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2018年の4K/8K実用放送でCASはどうなる? 名前はACAS、カードではなくICチップに

 2018年に開始予定の4K/8K実用放送。受信に対応したテレビやチューナはまだ発売されていないが、そこで放送されるコンテンツを保護するための新たなCAS(以下、新CAS)の姿が見えてきた。現在わかっている新CAS方式について整理すると共に、疑問点について、新CAS方式を推進する一般社団法人の新CAS協議会に話を聞いた。

一般社団法人の新CAS協議会

新CASはカードではなく、ICチップ実装方式

 現在身近なCASとして存在しているのは、地デジをはじめ、有料放送のWOWOWやスカパー!、NHK-BSの受信確認メッセージなどで利用されているB-CASカードだ。しかし、4K/8K実用放送の受信機で、多く採用が見込まれる「新CAS」はICチップとして機器の中に実装される。B-CASカードと異なり、機器の蓋を開けない限り、我々視聴者がチップの実物を目にする機会はあまりなさそうだ。

 4K/8K実用放送のCASが、カードでなくICチップになったのは、2014年に総務省で開催された情報通信審議会の「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合」において、有識者や放送事業者、受信機メーカーが話し合い、“セキュリティを強化するためにICチップ化する”という方向が確認・公表されたのが発端だ。

 その背景には、B-CASにおいて、不正視聴が可能なカードが登場するなど、不正改ざん問題があるためだ。CASにはICカード、ICチップだけでなく、ソフトウェアCASも存在し、小型の地上デジタル放送チューナなどで採用されてもいるが、「ソフトウェアCASと比べても、ICチップ化したCASの方がセキュリティ強度は高いと考えている」(新CAS協議会の螺良(つぶら)貞夫事務局長)という。

 こうした議論に沿うかたちで、2015年10月に、NHK、スカパーJSAT、スター・チャンネル、WOWOWの4社が、一般社団法人の新CAS協議会を設立。高度な暗号化技術を採用し、セキュリティを強化したICチップ型新CAS方式の開発に着手した。ちなみに、2017年4月からは、全国のケーブルテレビ事業者で組織する日本ケーブルテレビ連盟も新たに会員として加わっている。

 実際は、新CAS協議会が開発の主体になり、技術水準が高く、製造ノウハウのある、信頼できる電機メーカーに開発を委託する形になる。開発に着手したのは2015年の10月頃からで、2018年の放送開始の数カ月前、夏前あたりに新CAS方式を完成させるスケジュール感で進んでいるという。現在は開発を進めつつ、放送事業者や受信機メーカーに、新CASを広く採用してもらえるよう、説明などが行なわれている段階だ。

 “採用を働きかけている”のは、4K/8K実用放送の保護に必要なCASが、必ずしも新CAS協議会が作っている新CASに限定されているわけではないためだ。他の方式でも、技術的には可能ではあるが、2018年の実用放送開始に間に合うよう、具体的に新CAS協議会を立ち上げたのはNHK、スカパーJSAT、スター・チャンネル、WOWOWの4社しかいなかったというわけだ。

 「2018年の放送開始に間に合わせようとするのであれば、“もっとはやく進められないか?”というご注文もいただいている。受信機メーカーさんに、安心して部品として採用していただける新CASのICチップ開発を、なるべくはやく完成させたいと取り組んでいるところ」(螺良氏)だという。

 このようなタイトなスケジュールで進んでいるため、当然ながら、現在製造に向けて動いているチップメーカー以外が、4K/8K実用放送の開始に間に合うようにICチップを作るのは困難だ。だが、将来的に新CASチップを手がけるメーカーは広がる可能性もある。「来年に向けてチップが世に出ていく段階で、沢山のチップメーカーが(新CASチップに)参入するのは厳しいと思いますが、(実用放送開始から)一定の時間が経って、普及しはじめた段階であれば、希望するメーカーに、ライセンスという形で(ICチップの製造が)広がる可能性はある」(螺良氏)とのこと。

