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新型コロナのポータブルオーディオ業界への影響は? 中国深圳のメーカーに聞いた現状

新型コロナウイルス「COVID-19」が世界中で猛威を振るっている。2月27日に政府が全国の小中高に臨時休校を要請するなど、社会的な影響・被害は甚大なものになりつつある。経済に与えるであろうダメージも相当なもので、今後の株価の行方なども気になるところだ。

'19年に撮影した深圳・福田区のホテルから見た街並み

筆者が同じ業界(IT/AV)の方々と顔を合わせると、どうしても「モノにどの程度影響が出ているか」の話になってしまう。予定している新製品の発売時期、イベントや発表会の開催など影響がないわけはなく、こればかりはどうしようもないですね、というフレーズで話を締めるのがお約束だ。

一方で、まだ「現場」の声は聞けていなかった。言うまでもないが、いまどきのエレクトロニクス製品は部品の調達から生産に至るまで海外に大きく依存しており、特に中国・深圳を中心とした珠江デルタ地帯抜きには成り立たない。一体、彼らは今どうしているのだろうか。昨年11月下旬に取材したポータブルオーディオ関連企業に勤める人々のことだ。

昨今の中国でキャッシュレス化が進んでいることはご存知だろうが、同時に名刺レス化も進展しており、取材時にも名刺交換代わりにWeChat(微信)の連絡先を教え合ったから連絡をとるのはたやすい。ポータブルオーディオ製品に関しての話にはなるが、SoCやDACなど共通の部品を多く扱うことから、IT/AV分野全般に類推適用できると考え、WeChatで4社(パートゾン、iBasso、HiBy、TFZ)の方々に連絡をとってみることにした。彼らに話を聞けば、たとえ断片的でも「リアルな珠江デルタの現在」がわかるはずだ。

ところで、中国では春節休暇(旧正月を祝うために国民が大移動する期間)は本来1月30日で終わるところ、新型コロナウイルスの影響により2月2日に延長、主要都市では企業の休業期間を2月9日まで延長している。WeChatで連絡を取ったのは2月24日から26日にかけてで、そろそろ落ち着きを取り戻しているだろうとの判断のもとだ。ただし、新種のウイルスに関する事態なだけに、今後状況が大きく動く可能性もある点には留意いただきたい。

現地の状況は? 出社している?

まず聞いたのは、彼らと彼らの家族の健康。全員問題なしということで、ひとまず安心したが、逆にこちらのことも心配されてしまった。現地の報道は確認していないが、日本でも「COVID-19禍」が大きな社会問題であることは知られているようだ。

出勤状況を尋ねてみると、4社とも2月10日または11日から出勤しているとのこと。ただし、「従業員の出社には条件(健康状態の確認)が付き、当初は全社員の約4分の1にとどまりました。会社に入るには厳しい体温測定が必要です」(Air by MPOWを展開するパートゾン 荘氏)と条件付きだ。

どの社もマスク装着で出勤しているそうだが、「オンラインでの顧客サービスや販売など、家庭でもできることは多いです。家でパソコンで設計する人もいます」(HiBy 孟氏)、「2月26日現在、まだ全員出勤していません。半分の人は出勤して、半分の人はリモートワークをしています」(パートゾン 荘氏)というから、臨機応変に対応しているようだ。

どの社も全員がマスクを装着しているのだそう(写真はパートゾンの荘氏)

しかし、日本とはまた異なる雰囲気も感じ取れる。「(衛生面や就業面の)基準を満たしているかどうかを点検するため政府関係者がたびたび訪ねてくる」(iBasso 白氏)という話からは、地方政府が神経質になっている様子が伝わってくる。パートゾンから提供してもらった写真に防護服姿の人物が写り込んでいたため、確認したところ、(政府関係者ではない)清掃担当者とのことだが、企業側も相当に慎重なようだ。

パートゾンのオフィスの様子。奥に防護服姿の人物が見えるが、ただ清掃しているだけとのこと

街の様子も異なる。体温を測定するため、あちこちに検問所が設置されているのだそうだ。一部地域では長蛇の列に並ばねばならず、それがかなりストレスだという。日本でもその様子は報道されているが、同じことが11月に訪ねた企業の近所で行なわれているというのだから、なんともやるせない気持ちになる。

深圳の街中には、至るところに検問所があるのだそう

開発・製造・販売にどの程度の影響がありそう?

