鳥居一豊の「良作×良品」

「テレビの存在が消え、映像が浮き上がる」。有機ELレグザ「55X910」の異次元映像

 東芝の4K有機ELテレビ「レグザ 55X910」が発売された。ついに登場した東芝初の有機ELテレビ、僕と同じように発売を楽しみにしていた人は少なくないだろう。明るい店頭では眼の瞳孔が閉じて、暗部階調の違いはわかりにくく、黒が浮いていても気付きにくい。今回の視聴では、一般的なリビングの照度環境も意識した視聴テストや、さらに真のコントラストを確認するためにホームシアターを想定した暗室環境でも視聴テストを行なった。店頭だけではわからない有機ELレグザの真の実力をレポートしたい。

REGZA 55X910

 4K有機ELレグザのX910シリーズは、55型のほかに65型の「65X910」もラインアップされている。あえて55型としたのは、リアルに購入を検討しているのが55型だからだ。

 65X910と55X910を並べた状態で見たこともあるが、比較的明るめの環境だったため、画質的なチェックはできていない。基本的には有機EL特有の深く沈んだ黒の美しさとそこに浮かび上がる色彩豊かな映像の実力は同等だ。印象として違ってくるのは、65X910の方が明るく光る部分の輝きが力強く、画面サイズの大きさ以上にパワフルな印象だったこと。これは、画面サイズが大きくなるのに比例して、3,840×2,160のひとつひとつの画素が大きくなっていることが理由だろう。

 有機ELのような自発光型のディスプレイは、個々の画素が点灯するので、画素が大きいほど高い輝度が得られるのは自明。画面サイズが大きいほど開口率が高くなる液晶でも理屈は同じだが、基本的に全白のピーク輝度が優位な液晶ではあまり画面サイズによる明るさの差は感じない。有機ELは液晶に比べればピーク輝度は及ばないので、画素の大きさによる輝度の高さの差がよく出るのだろう。

 なお、X910のピーク輝度は最大で約800nitsとなっている。プラズマは約100~200nitsだったことを考えると、輝度パワーが足りないということはない。昼間の比較的明るい環境でも不満は感じない。

 機能について簡単に紹介しよう。X910シリーズはレグザのハイエンドモデルということもあり、従来の最上位シリーズと同じく、高画質に加えて高機能も充実している。その代表格が地上波6ch全録が可能なタイムシフトマシン機能。対応するUSB 3.0規格の外付けHDDを追加することで、タイムシフトマシンが使用できるようになる。

タイムシフトマシン録画設定などを行なう「接続機器設定」

 そして、テレビ放送やネット動画への対応も万全だ。テレビチューナは地デジ・BS/110度CS放送チューナの搭載はもちろん、4K放送が視聴できる「スカパー!プレミアムサービス」用チューナも内蔵。ネットワーク接続によるネット動画では、「ひかりTV 4K」、「Netflix」、「dTV」、「アクトビラ4K」、「YouTubeTM」と、4K動画配信を含め、多彩なサービスに対応する。

 クラウドサービスの「みるコレ」にも対応。全録した地デジ6チャンネルや通常録画した番組、電子番組表に登録された約1週間分の放送予定、そしてYouTubeTMのコンテンツなどを多彩な切り口で特集した「みるコレパック」を登録することで、まとめて一覧表示をすることが可能。好きなタレントや俳優、アーティストなどのパックを選べば、メインで出演する番組だけでなくちょっとしたゲスト出演などまでしっかりと網羅してくれる。また、録画番組ならば「気になる! シーンリスト」で目当てのタレントの出演シーンに素早くアクセスが可能。テレビ番組を中心に自在に楽しめる機能なのだ。

 このほかにも、「ざんまいスマートアクセス」で視聴中の番組と同じジャンルや関連する話題を扱った番組などを一覧表示することも可能。テレビ放送の活用が非常に快適になっている。こうした機能はこれまでのレグザの最上位モデルとほぼ同様だ。

初期設定の画面。テレビ放送受信をはじめネットワーク関連や動画配信サービスの設定など多岐に渡っている。初回時に「はじめての設定」を行なえば一通りの設定をスムーズに済ませられる

