鳥居一豊の「良作×良品」

安価で高機能なハイレゾ対応AVアンプ ヤマハ「RX-V575」

「ホビット」の壮大な冒険を広々とした音場で体験

5万円以下だが音も機能も充実のAVアンプ「RX-V575」

RX-V575

 前回の小さなコンポ(Olasonic「NANO-UA1」)に対して、今回はフルサイズの大きなコンポを取り上げる。フルサイズのAVアンプは、多くの場合7chものアンプを積み、映像系と音声系の入出力を備え、最近ではハイレゾにも対応するネットワークプレーヤー機能まで備えるというてんこ盛りの内容。それでいて、5万円を切るような価格で手に入る。

 紹介する良品は、ヤマハ「RX-V575」。実売価格で約5万円を切る安価なモデルだが、下位モデルの「RX-V475」と基本回路を共通としながらも、電源トランスやコンデンサなど高価なパーツを投入して音質をチューニングしている。

 基本的な特徴としては、7chパワーアンプを内蔵し、ネットワークプレーヤー機能は24bit/192kHzのWAV、FLACに対応。対応するスマートフォンの画面をそのまま表示できるMHLや、4K映像のパススルー出力にも対応したHDMI入力を5系統装備する。5.1ch再生と別の部屋に置いたスピーカー2chを同時に使用できるZone B出力も備えるなど、多少の差はあるものの、ほぼ同等の機能を備えている。

 フルサイズのAVアンプとしては、高さも161mmと控えめ。安価ながら筐体の作りもしっかりとしている。シンプルな表示ではあるが、テレビ画面で各種設定ができるオンスクリーン機能が備わっており、初心者でも使いやすくなっているのも美点だ。

RX-V575の正面カット。デザインは上級機と同様で、樹脂製のパネルながらも安っぽく見えない仕上がり
前面操作ボタン群。ソースやDSPプログラムなどの組み合わせを4つまで登録しておけるシーンボタンを装備。MHL対応のHDMIなどを備えている
電源ボタンの横には、自動音場補正機能「YPAO」の測定マイク用の入力端子

 HDMI入力のほか、コンポーネント×2、コンポジット×5、アナログ音声×4(RCA×3/ステレオミニ×1)、光デジタル音声×2、同軸デジタル音声×2を装備。出力はコンポーネント×1、コンポジット×2、アナログ音声×1、ヘッドフォン×1、サブウーファプリアウト×2と、比較的多めの入出力を持つにしては、背面はすっきりとしていて、それぞれの端子の接続がわかりやすくなっている。

背面の入出力端子。上部にHDMI入出力とEthernet、左の下側にアナログ系の入出力がある。ソースごとに映像と音声の入力がセットになっており、わかりやすい

 最近のAVアンプはHDMI接続が主流になったこともあり、S端子やコンポーネント入力が省略される傾向にあるが、長年AVを楽しんできた人には、S-VHSビデオデッキやLD(レーザーディスク)など、アナログ映像機器を所有する人も多い、そんな人の買い換えにも十分に対応できるものとなっている。スピーカー出力は7ch用意されており、すべてバナナプラグ対応。サブウーファー用のプリアウト端子は2系統で、フロントスピーカーの左右それぞれにサブウーファー追加する7.2chに対応するなどかなり充実している。

 まずはスピーカーを接続し、「YPAO」で音場を補正。測定時間は短めですぐに完了する。測定結果と実際のスピーカーの距離にそれほどのズレがないことを確認し、さっそくウォームアップを行なうことにする。

 ネットワークプレーヤー機能などを一通り試してみたが、リモコンのボタンは数が多めながらもよく使うボタンがわかりやすく配置されており、使い勝手はなかなか良好。「シーン」機能も入力ソースとDSPプログラム、ミュージックエンハンサーのON/OFFなどを自由に設定したら、シーンボタンを長押しするだけで登録されるので簡単だ。

 あとは、そのボタンを押すだけですべて自動で切り替わるので積極的に使いたい。本機の場合は、ゾーン出力の切り換えも設定できるので、例えば「RADIO」をZone Bに切り換えて、FMラジオやインターネットラジオなどを選べば別室で気軽に音楽再生を楽しめる。

