鳥居一豊の「良作×良品」
Dolby Atmos導入! デノン「AVR-X7200WA」で5.2.4再生
「アメリカン・スナイパー」の戦場の空気を身体で感じる
(2015/8/21 10:00)
今回のテーマはDolby Atmos(ドルビーアトモス)。従来の5.1chあるいは7.1chのサラウンドに、天井に配置するトップスピーカーを加えた新世代のサラウンド方式だ。映画館でも昨年あたりから続々とDolby Atmos制作の映画がロードショー公開されてきており、対応するシアターも全国に増えてきているので、気になっている人は少なくないだろう。
Dolby Atmosの注目ポイントは、従来のように5.1chや7.1chのようにチャンネルごとに音声を振り分けて記録されたチャンネルベースの音声に加え、再生される音がどこから現れ、どのように移動するかといったオブジェクト情報を持ち、家庭などで設置されたスピーカーに合わせてリアルタイムで再生音を振り分けながら再生する、オブジェクトベースのサラウンドを行なうこと。
天井にスピーカーを設置するということもあり、高さ方向のサラウンド再現が最大の特徴と思われがちだが、それ以上にサラウンド空間の再現性が大幅に向上していることこそ、オブジェクトベースのサラウンドの醍醐味と言える。この空間の再現性は、今までにないもので、一般的なサラウンド再生システムによくあるフロントスピーカーは大きめだが、サラウンドスピーカーは小型のものを使ったシステムなどで気になりやすい、スピーカーのつながりの悪さが解消される。例えば前後に移動するような音は、得てして前からビュンと聞こえてきて、気付けば後ろに消え去っている。スピーカーとスピーカーの間の音が希薄になってきて、音が通り抜けたというよりも瞬間移動した感じになる。これがDolby Atmosだと、スクリーンから現れた音がぐっと眼前に音迫り、身体を突き抜け、後ろへと消え去っていく。この感じがはっきりと味わえる。
移動する音の再現だけでなく、部屋中のあらゆる場所に音が定位している感じが得られる。これは、実際にAVアンプに接続されたスピーカーをAVアンプが把握して、オブジェクト情報にある正しい位置に音が定位するように複数のスピーカーに最適に音が配分するため。これをレンダリングと呼ぶが、AVアンプではリアルタイムにオブジェクトベースの信号を各スピーカーに配分して再生するわけだ。
僕自身が、フロントスピーカーとリアスピーカーのつながりの悪さに四苦八苦していたこともあり、そのシームレスに音がつながった空間再現は、Dolby Atmosはまるで強力なボンドのような接着剤だとさえ感じた。しかも素晴らしいことに、映画館やメーカーの試聴室のようにかなり理想的な環境を整えた場所で効果が得られるだけでなく、スピーカー配置になにかと制約が多く、理想的な設置(各スピーカーの距離が等距離で、設置位置もドルビーなどが推奨する角度に置かれた状態)ができない場合でも、良好な効果が得られること。
これは素晴らしい! と、昨年秋からDolby Atmos導入を目指していたが、さまざまな事情や紆余曲折があり、ようやく今年の7月に我が家で実現できた。というわけで、今回の良品は、Dolby AtmosにはなくてはならないAVアンプ。僕が選んだのは、デノンの「AVR-X7200WA」(実売価格34万円前後)だ。ちなみに、スピーカーシステムは、新規導入となる天井用スピーカーが、イクリプスのTD508MK3を2セット(合計4台)。フロントスピーカーはB&W Matrix801 S3、サラウンドスピーカーもB&W Matrix 801S3を新規に導入。サブウーファーはYST-SW325を2台。これらにより、センタースピーカーなしの5.2.4での再生を行っている。
AVR-X7200WAを選択した理由は、ドルビーのライバルと言えるDTSが発表した同様なオブジェクトベースの新しいサラウンド方式であるDTS:Xにアップデート対応できるため。新しいサラウンド方式が登場した時期は、各社もいつも以上に力を注いだ製品を投入するし、特に最上位クラスのモデルは、いずれも甲乙つけがたい実力を持っている。昨年あたりはそれまで使っていたパイオニアのモデルを想定していたが、秋にはDTS:Xに対応するであろう後継機が登場する時期になってしまったため、短期間でAVアンプを買い換える負担をなくせるデノンを選択した(それまでDolby Atmos導入を遅らせるという選択肢はなかった)。