地デジも驚くほどきれい! 「OLEDレグザエンジンBeauty PRO」搭載

 X910シリーズの最大の特徴はやはり画質だ。映像エンジンは新開発の「OLEDレグザエンジンBeauty PRO」。4K有機ELパネルのポテンシャルを引き出すために専用にチューニングがされている。

 自慢の超解像処理は、独自の再構成型超解像処理を強化。ノイズリダクションと複数フレーム超解像処理を行ない、絵柄解析超解像処理をし、再構成型超解像処理で元の画像と比較してエラーを訂正。さらにこの工程をもう1周かけて2段階の再構成型超解像処理を行なう。これを「熟成超解像」と呼んでいる。

熟成超解像

 ノイズリダクションと複数フレーム超解像処理は、複数のフレームを参照して超解像処理を行うが、映画やアニメなどの24フレーム、一部のCMにある30フレーム。通常のテレビ番組などの60フレームと、撮影されたコンテンツの種類を検知してそれぞれに適したなフレームを参照するように強化された。これが「アダプティブフレーム超解像」だ。

アダプティブフレーム超解像

 このほかにも、これまでのレグザに搭載された高画質技術がすべて盛り込まれているが、新機能として盛り込まれたのが「美肌リアライザー」だ。これは、明るいシーンでの肌色の色飽和(白飛び)を検出して階調を豊かに再現する機能。特に顔のハイライト部分の階調をスムーズに再現することで肌の質感をリアルに再現できる。興味深いのは、人の肌を均等に美しくしようというものではなく、あくまでも原画に忠実に、再現されにくい情報まで描き出すという画作り。詳しくは後で述べるが、化粧の具合や肌のきめの細かさまで正直に描きだしている。ハイビジョン時代にも見え方を気にする女性タレントや俳優が増えたが、その傾向にますます拍車がかかりそうだ。

 ここで簡単に、地デジ放送を見た印象について触れておこう。部屋の白熱灯を点けた状態で見てみたが、これが地デジか!? と思ってしまうような豊かな色乗りと精細感の高さだ。筆者の視聴環境は、一般的な家庭の明るさに比べればやや暗めではあるが、映像メニュー「標準」でも十分に明るく、「あざやか」では個人的には明るすぎるほど。

 有機ELの高コントラストな映像のおかげもあり、基本的に明るいシーンが多い地デジ放送でも、映像に深みがあり立体感のある映像になる。かなりこってりとした印象もあるのだが、決して派手な色にはならない。精細感の高さは優れるものの、放送由来のノイズが目立つことも少なく、精細で見やすい映像になっている。ここ最近のレグザは、解像感は高いが地デジなどではノイズが目に付きやすいと言われることもなくなり、総合的にバランスの良い高解像度な再現ができるようになってきている。パネルが有機ELとなったこともあり、その映像の品位が大幅に高まった印象になる。

 ちょっとしたチェックのつもりで地デジを見てみたのだが、ついつい見入ってしまう。自宅の環境で最新の有機ELテレビを見てみると、改めてその実力の高さを思い知った。

ディスプレイパネル部分はまさに薄い板! 55型でも思ったよりも小柄な印象

 では、いよいよきちんとセッティングして、映画を中心に本格に画質をチェックしていこう。セッティングは、いつもの薄型テレビ用の低めのラックに設置して、フロントスピーカーとサブウーファーの手前に置いた。視聴距離は1.5H~2H(画面の縦の高さの1.5倍~2倍)ほど。55型の大画面としてはかなりの近接視聴だが、4Kテレビの適した視聴距離はこのくらいだ。

 重量は55型で24.9kgと、液晶テレビに比べるとやや重めだが、大人一人でも持ち上げるのが難しい重さではない。ただし、画面サイズが大きく転倒や落下の危険はあるので、開梱や設置は2人以上でやる方が安心だ。

 実はこの重量の大部分はスタンドだ。テレビ画面よりも前にスタンドが飛び出していない大胆なデザインを採用しているので、前方への転倒を防ぐ意味でもスタンドの重量を重くしているわけだ。開梱時にまずはスタンドをラックに載せて、ディスプレイ部を連結するという手順で行えば、比較的安全に作業ができるだろう。