リモコン

「指輪物語」前日譚だが、3D化で壮大さは上!?「ホビット」

ホビット 思いがけない冒険 3D&2Dブルーレイセット(4枚組)

 良作は、ファンタジー好きとしては絶対に外せない「ホビット 思いがけない冒険」だ。「指輪物語」と同じトールキンの原作で、ビルボ・バギンズの旅を描くというものだ。映画では、老いたビルボがかつての冒険を本にまとめるといった回想形式になっており、冒頭でフロドも姿を見せる。

 本作は3D制作になっていることもあり、映像面については前作のロード・オブ・ザ・リング以上に迫力と臨場感が増している。ホビットたちの小さな家の狭さやそこで暮らす姿を見ていると、前作も3D化できないものかと思ってしまったりする。

 圧巻なのは、冒険に出た一行の舞台となる雄大な自然だ。最終的な目的地であるドワーフたちの失われた故郷にして伝説の都、エレボールはその壮大さに驚かされるし、草原や荒野は広々とし、旅のムードがよく伝わる。ドラマはまだまだ序章にすぎないが、一行を追うオークたちの襲撃をはじめ、トロルやゴブリンといったモンスターたちも数多く登場し見せ場は豊富。ファンにとっては待ちに待っていた作品だろう。

 まずは、DTS-HD Master Audioのストレートデコードで聴いてみる。情報量が多く空間感のしっかりと出る再現が特徴で、ダイアローグもクリアだ。3D作品は宙に浮かんだ字幕がおかしな感じだし、大画面になると視線の移動のせいで目に負担がでやすいこともあり、2度目以降は英語音声のまま字幕なしで見ているが、セリフがよく聴き取れる。やや中低域が細めの印象もあるが、低域の力感はしっかりと出ていて、ひ弱にはならないのがいい。ビルボの家に続々とやってきたドワーフたちが酒宴をはじめ、陽気に歌をうたう場面などは、足音や食器を鳴らすにぎやかな音が細かく再現される。

 比較的安価なAVアンプの場合、低域の伸びや力感に不満を覚えることが少なくなく、映画の迫力を損なってしまうことが多い。しかし、本機は最低域までしっかりと伸びており、不満は感じない。栄華を誇ったドワーフの王の孫トーリンのことを語る老ドワーフの語りも心情がよく伝わる。

 また、森に危機が迫っていることをいち早く察知した茶の魔法使いラダガストが、大きなクモに襲われるシーンでは、空間感の良さのため、家の周囲を取り囲む姿なきクモの足音や壁を這い回る音が実にリアルに周囲から聴こえてくる。得体の知れない怪物の恐怖感がよく出ており、なかなかに臨場感のある再現が味わえた。

豊富なDSPプログラムを試して、作品にマッチしたものを選ぶ

 続いては、エルフの都へ行くことになる場面で、シネマDSPのプログラムをいくつか試してみた。映画用モードとしては、標準的な「スタンダード」のほか、「スペクタクル」と「サイファイ」、「アドベンチャー」がある。スペクタクルはスケール感の広がりが顕著で、残響の付加も多めのモードだ。とはいえ、肝心のセリフが残響で聴き取りにくくなることもなく、やや派手だが、ワーグたちの襲撃におびえるドワーフたちの恐怖感もよく伝わる。

 「サイファイ」は、映画用モードの中ではもっとも残響は少なめ。元々の音声に含まれた残響感が強まったという印象で、あまり違和感は少ない。そのため、周囲から迫ってくるワーグたちの野太い足音や荒々しいうなり声がはっきりと定位し、包囲される感じや緊迫感がよく伝わってくる。こういったDSPプログラムは残響の付加が違和感を感じるので苦手だという人には良さそうだ。

