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DSPはなぜ必要? 64bit処理で次世代に進化したヤマハAVアンプ「RX-A3060」。VRにも最適!?

 オーディオで“DSP”と言えば、音声データをデジタルで処理するプロセッサの事だ。一般的に「DSPで処理して音を変化させるもの」として、音楽プレーヤーやBluetoothスピーカーなど、いろいろな製品に搭載されている。その代表例と言えばAVアンプ。選ぶと音が広がって聴こえたりする「シネマモード」や「ホールモード」などを使っている人も多いだろう。

左からヤマハ株式会社 音響開発部 AV開発部 ホームシアターグループの熊谷邦洋主事、藤澤森茂主事。中央にあるのが9月から発売されている9.2chのAVアンプ「RX-A3060」だ

 だがこのDSP処理に“響きを加えるもの”とか、“使うと音が悪くなる”といったイメージを持っている人はいないだろうか。確かに、そのような製品が多い時代もあったが、技術やプロセッサの進化でその状況は大きく変わりつつある。DSPを積極的に使う事で、より満足度の高いサウンドが得られる、むしろ“使わないともったいない”時代が到来している。

 そんなDSPに強いAVアンプメーカーと言えばヤマハだ。搭載されている「シネマDSP」自体、DSPの代名詞といえ、30周年を迎えるその歴史は“日本のDSPの歴史”とも言える。そんなヤマハから9月に発売された注目モデルが、最新のシネマDSPに加え、64bit演算によるYPAO(視聴環境最適化技術)を搭載した、9.2chのAVアンプ「RX-A3060」(27万円)だ。

RX-A3060

 これまでの流れと、「RX-A3060」に搭載されている最新のDSP処理、音場補正機能について、開発を担当しているヤマハ株式会社 音響開発部 AV開発部 ホームシアターグループの熊谷邦洋主事、藤澤森茂主事、さらに株式会社ヤマハミュージックジャパン AV・流通営業本部 企画室 広報の小林博文アシスタントマネージャーに話を聞いた。

 第一線で活躍するエンジニアの話からは、DSPや音場補正の賢い使い方や、未来のオーディオの姿も垣間見えてくる。

そもそもDSPとは何か

 先程からDSP、DSPと連呼しているが、この略語には2つの意味がある。デジタルで信号処理をする「デジタル・シグナル・プロセッサ」がお馴染みだが、ヤマハは「デジタル・サウンドフィールド・プロセシング」の略としている。単なる信号処理ではなく、サウンドフィールド、“音場を処理する”というわけだ。

 そんなDSPの“全ての始まり”と言えるのは、1986年に登場したその名も「DSP-1」だ。ドルビーデジタルはおろか、それ以前のドルビープロロジック対応製品が広まるよりも前に発売された。デジタル信号処理によって音場を創生する世界初のDSP搭載機だ。

1986年に登場した「DSP-1」

小林氏(以下敬称略):最初はハイファイ向けの製品として登場しました。音場データも現在のものとは異なりますが、それでも、現在のシネマDSPのベースとなる測定データは、ほぼ当時揃っていました。

 DSP開発のキッカケは建築音響です。“良い音”“良い響き”とは何か? ヤマハはそうした研究も手掛けており、当時、世界各地に赴きホールやライブハウスなどの音響データを収集していました。また集めたデータを研究だけではなく、自社のLSIに取り込むという開発も進めました。

株式会社ヤマハミュージックジャパン AV・流通営業本部 企画室 広報の小林博文アシスタントマネージャー

 それを“再生時に使う技術”として活用できないかと考え、プロセッサという形で製品化したのがDSP-1です。

 だがDSP-1は単体のプロセッサで、現在のようなAVアンプではない。スピーカーの構成としては、2chスピーカーに前後計4台のスピーカーを追加し、臨場感を出すというものだ。しかし、レベルコントロールも無く、各チャンネルの音量を合わせるのも大変。

