小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1125回
音質と装着感アップで心機一転! ソニーの“肩掛け”スピーカー「HT-AN7」
2024年5月15日 08:00
覚えていますか肩掛けスピーカー
肩掛けスピーカー、正確に言えば「ウェアラブルネックスピーカー」なるものが登場したのは2017年、ソニーの「SRS-WS1」が最初だった。ソニーの肩掛けスピーカーは、若干変わった開発経緯をもっている。型番は「SRS」という、いわゆるBluetoothスピーカー群に含まれるが、開発したのはテレビ事業部である。元々はBRAVIAなどテレビ用スピーカーとしてスタートしたものが、一般的なBluetoothスピーカーとして使われるようになっていった。
その後他社も次々と参入し、一大ブームを築いたのをご記憶の方も多いだろう。2020年ごろにはリモート会議に使うと楽、みたいなことで再び注目を集めた。2021年にはテレワーク向け商品として、「SRS-NB10」が発売になっている。
直近の製品としては2021年発売の「SRS-NB10」と「SRS-NS7」があったわけだが、今年また新モデル「TH-AN7」が登場する。6月14日発売で、店頭予想価格は40,000円前後。
製品としては同じシリーズだが、型番がホームシアターで使われている「TH」になっている。6月にはサウンドバーやホームシアターシステムも登場し、「BRAVIA Theatre」というシリーズで展開する。今回の「HT-AN7」もそのシリーズの一員という位置づけになり、「BRAVIA Theatre U」というファミリーネームが付けられている。
これに伴い、前モデル「SRS-NS7」は生産完了となる。たった2年ちょっとで生産完了は、息の長いオーディオ製品としては珍しい。
テレビ向けというより、映画向けとして最適化されたという新モデルを、早速聴いていこう。なおお借りしているのは量産前のサンプル機なので、製品版とは細かいところで若干違いがあるかもしれない点をご了承いただきたい。
細かい改良が光る
今回は参考までに、前作「SRS-NS7」もお借りしている。前作と大きく違うのは、左右を繋ぐネックバンド部だ。前作は曲げられる素材でできてはいたものの、手を離すと元の形に戻る。いっぽうHT-AN7では細身の形状記憶合金で接続されているので、自由な角度で固定される。
またスピーカー部も、以前は内側に大きく湾曲していたが、今回は肩方向に緩くラウンドしているものの、左右はそれほど曲がってはいない。
これにより、装着感にも若干の違いが出てきている。前作は首からぶら下げるような格好だったが、今回は全長が短く、重心も後ろ側にある。重さを首ではなく、肩で受け止める格好だ。首の太い人でも、締め付けられるような感じはなくなるだろう。重量も318gから268gに軽量化されている。50gの違いだが、肩が凝りがちの人には小さくない違いだ。
本体裏側は、合皮製のクッション素材が張られており、肩への当たりが柔らかくなった。前作は裏面まで樹脂製である。ただ前作は裏面にパッシブラジエータの放出口があり、振動を肩に伝える作りとなっていた。今回はそうした機構はなく、低音の迫力を体の振動でも感じせさるというコンセプトは無くなっている。
搭載ドライバは、専用に開発された「X-Balanced Speaker Unit」を搭載。円形ではなく卵型の形状にしたことで、スピーカーの有効振動面積を1.5倍に拡大した。元々「X-Balanced Speaker Unit」は、2020年のBluetoothスピーカー「XBシリーズ」に初搭載された。狭い範囲に広い面積のスピーカーを積むための技術で、先週の「ULT Field 7」のウーファーもこの方式だ。
BluetoothコーデックはSBC、AAC、LDACをサポート。なお前モデルでは光デジタルのトランスミッタ「WLA-NS7」が付属していたが、本モデルでは付属せず、別売品として購入する必要がある。最近はBluetooth搭載のテレビが増えてきたことで、別売となったのだろう。なお立体音響でコンテンツを視聴したい場合は、XRプロセッサ搭載BRAVIAとこのトランスミッタが必須となる。
バッテリー持続時間は約12時間で、10分充電60分再生の急速充電機能もついている。ソフトウェアはイヤフォン・ヘッドフォン同様、「Headphones Connect」が対応する。このあたりはテレビ事業部製品でも、社内横断的によく連携ができている。
声が前面に出るサウンド
早速音を聴いてみよう。今回はテレビにトランスミッタ「WLA-NS7」を接続し、Amazon PrimeのParamount+チャンネルで公開中の「StarTrek:Strange New World」からシーズン2第8話を視聴している。
メインタイトル後の戦闘シーンを、新旧両モデルで聴き比べてみた。旧作はパッシブラジエータがあるので、低域のSE部分で鎖骨部分に振動を感じる。一方HT-AN7ではこのような振動は感じないが、そのかわりちゃんと低音を出して聴かせようという方向性のようだ。
セリフに関しても、旧作はセリフがセンターの奥に定位するものの、分離感はあまりなく、SEと一体として聞こえてくる。一方HT-AN7では、セリフ部分が前面に出てきて、かなり聞き取りやすくなっている。字幕で視聴する機会の多い人にはあまり効かないポイントかもしれないが、日本語の作品ではかなり有効だろう。
音の遅延は、テレビスピーカーからの再生音と比べると若干遅延があるが、違和感があるほどではない。音量もかなり出るが、音漏れ防止機機能などはないので、スピーカーを首から外してもかなりの音量で音が出ているのがわかる。1人だけで静かに、というタイプの製品ではない。