 最後は、僕がいちばん本作にあっていると感じた「アドベンチャー」。スペクタクルと同じく迫力増大型だが、残響の付加はやや控えめで、奥行き感など空間の広がり感が増す。空間の狭さや広さがよく感じるモードで、荒野でワーグに追われる場面は、遠くから迫ってくる様子がよく伝わる。そして、狭い洞窟を抜けて裂け谷にあるエルフの都市が見えてくる場面では、洞窟の狭さから解き放たれた見晴らしのよい景色と空間の広がりが一体になり、一行の安堵感やエルフの都市の美しさがより印象的になる。鬱蒼とした森や山や谷といった表情豊かな自然、そして、トロルの洞窟やゴブリンの地下都市など、さまざまな舞台が用意されている本作には、その場所の雰囲気がよく伝わることがポイントと言えそうだ。

 音楽用のDSPプログラムなども試してみたが、ミュンヘンやウィーンといった世界の名コンサートホールの音響を再現するモードでは、「ミュンヘン」が面白かった。響きは多めだが上品なもので、声の残響も多くなるせいか、オペラの舞台を見ているような気分で楽しめる。ウィーンは気持ちの良い響きなのだが、映画としてはちょっと残響が長めで細かな音や声が不明瞭になりがちだった。

 意外に使えそうなのが、ゲーム用のRPG。基本的に残響の付加はごくわずかで情報量が豊かで個々の音がクリアだ。迫力を増すためか中低域がやや膨らんだ印象になるが、違和感は少ない。ストレートデコードに近く、それでいてもう少しスケール感豊かな再現が欲しいという人には役に立つと思う。

 こうしたDSPプログラムは、ヤマハやソニーが特に力を入れているし、他社も一通りさまざまなモードを用意している。だが、実際に使っている人の多くが、何も足さないストレートデコードを選ぶ人が多いと思われる。音楽で言えばストレートデコードがもっとも忠実度が高いというのも正しいが、こうしたDSPプログラムが映画館やコンサートホールの音響を再現するものである以上、ストレートデコードでは物足りないこともある。

 たとえば、このテストをしているアパートは木造で、生活音が気にならない程度の防音はされていたが、それ以上のことは何もせずに聴いていた。こうしたデッド(残響の少ない)な環境に加えて、6畳間なのでスピーカーとの距離が近い。細かな音の再現の出来などを聴き取るには良い環境だが、こうしてヤマハのシネマDSPを一通り試し、しばらく一番気に入ったアドベンチャーで見続け、ふと思ってストレートデコードに戻してみると、映画の雰囲気がちょっと痩せてしまったように感じた。映画の世界がアパートの6畳間に戻ってしまったのだ。テストで音の素性を確かめるならば、適度にデッドな環境の方が良いところや悪いところがよくわかるが、楽しむために映画を見るならば、映画館のような響きの空間の方が好ましいと得心がいった。

 ただし、より広いリビングやコンクリート造の家やマンションなどで、しかもあまり物を置いていない部屋の場合、室内の音響がもともとライブ(残響が多い)ので、DSPプログラムが余計に感じることもあるので注意したい。こんな場合でも、本機はDSPプログラムの効果を加減できる設定が用意されているので、室内の環境にあわせて調整するといいだろう。一概にストレートデコードを最上の物と決めつけず、いろいろと試してみるといい。ぴったりとハマるモードがあれば、映画の魅力が倍増するのだから。

実力の向上がDSPプログラムの効果をさらに高めた

 物語のクライマックスは「アドベンチャー」に固定して視聴した。洞窟の地面が割れて下に落ちるシーンでは、地割れの予兆である低音の低い響きや砂がさーっと流れ落ちる音、それらがちゃんと足の下から聴こえてきたのにびっくりした。こうした高さ方向の再現がきちんとできるモデルはこの価格帯では少ない。特に本作は狭い洞窟のシーンが多く空間感の再現や高さや奥行き方向の表現力が重要になるので、我ながら良い組み合わせだったと自画自賛したい気分になる。

 先ほどはDSPプログラムの効用について偉そうに語っておいてなんだが、実は僕自身もストレートデコード派だったりする。残響の付加がクセっぽさになり違和感を感じることが少なくないからだ。ところが、本機ではそうしたクセっぽさをあまり感じず、シネマDSPの良さが改めてわかったような気さえした。これはアンプ本来の音が向上したことが原因だと思う。細かい音までしっかりと再現でき、しかも、セリフまで滑舌よく明瞭に再現する音、情報量の豊かさや空間再現の巧みさをきちんと実現しているから、残響が付加されても声がもやついたりせず、空間が広いだけでぼんやりとしてしまうのではなく、豊かな響きの魅力がよくわかるのだと思う。

