プレイバック2023

「ビートルズ・コード進行評論家」麻倉怜士が分析するAll My Loving

横須賀市民大学で講義

私の最近の肩書きは「ビートルズ・コード進行評論家」だ。

2018年から早稲田大学エクステンションセンターで、「ビートルズ全曲、ほぼ完全分析」講座を開始。オリジナルの213曲を、一曲ずつ徹底的に解剖するという、壮大な教育プログラムを行なっている。

同センターの内容紹介文がこれだ。

「ビートルズ全曲、ほぼ完全分析」講座

ビートルズ名曲はなぜ感動的なのか? 最初期のPlease Please Meから最終のLet It Beまで名曲の数々を音楽理論の観点から、徹底的に分析します。ビートルズ的な旋律の特徴、特有のコード進行、転調技法を研究し、さらにテイク違い音源、リマスター音源、ライブ映像、関係者インタビュー……などの視聴も加え、ビートルズ音楽の本質を多角的に掘り下げます。

なぜビートルズ講座を始めたかというと、もともと津田塾大学で教えていたコード進行講座の手法で、ビートルズ曲を分析したらどうかと、思ったからだ。

中学生の時に、「抱きしめたい I Want To Hold Your Hand」を聴いて、そのあまりにきれいなメロディラインに衝撃を受け、ビートルズを追いかけようと思った。当時からビートルズ曲のユニークさは、コード進行にあるといわれていたが、その時は理論を知らなかったので、それが何を指すのかよく分からなかったが、津田塾大学で教えていたコード理論でビートルズ曲を分析すると、なるほど、ここに彼らはこだわったのかという音楽のポイントが見えてきた。

213曲の楽譜、サウンド分析は、2014年頃から一曲一曲、徹底的に行なった。寝ている時と、原稿を書いている時以外楽譜を見ていた。分析が一段落した2018年から早稲田大学エクステンションセンターで、「ビートルズ全曲、ほぼ完全分析」授業を開始。1曲、30分~1時間を掛けて講義するから、時間がかかる。

2020年1月にコロナで授業がストップ。この時は、イギリス基準で11番目のアルバム「アビー・ロード」の途中まで達していた。シーズン2は、2022年1月から始まり、2023年12月にはMagical Mystery Tourまで来た。来る2024年1月からは「ホワイトアルバム」の分析がスタートする。

どんな授業をしているのか、初期の傑作、All My Lovingを例にとり説明しよう。アナリーゼでは何調かをまず確認することから始める。調には固有の感情があり、コード進行を見るにも調の観点が絶対に必要だ。Aというコードは、イ長調ではトニック(主和音)だが、ホ長調ではサブドミナント(4番目の和音)になる。だから、AとかEという記号だけでは、まったく分からない。All My Lovingはホ長調E。この調はロックの基本。ギターでは三弦だけで弾けるシンプルなコードなので、多用されている。ビートルズもホ長調が多い。もともとグロッシーさを持つ調だ。

All My Loving (Remastered 2009)

①対位法

冒頭の旋律は、音階をそのまま横になぞる順次進行。たいへんなめらかで、美しい。しかも、上行から下行へのきれいな山形を形成している。音階移動で山形進行という、人が感動を感じる旋律の仕掛けだ。

ここでは、ベースがまったく対称的に下行する。移動ドで書くと、

歌が順次で音階を上がり、ベースが順次で下がる。この右上がり、右下がりの対称性は、聴感上、実に心地好い。しかも、上と下を比べると、全部が協和音になり、不協和音がない。All My Lovingの気持ちよい肌触りは、まずこの対位法からくる。クラシックでいうと、「チャイコフスキー:弦楽セレナード第3楽章」の冒頭がまったく同じ対称進行だ。

②ツーファイブ進行

冒頭のコードはF#m→B7という、基本中の基本のコード進行のツーファイブ。つまりⅡm→→Vという、憲法のような普遍的な進行だ。実に心地好く、ドミナント進行(4度上に進行する)する。ドミナント進行では、Vが来たら必ず主和音に行く決まりであり、ここでもB7のドミナントコードからトニックEに進行。つまりF#m→B7→E。

③3度下行進行

次ぎにE→C#mに行く。5度圏表では、ダイアトニックコード(その調の音階音だけで構成される和音)の位置が明瞭に分かる。

音楽のすべてが分析できる5度圏表

外側がメジャーコード、内側が同音短調のマイナーコードで、ホ長調では、EとC#m、AとF#m、 BとG#mという組み合わせ(代理コード)だ。このメジャー/マイナーのコンビでは、E→C#mの進行がもっともドラマティックだ。その劇的進行が、F#m→B7→Eの次ぎに来る。

ビートルズは、マイナーコードの使い方がたいへん上手いが、これはそのひとつのケースだ。ここからが面白い。音階を正確に3度ずつ下がる進行だ。C#m→ A→F#m→D→B7という下行進行には、3度という規則性があり、たいへん美しい。規則的なコードの進行+旋律の順次進行の二重の快感だ。