 価格は当時で138,000円。使いこなすにはマスターボリュームコントローラーなどの追加投資が無いと調整が難しく、業務用機材のようなマニアックな製品だったという。

 そんなDSPをAVアンプに搭載し、使いやすくしたのが1990年の「AVX-2000DSP」だ。当時は「CINE-DSP」と名付けられ、これが後の「シネマDSP」へと繋がり、ヤマハのAVアンプ人気を支える事になる。2000DSPは、ドルビープロロジックの4ch再生に対応し、なおかつ音場の前後ゾーンを独立して処理する、ヤマハ独自の「2音場処理」コンセプトを確立させた製品でもある。

1990年の「AVX-2000DSP」

 その後、AVアンプはサラウンドフォーマットの進化と共に機能を強化していく。世界初のデジタルマルチチャンネルフォーマットのドルビーデジタル5.1chが登場すると、それに対応する製品として1995年末に発売されたのが「DSP-A3090」。この機種では、前方の音場のほかに、側面と後方の音場を左右ゾーンに分けて独立で処理する「3音場」に進化。CINEMA DSPプログラムは11種類搭載していた。

 1997年に発売された「DSP-A1」では、ドルビーデジタルに比べて圧縮率が低いDTS 5.1chのデコーダを搭載。1999年発売の「DSP-AX1」では、ドルビーデジタルEX/DTS-ES対応でリアセンターゾーンも新たに独立させ「4音場」処理に進化した。

 2004年には、9基ものLSIを搭載し、生の音場データの微細な初期反射音情報を高い演算処理能力によって活かした当時のフラッグシップ機「DSP-Z9」が登場。シネマDSPは「HDシネマDSP」に進化した。

DSP-Z9

 2007年には、HDオーディオ(DTS-HD Master Audio/ドルビーTrueHD)に対応した「DSP-Z11」が登場。初期反射音の“高さ”情報を再現できる「シネマDSP HD3」を搭載。通常配置の7.1chスピーカーに、フロント側2台、リア側2台のプレゼンススピーカーを加えて、3次元の空間情報をホームシアターで再現できるようになる。これは、現在の「AVENTAGE」シリーズなどへ受け継がれている。

DSP-Z11

なぜシネマDSPが必要なのか

 歴史を振り返った後で、ちゃぶ台をひっくり返すようだが、そもそもシネマDSPのような技術はなぜ必要なのだろうか? Blu-rayにはドルビーデジタルやドルビーTrueHDなどのマルチチャンネル音声が入っており、そのまま再生するだけでも音に包まれるし、残響音もソースに入っている。わざわざ音をカスタマイズする必要はどこにあるのだろうか。

 逆に言えば、元のマルチチャンネル音声データに、単純に響きを加えて「より広い音場っぽく聴かせているだけなのでは?」、「あまり必要ないのでは?」というイメージを持っている人すらいるかもしれない。

ヤマハ株式会社 音響開発部 AV開発部 ホームシアターグループの藤澤森茂主事

 藤澤氏は「確かにそういうイメージをお持ちの方は多いかもしれません」と苦笑いしながら、「シネマDSPの重要なポイントは“初期反射音”です」と明かす。初期反射音とは、その名の通り、出力された音が部屋の壁などにあたり、反射して戻ってくる“最初の反射音の群”で、その後ろに長く続くのが、いわゆる“残響音”だ。

藤澤氏(以下敬称略):シネマDSPでは元の音源には手を加えていません。音源の成分から別の空間の初期反射音を作り出し、加算をしています。これにより、コンテンツに収録された雰囲気を残したまま音場の生成が可能になるというわけです。

 部屋で聴く限り必ず発生している初期反射音を“変えている“とイメージしてください。例えば、あまり広くないリビングで聴いていても、「コンサートホール」や「ライブハウス」の音場を選べば、まるでその場で聴いているような……つまり“より良い空間”で聴いているような再生をしようという考え方です。

 「ムービーシアター」の音場では、映画コンテンツにおいてクリエイターが意図したサウンドデザインをより忠実に再現できるように、映画館とホームシアターのスピーカー本数の差を超えて作品に没頭できる空間を創生しています。

 前述のように、ヤマハは昔から様々なホールの音響特性をデータとして収録しており、そうしたデータもDSPの開発に活用されている。今は存在しないホールのデータも残されている。

小林:データ的に理想の環境を追求するだけでなく、実際のホールのデータも活用します。昔から語り継がれてきたホールというのは、例え音響的に偏りがあっても、耳で聴いてみると心地良く感じることが多くありますので。

Atmos登場前からオブジェクトオーディオ!?