話は、いよいよ本題に。開発・製造・販売にどの程度の影響がありそうか尋ねてみたところ、「サプライチェーンがウイルスの影響を受けています。本格稼働は例年の春節後に比べ大幅に遅れます」(iBasso 白氏)、「製品の開発計画・製造計画はすべて遅延の見込みです」(パートゾン 荘氏)と、かなりの影響があることは確かだ。

しかし、すべてがマヒしているかというと、そうではない。「(DAPの製造に)必要な部品は春節前に確保済です」(HiBy 孟氏)、「DACなどの部品は備蓄しています」(iBasso 白氏)と、春節前に手配していた部品で当面は凌げるようだ。

商品の発送も影響を受けないらしい。武漢などの封鎖都市から注文を受けたらどうなるのかという質問に対しては、「何の影響もありません。武漢の方から注文を受けたとしても、普通に発送できます。物流は経済の基礎システムとして、国家が保証しています」(TFZ 周氏)とのこと。報道からは封鎖都市が完全に孤立しているような印象を受けていたので、この話には少しホッとした。なお、TFZの国内代理店である伊東屋国際に確認をとったところ、2月中旬以降在庫品は届き始めているそうで、輸出にも問題はない模様。

問題は、基盤の実装など(下請けの)工場側にあるようだ。「PCBサプライヤーが納期どおりに納品できるかどうかが問題です」(iBasso 白氏)、「工場の大部分は再稼働したばかりで、まだ生産能力は不足しています。本格回復には時間がかかりそうです」(HiBy 孟氏)、「一部の都市が封鎖されて出られない人がいるため、工場は人手不足が深刻です。部品は不足していますが僅かです」(パートゾン 荘氏)と、異口同音に人手不足が生産能力低下を招いていると指摘する。本格回復は、都市の封鎖が解かれることが絶対条件といえそうだ。

各社のあの製品はどうなる?

彼らに連絡をとる前は、落ち込んでいたらどうしようと心配していたが、ほぼ杞憂に終わった。「日本のユーザーになにかメッセージはあるか」との問いかけにも、以下のような調子で回答があり、すこぶる元気な様子が伝わってくる。

Bluetoothイヤフォン「X1.1J」は日本の倉庫にも充分な在庫がありますよ。現在企画中のノイズキャンセリング完全ワイヤレスイヤフォンは発売時期が未定ですが、鋭意開発を進めていますのでお楽しみに!

パートゾン/Air by MPOWの日本向け製品ラインナップ

パートゾン 荘氏

「皆さん安心してください、開発は順調です。DX 220MAXは少し遅れそうですが、楽しみにお待ちください」

iBasso DX 220MAX(写真は開発途上版)

iBasso 白氏

「ウイルスの状況がすぐに抑制され、解決されることを期待しましょう。その間、安全を保ち、懸命に働き、旅行は控え自宅で充実した時間を楽しみ、これらの時間を最大限活用してください。今年は困難なスタートでしたが、私たちを支えてくれてありがとう!」

HiByの最新製品「R3Pro」

HiBy 孟氏

「開発中のオーバーヘッドフォンは、最大で1ヶ月ほど遅れそうですが、その後は順調に進みそうです。皆さんの仕事が楽しく、健康でありますように」

TFZの最新製品「KING EDITION」

TFZ 周氏

“景気の気は気分の気”といわれるが、彼らのどこまでもポジティブな気質は現在の閉塞感を打ち破るに違いない。同じく厳しい状況にある日本も、萎縮せず前向きに行きたいものだ。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。