小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1105回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

iPhone 15 Pro Maxのカメラで“ガチ撮影”、「BlackMagic Camera」アプリ

プロも使うiPhone

iPhoneを使って撮影したコンテンツは多い。最初はプロモーション的な意味合いが強かったが、小型ながらアクションカメラほどには画角が広すぎず、ジンバルに乗せれば機動性も確保できるところから、iPhoneでなければ撮れない絵もある。テレビや映画でも、サブカメラとして使われる例が増えている。

ただ、カメラの素性は良くても、標準のカメラアプリでは設定パラメータが少ないため、思ったような絵にならないということもある。よって本格的な撮影では、マニュアルでパラメータが決められる別のアプリを使って撮影するケースがほとんどだろう。

多くのプロ用ツールを輩出するBlackMagic Designでは、2023年9月にiPhone向けカメラアプリ「BlackMagic Camera」をリリースした。初期バージョンは英語版のみだったが、現在は日本語にも対応している。

そこで今回はiPhone 15 Pro Maxをお借りして、BlackMagic Cameraで撮影してみた。標準カメラアプリでは実現できないワークフローを試してみることにしよう。

iPhoneのカメラ機能を大幅に拡張

BlackMagic CameraはiPhone向けに開発されたアプリで、Androidバージョンはない。App Storeからダウンロードできるので間違えることはないとは思うが、同社のハードウェアカメラ用コントロールアプリもBlackMagic Cameraという名前なので、人に説明する時はややこしい。

BlackMagic Camera(以下BMC)のUIは以下のようになっている。レンズ切替は、標準カメラアプリでは倍率が記されているだけで、明示的にどのカメラに切り替えといった格好にはなっていないが、BMCではレンズの焦点距離で選択できるようになっている。

BMCのUI

使用するiPhoneによって各カメラの焦点距離が微妙に違うのだが、BMCではiPhoneのモデルを認識して、それに応じた焦点距離の数値が表示されるようになっている。またシャッタースピードやISO感度も、それぞれマニュアルで設定できる。アイリスは固定されているので、露出補正は難しくないし、AEシフトもある。

AEシフトによる露出補正もできる

標準でヒストグラム、ストレージ残量、オーディオメーターがオーバーレイされるので、撮影状況も確実にモニターできる。これらは設定で表示のON・OFFができる。

モニター表示もかなり細かく設定できる

カメラ設定では、標準のiPhoneでは設定できないパラメータも多い。例えば録画コーデックでは、H.265、H.264のほか、Apple ProResが4タイプ選択できる。iPhone標準でもProResは選択できるが、タイプまでは選択できない。

ProResも4タイプ選択できる

デジタルシネマ撮影のポイントとなるのが、カラースペースの設定だ。iPhoneでは15Proと15 Pro Maxで、Apple Logでの撮影に対応した。標準ではHDR、SDR、Logの3タイプが選択できる。一方BMCでは、Rec.709(SDR)、Rec2020(HDR)、P3D65(SDR)、Apple Log(HDR)の4タイプが選択できる。

カラースペースも4タイプが選択できる

Rec.709と2020はITU-Rによって標準化された国際標準規格だが、P3D65はデジタルシネマ用規格DCI-P3をベースに拡張したもので、iPhoneやiPadに搭載されたために広く普及した。一方Apple Logは登場して間もないため、ポテンシャルが未知数だ。検証はこれから進むだろう。

iPhoneのディスプレイでHDR対応の場合、Rec.2020ではモニターもHDR表示となる。一方Apple Log撮影の場合、モニターはコントラストと色味が浅いLog表示となる。これだと絵柄が確認しづらいが、LUTの設定で「Apple Log To Rec709」をインポートし、LUT表示をONにすると、SDR表示で確認する事ができる。

Apple Log To Rec709が標準で提供されている

そのほかBlackMagic Designのカメラではお馴染みのシーンナンバーなどが動画データに付加できる機能もそのまま搭載されており、同社カメラと合わせて使用できるようになっている。

シーンナンバー等をメタデータとして付加できる

プロに近い撮影が簡単に

iPhoneは小型で機動力があるカメラという利点があるが、BMCを使うメリットは、HDRがきちんと管理できるということだろう。

iPhoneの標準カメラでHDR撮影すると、Dolby Vision形式となる。これもHDRではあるのだが、これで直接撮影できるカメラはiPhone12以降を除けば一部のシネマ対応モデルぐらいで、それほど多くない。他のHDRカメラと合わせるのであれば、国際標準規格のRec.2020か、カラーグレーディングで調整できるApple Logで撮影するのが妥当というわけだ。

iPhoneの設定では、HDRはDolby Visionのみとなる

そこで今回は、Rec2020とApple Logの両方で撮影してみた。Apple Logのほうはマニュアルでカラーグレーティングしている。なおApple LogをRec709(SDR)に変換するLUTは、Apple公式ではデベロッパーサイトでのみ公開されている。

Rec.2020で撮影したサンプル
Apple Logで撮影したサンプル

今回は露出オートで撮影したが、空抜けなどは最初から白飛びしているところも多い。元々カメラ内に絞りがないので、日中の撮影は明るめに仕上がる傾向があるが、撮影時にヒストグラムを見ながらシャッタースピードを上げて調整するしかないだろう。あるいはアクセサリとしてNDフィルタを使うのもいいだろう。