ちなみにDTS:Xはオブエジェクトベースという点では、Dolby Atmosと同じ。天井スピーカーが必須ではないので、導入しやすいという面もある。ソフトは海外盤では第1弾となるソフトが登場しており、秋には国内でも発売されると思われる。
左右対称配置のパワーアンプ搭載など、最上位モデルにふさわしい作り込み
さっそく主役であるAVR-X7200WAを詳しく見ていこう。本機は9chパワーアンプを内蔵し、出力は定格で150W/ch、最大出力は260Wとなる出力を持つ。無線LAN、Bluetoothに対応し、リニアPCM最大192kHz/24bit、DSD 2.8MHzでのネットワーク再生およびUSBメモリ再生機能を備える。AirPlayにも対応するので、iPhoneなどと組み合わせてApple Musicも楽しめるし、インターネットラジオも利用できる。こういったてんこ盛りの高機能は、今やAVアンプならばエントリークラスのモデルでも備えている。
映像入出力系は、4K/60pフルスペック対応のHDMI端子を入力×8、出力×3を備え、もちろんHDCP 2.2にも対応。ビデオコンバージョン機能も備え、SD映像やHD映像を4K化して出力することも可能だ。
最上位モデルらしい点はやはり音質の決め手となるアンプ回路や電源部の作り込み。各チャンネルのパワーアンプを基板ごとに独立させたモノリス・コンストラクションを採用し、しかも左右のチャンネルを独立させて左右対称に配置。スペース的に制約の大きなAVアンプでは珍しい正統派のレイアウトを採用。もちろん、デノンの高音質技術である「D.D.S.C.-HD32」をはじめとする高音質技術などもすべて盛り込まれている。
デノンはここ最近のモデルはほとんどのモデルが、初期設定や接続などをわかりやすく解説するGUIを備えており、初心者でも簡単に使える親切設計となっている。初期設定やスピーカーなどとの接続を一通りガイドしてくれる「セットアップアシスタント」も備える。このガイド通りに進めていけば、スピーカーの設置や自動音場補正、ネットワーク設定などを一通り済ませることができる。
自動音場補正は、「Audyssey MULTIEQ XT32 DYNAMIC VOLUME」を搭載。測定用のマイクも付属するし、取り扱い説明書などと一緒に組み立て式のマイク用スタンドも用意されている。手持ちや試聴位置にあるイスなどにマイクを置くだけでは、測定マイクの高さを合わせにくいので、こうしたスタンドの付属はいいアイデアだ(実際の測定は手持ちのカメラ用三脚を使用したが)。ガイドからスピーカー測定に進めるほか、マイクをAVアンプ前面の入力端子に接続すれば、Audysseyセットアップの画面に自動で切り替わる。このガイドも非常に詳しい。
Audsysseyセットアップの特徴は、試聴位置の1箇所での測定ではなく、最大8箇所の多点測定を行なうところ。パルス音に似たテストトーンによる測定そのものは短時間だが、まずDolby Atmosとなると、測定するスピーカーの数が増えるので以前よりも時間はかかる。しかも、マイク位置を移動しながら8箇所で測定を行なうので、音場測定はそれなりに時間がかかる。
僕はスピーカー配置に関しては、まず実測でスピーカーの距離を揃え、測定での結果と一致するまで微調整を繰り返す(特に対になる左右のスピーカーの距離のずれは実測値、測定値ともに左右のズレがなくなるまで行う)。このため、スピーカーの位置と距離が整うまでは、測定は1回だけで終了してしまうことにした。これだけでも、距離や音量の測定などは済んでいるので、測定結果から実測値と測定値の比較ができる。距離と位置が整ったら、最終的に8箇所での測定をする。8箇所の測定は、主に周波数特性の測定のためと思われる。家庭環境ならば1箇所でも大きな問題はないと思われるが、ピンポイントな測定なので良好なサラウンド効果が得られる範囲は狭くなる。妥当なところとしては、3箇所くらいの測定で終了するのが、時間や手間を節約できるだろう。
各種の設定項目を確認。使わない機能はすべてオフとした