 Dolby Atmos対応の初代機「RX-A3040」が登場した後、2015年には3基のDSPを搭載し、オブジェクトオーディオにシネマDSPを“重ねがけ”できるAVプリアンプ「CX-A5100」が登場する。AVアンプの歴史は、音源やプロセッサの進化に合わせて、“できる事”を飛躍的に増加させてきた歴史と言い換えられる。

藤澤:映画というのは、スクリーンを中心にサウンドが作られています。セリフが前にあって、その周囲に効果音があり、その奥に音楽が広がる……この“3層構造”が基本です。

 オブジェクトオーディオが登場したばかりの頃は、どのようなサウンドデザインのコンテンツが登場するかわかりませんでした。実際に聴いてみると、全てがオブジェクトになったわけではなく、その3層構造は変わらずに維持されていることがわかりました。チャンネルベースの音源があり、そこに位置情報のあるオブジェクトが追加されているイメージですね。映画のサウンドの3層構造と、その周囲に創りだされる3次元空間という関係はそのままですので、オブジェクトオーディオにもシネマDSPはキチンとマッチするとわかりました。

 その上で、細かなアルゴリズムの変更を行ないました。例えば、低域の処理ですね。上方からの音に低音が多く入ると、音場全体がモヤッとすることがわかりました。そこで、響き成分のセパレーションをとって、スッキリとしたサウンドになるようアルゴリズムをブラッシュアップしました。

 Atmosなどのオブジェクトオーディオの登場は、「シネマDSP処理」をブラッシュアップさせるキッカケにもなったわけだ。さらに藤澤氏は、ゲームとオブジェクトオーディオの意外な関係についても話してくれた。

藤澤:CX-A5100を開発した時は、「ロールプレイングゲーム」音場がオブジェクトオーディオとの掛け合わせに一番マッチしているなんて声もありました。

 この音場は2010年にスクウェア・エニックスのサウンドクリエイターの方々との技術交流をきっかけにして刷新した音場なのですが、ゲームにおけるマルチチャンネルサウンドは、ユーザーがコントローラーを動かし視点を変えると、音がする方向が変わります。これは実はオブジェクトオーディオと同じような構造によってサウンドデザインされていました。

 言われてみれば、音源を1つのオブジェクトとして扱い、クリエイターが思い描いたポイントに配置できるオブジェクトオーディオ技術と、プレーヤーの操作で音源の位置がリアルタイムに変化するゲームのサラウンドは、“音の扱い方”が非常に良く似ている。ホームシアターにオブジェクトオーディオが登場する以前から、オブジェクトオーディオ的なものが既に家庭には存在していたわけだ。

藤澤:マルチチャンネルでデザインされたゲームサウンドに対応した当時の経験は、オブジェクトオーディオに対してシネマDSPは何ができるのか、という問いかけでもありました。そして、シネマDSP30周年を機に、この経験から着想し考案した新4音場処理を6年越しで作り上げました。

「ロールプレイングゲーム」と「アクションゲーム」モード

シネマDSPはどれを選べばいい?

 様々な音場プログラムがあるシネマDSP。現行の「RX-A3060」は24個、ハイエンドAVプリの「CX-A5100」は33個搭載している。これだけあると、どれを選べばいいのか迷ってしまう。おすすめの使い方はあるだろうか?