 テレビの前方側に何も物がないというデザインもなかなかインパクトがあるが、実物を見ると驚くのがディスプレイ上部の薄さだ。上部は6.5mmという薄さで、中央やや上あたりから下部にかけてチューナや映像エンジンなどを内蔵するための厚みのある部分が加わっている。その部分の厚みは5.8cmほどだ。周辺部分が板のように薄いので、スタンドを組み立てた状態で持ち上げるのはちょっと心配になる。無理な持ち方をしないよう、心がけたい。

驚くほど薄いディスプレイ部。実際にはかなり強度があるが、持ち上げるために掴むのが躊躇される薄さだ
55X910を真横から見たところ。上部の圧倒的な薄さがよくわかる。ディスプレイ画面はわずかに後ろに傾いている(2度)ので、設置するラックはやや低めのものが良い

 X910のパネルの薄さについて東芝の開発担当者に話を聞いたところ、チューナや映像エンジンなどの回路、入出力端子、内蔵スピーカーを別体にするとしたら、ディスプレイ部は完全に6.5mmの薄さを実現できるという。電源供給や別体のチューナ部との配線という問題はあるものの、壁にぴたりと貼れるような製品を作るのは決して不可能ではなさそうだ。

側面には、上からSDカードスロット、ヘッドフォン出力、汎用USB端子、HDMI®入力2系統がある。その下には電源ボタンや音量ボタンなどがある

 55型や65型という大画面テレビの範疇に入る製品ならば一体型の方が使いやすいと思うが、プロジェクタのスクリーンに匹敵するような70インチや80インチ、あるいは100インチというような大画面サイズが実現されたときは、チューナ別体型のスタイルの方が設置性では有利となるような気がする。X910のデザインを見ていると、“壁掛け”テレビが当たり前になる時代が近づいていると感じさせてくれる。

背面の接続端子。HDMI®入力2系統と、光デジタル音声出力、ビデオ入力があり、アンテナ端子は地デジ用、BS/110度CS用、スカパー!用がある。このほか、タイムシフトマシン用のUSB3.0端子が2系統、LAN端子と通常録画用のUSB端子がある

照明を落とすと、テレビの存在が消失した!

 ラックへの設置と、アンテナ線やHDMI®入力の配線も完了した。そして電源をオンにして、照明を落として全暗の環境としたら、テレビが消失した。慌てて再び照明を点けて手元を照らすペンライトを取り出した。

 これは、購入した人が誰でも最初に驚くことだと思う。まだブルーレイディスクプレーヤーなどの映像信号を入力していない黒画面でも、普通のテレビなら全暗(すべての照明を消灯)時でもうっすらが画面が光る。その灯りがあれば、座り慣れたソファの位置もわかるし、移動なども支障がない。というのが今までの常識。有機ELテレビは電源オンでも無信号時は完全に画面が光らない。高コントラストと言われたプラズマテレビでもこんな完全な非表示は実現できなかった。正直なところ、スタンドにある電源オンを示す緑の丸いインジケーターの灯りがなければ、電源オンかどうかを判別できない。電源オンなのに55X910の姿がすっかり闇に溶け込んでしまっている。ちょっとこれは今までにない経験だ。

55X910を設置し、視聴位置から見た様子。背後の120インチスクリーンと比べればサイズはほぼ1/4以下だが、距離が短いので十分な大画面感はある
照明を落とした様子。ラックとソファがわずかに反射光で光っているが、それ以外のものは何も見えない。ラックの反射は結構気になるので、黒い布などを敷くと良さそうだ

 ペンライトで手元を照らしつつ、部屋の照明を落として視聴位置に戻り、ブルーレイディスクプレーヤーの映像を表示してみたが、暗い夜空を映したシーンなどは画面の端が周囲の暗闇に溶け込んでしまって、テレビの画面を見ているという感じがしない。もちろん、明るい映像を見れば四角い映像が映るのだが、それでもテレビ画面を見ているという感じがなく、映像だけが浮かんでいるように見える。この見え方は慣れないと戸惑うくらいだ。

 この状態で、テレビの前側にスタンドが飛び出していない大胆なデザインの意味に気付く。テレビのスタンドの手前側は案外画面の明かりを反射して存在を主張してしまう。55X910にはそれがない。これは、テレビの前には何も物を置きたくなくなる。置くとしても光を反射しないマットブラックのものに限りたい。テレビラックにしても、光沢感の少ないブラックなのだが、画面の光を反射してしまっている。これが気になるので、画面の手前は黒い布を敷いて反射光をなくしてしまうのが良さそうだ。映像を表示してみるだけで驚くことが多いというのは、今までのテレビではなかったことだ。

「インフェルノ」で、世界の歴史的遺産を巡る旅へと出発!!

