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ソニーがサウンドバーなどに使う“高音質再生プラスチック”とは何か
2024年7月23日 08:00
ソニーは6月「BRAVIA Theatre」という名称で、単体で立体音響技術「360 Spatial Sound Mapping」が利用可能なサウンドバー「HT-A9000」や「HT-A8000」、4本の薄型ワイヤレススピーカーでサラウンド再生する「HT-A9M2」、ワイヤレスネックバンドスピーカー「HT-AN7」を発売した。
各機種の特徴はニュースやレビュー記事で紹介した通りだが、実はこれらの製品に共通する特徴がある。それは筐体などの“素材”に「独自の高音質再生プラスチックを使っている」ことだ。
この記事では、この“高音質再生プラスチック”に焦点を当ててレポートする。
高音質再生プラスチックが生まれた背景
ソニーは「Road to Zero」という環境計画を掲げ、2050年までに自らの事業活動、および製品のライフサイクルを通して環境負荷ゼロの達成を目指している。この計画達成に向けて、段階的に環境中期目標を設定。現在は、2021年度から2025年度までの中期目標「Green Management 2025」が進行中で、2018年度比で、製品(包装材を除く)1台あたりのバージンプラスチック使用量を10%削減するミッションを進めている。
これを達成するために新たに開発されたのが前述の“高音質再生プラスチック”だ。
高音質再生プラスチックとは何か
ソニー製品で使われている樹脂にはHIPS樹脂、ABS樹脂、PC樹脂という大きく3つの種類がある。
HIPS(ハイインパクト・ポリスチレン)樹脂は、日用品から工業用まで幅広く用いられる樹脂で、ペレットに熱を加えて金型に流し込んで成形する。特徴としては、成形性が良く、コストも安価。一方で、耐熱性が低いという欠点がある。
ABS(アクリロニトリル・スチレン・ブタジエン)は、一番良く使われるもので、機械的性質のバランスが良く、汎用性が高く、切断したり、穴をあけたり、塗装したりといった二次加工性も良好。その特性を活かし、ヘッドフォンやカメラの部品などにも使われている。
PC(ポリカーボネート)樹脂は、透明で寸法安定性が良い汎用的なエンジニアリングプラスチックで、耐熱性、低温特性が良い。自己消火性もあるため、ABS樹脂と組み合わせてテレビなどに使われる事が多いとのこと。
これまでも、2000年代には植物原料のプラスチックをオーディオ機器に採用したり、良音再生のPS樹脂を開発し、2015年からパーティー用スピーカーの内部部品に採用するといった取り組みも行なってきたが、こうした素材は永続的に使うのが難しかったり、耐熱性が低いなど、それぞれに弱点もあった。
そこで新たに開発された“高音質再生プラスチック”が「良音再生PC/ABS樹脂」となる。もともとABS樹脂は、その響きがソニーの音作りにマッチしていた事から、ソニーのホームオーディオ製品で多く採用されてきた。
一方で、近年は各国の環境規制の拡がりによる、難燃剤の脱臭素化への備えや、バージンプラスチック削減目標などがあった。そこで、ABS樹脂の置き換えとして、脱臭素系難燃剤、音質、耐熱を満たす樹脂として良音再生PC/ABS樹脂を開発する事になった。
作り方としては、再生PC樹脂に、CDの廃ディスクを砕いたものを加えつつ、それだけでは強度が不足するため、廃棄された水ボトルを素材として加える事で、強度や音質を向上。バージン材と同等の性能を実現し、「再生材=脆い」というイメージを払拭する素材になったという。
開発にあたっては、ABSからPC/ABS樹脂になると製品の音が変化するため、製品開発の音響メンバーも参加し、材料や難燃剤の種類を変えながら、音をチェック。PCは残響音が残りやすく、樹脂特有の音色が出やすいため、ABSの配合量を少しずつ増やしながら、従来のABS樹脂の音に近づけるように開発したという。
さらに、サウンドバー「HT-A9000」と「HT-A8000」では、このPC/ABS樹脂をさらに高剛性にするため、グラスファイバーを5%追加。曲げ弾性率が、現行のPC/ABS樹脂の約1.5倍になったという。
一方で、このグラスファイバーも沢山追加すれば良いというものではない。「グラスファイバーを入れすぎると、製品の音に、グラスファイバーの特徴的な響きが乗ってしまう。そうならないようにしながら、成形する時の流動なども考慮ちつつ、バランスを見極めた結果が5%だった」(商品技術センター 商品設計第2部門 音響デバイス技術開発部 1課 藤平裕子氏)とのこと。
こうした取り組みの結果、バージンプラスチック削減量はHT-A9000が-約65%、HT-A8000が-約65%、HT-A9M2が-約50%、HT-AN7が-約55%を実現。本体再生プラスチック使用率はHT-A9000が約50%、HT-A8000が約55%、HT-A9M2が約55%、HT-AN7が約40%になったという。
筐体だけでなく、本体を覆うファブリックにも、再生布を2023年より導入。素材メーカーと、糸の種類や構成といったレベルから開発を進め、音抜けが良く、なおかつ強度もあり、デザイン性や長期信頼性も満たした、バージン材と遜色ない構成を開発。回収ペットボトルを原料とする再生原料を使っているとのこと。
再生布の使用率は、HT-A9000、HT-A8000、HT-A9M2が約25%、HT-AN7は約100%になっている。
藤平氏は今後の環境対応として、これから開発していく製品でも再生プラスチックや再生布を継続して使用していく事。さらに、高再生材率の再生プラスチックの採用検証や、再生プラスチックを使った製品が、将来的にリサイクルされる時のために、リサイクル性能の検証などに取り組みたいという。
HT-A9000の音を聴いてみる
HT-A9000の内部構造を見ると、内部の空間がかなり広めにとられているのがわかる。筐体の剛性を高めるため工夫としてリブ加工などがあるが、リブ自体はあるものの、数はそれほど多くはなく、グラスファイバーを追加した良音再生PC/ABS樹脂の、剛性の高さが伺える。
実際にHT-A9000で、映画「グランツーリスモ」を試聴すると、人の声のナチュラルさ、エンジン音の迫力、車を操作する時に響くガチャガチャという金属質な音など、音の質感の違いが描き分けられているのがわかる。筐体の剛性を確保し、不要な付帯音を抑えた効果を感じさせる。
360RAなど、サウンドバーはともするとバーチャルサラウンド系の処理に注目が集まりがちだが、そうした技術も、ベースとなるサウンドが高音質でなければ魅力は半減してしまうので、スピーカーとしての“素の音の良さ”を高める事も重要となる。その点で、良音再生PC/ABS樹脂は環境を保護しつつ、音も高める素材と言えそうだ。