藤澤:まずは気軽に試していただきたいです。再生する映画にもよりますし、最終的には“気持ちよく聴けるもの”を選んでいただきたいです。

 どのプログラムを適用しても、音が破綻しないように作っています。もちろん、映画を(響きの多い)「ミュンヘン(ホール)」で再生するよりも、クラシック音楽を再生する時に使う方がマッチする……といった向き不向きはあります。

 汎用的に使えるプログラムですと、9月から発売を開始した「RX-A3060」に搭載した「Enhanced」があります。新たに開発した新4音場処理を初めて適用した音場で、Dolby AtmosやDTS:Xなどの3Dサラウンドフォーマットにマッチするプログラムなのですが、デジタル放送のテレビ番組、アニメ鑑賞にも適しています。

「新4音場処理」の概要。フロントの音場が左右にセパレーションされる

 新4音場処理では、フロントの音場が左右にセパレーションされるので、2chのソースに適用すると、スッキリと聴きやすくなるのです。また、音楽ソフトにも良く合います。

藤澤:視界を覆う大画面とともに、空間いっぱいに音が降り注いでくるような、最新の映画館をイメージして開発しました。マルチの音楽ソフトを再生しても、各楽器の定位感を明瞭に再現できます。まるで映画館でのライブビューイングのような臨場感を体験できますので、ぜひ試していただきたいです。

白いキャンバスを作るYPAO

 このシネマDSPと、切っても切れない関係の技術が「YPAO」。手掛けているのは、熊谷氏だ。YPAOという言葉自体が出てきたのは、2003年発売の「DSP-AX2400」と「DSP-AX1400」からだ。視聴環境最適化システム(Yamaha Parametric Room Acoustic Optimizer)の略だ。

熊谷:AX2400とAX1400はかなりご好評をいただいた結果、社内の表彰対象になったほどです。

 YPAOは、簡単に言えば“普通の部屋を、音響的に理想的な部屋に近づける”技術です。視聴位置から各スピーカーは同じ距離に配置され、同じ音色、同じ大きさで聴こえるのが理想的。ですが、実際の部屋ではスピーカーの設置位置に制限が生じてしまったり、部屋の壁や床、構造も違うので、理想とは異なる環境だったりします。

ヤマハ株式会社 音響開発部 AV開発部 ホームシアターグループの熊谷邦洋主事

 そこで、直接音を補正し、理想的な配置をした時のような聴感に近づけます。上位機能の「YPAO-R.S.C.」は、これに加えて、反射音の中でも音への影響が大きい初期反射音に注目し、不要なものを抑えています。

 要するに、下地を整えるような機能です。YPAOでキャンバスを整え、シネマDSPが描きたい効果をよりハッキリとさせることができるようになります。組み合わせて使うと有効な機能とも言えます。

 そのYPAO、どのように開発しているのだろうか? 音響的に理想的な部屋を目標とし、そこに近づくようにひたすら補正するのかと思いきや、そう単純なものではないようだ。

熊谷:実は、頑張って補正を効かせれば良いというものではありません。不自然さが出てしまうのです。補正が強すぎることで違和感が生じないように、それでも理想に近付けるように上手く補正していく……という部分にノウハウがあります。

「YPAO-R.S.C.」のイメージ図

 開発時には、様々な環境でテストしました。自宅はもちろん、同僚宅を借りたり、評論家の方のお宅に伺ったこともあります。鉄筋コンクリートと木造の家でも違いますし、さらに言えば、日本の部屋と海外の部屋でも補正は異なります。世界のどの家でも自然に補正できるよう、実際に海外の部屋でもデータを集めました。

小林:視聴会などでAVアンプのデモをする現場では、YPAOの登場で本当に助かりました。それまでは自分の耳を基準にして補正していたので、限界はありました。

 日々、いろいろな場所でセッティングをしている我々がそんな状態ですから、経験の少ないユーザーさんには大きな力になるのではないかと思います。自力で補正するのは大変ですが、YPAOを使うと数分で完了します。

 自動音場補正技術は他社製品にも搭載されている。自社開発せず、他社の技術を買ってきて搭載するモデルもある中、YPAOのこだわりはどこにあるのだろうか?

