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驚きの中国・深圳ポータブルオーディオ最前線。MPOWやiBassoなど珠江デルタ訪問記

IT/エレクトロニクス産業の一大集積地として名を馳せる中国・深圳(シンセン)。40年前は小さな村だった地帯が、経済規模で香港を抜き、北京、上海に次ぐ中国第3位の都市となるまでに成長。隣接する香港、東莞、広州とともに「珠江デルタ地帯」として発展し続けている。

深圳・福田区にあるホテルからの景色。手前に見える築年数の古い住宅群(決して低層ではない)が建て替わるのも時間の問題だろう

そんな深圳は、通信機器大手の「ファーウェイ」、WeChat(微信)などで知られる「Tencent」といった企業の本拠地としておなじみだが、オーディオ、特にポータブルオーディオ関連の企業も多い。中国メーカーの低価格で高品質なプレーヤーやイヤフォンなども身近な存在となったいま、各メーカーの等身大の姿がどんなものなのか、興味深いところだ。

今回、3泊4日の日程で珠江デルタ地帯のうち深圳・東莞に所在するポータブルオーディオメーカーであるパートゾン(AIR by MPOWを展開)や、iBasso Audio、HiBy、TFZの各社を訪ねた。このレポートから彼らのもの作りに対する姿勢、日本との相違点・共通点を感じていただければ幸いだ。

日本向けチューニングイヤフォン「AIR by MPOW」が生まれる現場

最初に訪ねたパートゾン(Patozon)は、ヘッドフォン・イヤフォンを中心に展開する「MPOW」を筆頭に、日本向けにチューニングしたイヤフォン・ヘッドフォンを手掛ける「AIR by MPOW」、掃除機を得意とする「Holife」やワイヤレス充電器の「Seneo」など複数のブランドを擁する企業。創業2011年と若いが、AmazonなどECサイトを中心に売上を伸ばし、直近のグループ全体売上高は円換算で1,000億円弱という規模だ。

パートゾン本社の1Fエントランス

パートゾン本社は、深圳中心部から数キロ北にある住宅とオフィスが混在する場所にある。かつては工場だった建物を改装してオフィスにしており、近隣はe-tailer(電子小売)と呼ばれる業態の企業が多いのだそう。オフィスは3棟に分かれていて約800人が勤務。オンラインチームとオフラインチームに大別され、前者のほうが大所帯。オンラインチームは各国・地域の価格変動にリアルタイムに対応しているとのことで、その点ではパートゾンもe-tailerそのものといえる。

オフィス内部を見学したが、雰囲気はさながらシリコンバレー。1階エントランス奥には、打ち合わせやちょっとした商談に使われる空間が用意されており、カジュアルながら洗練された雰囲気。2階のオフィスフロアは広々としているだけでなく、社員の食事スペースやビリヤードなどのレクリエーション器具まで用意されている。

2Fのオフィスフロア。これでも全体の数分の1だ

その羨ましくなるような空間の向こう側には、ハードウェアの設計やデザインを担当するチームが陣取り、和気あいあいと作業していた。

AIR by MPOWなどのブランドを扱うデザインチーム

ヘッドフォンと思しきイラストを手書きしている青年がいたので尋ねてみると、確かに現在開発中のヘッドフォンのデザインだという。いまどきの深圳企業はファブレス化され、地価が安い郊外の工場に製造を委託することが大半で、パートゾンもその例に漏れず本体に製造部門はなく、このように本社で設計/デザインして隣地にある子会社で試作やテストを繰り返し製品化しているのだそうだ。

ちょうどヘッドフォンのデザインを起こしていた
隣地の子会社では、耐久性など各種のテストを実施していた

それにしても、いまなぜ日本向けブランドなのか。AIR by MPOWを管轄するオフラインチームのリーダー、ロニー・ウォン氏に理由を訊ねると、「日本の皆さんに手頃な価格で良質な製品を届けたい」のひと言だという。日本は品質に対する要求が厳しく、音質などをカスタマイズした製品でなければ認めてもらえない、だから特別な製品ラインナップを用意したのだそうだ。「今後もワイヤレス分野を中心に日本の皆さんに喜ばれる製品を開発します」(ウォン氏)とのことで、大いに期待したい。