 ここでようやく、良作の登場だ。今回選んだのはUltra HD Blu-rayTM盤の「インフェルノ」。「ダヴィンチ・コード」、「天使と悪魔」に続くロバート・ラングドンのミステリーの最新作だ。本作では、ダンテの「神曲」の「地獄篇」をモチーフとし、人口爆発で滅亡の危機を迎えるであろう近未来の人類を救うため、現在の人類のほとんどをウィルスによる伝染病で死滅させようとする恐ろしい企みを阻止しようとするもの。

 科学が急激に進歩した近世以降の人類の増加は加速度的に増しており、環境破壊を食い止められない原因でもある。とはいえ、老いや死を克服したいというのは人類の夢のひとつでもあり、人為的に人口を調節する行為はタブーと言えるものだろう。作品が抱えるテーマとしてはかなり重く深刻なものだ。

 とはいえ、このシリーズの魅力は、人類の貴重な財産である芸術品や歴史的建築物に秘められた謎を解くという質の高いミステリー。僕は、このシリーズを通して、そんな歴史的な遺産やそれらが生まれた都市を美しい映像とともに眺めるのが大好きで、個人的にはマニアックな芸術観光ツアー映画ともいえると思っている。

 まずは冒頭。ラングドンは何かの事件に巻き込まれ、銃弾が頭部を掠めた怪我のせいで数日間の記憶を失っている。そこに現れる警官の姿をした女性。またしても銃を向けられ、ともかくその場から逃げようと、手当をしていた女医のシエナとともに病院を抜け出して、彼女のアパートへと移動する。視聴者と同じようにラングドンもまた自分の状況をまったく把握できずに居る。自分の衣服にあった謎の小型プロジェクタの存在などから、何らかの事件に巻き込まれ、ダンテが想像した地獄をボッティチェリが描いた絵画の映像から、ダンテの地獄篇に謎を解く鍵があると気付いて行動を起こす。

 このあたりで映像メニューを試してみた。映像メニューに用意された画質モードは、自動画質調整の「おまかせ」やもっとも明るい画面となる「あざやか」、映画用の「映画/映画プロ」など、レグザでは見慣れたモードが用意されている。マスターモニター的な再現をする「PC/モニター」や、目新しいところでは、高画質効果のほとんどをオフとした「ディレクター」もある。

 地デジ放送のインプレッションでも触れたが、「あざやか」は全暗の環境では眩しいくらい。ここは基本通りに「映画プロ」を選択。画質調整はほとんど手を付けず、ほぼ初期設定のままで視聴することにした。一通り画質調整の機能をチェックしてみたが、高画質機能としてはすでに紹介したように数々の新しい技術が盛り込まれているものの、調整のメニューの名称はほぼ従来のレグザと共通だ。

55X910の映像メニュー。USB端子のデモ映像を表示しているため、映像メニューの一部に違いがある。テレビ放送や通常の映像入力ではこのほかに「ディレクター」や「ゲーム」、「PC/モニター」などがある
映像メニューから「アニメ」を選んだところ。明るい環境向けの「アニメ」と暗い環境向けの「アニメプロ」がある。「ライブ」でも、同じように2つのモードがある
映像調整のメニューの一覧。黒レベルや色の濃さ、色あいのほかは、「精細感・ノイズ調整」などのようにグループ分けして整理されている。このため、調整項目はかなり多い
「精細感・ノイズ調整」の画面。従来通り「レゾリューションプラス設定」や「カラーテクスチャー設定」などがある
「コントラスト感調整」の画面。SDR信号の入力時は「アドバンスドHDR復元プロ」が使用でき、HDR信号の入力時は「HDRエンハンサー」や「HDR明部調整」が使える
「色詳細調整」の画面。こちらは色に関する調整をまとめたもの。Ultra HD Blu-rayTMの再生時は、基本的にすべて出荷時設定(オート)のままで良いだろう

