとともにその解決も描かれるので、安心してハラハラしていよう。

 このあたりのくだりでは、消失トリックや水没した金庫からの脱出トリックなど、ステージ・マジックでも定番のトリックも登場。このあたりの鮮やかなイリュージョンもどれひとつとして見逃せない。

 そしてクライマックスはロンドンの街で展開するゲリラ・ライブと新年を迎える12時にテムズ川で繰り広げられるメインステージへと続く。3カード・モンテ、ハトの出現トリック、そして予告映像などで有名な雨を操るトリックと、見応え満点のライブを展開しつつ、最大のクライマックスが描かれるという具合だ。

 ロンドンの雑踏の雰囲気(バケツや金属の皿で組んだドラムを叩くパフォーマーのプレイがリアルでいい)、縦横無尽の飛び立つハトの羽ばたき、そして人工の降雨機で広場に降り注ぐ雨と、Dolby Atmosらしい立体的な音場を駆使したサラウンド効果も満点だ。メリハリの効いたパワフルなサウンドは映画にはぴったりだし、リアルなサラウンド感もあって満足度はきわめて高い。

 冷静に音を分析するならば、微妙なニュアンスや細かな音の再現は、少々不足を感じる部分もある。低音域は反応も良く曇った音にはならないが、サブウーファが受け持つ帯域が広いため、ステレオ的な意味での左右の広がりはやや足りない。家具などによる配置の都合もあるが、音楽作品では低音が片寄ってしまう可能性があるのでサブウーファはなるべく中央付近に置いた方がよいだろう。

 約11万円の価格でDolby Atmos対応と考えるとコスト的にも厳しくなるので、すべての面で優れた実力を持っているわけではない。しかし、Dolby Atmos音声の映画を見ていると、そんなことはまったく気にならない。映画の音に割り切ってよくバランスされた音なのだ。

 クライマックスのイリュージョン、そしてラストの衝撃的なシーンでは、誰もが爽快に騙されていたことに気付くはず。あまりにも見事な騙しっぷりに、腹が立つどころか楽しくなってくる。騙すという行為はあまり良い意味を持たない(手品が日本でエンターテイメントとして定着しにくいのはこれが理由だろう)。だが、映画の世界では安心して騙されていい。騙されたというよりも、解決のくだりで合点がいったときのハッとする感じが気持ちよい。手品の楽しさがこの映画にはたっぷり詰まっている。

DTS-HDなどの5.1chサラウンドでも、リアルなサラウンド再生を味わえる

 FS-EB70でのDolby Atmos再生は、リアル4.2.4chに匹敵する空間再現を味わうことができた。ハードルが高いと思われがちなDolby AtmosやDTS:Xだが、これならばより多くの人が実現できるはず。

 ところで、Dolby AtmosやDTS:X音源以外の作品はどうだろうか。BDソフトとしては、ドルビーTrueHDやDTS-HDといった音源が主流だが、当然ながらこれらの再生でも本機の優れたサラウンド再生を楽しめる。

 その理由は、ドルビーサラウンドやDTS Neural:Xというアップミックス技術が盛り込まれているから。どちらも5.1chまたは7.1chのソースを本機の場合ならば3.1.2chに拡張して再現できる。もちろん、ドルビーデジタルやドルビーTrueHDならば、後方の音もサラウンドエンハンサーでリアルに再現できる。Dolby Atmos音声のときと同じように、3.1.2chとバーチャルの後方の音の再生になるし、空間のつながりの良さや後方のリアルな存在感などはDolby Atmosに匹敵する。

ドルビーデジタル音声(5.1ch)をドルビーサラウンドでアップミックスし、サラウンドエンハンサーを加えて再生した状態。Dolby Atmosに迫る立体感が再現できる。

 一方、DTS音声の場合はどうかというと、実はサラウンドエンハンサーが使えるのは、ドルビー系の音声のみ。DTS-HDの7.1ch音声などはパイオニアが開発したバーチャルサラウンドである「F.S.サラウンド」を組み合わせて仮想的な後方の音を再現する。これを前作である「グランドイリュージョン」で試してみよう。都合がよいことDTS-HD音声の収録なのである。この場合、DTS-HD音声をDTS Neural:Xでアップミックスし、F.S.サラウンドで後方の音を再現することになる。

 結果から言えば、こちらも後方の音はしっかりとリアルに再現できた。後方の音に注目すると、ややメリハリ過多というか音の定位がよりはっきりと出るが、空間のつながりはやや不足した感じだった。DTS Neural:Xで高さ方向の音も再現されており、ドーム状の音空間が感じられるし、サラウンド効果という点ではまったく遜色がない。

 もちろん、DTS:X音声を収録したタイトルならば、Dolby Atmosと同じようにさらに豊かな音場とリアルな再現を楽しめるはずだ。

 Dolby AtmosやDTS:X対応サウンドバーは、本機に加え、ヤマハのYSP-5600もアップデートでDTS:Xに対応。さらに、ソニーも今年のCESでDolby Atmos対応のサウンドバーを発表しており、おそらくは国内でも発売されるだろう。いよいよ次世代サラウンドの本格的な普及が期待できる状況が整ったと言える。

 そして、サウンドバーなどでは欠かせないドルビーイネーブルドスピーカーにも注目してほしい。実際に天井に取り付ける場合と比べて、ドルビーイネーブルドスピーカーは妥協案的なイメージが付きまとうが、その効果は十分に大きい。天井などにスピーカーを設置するのが難しいなら、Dolby Atmosを諦める前にイネーブルドスピーカーを検討してみてほしい。

 もうひとつ。後方のスピーカーさえ厳しいという人にとっては、今後は3.1.2ch再生も有力な候補になる。すでに良質なステレオ再生スピーカーを持っている人ならば、2.1.2chでも十分だと思う。まだ3.1.2ch構成で後方をバーチャル再生とする再生に対応したAVアンプは少ないが、今後は増えてくるものと思われる。このあたりについては、対応したモデルが登場したら、また紹介したい。

 ハードルが高いと思われていたDolby AtmosやDTS:Xがドルビーイネーブルドスピーカーやバーチャル再生技術を組み合わせることで、かなり身近なシステムというのは大きな発見だった。Dolby Atmosなどに興味はあっても、導入できずにいた人は、本機や今後の動向に注目してほしい。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。