AIR by MPOWブランドを管轄するロニー・ウォン氏

実は日本と関係が深い「iBasso Audio」

iBasso Audioの事業所は深圳大学からほど近い、オフィス街というよりは文教地区に近いエリアの商業ビルにある。社員数は約50名、その多くがR&D部門に所属し、ここでポータブルオーディオプレーヤーやポータブルDAC/アンプの設計、試作に明け暮れる日々を送っている。

10月開催の「秋のヘッドフォン祭 2019」に参考展示され話題を集めた超弩級プレーヤー「DX 220MAX」について進捗を訊ねたところ、「あれは最終版ではありません。その後得たフィードバックを染み込ませ作り直しました」と主任開発者の匂(コウ)氏から驚きの回答があった。「秋のヘッドフォン祭以降、3回バージョンアップしています」(匂氏)とサラリと語るあたり、何かと念入りな日本人の目からしてもかなり慎重な開発スタイルに映る。

iBasso Audio ハードウェアエンジニア・匂朝輝氏
DX 220MAXの内部

その追い込みの過程に既視感を覚えたため、匂氏のこれまでの経歴を訊ねてみると、20余年のキャリアのうち日系オーディオメーカー関連企業に勤務した期間が長く、そのときの経験が現在の下地になっているという。「彼らが重視していたのが電源でした」(匂氏)ということも、DX 220MAXで話題を集めた電源部の設計とあながち無縁ではないだろう。

そのDX 220MAXの電源だが、入力はDCとType-Cの2系統があり、DCはオーディオ用、Type-Cはディスプレイやシステム駆動用と完全に使途が分離されている。内部のバッテリーも物理的に分離されているこだわりようで、「評価が高かったAMP 8の回路を一部活かしていますが、コンデンサーなど部品はすべて再検討のうえ入れ替えました」(匂氏)。電解コンデンサーなど日本製部品も多数採用しているという。

DX 220MAX(開発途上版)のTHD+N特性を測定。まだまだ納得いかないらしい

音質チューニングに関しては、「まず試作機を作り、開発チーム全員で試聴し、それを5名ほどの社内固定メンバーに聞かせ評価を確認してから作り直す」(匂氏)ことが常だという。DX 220MAX以外の製品についても、チューニングにかける時間に若干の差はあれど、基本的には同様の作り方をしているそうだ。

ハードウェア部門の開発風景

ここまで聞くと、ワイヤレスなど新技術に消極的なのかと思いそうになるが、そうではないところが彼らのもうひとつの貌、柔軟性だ。「研究開発はまた別の話ですね。完全ワイヤレスイヤフォン無線化キットなど、検討段階に至った製品もあります。MQAにも対応すべく、ある程度のベースができたところ」(マーケティング担当・白氏)というから、まだまだ隠し玉がある雰囲気。今年DX 220MAXと対極的な親指大の小型ヘッドフォンアンプ「DC01」と「DC02」を発売したことからすると、来年は意外性のある製品展開も大いにありえそうだ。

超弩級プレーヤー「DX 220MAX」の開発途上版
iBasso Audioの事業所が入るビルから見た風景

ハイレゾストリーミングに先手を打つ「HiBy」

型破りなポータブルプレーヤーを立て続けに発表している新進気鋭のブランド「HiBy(ハイヴィ)」は、深圳から広州方面へ高速道路で1時間ほどの東莞(ドンガン)に拠点を構える。60名ほどの社員が勤務しており、うちR&D部門は約40名、その半数以上がソフトウェア技術者というところが一般的なオーディオメーカーとの違いだ。