 ラングドンとシエナのふたりが向かったのが、フィレンツェのヴェッキオ宮殿。すでにラングドンを追うWHOの追跡チームや警官たちが彼を探しており、ふたりは観光客で混雑する雑踏に紛れて宮殿に向かう。これらのシーンは午前8時くらいで街の中は明るい光が差している。Ultra HD Blu-rayTMの映像は精細な4K画質で、55X910ではいっそうに精細感の高い映像になる。HDR非対応の我が家のプロジェクタと比較するのも可哀想だが、このような鮮明さは得られない。しかも、明るいシーンでも映像が引き締まった印象になり、街角の陰の部分などの陰影が豊かに再現される。スリリングな追跡シーンということもあり、映像のテンションの高さがよく伝わる。

Ultra HD Blu-rayTMなどを再生するときには、「外部入力設定」の「HDMIモード選択」で、「高速信号モード」を選択。4つのHDMI®のそれぞれで設定できる。出荷時設定のままだと、HDR信号を受信できないので注意
映像メニューにある「コンテンツモード」。基本的にはオートでいいが、Ultra HD Blu-rayTMの場合は「4K-BD」を選ぶようにすると、より精度の高い映像再現ができる

 ドローンを使った空からの追跡などからも逃れ、ラングドンたちは観光名所でもある五百人広間へとたどり着く。小型プロジェクタに描かれた絵画をよく見ると…… ここの場面は見応え満点だ。天井や壁の高い位置に描かれたフレスコ画や彫刻をほどこされた広い空間の美しさがきめ細かく再現されている。

 室内に照明はほとんどなく、高い位置にある窓から外光が差し込んでいるだけなので、案外広間の中は暗い。そんなに見づらくはないが薄暗い感じがよく出ている。窓の外の陽の光の力強さも十分だ。このあたりはさすがHDR映像で、実際にその場所に足を踏み入れたリアルな感覚がある。

 55X910での視聴で感心するのは、広い空間の奥行き感が実に立体的に再現されることだ。3D映像のような、というと大げさだが、見た目にも自然で奥行きのある映像だ。これは精細感の高い映像再現だけでなく、陰影や色が豊かなためだろう。微妙な色彩の変化を55X910が豊かに描くことで、立体感がよりリアルなものになるのだ。

目の前に映像だけが浮かぶ。このために室内の環境まで整えたくなる

 薄暗い屋根裏を抜けての逃亡など、暗いシーンとなると、55X910の魅力がさらに増す。黒が深いのだ。宮殿の屋根裏の空間は決して真っ暗というわけではないが、スマホカメラのフラッシュを使ったライトがないと足元が心配になるレベルの暗さだ。こういう薄暗さをきちんと伝えながら、しっかりと見通しが利く。これは見事なものだ。五百人広場の広い空間の屋根裏だから、かなりの距離を天井裏の梁(はり)の上を綱渡りのように進んでいくことになる。その状況がよくわかる。そして、追っ手も屋根裏にいるラングドンたちに気付く。警官が使うライトが眩しい。場面の緊迫感がダイナミックに表現されている。

 このあたりになると、すでに画面のサイズはほとんど気にならず、映像に没入してしまっている。室内の暗さと画面の黒い部分が完全に一致するので、一般的なテレビで感じる四角く切り取られた画面という印象がなくなる。本当に邪魔なものがまったくない感じだ。