取材機での取材ならば、後は基本的な設定項目をひととおり確認し、視聴に移るのだが、本機は購入した私物なので、実際にふだん使う状況での設定が済んでいる。基本的には、使用しない機能はすべてオフ、オーディオ関係の機能も効果を確認して必要がないものはオフ。デジタル処理系の負荷を可能な限り減らして、DSPなどが発するノイズの影響を軽減するためだ。
というわけで、少々極端な設定になっているところもあるのだが、主な設定項目を見ていこう。セットアップメニューでは、いくつかの項目で設定項目が分類されいて、それぞれをひとつひとつチェックする。ちなみにそれらの設定のほとんどは、「セットアップアシスタント」で設定できるので、後から細かく設定をチェックする必要はない。
オーディオ関係では、サブウーファーレベルの調節や、サラウンド効果の量を加減するサラウンドパラメーターなどがある。それぞれの項目を選ぶと最下段に簡単な解説もあるので、わかりやすい。ここではAudysseyの設定が重要だ。音量に応じて最適な周波数特性の補正を行なう「Dynamic EQ」、ソースごとの音量差をなくしたり、CM時に急に音圧感が上がる現象を抑えたりする「Dynamic Volume」、低音域の再現のほか、音の広がり感を加減できる「Audyssey LFC」などはすべてオフ。ただし、これはいつでもそれなりの音量で再生できる防音室での設定。一般的な家庭環境で使う上では便利な機能ばかりなので必要に応じて使い分けたい。
ビデオ関連の設定は、AVアンプ側の4Kアップコンバートなど、映像処理を行なうビデオコンバージョンをオフとしている。AVアンプの機能を疑うわけではないが、映像処理はAVアンプ側ではなく、プレーヤー側やディスプレイ側で行なうようにしているため。気分的なものかもしれないが、音質的にもオフの方が有利だと感じている。HDMI関係の設定も基本的にはオフ。HDMI出力もプロジェクターにつなぐ「モニター2」のみにした。複数系統へ出力する設定よりも画質は優位だ。
入力ソースの設定では、入力端子の割り当てやソース名の変更などが行なえる。ここは初期設定のままで問題なく使えるし、特に設定を変更する必要はない。個人的に入力ソース名は接続した機器名に変更する主義なので変更済みだ。入力端子の割り当てはかなり自由度が高いので、映像はHDMI1で、音声は同軸デジタル1といった組み合わせもできるので、実際の使い方に合わせて割り当てよう。
あとは、エコ設定やゾーン出力設定などの一般的な設定項目。このあたりは、必要に応じて設定すればいい。
スピーカーの項目では、自動音場補正を行なわずにマニュアルでセットアップするための項目が用意されている。自動音場補正だけで実用上は問題ないが、大きなスピーカーを使っているはずなのに、「小」を判別されてしまった場合や、自分の好みに合わせて設定を追い込んでいく場合に使用する。
アンプの割り当ては、9つのパワーアンプをサラウンド再生に使うスピーカーに割り当てる。5.1chや7.1chだけでなく、5.1ch+フロントバイアンプなどさまざまな組み合わせが用意されているので、使うスピーカーに合わせて割り当てる。実際の割り当てはアサインモードとレイアウトの組み合わせで行う。
アサインモードは、5.1chや7.1ch再生、Dolby Atmos再生などを選択し、レイアウトでは使用するスピーカーの数などを選べる。アサインモードをDolby Atmosとした場合、レイアウトは、5.1ch+2/4ハイト、7.1ch+2/4ハイトが選べる。ただし、7.1ch+4ハイトは合計11chなので外部パワーアンプが2ch必要になる。
極端な例では接続したスピーカーをすべて別のパワーアンプで駆動し、本機をプリアンプとして使用するといった設定なども行なえる。組み合わせるスピーカーはかなり柔軟な設定が可能だ。
そのほかのマニュアル設定は、距離や音量レベルの調整などとなる。感心したのはクロスオーバー周波数の設定で、小さめのスピーカーで構成したシステムの場合、一律にサブウーファーが担当する周波数を設定するだけでなく、接続したスピーカーごとにクロスオーバー周波数を設定できる。複数のスピーカーを組み合わせた場合にも便利だ。