HiByが入居するビルから東莞市街を見渡す。深圳ほどではないが、ここも開発が進行中

HiByの創業は2011年。総経理(日本でいう社長)の孟氏は、少年時代はビデオCD(MPEG-1の映像を収録したCD、'90~'00年代に中国で大流行した)を改造するなど電子工作好きだったそうだが、プログラミングの道を選択。起業後しばらくは他社製デジタルオーディオ機器向けにカスタムソフトをOEM供給する事業を手掛けていたが、2017年に自社のポータブルプレーヤー事業をスタート、現在ではイヤフォンやBluetoothレシーバーも手掛けている。

筆者がレビューしたプレーヤー「HiBy R5
HiByのオフィス入口
創業者の孟氏。話題が「DTA」に入った途端、熱く語りだした

HiByの強みは、ソフトウェア開発力にある。独自の「HiBy OS」は音楽再生プラットフォームで、独自UIとプレーヤーのほかにHiBy Link(iOS/Androidアプリからプレーヤーを遠隔操作する機能)、HiBy MSEB(DSPを直接指示しPEQと音場調整を行なう機能)などを備え、他社製品での採用実績も豊富。FPGAベースのオーディオチップ開発も手掛けているそうだ。最近のHiBy製プレーヤーに搭載のBluetoothオーディオコーデック「UAT」も自社開発だという。

ハードウェアチームよりソフトウェアチームのほうが人数が多い

質疑応答で熱を帯びたのが、目下注目を集めている「Android OSのSRC処理」。特別に設計されたアプリでない限り、いわゆるハイレゾ音源は48kHz/16bit以下に強制的にリサンプリングされてしまう問題だが、HiByはいち早くALSA(Linux/Android OSのサウンドシステム)と直結する中間レイヤーを開発し、Amazon MusicなどGoogle Playで配布されているアプリでもリサンプリングなしに利用できる。

「DTA(Direct Transparent Architecture)」と命名されたこの技術は、ALSAのインターフェイスとして動作しつつもハードウェアへ直接データを流す機構を持ち、Android OSの基礎部分に密接している。それゆえ「モジュール化して他社製品のシステムにアドオンすることは難しい」(孟氏)のだそうだ。

今後の計画については、「DAP(プレーヤー)は継続してハイエンド製品に取り組む一方、Bluetooth製品にも注力し、新しい製品形態と技術的ブレイクスルーを目指す」(孟氏)とのことで、引き続き注目したい。

ハードウェアチームの開発風景
プレーヤーの修理チームには広々とした空間を与えられていた

会社は若いが技術で勝負の「TFZ」

TFZ(The Fragrant Zither)は、新興企業が多い深圳においてもとびきり若いイヤフォンメーカーだ。創業者の周氏は、かつてアリババで音響関連の業務(イヤフォンとは直接関係ないとのこと)に就いていたが、かねてから関心があったイヤフォンで起業することを決意。2015年以来、ひと味違う製品を発表し続けている。

創業者の周氏。飄々としているが技術肌の人だ

彼らの売りはズバリ、技術力。コイルとチャンバーをそれぞれ2つ設けた「ダブルマグネティックサーキット(デュアル磁気回路)」は、グラフェン振動板の特性も相まってダイナミックドライバーらしからぬ音質を実現、EXCLUSIVEシリーズを一躍人気モデルに押し上げた。今春にはダブルマグネティックサーキットにダイヤモンド振動板を組み合わせた「No.3」を発売、こちらも人気を博している。

TFZのイヤフォン「No.3」

製品デザインはユニット造りからスタートし、振動膜の材質、エッジ、コイル、銅の純度、その他パーツの選定に進むのだという。敢えてこだわる点はと尋ねると、「コイルに使う磁石の磁力はそのひとつ。通常、イヤフォンでは4500~5000テスラが相場だが、TFZは9000以上が多い」(エンジニア・陳氏)といい、特に高域の清冽さが表現でき解像度が高くなる傾向があるのだそう。