 X910の素晴らしい暗闇の表現力を体験していると、映像以外のすべてのものが煩わしいノイズになる。画面の光のラックへの反射は黒い布を敷いて光らないようにした。

 そして、もうひとつ気になるのが、電源オンを示すインジケータだ。暗闇が「表現できてしまう」X910で、暗いシーンを見ているとポツリと光るインジケータが気になってしまう。この対策もなされており、設定画面の「電源LED表示設定」で「消灯」を選ぶと、電源オンをした瞬間だけ緑色に発光し、その後消灯される。そして電源オフ時は赤く点灯するという動作になる。無信号時の完全に光を発しないので、使い勝手に多少の影響はあるが(無信号時の自動電源オフなどの省エネ機能を組み合わせて設定しておけば、電源の消し忘れを防げるだろう)、暗室で映像を見るときは不可欠な機能と思う。視聴を中断してこれらの対策を行なうと、まさに目の前には映像だけが浮かぶ。この感じはVRゴーグルをかぶったときの感覚に近い。余計な物が一切目に入らない没入体験が得られるのだ。

電源LED表示設定の画面。通常の常時点灯と消灯を選択できる。映画鑑賞時だけ切り換えるか、消灯のままで使うかは使いやすさを確認して選ぼう

 宮殿の外に出たラングドンたちは、サン・ジョヴァンニ洗礼堂に向かう。ダンテが洗礼を受けた所だ。このように、ダンテとゆかりの深い場所を巡り、次々に新たな謎が提示され、事件の真相に近づいていくわけだ。隠されたダンテのデスマスクはその陰影によって形状が豊かに描き出され、材質の質感まで実にリアルに再現される。どんな場面を見ていても映像の品位が今までよりも何段階も高いレベルにあると感じるのだ。

 これは、階調のスムーズな再現と暗部にノイズが浮かばない清潔感のある再現によるものだろう。有機ELはパネル特性として、黒に近いごくわずかなグレー付近の再現が苦手なようで、初期の有機ELパネルテレビでは暗部がノイジーに感じられると指摘されることがあった。プラズマテレビも暗部に特有のノイズ感があるので、X910の視聴時には注意深くチェックしていたのだが、ノイズはほとんど気にならなかった。

 「OLEDレグザエンジンBeauty PRO」は、12ビット精度で映像処理を行なっており、ここでのビット精度を高く保つことで、有機ELで目立ちやすい黒に近い領域でのノイズ感を低減できたという。つまり、信号処理系のS/N改善が大きく貢献しているということなのだろう。

X910の高精細映像を、さらに高めるテクニック

 舞台は移り、空撮でヴァネツィアの街の全景を映したカットが挿入される。こういうロングショットの見晴らしの良さは見事だ。有機ELパネルの威力もあるのだろうが、これだけ精細感の高さを感じるディスプレイは、民生用の製品では見たことがない。

 ここで、東芝の開発陣から教えてもらった機能を紹介しよう。そのひとつが「ピュアダイレクト」。一部の回路や機能をオフとして信号経路を短縮したり、処理による信号の劣化を防いで純度の高い信号伝送を実現するものだ。

 55X910では、フレーム相関のノイズリダクション、熟成超解像がパスされ、従来の1回だけの再構成型超解像処理となる。これを行なうと映像処理系がフル12ビット処理となるので、ビット変換などをする必要がなくなり、情報の欠落が解消できるという。もちろん、元々のソースにノイズが多い場合、「ピュアダイレクト:オン」ではノイズが目立って見づらい映像になりやすいし、HDやSDなど元々の解像度が低い場合は精細感の向上の効果が減ってしまう。だが、ノイズも少なく4K映像を収録したUltra HD Blu-rayTMであれば、その高画質をそのまま出力できることになる。作品によってノイズ感に差はあるので、見極める必要はあるが、Ultra HD Blu-rayTMの視聴時にはぜひ試してほしい。

映像調整でピュアダイレクトを選択したところ。オンとオフが選べる。Ultra HD Blu-rayTMなどノイズが少ないソースではオンを選ぶと画質的には有利になる

 実際にピュアダイレクトをオンにしてみると、映像がよりシャキっとした感触になる。ディテールが増えたとか、夜空の星の数が増えたというような歴然とした違いが出るわけではないが、一眼レフカメラのフォーカスをマニュアルで精密に合わせたときのような、微妙だが見通しの良さが感じられた。

 そしてもうひとつが、「倍速モード」の「ハイクリア」。これはコマとコマの間に黒画面を挿入する倍速表示のこと。映画のような24コマ表示の場合、基本的には同じコマを5回表示することで120コマ表示を行なうが、1コマおきに黒に近い映像を挿入することでホールド時間を短くし、キレの良い動きと動きボケによる不鮮明さを解消できる。特に「ハイクリア」は動画補間を行なわないので、補間エラーの発生や24コマの作品らしからぬ動きの不自然さを感じることなく、鮮明な動きを再現できる