 今後完成する新CASチップ。実際にどのように製品に採用されるかは、メーカーの商品企画による。例えば、B-CASカードスロットを搭載した既存のテレビに、新CASチップを内蔵した新しい4K/8KチューナをHDMIで接続するといったタイプ。また、新チップには、これまでのB-CASカードの機能も含まれているため、新CASチップのみを搭載し、B-CASスロットは存在しない4K/8Kテレビが登場する可能性もある。

シャープが12月1日の発売を予定している、8K対応液晶テレビ「AQUOS 8K LC-70X500」。チューナは地上/BS/110度CSデジタルを装備しており、2018年12月開始予定の8K実用放送に向け開発中の「8K放送対応受信機(別売)」と組み合わせることで、8K実用放送の視聴にも対応する予定だ

2019年度内であればICカード形式も

 新CASの基本は前述のようにICチップだが、4K/8K実用放送開始まであまり時間がないため、2019年度内であれば、暫定的にICカード形式も認める形になっている。新CAS協議会では“カード“ではなく“子基板化”と呼んでいるそうで、カードでなくても、例えばUSBメモリのような子基板を搭載したユニットを端子に接続するタイプも想定されている。

 子基板のメリットは、例えば4K/8Kチューナを作る際、スケジュールの問題でメインボードに新CASのICチップを搭載するのが困難な場合でも、新CASの部分を子基板化し、先にメインボードを設計・製造しておき、そのあとで、完成した新CASの子基板を接続する形にすれば、時間的な余裕が生まれるというわけだ。

 螺良氏は、「ICカード形態というカタチそのものが、セキュリティ問題を抱えているのではないかという懸念を我々は持っているので、暫定期間として、2019年度内としており、そこは(子基板方式を採用するメーカーに)ご了解をいただいている」という。

 子基板のコストが気になるところだが、「公募した(新CASチップの)販売会社さんと、チップ製造メーカーさんの方で話が進んでいる段階だと思いますが、新CAS協議会としては部品の流通に関して、なるべく触らないようにというのが基本的な考え方ですので、価格についてはわからない」(螺良氏)という。

新CASチップの費用負担について

 B-CASカードは、株式会社ビーエス・コンディショナルアクセスシステムズから、テレビやレコーダなどを購入した視聴者へ“貸与”という形で提供されており、そのコストは放送事業者や受信機メーカーが負担しあっている。

 一方、新CASではチップが機器に内蔵されるため、その費用が製品の価格上昇に繋がり、視聴者の負担に転化されるのではないかという懸念の声がある。

 これについて螺良氏は、「CASについての全体の費用を、受信機メーカーと放送事業者で負担しあうという事に関しては、(B-CASも)新CASチップも同じだと考えている」と説明する。

 新CASの導入による費用は、4つの段階で発生する。「方式の開発費用」、「運用管理費用」、そして「新CASチップを作る費用」、「そのチップを搭載する費用」だ。前2つの「開発費用」と「運用管理費用」は新CAS協議会が負担する。実際の経費の流れとしては、開発費用は放送事業者が、開発を委託した電機メーカーに支払う。運用管理費用は、放送事業者が新CAS協議会に支払う形となるが、新CAS協議会は非営利の一般社団法人であり、利益は得ない。なお、新CAS協議会の運営経費は会員各社からの会費で賄われている。

 後ろの2つである「新CASチップを作る費用」、「そのチップを搭載する費用」は電機メーカーが負担する。そして、この2つの負担が、製品価格の上昇として消費者の負担増に繋がるのではという声がある。

 螺良氏は、「“負担がダイレクトに消費者に転化されるのか”は、我々の立場として名言できない。例えば、チップ搭載費用の部分で言えば、どんな受信機を作るのか、全録機なのか、B-CASカードスロットも一緒に搭載した機器なのか、70インチの有機ELテレビの中に入るのか、数万円のSTBなのか、設備投資の考え方、製造にかかる費用は、いろいろな製品で違う。それぞれメーカーの中でも、利益やコストの分担の考え方があるので、受信機を作るとところだけにフォーカスし、“新CASの費用が消費者に全て転化される”と言うのは、今の段階では難しいと思う」と語る。