④ブルーノートコード

ここでの最大の注目は「D」。ホ長調のダイアトニックコードは、E F#m G#m A Bだから、「D」はダイアトニックコードでは、ない。このコードの意味するところは、「ブルーノートコード」だ。ビートルズのコード進行の独自性は、アメリカのブルースの基本音階のブルーノート(3 、5、7音を半音下げる)の音階音をルートにした特別なコードを、実に効果的に使うことにある。

All My Lovingのこの部分は、通常は「C#m→ A→ F#m」の次ぎに、ドッペルドミナント(ⅡmでなくⅡメジャーコード)のF#7が来て、ドミナントのB7に行くという進行になる。それは「C#m→ A→ F#m→F#→ B」だが、ビートルズは「F#」ではなく、ホ長調における9番目のD#を半音下げたブルーノート音Dをルートにした「D」コードを使う。すると、まさにわれわれが親しんでいるビートルズ的なちょっとブルーな独特の雰囲気がもの凄く出てくるのである。

津田塾大学や早稲田大学エクステンションセンターの授業では、一般的な「C#m→ A→ F#m→F#7→ B」と、ビートルズ特有の「C#m→ A→→F#m→ D→ B7」進行を、ピアノで演奏し、いかにブルーノートコードが、ビートルズサウンドを色濃く形成しているかを音で比較する。

ブルーノートコードは、A Hard Day's Night、Help!、Another Girl、Baby's in Black……などビートルズにはたいへん多いし、当時、ビートルズの影響を受けたフォロワーも凄く多い。例えば赤い鳥の名曲「翼を下さい」は、カノンコード進行とブルーノートコードで構成されている。

⑤クリシェ

All My Lovingのもうひとつの秘密が、クリシェだ。半音もくしは、全音で音階をそのまま下がる、上がる順次進行とコード進行を重ねるテクニック。コードは同じでベースがクリシェする、同じでトップノート(コードの最高音)がクリシェする、コードそのものがクリシェする……と、さまざまな手法があるが、ビートルズ曲にはクリシェしないものはないと思わせるほど、多い。Do You Want to Know a Secret、It Won't Be Long、 If I Fell……と、これも枚挙の暇がない。

All My Lovingでのクリシェは、サビの「♪All my loving I will send to you All my loving, darling I'll be true」の部分のコード進行、C#m→ E+→ Eだ。C#mコードの「C#」の音をトップノートにすると、E+コード(5度の音が半音上がる)は「C」→ Eコードは「B」だ。つまりC#m→ E+→ Eという半音順次下行が形成され、ファンタジックな雰囲気が横溢する。All My Lovingのサビの魅力のひとつは、この幻想的なトップノートクリシェだ。

⑥ヨナ抜き

旋律にもチャームがある。「ヨナ抜き」である。これは日本的な言い方で、音楽理論的には「ペンタトーン(五音音階)」という。「ファ」と「シ」を抜くヨナ抜き音階はスコットランドやアイルランド民謡が有名だが、もともとは世界各地で勃興し日本、中国にも多い。郷愁的、人間的、暖かさ……などの感情から、愛される音階だ。ビートルズもAll I've Got to Do、When I'm Sixty-Four、Let it be……など、多い。土地柄スコットランドやアイルランド民謡の影響ではないかと思われる。

All My Lovingのヨナ抜きは、でもポール・マッカートニーが歌う旋律にはない。順次進行で、音階の全部の音を使うわけで、抜きはない。All My Lovingのヨナ抜きは、最後のベースの旋律だ。実音で書くと、E→ C#m→ B→G#→ E、分かりやすく移動ド表記では「ドラソミド」だ。見事にヨナ抜きしている。このフレーズが最後にベースで堂々と奏されるのである。

この下行ヨナ抜き旋律は、実はドボルザークの交響曲第9番「新世界より」第4楽章の最後のビオラ、チェロ、コントラバスの合奏旋律とまったく同じだ。調まで同じ。ドボルザークはヨナ抜きの名人で、有名な第2楽章「家路」の旋律は、まさにヨナ抜きだ。津田塾大学や早稲田大学エクステンションセンター、横須賀市民大学の授業では、「新世界より」第4楽章フィナーレのヨナ抜き旋律と比較し、All My Lovingの人間性について論ずる。

このようにAll My Lovingは理論分析すると、確かに素晴らしい名曲であることが分かる。分析することで、感覚の理由が分かるというのが、この講座の面白いところだ。この他にも、ストレンジな借用和音、驚く転調術、ユニークなハーモニー……などビートルズが持つ、たくさんの音楽的ポイントを各曲の分析で説明している。

私のビートルズ講座は、早稲田大学エクステンションセンターでは、2023年度冬季授業が2024年1月から始まる。次の津田塾大学市民講座と横須賀市民大学のビートルズ研究も2024年度が予定されている。ぜひ来たれよ。

横須賀市民大学で講義

早稲田大学エクステンションセンター
ビートルズ全曲、ほぼ完全分析〈冬編〉

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表