 この技術は反応速度が決して速くはない液晶で採用されるべきもの。有機ELは液晶に比べて圧倒的に反応速度が速いため、こうした動画ボケは生じないと一般的には言われてきた。しかし、東芝の開発陣によると画質チューニングや画質検討の段階でどうも動画ボケと思しき映像のぼやけを感じることがあり、実際に試してみたら効果歴然だったので製品に実装したという。有機ELの応答速度は速いが、映像の表示の仕組みは液晶に近いもので、プラズマのように常時複雑に点滅を繰り返して映像を表示するわけではないし、フィルムのようにコマとコマの間で一度照射ランプをオフにするインパルス表示をしているわけでもない。同じ映像が続いたら液晶同様にずっと表示を続けるので、ホールド時間によって人間の脳が動画ボケを認識してしまうことが生じるそうだ。

 もちろん、こちらにもリスクはあり、コマとコマの間に黒画面を挿入する以上、映像の明るさが落ちる。実際に「ハイクリア」を選ぶとほんの少しだが画面全体が暗くなるのがわかる。暗室の環境ではほとんど影響はないと感じたが、明るい部屋で見る場合には気になる人もいると思う。また、黒挿入でありがちなフリッカーのようなチラつきが気になることもある(特に輝度の高い明るい部分)。使用状況や見え方によって使い分ける必要はあるが、効果は歴然だ。

 まさしく映像のぼやけた感じがなくなって、よりシャキっとした映像が得られる。いろいろな場面で試したところ、動きボケが顕著に感じられやすいカメラのパンニングするカットで効果がよくわかる。シャッタースピードの関係で撮影映像自体がぼやけるモーションブラーが出てしまう速いパンニングの場面よりも、ゆっくりと景色全体をパンニングするようなカットでよくわかる。これらを使うことで、映像の品位がますます高まる。ソフトや使用状況によって使い分ける必要がある機能ではあるが、今までにない精細感の高さを味わえる55X910だけに、ぜひとも一度は試してみてほしい。

倍速モードでは、「ハイクリア」と「ハイモーション」が追加された。黒挿入を行なうことでホールド時間を短縮し、より鮮明な映像を再現できるモードだ

X910が伝える“空気感”の違い

 映画自体はどんどん緊迫の度合いを高めているものの、観光名所が舞台なので、なかなかの旅行気分が味わえる。映画として楽しんだ後、2度目以降の視聴ではドキュメンタリー番組のつもりで見ると、ヴァーチャルトリップ的な観光気分も味わえる。55X910の桁外れの没入感があってこそだろう。

 イタリアの古都から、東西の文化が入り交じった中近東に舞台が移ると、ガラリと変わった街並みの違いがより鮮明に感じられる。同じ石造りの建物でも質感が大きく異なるし、なによりも太陽光の光の感触や空気感の違いまでわかる。HDR収録による輝度ダイナミックレンジの広い映像ならではと思うし、その陰影を豊かに描ける有機ELのポテンシャルだと思う。

 ちなみに絶対的な明るさは液晶の方が上だ。LEDバックライトという光源を持つ液晶に対し、画素が発光する有機ELの限界はある。ただし、完全な黒が表現できる有機ELの方が目で見た印象としてのダイナミックレンジは広く感じる。これは、視聴する環境によっても印象が変わる。明るい部屋では輝度に余裕のある液晶が精細に感じる。有機ELも十分な輝度は出ているので明るい部屋でも見やすいが、HDRの眩しい光の輝き感には差が出る。一方で、暗室は吸い込まれるような完全な黒を再現できる有機ELの方が、光の輝きさえも力強く感じる。対比される黒が深いから光が際立つのだ。

 東芝には、表示パネル以外の機能はほぼ同じ液晶のZ810Xシリーズもあるので、どちらかを悩む人は多いだろう。筆者としては、使用する環境に合わせて選ぶのが良いと思う。映画を暗室で見る人ならばX910、映画もテレビ番組同様に明るい部屋で見るならばZ810Xだ。価格も随分と違うが、映画を暗室で見るのであれば、X910の満足度は明らかに違う。