もう1つご紹介しておきたいのが、タイムコードの対応だ。タイムコードとは動画データに付加される時間データで、各フレームごとに個別の数値がふられたものと思っていただければいいだろう。

撮影時にタイムコードがあるメリットとは、マルチカメラ撮影した際に同期ポイントがどこだかすぐわかる事にある。要するに同じタイムコードの地点ならば、それは同一の時間を記録した瞬間だろう、というわけである。これを実現するには、通常は1つのタイムコードを各カメラに分配して入力する必要がある。この方法ではタイムコード伝送のために結線しっぱなしになるので、主にスタジオワークで据え置き型レコーダに対して使われる。

あるいは「マスター/スレーブ」機能を使って、マスターとなる機器のタイムコードに隷属する形で内部タイムコードジェネレータを同期させるという方法もある。これはスレーブさせている間だけケーブルで接続すればよいため、マルチカメラ収録等でよく利用される。ケーブルを切り離しても、スレーブ機はそのまま連続して内部ジェネレータが動いているので、同期が取れている。ただ時間が経つと次第にズレが発生する可能性がある。

BMCでは、タイムコードの入力に対応した。とは言ってもiPhone自体にタイムコード入力はないので、Bluetooth経由となる。Bluetooth経由でタイムコードを伝送できる「TENTACLE SYNC E」に対応した、という事である。

BMCのタイムコード設定には、カメラで撮影したときだけ時間が進む「レックラン」と、iPhone内の時刻情報をタイムコードとして採用する「TOD」の2つがある。iPhoneは現在時刻をネット上にあるNTPサーバから取得しているので、かなり正確なはずだ。お互いが同期しているわけではないが、NTPサーバに対して同期していると考えれられる。ただ実際に動画を撮影した場合、どれぐらいの精度で同期しているのだろうか。

BMCのタイムコード設定

そこでiPhoneを3台用意して、すべてBMCを使って同時に撮影してみた。DaVinci Resolveを使ってタイムコードで同期をかけてみたのが以下の結果である。

カメラ3台を横に並べて同時に撮影しており、音声もそれぞれカメラ位置に合わせてL、Center、Rに振り分けている。ご覧いただいたようにタイムコードを軸に同期すると、多少ズレが生じる。動画の後半は音声をベースに同期した場合の差分を表示したものだが、基準カメラに対して+3フレームと-2フレーム、最大5フレームのズレが発生している。

3台を同時に収録してタイムコードで同期

この動画のように、しゃべりをマルチカメラ編集できるほどの精度はないが、数フレーム程度のズレであれば、だいたい近いところまでは同期できる。例えば現場が無音に近くガイドとしての音声が録れない、離れた場所で同時に撮影するといった場合などには役に立つだろう。

クラウドを使ったワークフローも

BMCは、DaVinci Resolveで協働するためのクラウド、BlackMagic Cloudにも対応している。事前にDaVinci Resolveでクラウド上にプロジェクトを作っておけば、撮影現場からそこへ向かってプロキシデータとオリジナルファイルをアップロードできる。

現場から撮影クリップをクラウドにアップロード

現場に行っていないスタッフがそれを見て、先に編集をスタートさせるといったワークフローも可能だ。BMCにはチャット欄もあり、チャットで互いに連絡したり指示を出したりもできる。

一方通信帯域の問題があり、現場からはプロキシのみアップロードして先に編集をすすめ、撮影隊が戻ってきたときにオリジナルファイルをローカルで取り込んで差し替える、というワークフローもあり得る。

プロキシのみもアップロードできる

撮影隊が戻ってオリジナルファイルが手に入ったら、先に読み込まれたプロキシがある場所を、「Finderで表示」で展開する(*Mac版の場合)。多くは「/Users/ユーザー名/DaVinci Resolve Media/プロジェクト名/Camera Uploads/Proxy」になっているはずだ。ここの1つ上の階層、「Camera Uploads」フォルダにオリジナルファイルを放り込む。すると、プロキシとオリジナルデータが自動で一体化される。プロキシで編集していたタイムラインも、オリジナル素材に差し替え可能となる。

総論

iPhoneのカメラをより高度にコントロールするアプリとしては、「Filmic Pro」がよく知られているところだが、カメラのマニュアル操作という点では同じようなアプリだと言える。ただBMCは他のカメラや他のiPhoneとマルチカメラ収録を行なうところまで想定されており、デジタルシネマ撮影においてiPhoneをより有効に使っていくという方向性を示したものである。

さらにBMCの強みは、BlackMagic Cloudを経由してDaVinci Resolveと直接繋がっているというところだろう。先に編集が始められるという点では、テレビ放送で導入が進められているクラウド経由のニュースワークフローが、安価な価格から始められるというメリットがある。小規模なチームで早いスパンの制作を行なっている人達にとっては、まさにリモートプロダクションの恩恵が得られる。

ここまで使い込んで、初めて単なるiPhoneカメラアプリではないということに気づくだろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。