初代の「SRS-WS1」では、ネックバンドの先端にスピーカーを設置し、耳から離したところから独自設計のスロープを通して音を運んでくるという変化球な設計で、独特の広がり感を楽しむことができた。一方「HT-AN7」は、面積のデカいスピーカーを耳の近くで鳴らすという、ストレート剛速球な方法に変わっている。音の広がりという点では、360RAやDolby Atmosといった方式対応で解決するというアプローチに変わったという事だろう。
HT-AN7はIPX4の防水性能ということで、キッチンなどでの利用も想定されている。「あらゆる方向からの水の飛沫を受けても有害な影響を受けない」という程度なので、水しぶきがかかったり、濡れた手で触っても問題ないというわけで、実際にどうなのか試してみた。
テレビから離れたところでも常に音像が付いてくるというメリットは、一般のBluetoothイヤフォンやヘッドフォンでも得られるところだ。だが調理中は調理の「音」も重要な判断材料になるので、両方の音が聞こえるのは利便性が高い。
一方で調理中は下の棚を覗き込んだり上の棚のものを取ったりと、かなり動き回る。本機は以前のモデルとは違い、首から下に向かってぶら下がるというより、肩の上に乗ってる感じなので、いつの間にかスピーカーが横にズレて、「⊂」の字型に首に掛かっていることが度々あった。
底部が合皮になり、以前よりはグリップ力が上がっているはずだが、重心バランスの点では家事の動きに対して安定できるほどでもないようだ。
また本機はマイクも内蔵ということで、リモート会議などにも対応できる商品となっている。実際にどれぐらいの集音性能なのかテストしてみたところ、ノイズリダクションも秀逸で、しかもラベリアマイク相当の位置で集音できるということで、なかなか良好な結果が得られた。Bluetoothなので多少の遅延はあると思うが、長時間の会議でもストレスなく使えるのではないだろうか。
2つの「2台接続」機能
HT-AN7の特徴として、2タイプの2台接続機能がある。まず一つは、HT-AN7が2つの音源に対して同時接続できる機能だ。Google Pixel 8とトランスミッタの2台に同時接続してみたが、Headphones Connect上で同時接続しているのが確認できる。また接続先をタップすることで、瞬時に音源ソースとなる機器を切り替えることができる。
テレビで映画を見ている途中でベッドへ移動し、スマホやタブレットに切り替えて続きを見るということもあるかと思うが、こうした場合でもスピーカーはHT-AN7のままで済む。特に明示的に切り換え操作をしなくても、片方を止めてもう片方を再生すれば、自動的に切り替わるようだ。
もう一つの2台接続機能は、一つの音源に対して2台のHT-AN7が繋がれるという機能だ。過去の製品ではこうしたリクエストが多かったので、機能開発したという事のようである。
最新のBluetooth規格「LE Audio」では、1台の音源から何台でもブロードキャスト配信ができる「Auracast」という機能がある。
一方HT-AN7のやり方はこれとは違って、オリジナルの技術である。仕組み的には、まず親機となるHT-AN7を先に音源機器とペアリングしておき、この親機に対してもう1台のHT-AN7が子機として繋がるという段取りだ。本体の電源ボタンの下に「Speaker Addボタン」があり、親機と子機でこのボタンを押して、スピーカーを追加する。
今回はこの検証のためにHT-AN7を2台お借りしているので、実際にためしてみた。親子接続されると2台が同時に鳴るわけだが、子機の方が多少遅れるという事もなく、2台のズレはないようだ。
ボリュームに関しては、2台それぞれが独自に調整できるので、利用者それぞれが最適の音量で楽しめる。ただし親機の方を最小に音量を絞ってミュート状態になると、子機の方もミュートになるようだ。
今回オリジナル機能としたのは、トランスミッタの「WLA-NS7」がLE Audio対応ではないということや、スマホ側でもまだLE Audio対応機器が出回っていないという事情もあるだろう。元々ソニーには「パーティコネクト」という機能があり、最大100台までのBluetoothスピーカーを同時に鳴らせる技術があった。一方今回の機能は「2台まで」となっており、似たような技術ながら伝送コーデックなど細かいところが違うのだろう。
総論
オーディオの世界では、耳を塞がない、いわゆるオープンイヤー型の商品が大ヒットしているわけだが、肩掛け型は元々テレビ周辺機器としてスタートしているので、なんとなく蚊帳の外というか、すでに忘れ去られそうな雰囲気もある。
そこを軽量化と重心バランスの見直し、そして新しい「BRAVIA Theatre」シリーズの中核商品という位置づけで登場するHT-AN7は、新しいユーザーの掘り起こしという意味でも、心機一転を図る商品と言えるだろう。
前作「SRS-NS7」は2年で生産終了となるわけだが、それほど悪い商品だったかというと、全くそんなことはない。低音をパッシブラジエータでカバーし、デザインもソニーらしい、さらにトランスミッタ付きで実勢価格22,000~28,000円ということで、魅力は十分ある。
これは想像だが、円安による部材の値上がりとか、半導体が手に入らずやむなく設計変更とか、欧米のインフレに対応できないとか、作れない・売れない事情があってやむなく世代交代という事ではないだろうか。すでにソニーストアでは販売終了だが、流通在庫はまだあるようなので、こちらは入手するなら今のうち、である。
5~6年前までは多くのフォロワーを生み出した肩乗せ型だが、気がつけばもはやソニーとシャープぐらいになってしまっているのは寂しいところだ。耳掛けしないオープンイヤーの手法として、また空間オーディオの再生方式として、さらなる進化に期待したいところである。