サブウーファー自体も、LFE専用として使うほか、フロントの低音の補助として使うように選択できる。さらには、サラウンド再生だけでなく、2チャンネル再生時の設定も個別に行なえる。フロントスピーカーとサブウーファーを組み合わせた2.1ch再生も行なえるし、この場合のクロスオーバー周波数も設定できる。距離やレベルの調整も独立して行なえるが、これは自動音場補正時に、その数値がそのまま反映されるので、特に変更は必要ないだろう。
「アメリカン・スナイパー」でトラウマもののリアルな戦場を体験する
さて、いよいよ良作の出番だ。今回はDolby Atmos音声のBDをほぼすべて吟味した結果、「アメリカン・スナイパー」を選んだ。ウォシャウスキー姉弟の監督による「ジュピター」も捨てがたかったが、現代のアメリカ兵士の内面をリアルに描きつつ、しかも迫真性たっぷりの戦闘場面など、見応えのある内容で決めた。
物語は、強い正義感に満ちた少年がその正義感から入隊を志願、イラク戦争で大きな戦果をあげ、「伝説」とさえ呼ばれるようになっていく姿を描いたもの。実在の人物の自伝を元に、クリント・イーストウッドが監督をして映画化された。
冒頭から手榴弾を隠し持って地上部隊にかけよる子供を照準に収め、トリガーに指をかけるという緊迫した場面から始まるが、そんなアクション映画としてもズバ抜けた迫力と生々しいリアルさたっぷりの場面と、帰国した彼が家族とともに過ごす場面の落差にまず驚いた。
一度彼の幼少期のエピソードに遡り、アメリカ流の正義を叩き込まれて育ったクリス・カイルが軍に志願し、特殊部隊であるシールズに入隊するまで描かれるが、このあたりの場面は軽快なアメリカの青春グラフティで、彼が軍を志願するきっかけとなるアメリカ大使館爆破事件もテレビの画面に向こうの出来事して描写されている。もちろん、アメリカ人である彼にとっては衝撃だっただろうが、きっとまだ僕がテレビの向こうの出来事に対して感じるのとあまり変わらないものとして戦争を見ていたように思う。
こうした違いが、イラクの戦場と平和なアメリカ本土という舞台の違い以上に、空気感で見事に描き分けられている。砂塵が舞う乾いた大地に響くアラブ人の声、けたたましい音を上げて進む戦車とアメリカ海兵隊の地上部隊の兵士の足音、そんな音で戦場の空気感がよく伝わる。
Dolby Atmosは単に高さ方向の再現ができるというだけでなく、ドーム状に展開するような空気感の再現で従来のサラウンドを圧倒する効果が得られるが、その持ち味がよくわかる導入だ。この戦場の生々しさを味わってしまったら、その後のシールズでの過酷な訓練さえ、どことなく気楽なものに見えてしまう。
シールズでの訓練中にバーで出会った女性のタヤと恋に落ち、結婚したクリス・カイルは、その直後にイラクへの派兵が決定する。そして、冒頭のシーンへ合流する。狙撃手として、後方から地上部隊を援護するクリスは手榴弾を持った子供を射殺する。母とおぼしき女性がかけよるが、その女性も……。それが、クリスの初めての仕事だった。遠距離から狙撃を行うスナイパー用のライフルは、長距離を射程とするため弾丸の火薬量が大きく巨大だ。それが発する銃撃音が重い。炸裂するような爆発音とながくこだまする残響音が身体に響く。印象的なシーンだから残響音が長めというわけでなく、実際これくらいに響くのだろうと思わせる生々しい音だ。
AVR-X7200WAの音は、5年ぶりにAVアンプを買い換えた僕にとってはS/Nの向上や情報量の充実によって、かなり解像度の高い音に感じられたし、ステレオ再生などで聴いてもかなりのレベルの音だ。しかも、低音域の反応の良さや解像感の高い音に驚く。どちらかというと鳴らしにくいスピーカーと言えるB&W Matrix801は、以前のアンプではバイアンプ駆動でも低音の緩さが感じられたが、AVR-X7200WAは接続するスピーカーが増えたためにシングルアンプでの駆動となったが、それでも低音のドライブ能力では上回っていると感じる。古いAVアンプが比較対象ならば当たり前とも言えるが、銃撃音のような瞬間的な音が立ち上がり、しかも低音成分も多い音を、弾けるような勢いで再現できるのは、最新のモデルとしても水準以上のドライブ能力だと思う。