 相変わらずの長い映画(3D版は2枚組なので、ディスク入れ替えが面倒)だが、飽きさせず、ダレることもなく見せてくれるのはさすがだ。もちろん、RX-V575も一役買っている。映画の雰囲気をより良く盛り上げてくれるシネマDSPのおかげで、より映画に夢中になれた。低価格帯の製品だが、本当に出来のよいモデルだと思う。ここのところのAVアンプは各社とも5万円前後の価格帯に力を入れているので激戦必至だが、本機はかなり上位に立てると思う。

ハイレゾ音源も情報量豊か。高機能で実力も高いお買い得モデル

 最後にハイレゾ音源を聴いた印象も軽く触れておこう。基本的な音調は低域がしっかりと伸び、低音楽器の音階もよくわかる締まった低音だ。高域はくせっぽくならない範囲でやや音の輪郭を立てた表現で、声も鮮明だし、金管楽器やバイオリンの音色の艶っぽさもよく出る。全体に細身だが芯のしっかりとした再現になり、女性的な美しさを連想する品の良い再現ながら、ヤワになったりなよなよしないところが良い。だから、クラシックの美しい旋律をうっとりと聴かせながら、フォルティッシモの雄大な力強さまで鳴らし切ってくれる。

 ハイレゾ音源対応のネットワークプレーヤー機能はお買い得度も高まるが、AVアンプにとっては、本質的な音質の実力を見直すという点で大きな意味があったと思う。一昔前は、映画は面白くても音楽を聴くととたんに馬脚を現してしまうモデルが少なくなかっただけに、高品位なソースへの対応はAVアンプ本来の音質向上にも役立っている。

 家では音楽を聴くことの方が多いから、音声は2chで十分という人もいると思うが、7chもアンプを備えるAVアンプだから、バイアンプ駆動も手軽に試せるし、本機のようにZone出力を使えば、別室用のアンプとしても使える。これで6ch使ってしまうので、決してムダにアンプが多いというわけでもない。なにより音がいい。同じ価格ならば2chのプリメインアンプの方が音が良いとされてきたが、音質の差もそれほどではなくなってきている。バイアンプ駆動まで考えれば、本機のようにプリメインアンプを凌駕するものも増えてきている。

 ヤマハに話を聞くと、DVD時代にそれなりの価格のAVアンプを買ったユーザーが、最新フォーマットなどに対応するために買い換えるアンプとして、この価格帯のモデルを選ぶことが増えているという。「次はより上位のモデルを選ぶ方が幸せになれるんじゃないの? 」と、バブルも経験しているし、高度成長時代の終わり頃に生まれた僕は身の程をわきまえない上昇志向が強く、現在のユーザーの気持ちがよくわからなかった。

 だが、本機の音を聴いて、その理由がわかった気がした。だって音が良いのだから。高い物が買えないわけではなく、以前は数倍したAVアンプを使っていた人が満足して買い換えられる音質になっているのだから、無理に多額の費用を投じることはないと思うのも間違いないだろう(低価格帯でこの実力なのだから、中~上級機はもっと凄いことになっているということも少しだけ覚えておいてください)。

 ともあれ、ここ最近のAVアンプの進化ぶりはまさに目を見張るものがある。映画や音楽が好きというならば、ぜひとも注目してほしい。ステレオ再生とは別の魅力があるサラウンド再生の面白さもぜひ体験してほしい。ヤマハのRX-V575はそんな初めてのAVアンプには最適なモデルだ。

Amazonで購入
ヤマハ「RX-V575」

Amazonで購入
ホビット 思いがけない冒険
3D&2Dブルーレイセット
ホビット 思いがけない冒険
ブルーレイ&DVDセット
ホビット 思いがけない冒険
DVD単品版



鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。