 話は再び「インフェルノ」に。イタリアから中近東へ舞台が変わると、建築物だけでなく、そこにいる人々の肌の色や瞳の色も違うし、その質感にも違いが感じられる。また、瞳の再現もかなりリアルだ。瞳の色の違いも鮮やかだし、ハイライトの光の感じもよく出るが、光彩や瞳孔といった言葉を使いたくなるような、解剖学的なリアリティーを感じるほどの情報量だ。

「趣味のためのテレビ」。それがレグザX910

 今回の視聴では、我が家の6.2.4chのサラウンドシステムで再生した。なぜなら、この映像品質のテレビにあわせるのであれば、妥協はできないからだ。専用システムには及ばないとしても、55X910の音は、薄型テレビの内蔵スピーカーとしては最高レベルの音質を目指し、使用するスピーカーユニットや音声の信号処理も含めてこだわった設計になっている。

 画面以外の余計な物を可能な限り排除したノイズレスデザインを実現するため、スピーカーの向きは下向き。決して理想的な配置ではないが、声の再現も明瞭で聴きやすい。また、中低音がしっかりとしているので貧弱な感じはない。テレビ番組を楽しむには十分すぎる実力だ。

 この内蔵スピーカーの実力をなるべく引き出すためテクニックも教えてもらった。下向きスピーカーは設置したラックの上面の反射を前提にしているので、ラックの幅は画面の幅と同じかより広い方が設計時の本来の音質になるそうだ。ちなみに我が家の視聴室に置いた状態の写真で使っているラックはテレビの横幅よりもやや狭く、反射せずに音が下に逃げてしまうため、本来の実力を発揮しにくい。低音に関しては後ろの壁の反射も考慮しているので、なるべく壁際に近づけた方が低音感が増すという。せっかくの高画質を生かすためにも、音にこだわった設置も心がけたい。

 内蔵スピーカーを下向きとした理由は、X910の映像表現力を考えると、ホームシアターシステムや単品スピーカーを組み合わせることがふさわしく、外部スピーカーを組み合わせるならば、内蔵スピーカーが存在感を主張する必要はないからだ。テレビ放送を見るためならば十分ではあるが、映画を暗室でじっくりと楽しむならば、質の高い外部スピーカーを組み合わせるのが理想。今回の視聴でも、ふだんは120インチの大画面と釣り合っている音響そのままで、音量も変えずに55インチ画面を見ていたが、映像のパワーが音に負けるどころか、ひとたび映画に没入してしまえば画面のサイズなど気にならず、情報量の豊かさと自分の眼で見ているようなリアリティが音のリアリティと絶妙にバランスしていた。

6.2.4chのサラウンドシステムとバランスするX910の映像リアリティ

 良い製品というのはなかなかに悪魔的な魅力を備えている。おそらく、X910の購入者はホームシアターの導入はもちろんだが、ラックはマットブラックで見た目が地味になるぶん質感に優れたものを吟味したくなるとか、室内の壁を濃いめの色調にしたくなるなど、購入後にもさまざまな誘惑に振り回されることになるだろう。経済的には困った特性とも思うが、その誘惑に乗ってシステムや家具を整えていくのは、趣味のホームシアターとしての喜びそのものでもある。

 家庭のテレビは実用性やコストパフォーマンスが重視されがちな時代だが、そんななかでこれだけの趣味性を備えた薄型テレビが生まれたのは貴重なことだと思う。機能も含めて実用性に優れることは間違いないが、それ以上に「趣味のための高画質テレビ」として評価したい。東芝の有機ELレグザ「55X910」はそういう製品だ。

(提供:東芝映像ソリューション株式会社)

※4K有機ELレグザの画素数は3840×2160です。
※Blu-ray DiscTM(ブルーレイディスク)、Blu-rayTM(ブルーレイ)、Ultra HD Blu-rayTMは、Blu-ray Disc Associationの商標です。
※HDMIは、HDMI Licensing Administrator, Inc.の米国およびその他の国における登録商標または商標です。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。