そして、音の定位感と、空間の描写は見事と言うほかない。画面に見える銃撃がそれと一致するところから聴こえるのはもちろん、画面外(後ろや後方)の音もそれらしい場所から発せられる。距離を隔てた場所での銃撃音はスピーカーの外側どころか壁を隔てた部屋の外で鳴っているような距離感で響く。画面に食い入るように見ていると、自分の居る場所がクーラーの聴いた防音室ではなく、クリスと同じように戦場に居るとさえ思ってしまうリアルさだ。
ここからは、後に伝説とさえ呼ばれ、アラブ人からは悪魔と呼ばれて懸賞金までかかるほどの活躍を見ていくことになる。爆弾を積んだ車で地上部隊へと突っ込もうとするドライバーを狙撃、夜の闇に紛れて武器を構える男、敵をつぎつぎと射殺していく。ただし、彼の活躍が戦況を有利に導くというわけではなく、苦い失敗も味わうことになる。
そして、帰国したクリスは父親になる。
時は流れて、第2回の派兵に参加。敵のアジトとおぼしきレストランへの突入と失敗が描かれる。この場面に限らないが、激しく戦闘が展開する場面での音楽の使い方がなかなかに面白い。クリスなスナイパー・ライフルで敵の様子を伺っている、そんなまだ本格的な戦闘がはじまっていないときは重苦しくねばつくような感触のシンセ・ベース主体の音楽で、緊張感を高め、激しい戦闘が始まるとビートの効いたドラム主体の音楽でスピード感のある銃撃戦を盛り上げる。音楽自体はあまりでしゃばらず、射撃音や足音といったさまざまな実音にまぎれて、気付くと音楽もなっているという絶妙に調和したバランスになっているのだ。
その音楽は、サラウンド空間の一番外側に配置され、そこから前に出てくる感じで、銃撃音や兵士たちの声が迫ってくる。音にはっきりと前後関係がつけられた立体的な音場がサラウンド再生の醍醐味でもあるのだが、Dolby Atmosとなると、それは周囲をぐるりと取り囲んだスピーカーが、十重二十重に配置されている感覚で、どこにでもスピーカーがあるような感じになる。Dolby Atmos対応と言っても、最近登場しはじめた比較的身近なAVアンプでも同様の感覚が味わえるわけでは決してない。空間感の再現はさすがはDolby Atmosで見事なものなのだが、空間に定位する音の実体感が希薄になることが少なくない。空間のシームレスなつながりと、実体感を伴う定位の明瞭さの両立には、ある程度の音質的な実力の高さも重要になると思う。
幾度も戦地へ赴くクリス。その間にも息子は成長し、娘も誕生した。このあたりから、戦場に出掛ける父を思う妻の不安などが強まっていくし、クリス自身もよき夫、よき親として育児を手伝うなど、家族と一緒の時間を過ごす。しかし、少しずつクリスに変化が現れる。
そんな様子は、それまでは言わば軽薄とさえ感じていたアメリカ本土での生活の描写が、希薄な感じなものに変わっていく。生々しく重みのある戦場の音と、軽快であまり空間感も意識させないアメリカ生活の音という違いはそのままだが、それの意味合いが変化しはじめる。これは僕個人の主観的な印象という気がしないでもないのだが、もしもこの変化を計算していたとしたら、制作側の手腕は見事としか言いようがない。
そして、敵のスナイパーとの対決が描かれる本編のクライマックス。その詳細はお楽しみということで、詳しくは触れないが、砂嵐のなかで展開する戦闘はまさにDolby Atmosの魅力が全開と言える。最終的には視界がなくなるほどに吹き荒れる砂嵐だが、そのびゅうびゅうと吹く風の勢い、風がうねるような低音の響きが部屋中を満たす。そんな音の嵐の中で、銃撃音が四方から鳴り、画面では兵士たちが声をからして叫んでいる。
戦地から戻るクリス。彼が平和な日常を取り戻したかと言えば、そんなはずはない。ひどくショックだったのは、リビングでひとりで戦争の映画あるいは報道、記録映像を見ていると思われるシーン。希薄な音に包まれたアメリカ生活の場面で、妙に鋭い音がする。彼らがリアルな戦場を映した報道映像を見る場面は以前にもあり、同様のシーンかと思ったが、音がイヤになるほどリアルなのだ。それもそのはず、クリスが見ているはずのテレビには何も映っておらず…… 身体は戻ってきても心は戦場に取り残されているような感覚がわかるような気がさえするショックな場面だ。
戦場はリアルな空気感と生々しい音が満ち、映画として見ているだけでも興奮してしまうほどの映像と音だった。平和な日常に戻ったはずなのに、気がつけば戦場のことを思い出している。良いことも悪いこともすべて心に刺さって消えない。そんな彼がどのように平穏を取り戻すかが、この映画のすべてだろう。