熊谷:補正は、コンテンツをよりよく楽しむために行なう手段であるので、補正のためにサンプリング周波数を落としたり、コンテンツを劣化させるようなことは絶対にしないのが我々のこだわりです。

 このこだわりが、昨年登場したAVプリアンプ「CX-A5100」でさらに進化する。YPAOの処理を64bit演算で行なう「ハイプレシジョンEQ」の登場だ。

「CX-A5100」のブラックモデル

熊谷:もともとはZ11を開発していた時に、実験的に入れてみたりもしました。試しに聴いてみると、非常に良い効果があるのがわかったのですが、全条件で働かせるにはDSPチップ数を大幅に増やす必要があり、やむなく搭載を見送りました

 A5100では、処理量の問題も解決ができそうなうえに、採用したDACがみな32bitのデータを受けられるので演算の精度を活かすことができます。そこで、搭載しようということになりました。

 演算の精度は音に影響します。精度が悪いと誤差が発生し、それがノイズとして信号に乗ってしまうのです。しかし、64bit精度であれば、誤差を抑え、元の音になるべくノイズを乗せずに処理できるようになります。このノイズは特に低域で顕著になるので、精度が上がると低音のノイズ感が減ります。人間は低域がキレイに聴こえると、高域もキレイに感じられるとされており、結果としては、全体的にクリアな音になります。

 A5100が登場した際、実際にYPAOの処理を行なわない「ピュアダイレクト」モードとYPAOを加えた「ストレート」を聴き比べた事がある。レポートはその際の記事にも書いたが、比べると64bit処理しても、サウンドの生々しさがピュアダイレクトとまったく変わらず、音場の広がりや、音像の立体感は64bit処理したストレートの方が優れていた。“処理を通さないほうがクリア”というのがオーディオの常識だが、それを覆す体験で驚かされた。

熊谷:「ピュアダイレクトよりストレートモードの方が良い」という声をいただくことがあります。10数年やってきて、一番の褒め言葉です(笑)。

 「補正処理をかけると音が悪くなるから使いたくない」という声は、昔からありました。本当に音響的に良い部屋で、YPAOのような補正をしなくても済むのであれば、使わない方がいいと思います。しかし、そんな理想的な家はほぼありません。さらに天井にも設置するDolby Atmosなどの場合、全チャンネルが同じスピーカーというのも実際にはほぼありえません。そう考えると、やはり高精度なYPAOのような機能は必要だと考えています。

 ハイエンドAVプリの「CX-A5100」は28万円と高価で、さらにパワーアンプも必要と、かなりのマニア向けだ。だが注目は、9月から発売されている9.2chのAVアンプ「RX-A3060」(27万円)だ。搭載しているのは「ハイプレシジョンEQ」ではなく、「プレシジョンEQ」だ。

「RX-A3060」

熊谷:内部の演算処理精度はA5100と同じです。A5100はDACの直前に32bitに変換して32bit対応DACで処理していますが、A3060はDACに32bit対応の「ES9016S」を1基、プレゼンス用に24bit DACの「9006AS」を1基使っているので、DACの前で24bitに変換して流し込んでいます。違いはこれだけです。A5100とまったく同じではありませんが、演算誤差を抑え、ノイズを抑える効果は、A3060でもしっかり味わっていただけると思います。

熊谷氏が見せてくれた、YPAOの測定を行なう際に利用するマイクの進化。左が古く、右に行くほど最新だ。構造を工夫し、背が高くなくても正確な測定ができるように進化している。設置のコツは、耳の高さに“水平に”設置する事。斜めになっていると測定結果が変わってしまう

音を聴いてみる

 実際に、A5100で体験した時と同じように、「プレシジョンEQ」のON/OFFをRX-A3060で聴き比べてみると、ONにした方が音がクリアになる。音のコントラストやシャープネスを上げて、無理矢理クッキリさせているのではなく、空間がフワッと広がり、その空間が静粛になり、そこに広がる音がより聴き取りやすい、見通しが良いという感覚だ。「より広くて、防音がしっかりなされた部屋に移動したような感覚」と言い換えてもいいかもしれない。恐らくこの違いは、AVアンプを使い慣れた人ほど驚くだろう。

 話にあった「Enhanced」モードの効果も体験。「ゼロ・グラビティ」序盤の、デブリが衝突してくるシーン。無音の宇宙空間の広がりと、そこに浮かぶ交信の声が展開する。Enhancedを選ぶと、ストレートデコードよりも空間の広さがより広大で、奥行きも深くなり、“宇宙空間っぽさ”というか“何もない空間の怖さ”が増す。