エンジニアの陳新得氏。実は中国拳法の達人

振動膜は剛性が重要で、彼らが「音圏」と呼ぶボイスコイルの材質が振動膜の働きに大きな影響を与えるという。「ダイナミックドライバーの振動膜はかなり硬いものを使うため、音圏に使う線を増やすことによりインピーダンスを下げ、低域の表現力を確保します」(陳氏)。この関連技術では実用新案を複数取得していることからも、TFZというブランドの骨格ということもできるだろう。

「音圏」(写真の10、11番)に関する実用新案を取得している

新製品に水を向けてみると、開発中のオーバーヘッドフォンを見せてくれた。ドライバーは平面駆動型、BALANCE 7の技術を応用しており、インピーダンスは20Ω前後になるとのこと。気になる価格は「6万~10万円」(周氏)を見込んでいるそうだ。ほかにも、「Hi-Fi以外のオーディオ機器にも挑戦すべく、新しいテクノロジーを試しています」(周氏)と、80カ国語に対応した翻訳イヤフォンも開発中。完全ワイヤレスイヤモニターも2モデルを準備中で、2020年の早い時期に発売予定というから、この勢いはまだまだ続きそうだ。

開発中のオーバーヘッドフォン(右隣は発売済みのBALANCE 7)
設計チームの作業風景。3Dモデルを作成し、3Dプリンタで出力する作業を繰り返すそうだ
歴代TFZ製品(の一部)。2020年はヘッドフォン、完全ワイヤレスイヤフォンなど種類が増える

日本人の持つ“中国イメージ”と歴然の差。今後の注目ポイントは?

中国の改革開放政策がスタートしたのが1978年、節目の40年を迎えた。ちょうど30年前、香港から広州へ鉄道で移動した折に車窓から見た景色は特に変哲のないものだったが、当地は2000年代以降急成長を遂げ、往時の面影は欠片もない。この30年で人口が30万から1,300万以上に増えたのだから、それも当然か。まるで別の国、別の都市だ。

今回、ポータブル系オーディオメーカーを中心に数社を見学したが、いずれも日本人が漠然と持つ中国の中小企業に対するイメージとはかけ離れていた。生産機能を持たず、複数社で出資した工場に委託するパターンが一般的で、深圳にあるのはR&Dや管理部門、マーケティング部門ばかり。小綺麗なオフィスには1人1台PCが用意され、電話が鳴らない(連絡手段はチャットかメール)のでひっそりとしている。社員の大半は見たところ20代から30代、話しかけると屈託のない笑顔で応対してくれたことが印象に残る。

話を聞く中でひとつ確信したのは、中国国内のポータブルオーディオ市場が着実に成長していること。「かつてはほぼすべて海外向けだったが、2016年発売のDX80を皮切りに中国国内の売上が伸長中」(iBasso)、「海外比率が若干高いものの国内とほぼ半々」(TFZ)というから、中国国内のトレンドを反映した製品企画が今後は増えていきそうだ。

大規模e-tailer・パートゾンの経営スタイルにも刺激を受けた。海外か国内かの概念は希薄で、AmazonなどのECサイトを通じ世界に向け良質で安価な製品を供給、競合製品・競合ストアの価格変動に対し深圳の地からリアルタイムに反応することで販売を伸ばす。R&Dと生産の距離が近い深圳だからできる部分もあるのだろうが、日本市場向けに「AIR by MPOW」を用意するというきめ細やかな対応を見ると、その臨機応変さには素直に学ばねばならない気もする。

パートゾン・e-tailerチームの一部。別のフロアを合わせると、数百人という規模

ともあれ、深圳・東莞を含む珠江デルタ地帯は刺激的だ。今回はジャンルが異なるため割愛するが、ファーウェイやシャオミなどの電機大手は体験型ショールームを展開するなど、深圳は世界のコンシューマエレクトロニクス情報発信地としての役割を担いつつある。今後も機会があれば当エリアに足を運び、最新情報を伝えていきたい。

9月にオープンしたばかりのファーウェイ旗艦店

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。