 「例えば、インターネット経由で番組が楽しめるスマートフォンの中には、多数の部品が入っています。製造ラインを作り、開発費用をかけ、どの部品を採用するかといった話は、商品メーカーが商品企画の段階でしていると思いますが、“この部分のコストが消費者の負担になる”、“この部分は受信機メーカーの負担となる”などと、1つ1つの説明を消費者にしていませんし、消費者としての私も求めていません」(螺良氏)。

 一方で、“消費者にとってメリットが無いCASに関わる費用を、他に選択肢が無い中で負担として強いられる事に抵抗がある”という声や、さらに言えば“無料で視聴できる放送にも(CASで解除する必要がある)スクランブルをかける必要があるのか?”という声もある。

 だが、放送事業者側から見ると、無料放送であれ有料であれ、適切な強度のスクランブルをかけ、コンテンツを保護し、セキュリティを維持できる仕組みを用意しなければ、“そもそも権利者がコンテンツを放送に提供してくれなくなる”という問題がある。放送事業の維持にはコンテンツ保護の仕組みが不可欠というのも事実だ。

 新CAS協議会は前述の通り、新CASのライセンス付与でメーカーや放送事業者、販売会社などから利益を還元する事は考えていないという。「透明性を確保するために一般社団法人にした」(螺良氏)と語り、実用放送開始時には、さらなる積極的な情報開示にも努める予定だという。株式会社のビーエス・コンディショナルアクセスシステムズから、製品の購入者にカードが貸与されるB-CASの仕組みと、新CASの大きな違いはここにある。

 螺良氏は、「CASについての全体の費用を、受信機メーカーと放送事業者で負担しあうという事に関しては、B-CASも新CASも同じだと考えているが、消費者との接点のところで、“どのように理解されているか”という部分では、確かに(B-CASと)変わるので、その事については我々が今後、説明していかなければならないと考えている。いろいろ議論はあろうかと思うが、新CAS方式になって、“こういう費用負担の考え方があります”と、2018年実用放送が始まる頃には、我々のWebなりでご紹介していく必要があると思っている」という。

新CASチップが故障したらどうなるか?

 B-CASカードの場合、カードは貸与品であるため、カードが故障した場合はB-CAS社が主体となって対応する。新CASチップの場合は、受信機を構成する部品の1つであるため、最終的には受信機の所有者に帰属。万が一、新CASが原因となる故障が発生した場合は、他の部品と同様に、受信機を製造したメーカーの対応となる。

 その際の補償も通常部品と同じで、メーカーや販売店での補償があればその適用範囲で、範囲を越えた場合はユーザーの負担となるのが基本だ。ただし、集中的に発生した故障に対しては、協議会が主体となる補償スキームを、メーカーに提案しているという。

 また、新CASチップは、チップ内のプログラムを、放送波を通じてセキュリティを保ったまま書き換える機能を備えている。セキュリティ強化のため、セキュアな形での放送波アップデートとチップ化は、両輪として進められてきたわけだ。

 なお、CASには有料放送の顧客管理システムに活用されるという面もある。例えば、4K8Kテレビを、違うものに買い替えた場合、有料契約していた放送が新CASチップが変わってしまうので視聴できなくなる。その場合は、契約している放送事業者に連絡し、ユーザーと、CASの番号の紐付けを、新しいテレビ内の新CASに変更してもらう必要がある。

 手間のようにも感じるが、これは現在のB-CASでも同様。以前の機器で使っていたB-CASカードを、新たに購入した機器に挿入して使っている人もいるかもしれないが、本来は、有料放送事業者に連絡し、B-CASカード番号変更の手続きをする必要がある。

新CASの名前は「ACAS」になる?

 先程から「新CAS」と書いているが、実用放送がはじまり、この新CASが広まった際に、いつまでも“新”と呼ぶのも違和感がある。協議会の中では現在、「新CAS方式で使う“ACASチップ"」という呼び方をはじめているそうで、ACASのAは、「“Advanced”CAS」という意味だそうだ。

 2018年12月に開始予定の4K/8K実用放送に向け、今後様々な対応機器が登場すると思われる。今後「ACAS」という名前を目にする機会が、増えていきそうだ。

山崎健太郎