 スクリーンの下の方にかたまっていたセリフも、フワッと持ち上がり、スクリーン全体から声が出ているような感覚。映像と音のマッチングが良くなり、映画に自然と意識が集中する。

 もちろん、セリフや、デブリが当たる金属音などに響きが加えられて、ワンワン、ボワボワした音になるような事は一切無い。音の解像度は高く、鮮度は維持されている。部屋の壁を意識させないサラウンドに変化するという意味では、SF的な映画や海外ドラマにマッチしそうだ。

アプリから音場プログラムを選択

 2ch音楽ソースにプレシジョンEQをかけると、前方ステージの空間が広くなる。無理矢理広げた感じはなく、あくまで自然で、音像の生々しさは維持されたままだ。この“効き方”のサジ加減が絶妙で、いかにも“信号をいじった音”にはならない。セパレーションが向上し、立体感が増す。ヘッドフォンで最近流行りのバランス接続があるが、アンバランスからバランス接続に切り替えた時のような感覚に似ている。実際に聴き比べたら、おそらく多くの人が「プレシジョンEQをかけた方がいい」と答えるだろう。

VRにも最適!? AVアンプとDSP/YPAOの未来

 YPAOの64bit処理、オブジェクトオーディオへの対応、新たなシネマDSPプログラムの追加……。進化は一段落ついたようにも見えるが、2人は「まだまだやりたいことは沢山あります」と笑う。

熊谷:再生するコンテンツは変化していきますからね。例えば放送が変われば、我々も変わっていかなければなりません。放送で使用される音声のチャンネル数が変われば、我々もそれに対応したり、違ったことをやりたくなるんです。

藤澤:新しいものと言えば、VRもそうですね。VRヘッドセットでは、音声再生にヘッドフォンを装着する場合が多いと思いますが、実は、マルチチャンネルスピーカーで視聴した方が臨場感がアップするコンテンツもあります。

 マルチチャンネルスピーカーで再生すると、視覚は仮想現実を見ながら、全身が音に包まれる体感を得ることができます。もちろんユーザーの操作に合わせて、音の位置も変わります。体で音を感じることで臨場感が高まります。ぜひVRをマルチチャンネル環境でも体験していただきたいですね。

小林:YPAOもシネマDSPも、突然出来たものではなく、長い年月をかけて積み重ねてきたからこそ現在のカタチがあります。チップを搭載し、データを持ってくればすぐに出来るというものではありません。

 話を聞いていて感じるのは、信号処理がどうのという細かい話の裏側にある“ユーザーの環境に関わらず、良い音で聴いて欲しい”という熱意だ。お金のあるマニアであれば、音響的に優れた専用のシアタールームを作れるが、そんな事ができるのは極一握り。多くの人は、スピーカーを等距離に円形に設置する事もできないし、そもそも部屋のど真ん中にAV機器を設置する事もできない。部屋の響きがおかしいからといって、吸音材や拡散板を置けない人だっている。そんな多数の人達にこそ、DSP処理を活用して欲しいというのが作り手の願いであり、実際に使いこなした方がよりリッチに楽しめるなら使いこなさなければ損というものだ。

 同時に、高度な信号処理が可能になった現在でも、「AVアンプで音を好きなように作り変える」、悪く言うと「好きなように味付けをする」という感覚ではないところも面白い。あくまでソースの描写をわかりやすくするための“脇役”に徹する。高度な処理をしながら、まるで“処理なんてしていない”ような自然さの追求に情熱が傾けられている。

 小林氏は、その理由を「社風ですね」と答える。「ヤマハはAV製品だけではなく、楽器も作っています。ホールも作り、音楽家の育成も行なっています。皆が音に想いを込め、そこに込められた想いを大事にしているのです。AV製品においては、演奏者やコンテンツ製作者が出したい音、伝えたい表現は何か、それをどうやって実現するか、ということを常に意識して開発を進めます。そうしてその想いを聴き手に届けること、それが我々の仕事だと考えているのです」。

 (提供:ヤマハ)

AV Watch編集部