対応ソフト以外でも、ドルビーサラウンドであらゆるソースを4.2.4化
僕自身も、Dolby Atmosのことを知ってすぐに思ったのは、「一般の家庭で天井スピーカーとか無理でしょ? 」だった。だが、結果としてはDolby Atmosの熱烈な信奉者になってしまっている。それは、今まで目指してなかなか届かなかった空間再生についに到達できた実感があるからだ。天井スピーカーが難しいという事実はあまり変わらないが、天井に音を反射させる仕組みのドルビーイネーブルドスピーカーという手法や、壁の高い位置にあるハイトスピーカーでもドルビーデジタルに適用できるなど、いくつかの方法はある。
一般的な家屋の天井でも工事不要で吊り下げられる、数kg程度の小型スピーカーを使う方法もある。もちろん、それなりのスピーカーを設置した場合との差はあるが、天井スピーカーがないとあるでは雲泥の差だ。こういったことは、無理におすすめしても仕方がない。Dolby Atmosは導入する価値があり、そのための労力に十分見合うものだということだけは覚えておいてほしい。
Dolby Atmos普及に向けての課題として、ソフト数の少なさを指摘されることがある。だが、実際に導入してみると、これはDolby Atmosを体験していない人の余計な心配だとわかる(Dolby Atmosのタイトルが増えるのが理想なのは間違いないが)。Dolby Atmosには、リニューアルされたドルビーサラウンドというアップミックス方式のサラウンド技術があるのだ。
これは、ドルビープロロジックからはじまるものと考え方は同じもの。2チャンネルの信号を4.1ch(フロント3ch、リア1ch)がドルビープロロジックで、最終的には7.1chにまで拡張するドルビープロロジックIIx、さらに高さ方向も再現する同IIzまで進化した。Dolby Atmos世代のドルビーサラウンドも発想は同じで、2ch音声や5.1ch/7.1ch音声をレンダリング技術を用いて、天井スピーカーを含むDolby Atmos対応のスピーカーシステムで再生するものだ。要するに、5.1ch音声を5.1.4や7.1.4に拡張する技術だ。だが、これが凄い。
高さ方向の再現も感じられるのだが、やはり真骨頂はサラウンド空間のつながりの良さだ。これさえあれば、Dolby Atmos音声のソフトはなくてもあまり困らない。ドルビーサラウンドは、ドルビーデジタルやドルビーTrue HDなどの5.1ch/7.1ch音声だけでなく、放送のAACの5.1chでも、DTS、DTS-ES、DTS HDなどでもドルビーサラウンド効果を加味できる。
実際、我が家では、映画でも音楽でもサラウンドソースはほぼドルビーサラウンド効果を重ねたモードで楽しんでいる。チャンネル間のつながりが向上し、別物と言えるような音響になる。
手持ちの映画、音楽ソフトをすべて見直す勢いでドルビーサラウンドで聴いている状況なのだが、特に相性が良かったのは3Dコンテンツ。3DはDolby Atmosそのものとも極めて相性が良い。映像の立体感と音場の立体感が極めてマッチして、その相乗効果による臨場感が素晴らしい。冒頭の「ジュピター」を候補に挙げているが、これも3D版で見たときの映像とDolby Atmos音声での面白さが最高だったから。
その意味では、最近3D版が発売された「ジュラシック・パーク」が、最新作の「ジュラシック・ワールド」に匹敵するかそれ以上に感じるほど楽しめた。そのほか、3D作品ならば音場の立体感の迫力を改めてわかるはず。
音楽ソフトに関しては、もともとサラウンド収録された作品はなかなか良いが、センター定位がふらつくようなこともあり、ステレオ収録の作品だと相性のよくないものもある。切り替えはリモコンで手軽に行なえるので、とりあえずいろいろ試してみるといいだろう。
Dolby AtmosとDTS:Xも両方に対応したモデルが登場しはじめたばかりなので、本格的な普及はこれからとなるが、関心のある人は前向きに導入を検討するといいだろう。その効果を詳しく知りたいならば、Dolby Atmos対応の劇場に足を運ぶといい。今までにないサラウンド効果に驚くはずだ。
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